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2024年8月

2024年8月31日 (土)

雨台風来るか?

夜型人間だった筈が、夜調子が出ない。晩ご飯を例によってミキサーなど駆使して夫にはなるべく食べて貰うべく努力しているが、自分はどうも食欲が無い。寝込んでいる間に肉体改造しちゃったかな?良い方に変化したならそれは嬉しいけど。よく分からない。で、気分転換にと、娘をピックアップして買いものに出かけた。用心棒でもある。が、小一時間程度カートを押したら汗びっしょり。具合が悪い感じになってきて急ぎ帰宅。矢張りまだ無理っぽい。

しばし横になってからこうしてパソコンに向かっている。なんだかねえ。。。。

明日は相当な雨が降るようだが、我が家が床上になるってことは考えにくい。そもそもの基礎工事を道路より大分高く作ってある。ここに移住する前に住んでいた場所が水田といういかにも水が出そうな地名で、娘を産んで退院したその日にもの凄い豪雨になり、四階の親切な人が疎開させてくれて上から見ると、建物の下は海のようになっていて、ボートは出るわ、空にはヘリコプターが舞うわの大騒ぎ。幸い一階だった我が家に浸水はなく無事だった。それというのも、高松市が、歴史的に水害のあった地域ということで、かなり高い位置に市営住宅を建設したおかげだ。建ってすぐに入居出来て二年目の出来事だったから当時のお役所は先見の明があったということだ。近隣の団地は全て浸水の被害に遭い、多くの人が引っ越したと聞いている。

家を建てるに当たり一番にそれが頭にあった。以来四十八年住んでいるがこれまでは水害は無かった。が、側に川もあるし、想定外の雨量だった場合被害を被らないとは限らない。ちょっと緊張している。

それというのもTVは台風のニュースばかり。通り過ぎるまで安心出来ないという思いに駆られている。テロップでは「高齢者は避難」の文字がひっきりなしに流れる。

一応枕元に着替えや靴、携帯ランプを置き、玄関には諸々が入ったリュックを置く。停電が一番困るかな~?冷凍室はきっちきちに詰め込んだし、食べるものには困らないはず。

でも、肝心の元気が無い。どうなることやら???

2024年8月29日 (木)

ある女優の言葉。

薬嫌いの自分でも、薬の効用は知っているつもり。故に頂いた物はきちんと飲んできた。が、夜が怖いというか、寝付いたら途端に恐ろしい咳き込み方で目が覚めるが続いていたので、今日は又嫌な病院で咳止めかなんか新たに頂いてこようかと思っていたら、今朝になってなんだか一気に調子が良い。睡眠時間は6時間と出ているから少し少ないくらいだが、目覚めてからなんとなく気分が良い。が、ここで動きすぎると結果が怖いので、病院行きは止めて静かに大人しくしていることにした。暴走族おみっちゃんの名前返上か?

まあ完全とは言いがたいから、台風の間はこうした生活が丁度良いのだろう。この台風は天からの啓示か?

今パソコンを開いたらある若い女性記者が感銘を受けたと、岸惠子の自伝?の中の一節を紹介していた。それがナント昨日自分がここに書いたこと、そのまんま。が、岸惠子は御年91歳。自分よりは大分お姉さんだから、自分の人生における感想はチト早いかも知れない。

人生の大切なものを大急ぎで神様に返す日々

その自伝の中ではそんな風に現在の心境を綴っているらしい。そうとも言えるか。読んでみるかなあ、「91歳と5ヶ月」

経験したことの無いとてつもない物がやって来そうだ。

「経験したことの無い」災害予報を聞き始めて久しいが、今度は本当にそういう体感をするのかも知れない。のんびりの我が家でも避難場所が話題に上り始めた。とどのつまりはマンションまで逃げるか、ということに。

