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2024年3月

2024年3月31日 (日)

雑記。

長らくパソコンをデスクトップからノートに移行してもずっとキーボードを使用していたので、未だにノートに付属のマウスボタンが使いにくく、プロお勧めのBluetooth仕様のマウスを購入。初めてそれが使えるようにと色々やってみた。多分途中でヘルプミーと言うことになると思ったが、あれこれやっていて、ナンとか繋がった。やっぱりこれだな。「自分でやること。」

でもまあ、考えてみると不思議な世界に生きているなあ。と思う。夕方の番組を車の運転中にチラ見していたら、西田敏行が自分が生まれたときはTVがなかった、と発言して、若者に驚かれていたが、このお方が12歳の時TVが世の中に現れたというから、あんまり変わらない年齢のようだ。自分自身、今思い出すのは南新町と田町の交差点辺りにあった電気屋さんの人だかりが、そのTV初売り出しの頃でまだ高価なものだったんだろう。父親の肩車でそのTVを見て、「あれ買って~~」と叫んだのをその場にいた大人達が全員嘲笑を含んだ爆笑で此方を見たのを、七十数年経った今でも覚えている。あのときどうして大人達に笑われたのか、本当の意味が分かったのは随分経ってからだった。

それが今やこうしてパソコンなるものを操り?操られ?信じられない世界を遊んでいる。

それで一体人間は賢くなったのか?一部の凄い人達が知力の限りを尽くして今の世の中を作ってきた。その他大勢の人達はその恩恵を被ってはいるが、、、、。自分がこの世から消えても、きっと進化し続けるのだろう。

一方で過去にばかり目を向けて生きている人々もいる。日本では最近奈良で見付かった遺跡が話題になっているし、今はNHKで古代エジプトを特集している。こちらにも科学の進歩が影響して、加速度的に色んな事が明らかになっているようだ。全ての事にAIが活躍し始めた。

しかし、科学が及ばない部分にとても郷愁を感じるのも人間だ。例えば少し腰かけている短歌の世界。音楽なんかもそういう意味では人間を形作る大切な細胞だと思う。ま、あっちに行ったりこっちに来たりと、生きてる限り人生楽しまなくっちゃ!

2024年3月30日 (土)

晴~れた日に~。

兼ねてから気になっていたスマホの更新時期が来ていて、好天もあり電話で予約も取れたので思い切ってショップに行ってみた。というのも何しろスマホ関連は時間がかかるとふんでいたからだ。矢張り思った通り約2時間も手続きに要した。若い男性が代わる代わるやってくれたが、どちらもこちらの疑問に丁寧に答えてくれて、結果かなりスッキリして店を後にした。あれこれいじっていて、わがスマホの画面には不要なモノが一杯入っていて、これが本当に不要かどうかがよく分かってなかった。一つ一つ解決してササッと消去してくれてたおかげで料金はもちろん、画面もスッキリ気分が良い。

帰りにちょこっとジムへ行き、買い物をして帰宅。急に暖かくて汗をかいたのでゆっくりお風呂。老人会からもらった全国の名湯という入浴剤から、本日は登別をチョイス。旅気分にほんの少しなれたような気が、、、。安上がり。

で、新しいパソコンの欠点で、コネクターの差し込み口が少なくて、プリンターに繋ぐとマウスが使えないという不具合が。。。例によってプロにラインでお尋ねしたが、いつもの如くご多忙なご様子。色々考えていて、フトそうか、有線でなければ行けるのか?と思い当たる。で、彼にそう伝えると今度は素早くそれが良いとのお返