この異常気象のおかげで我が家の茗荷が数個しか採れなかった。これから先まだ生えてくるのかどうか?せっかく伸びた菊の花も蕾のママ枯れている。小さい庭に幅をきかせているのはやっぱり雑草だ。この嵐でますます猛々しく繁るのだろう。

飛ぶ雲のように時も流れて、驚くことにもう9月。なんという速さ。今年がもう終わっちゃう~~。ってことは、来年はいよいよ大台に乗る。同窓生達がわが12月生まれを羨ましいとよく言うが、これまで余りそれに対して実感が湧かなかった。しか~し。70代と80代では響きが違うのは確か。多くの友人が80代を名乗る頃12月までは逃れられる。って、それがどうだって?この年まで生きながらえ得たって事は勲章物だ。自然界の生物で自分の年を気にするものは人間以外居ないだろう。ただあるがままの命を生きて死んでいくだけだ。人間様にとってはこれは酷な宿命だ。ま、四の五の言っても先は知れてる。なるべく幸せ感を感じて生きていこう。

そういえば、今の次に来る時は、経験したことの無い時間でもある。刻々と新鮮な時が訪れているわけだ。とても新鮮とは思えない日常だが。。。今鳴いている虫たちも昨日と同じとは限らない。今宵は大合唱だ。

2024年8月27日 (火)

台風、予告に次ぐ予告。

台風がじわり近づいてきているようで、パラパラとかザザッとかシャバシャバとか、まるで予告するように雨が降る。その間隙を縫って今日は歯医者さん。まあ次から次へと嫌いな医者通い。それというのも昨日お嬢がくれたあめ玉が災いした。脆くなっていたんだろうがチョイと噛んだ途端欠けてしまった。指の一カ所でも痛めると何も出来ない気分になったりするが、それと同様食べるのが嫌になった。で、本格的な台風前にと行ってみた。病院大好きな夫は毎月のように通う病院だが、私は数ヶ月に一度。丁寧に丁寧にやってくれて有り難い。病院が出来た時からの行きつけだ。暫く体調を崩していたと言ったらいつにもましてお優しい。「調子悪かったらいつでも言うてな。」

耳に残るその声を胸にすっかり晴れ渡った空の下帰宅。1時間は食事が出来ないと告げると帰ったばかりの夫も同じく食欲はないのだろう。「いいよ、いいよ。」

ま、老夫婦、こんなところだ。

昨日は珍しくお嬢が冷製パスタを作って呼んでくれたので久しぶりにマンション。先に孫べえも食べている。食べた後は友達とプールに行くと言いそわそわ。「ひょっとして女の子も混じってるのかもね。」と母親らしい感想。それなら順調な成長で喜ばしい限りだ。桃のパスタはかなり美味しく、ナントいっても自宅で作るのが良いなあと思うが、ま、手間ではあるなあ。娘が近くに居るというのはたま~にこういうメリットがあり、ケッコウケッコウココケッコウ。てなもんだ。

世界中で戦争が激化している。日本はまだ台風の心配をしていれば良いが、いつか巻き込まれないだろうか?心配ではある。外交に強い人をトップにとは思うが、それだけでもねえ。あの二世は「原発問題はセクシー」と言ったとかで未だにやり玉に挙がるが、マジで変なこと口走らないしっかりした人にお願いしたいなあ。。。。居るの?そういう人。

 

 

2024年8月26日 (月)

台風じわり。

今日は何時もより虫の声が沢山聞こえている。矢張り台風が来るのを察知しているのだろうか?今年明ける前の天井裏での大運動会を思い出す。

珍しいコースの台風らしいから、これまでのように讃岐山脈が守ってくれる、ってことにはならない感じだなあ。何とか荒れすぎないで去って欲しいものだが、、、

昨日は久しぶりに生の音楽に触れて脳内がリフレッシュ。この暑さの中、お嬢の運転でなければ無理だったかも。ソプラノK女史は御年66歳。矢張り訓練の賜物だろう。美しい響きの声はキープされていた。それを言うと娘はこっちに振ってくる。もう終わったような顔してないで、もっと歌えば?と言うのだ。確かにこないだから例えば92歳の二葉百合子の「岸壁の母」を聴いてちっとも衰えてない声と歌唱力にオロロいたばかり。それを思えばまだ70代だから、怠けているとしか思えない。でもねえ。歌いたいと思わないと歌は歌えないよねえ。鼻歌すら出てこなくなった自分を考えると、あんなに歌ってた自分は一体何だったんだろうと不思議な気持ち。手始めにカラオケでも行ってみるか!歌を忘れたカナリアぶーちゃん。最後の一絞り!なんちゃって。

2024年8月24日 (土)

喜びは食にあり。

フルーツが降ってきた。弱った私を気遣って元気を出せとの優しいお言葉と共に。全て好みの物ばかり。今宵の食事はおかげでビタミンミネラルなどと共に充実。久々に美味しく食事を終えられた。これでしっかり眠れば明日はかなり元気になれそう。ありがたやありがたや。薬なんかよりずっと良い。高級すぎて普段は手が伸びない果実類。独り占めして何だか申し訳無い気分も。この季節の蜜柑がこんなに美味しいとは!?シャインマスカットの豊潤な口溶け。宝石のような桃の肌からしたたる果汁に陶然。明日は梨も頂こう。

、、、こりゃあ、2キロなんかすぐ戻るな。ムムム。

先日送ったお手紙の返事が、パソコンに来ていて届いていた。ここが凄いよねえ。手紙は四苦八苦して、描き終えた物を封筒に入れ、密封して宛名を書き、郵便局へ持って行き、、、、というエネルギーを考えるとあっという間に来るこのメールのナント早いことか!!同封する物が無ければこれで充分伝わる。スピード時代に相応しい手段に間違いない。

さ、今日はもうパソコンから離れよう。AIの睡眠アドバイザーに言われた。「もっと速く寝て、規則正しい生活をしましょう。」、、、この忠告で悪習が直れば簡単だけどねえ。ま、寝よ。

2024年8月23日 (金)

独楽の独り言。

全く久しぶりに娘ファミリーとランチ。今日は二カ所も病院に行き、昼前に薬局にこぎ着けて漸くラインのやりとり。丁度彼らだけでお出かけ予定だったところにお邪魔虫が入ることになった。というのも、最近のわが食欲の無さはちょいと危機的。目先でも変わると食べられるかと思ってこっちから連絡を取ったらあちらは既に予約済みだったという次第。まあ大丈夫だろうということでめでたく我が家でピックアップしてくれた。

こんな日々だからさぞかし痩せただろうと思いきや、世界の七不思議。みっちゃん痩せな~い。まあ、2キロは減ったが自分的には10キロ近く減ったかと期待を込めての体重計だっただけに、狐に化かされた感じ。どういうこと?

最初に行った病院は耳鼻咽喉科。片耳がじくじくと音を立てるのが気になって、これは大量の薬の副作用で耳がやられたに違いない、と思っての事だった。ところがギッチョン。分かってみれば産毛のような細くて薄い「毛」が一本、鼓膜に刺さっていたらしい。えっ?と思わず声が出たほどの意外性。「これです。」とペーパーに取り出したものをのせて見せてくれても最初はどこにアルかが分からないほどのもの。看護師さんだって、「こちらです。」と指さした後、「いやスイマセン、こちらですね。」と探したほどのもの。こんな物であんなに大げさな音が出るんだーとビックリ。

ここは初めての病院だったが、全てネット予約が出来て、問診票も質問なども予め送っておくと、受付番号が送られてきて、暫くすると、あと少しで順番です。お越し下さい。との連絡が。これだと殆ど待ち時間が無く、とってもスムーズ。対面では話し辛いこともゆっくり考えて書けるからその点も有り難い。新しいやり方だな~と感心しきり。

二番目に行ったいつもの内科も今日は空いていて、トントンと運び先生の意見も何時もより1分ほど長く!聞けた。「少し涼しくなったらお元気になりますよ。」とニヤッと笑って送り出してくれる。(へ~~っ?そんなことですか~~?もっと悪い病気が潜んでないンでしょうか?)とただ曖昧に笑って返したが、今日のところはこれでジ・エンド。基本的に病院が嫌いな為、これ以上突っ込んで調べて欲しいなんて、なかなか言えない。同じような年齢の人で最近肺癌で無くなった人が居て、病院に行ったら半年の寿命と言われた話しを聞いたから、ちょいと気にはなってたんだけどねえ。

間もなく大きな台風が来ると、TVが騒ぎ始めた。近頃のニュースは何もかも少々大げさに言いすぎでは?と思いつつ、最悪を想像しているのだが、今度はどうなんだろう?大雨だと今度こそは雨漏りが気になるンだけどなあ、、、とかとか。

国内外ではそれどころではない心配事懸念材料が山積みなんだけどねえ。。。。

2024年8月22日 (木)

転んだままの駒。

病み上がり、でもない、まだ上がってない感じ。ちょいと動いたら直ぐダウン。こんな筈では無かった感に苛まれる日々。少し涼しくなれば良くなるのかも知れない。何しろ暑い。暑すぎる。洗濯物を干す数分が耐えられない暑さ。

こうした温暖化によって、様々な生き物の生態系が変化しているようだ。熱中症でかなりの人が亡くなったという話も。弱い物は淘汰されていくのか?

ある友人から、「あなたはぶん回しの駒みたいな人だから、停まったら倒れるのよ。」という面白いラインが来てなあるほど。確かにと感心。駒は回す人が居るわけで、結局誰かに、何かに回されているってこと。決して自分で回っているわけではない点も、言い得て妙、ってところか。

要するにアホなんだ。踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損。ってことでもある。こっちは自分で回っている。あはっ!!

何でも良いから又回りたいよ~。

親子というのは、どこか必ず似ているものだ。最近の娘の色々を見ていると、本当に自分と似てると思う節が多い。可哀想に。そういう風にしか出来ないのよあんたは。遺伝的に、と言いたいのを我慢している。言ったところで変わらないだろう。後先考えずに走ってしまう。「義」と「情」に弱い。25年間上京していた間には、その性格故に色んな事に翻弄されたようだ。母親でもほぼほぼその時代のことを知らないのだが、近頃ぽろぽろと喋り始めた。過去を振り返る年代になったということだろう。

女の子は面白い。息子とはめったに会えないためでもあるが、人生について話し合うなんてこと殆ど無い。娘とは本当によく喋る。ぶつかることもあるが、一番の理解者と言えるかも知れない。ここまで書いた途端、「今夜温泉に行かない?」と電話がある。まだ体調的に無理と言うとあっさり切れたが、喋りたいこともあるんだろう。

ま、何をするにも取りあえず体調を戻さなくては。

2024年8月20日 (火)

やったぜベイビー!

書いたぞ~っと、手紙やら資料やらを整え最後の仕上げをしているときに婿殿が孫べえの髪をカットしたいとやって来た。郵便局は5時まで。丁度良い具合に終えてくれた二人を追い出して大急ぎで駆けつけた。が、着いた途端集配の車が今にも出ようとしている。案の定受付では速達にしても明後日になりますと言われる。自分がとっとと書いておけば良かったものをグズグズしてるからこんなことに!と無念が顔に出たらしい。若い担当の女性に代わり古顔らしき男性が、「明日の朝の便でもこの住所ならそれほど変わらずに届きますよ。」と口添えしてくれる。それというのも、担当の若い女性があまりにも熱心に私に対応してくれていたからだろう。「速く届ける為にはコンビニに持って行く方法もあります。」と言ってくれると、隣の古顔の女性が、「このサイズだとコンビニでは受付してくれませんよ。」とにべもない。それを聞いた若い女性が、ますます気の毒そうな表情になって、「スイマセン。そうですよね。」とどこまでも優しい。そのやりとりに助っ人として正義の人の如く登場してきたこの若者。あくまで晴れやかに誰をも傷つけること無くこの場をしのいだ。

いや~どこにでもドラマが転がっているなあ。

そこから二つ三つ用事を済ませて帰宅したが、病後の嫌な汗がびっちょり。まだまだ本調子では無いなあ。婿殿は流石に優しくて、今の快復具合を尋ねてくれるのでイマイチ物が美味しくないのよねえ、と愚痴ってみる。確かにフルーツ以外は美味しいと思わない。で、お嬢が職場から何か買って帰る?と生協の品物を見せてくれても頼んだのは全部フルーツ。

てなことで、まあぼちぼちかな?

と思っていたら、ある人から「みっちゃん、治りだしたころが大切。」とのご忠告が!わあお!図星だなあ。

さあ、今日中には寝よう。

2024年8月19日 (月)

便り。

昔から筆無精の自分ではあるが、このところの不調でそれにますます拍車が掛かっている。どうしても返事を書かなくてはいけないお手紙の返事も、それが思い入れのある人からのもので、テキトーな返事を書くわけにはいかないこともあって、どうもそちらに向かっていけない気分。こうしてパソコンに向かう暇があればそちらを優先にすべきなのも重々承知しているが、なんだろう?わが子供達の近況についても知らせて欲しいと、おそらくは病気故に乱れた筆致で書かれている。絶対に明日は書こうと思うものの、、、、。多分こういう場合自分で予想できるほど多くのエネルギーを使うんだろう。軽々には書けないという思いが心を重くしている。

ある友人は言う。「貴女は人と深くお付き合いするタイプね。」そうかも知れない。「私はテキトーだから、気にならない。」いや、自分だって充分テキトーな性格だ。それにいつもいつも気に掛けているわけでもない。人の出来る事には限界があるし、年と共に心の荷物も以前より重く感じるようになってきている。だからこそ、この手の作業には中々手が付けられない。

でも、明日にはやろう。と今は思っている。もう長くお会いしてもないし、お手紙も何年ぶりか?

別の友人は、何か思いついたことがあると直ぐに葉書をよこしてくれる。そう言えば非礼にもこの人から届いた葉書も一月ほど前のもの。。。とまあ、こうして複数になってくると余計取りかかるのが億劫になってくる。

でも、明日こそやろう。

同じ頃ある友人に電話したことがあり、それが一向に繋がらなくて心配していたら、先ほど元気な声で電話を貰いホッとした。が、想像通り病気だったらしい。ま、この歳になると色々あって当たり前。こうして交流が出来てるだけまだましだ。

あれもこれも、いずれは終わる。

2024年8月18日 (日)

月のお話。

ようやく日中起きていられるようになり、段々日常が戻ってきている。お昼はやって来た友人と夫の三人でいつものうどん屋へ。その後も孫べえのリクエストでピザを買って届けるというお仕事も。ただ、帰宅してからはドキューンと疲れが出て、点けたビデオも見られない。まだ病人に近いなあ。薬は無くなったけどねえ。

不思議なもので、快復してくると人間じっとしては居られなくなるものらしい。寝込んでいても急に本が読みたくなって、例えば内舘牧子の歯切れの良い文章とかに触れると一人笑いしては元気が出たり。その本の中に日本人宇宙飛行士の野口聡一氏が乗った「ディススカバリー」が地球に帰還したときにいたく感動したとあり、それがその事実よりも、それを実況中継したアナウンサーの一言に胸を打たれたというから面白い。流石に言葉を大事に生きている人の感想だ。落ち着いて静かに、「Discovery is home」と言った男性アナの言葉を聞いて、なんと美しい言い方だろうと思ったというのだ。それに付け加える多分日本の中継ならこうだろうという予想が又面白いのだが、一言で言うと「お祭り騒ぎ」的中継だというのだ。確かに、これは例えばオリンピック中継なんかでもたまに感じることはあった。今思い出せないが、日本人の派手な中継に混じって聞こえてくる簡単な英語の中におやっと思わせる表現があったりした。おお、そちはそのように表現するのか!?的な思いがけない言葉。これが文化の違いなのかも知れない。

台風や地震の中継などにも、表現に注意している人と、ただ見たままを言う人など、それぞれに違いを感じるものだが、とても詩的な表現をする人がたまに居て、こういう人がもっと出ても良いのでは?と思ってしまう。

今日の「光る君へ」の中で、人は何故月を見上げようとするのだろう?という下りがあったが、左大臣の言う、「自分が見ている月を誰かが一緒に見上げていてくれたらなあと、思いながら俺は見てきた。」と言うのは良かった。大石静氏の言葉だろうが、その言葉の裏にある言葉をキッチリ受け止めるまひろの表情も良かった。日本人はこういうのが好きなんだろうなあ。ま、色々な文化があって良いが、底に流れる人間のもつ普遍的な情愛には国境は無いと思う。

今宵の月は雲を従えて美しい。

パリ。好きな街なんだけどねえ。

寝込んでいた間にも少しはTVも見て、パリオリンピックのお祭り騒ぎもチラ見していた。それは多分パリだったからというのもある。特に印象的だったのは、セリーヌ・ディオンの愛の讃歌だろう。病を押しての出演だったという噂は知っていたし、彼女の表情が訴えるこの歌の情熱に圧倒された。ピアフも拍手しただろう。聴きながら涙したのは他にも大勢居たことだろう。あの日空だって、泣いていた。

で、驚いたことがある。一般のニュースには大きく取り上げられてないが、例のセーヌ川で泳ぐ種目が入っているトライアスロンが故障者を出している。かなり怪しいと思っているがどうだろう?女性市長が予め泳いで人体実験したらしいが、そんなの意味ある?こうなってくると、余所の国にはハッキリとは分からない何かがあったような気になる。だから以前偶然見た映画、セーヌ川に人食い鮫が現れるって、あれも、そういう事への反発から生まれた映画だったのだろうと思えてくる。巨額を投じてあの川の大掃除をやったと言うが、運悪く開幕日は大雨だった。市中の至る所にあっただろうゴミや糞(パリの犬の糞は有名だ)が当然流れ込んだだろう。しかも、トライアスロンの日の前日も雨。それをガブガブ飲みながら泳いでいたスイマー達を思うと、決死の覚悟だったのだろうと思う。、、、こうして美しい物語の裏側に何かが澱む。

一方で、スエーデンだったか、このパリ五輪の一番最初のプランニングから取材している映画が流れた。これはドキュメンタリーで、かなり面白い物だった。第二話まで見る力が無かったが、いつか続きを見たいと思った。主に若い芸術家達がそれこそ五輪アートで金メダルを取らんが為に独創的なアイデアを次々と繰り出し、空想から現実へと構築して行く様は本当に面白かった。

これらを見るに付け思う。人と人はこうして力を良い方向へと紡ぐ能力を持っているはずだ。それはどこまでも創り上げるものであって、破壊するものではない。

何故、今、戦争なんだ。

2024年8月16日 (金)

カタツムリ、動き始める。

久しぶりに出かけるのが億劫でグズグズしていて病院に着いたら11時という時間。ドアを開けておののいた。ロビーが患者で溢れかえっている。受付で「車で待ちたい」と言うと、構わないが12時には院内に入るようにと言われる。でこれまた暑い車内でエアコンは入れたにしてもウンザリする待ち時間を経て再訪。患者は全く減っていず、諦めて辛うじて空いた席に座る。アチコチから嫌な咳が聞こえる。ここはそもそも呼吸器専門。無理も無い。昔と違って、みんなスマホを片手にそれほど待つのが苦でも無い風情。ドンドン呼ばれて遂に自分の番になったは良いが、いつにも増してバタバタと忙しそうな先生に何かを言う空気ではない。「入院してるような生活を送っていたんですが、夜の微熱と発汗が気になって、、、。」というのがやっと。パパッとパソコンを見て、胸の音を聴いて、ちょっと唸って薬を決めて、「じゃ、これで様子を見て下さい。」以上。いつも診察が早い人ではあるが、今日は特別に速い。2時間待ってものの2分か?お隣の調剤薬局でそこでの愚痴を聞いて貰うのがやっと。彼女も苦笑いしながら、仕方ないですねえという感じ。でも不明な点はほぼ彼女が受け答えしてくれて、結果これでも良かったのだ。

新しい薬は5日分。これでジ・エンドの筈。久しぶりに運転したせいか、ちょいと元気が出てきた。自分の為のお弁当と夜のお惣菜を近くのお店で買い求め、通り道でパンも買い、ちょいと迷いつつソフトクリーム屋さんで一個買ったは良いが車内に入るやいなや既にドロドロに溶け始める。これは失敗。半分くらいしか口に入らない。が、シャバに出た感は達成。で、夜まで寝ないつもりで帰宅。ただ今夜の8時。ミッション達成だ。バンザーイ。

夕食はいつもの三分の一くらいしか入らないが代わりにお嬢が届けてくれたフルーツで補う。ま、ゆっくりと回復している感じか。逆戻りしないように気をつけようとは思いつつ。

さ、今日はよい子の寝る時間に寝ましょうか。ホント?

2024年8月15日 (木)

肺炎て美女のもんじゃあ?

久々のキーボード。当然ながら打ち間違いも多そうだ。

ぴったし8月に入ってダウン。それまで病気の予兆を感じる暇も無いくらいの多忙さで、突然降って湧いたような気持ち。今日で半月も療養している計算になる。たまたまお盆で、病院の都合もあり、肺炎と診断されたものの、投薬で次回の診療開始まで自宅療養となった。部屋に引きこもりひたすら水を飲み、空調に気をつけて寝るのみ。食欲は全く無く、夫にせかされて薬のためだけに朝のパン、昼のソーメン、夜のお米系は一応少しは採った。友人が差しいれてくれたフルーツは独り占めしてあっという間に食べてしまった。お風呂やシャワーも気分が良いときに一日おきくらい。死んだように寝て、死んだように生きていた。おそらくは薬のせいもあって、眠いのだろうとは思っていたが、横になると寝ている。最初の頃は激しい咳で胸の痛みもあり、とにかく苦しかったが、段々それが薄らいでくると、このままあの世に逝けるなら楽で良いなあと思いながら。。。

多分体に蓄えがあり、それを削って生きていたのだろう。そういう意味では伊達に太っていたわけではなかったのかも。大したものも食べず、こうして生きながらえている不思議。

昨日、少し気分が良く、テラスの窓を全開して布団を干したところ、最高に気分がよくなり、何時もより熟睡。病院だとシーツ替えやらパジャマ替えをやってもらえるが自力では完璧とは行かずに気になっていたのだ。洗濯物は干して取り込むのは夫に頼み、これは助かった。家庭内感染は最近では心配入らないようだが、それにしても夫は全くマイペースを崩すこと無くこの状況を乗り切った。どんなに猛暑でもプールはかかさず出かけて行き、合間にやるべきお仕事も全て出かけてこなしていたようだ。柳に雪折れなしと、母がよく彼の事を評していたが、その通りだ。スーパーで買ってくるお惣菜は意味不明なものが多かったが、ま、彼の為には一時しのぎにはなったようだ。

しかしこの食べたいものが無いというのも不思議な感覚。フルーツ以外欲しいと思う物が無い。

てなことで、明日はいよいよ病院。どんな判決が下るのか?

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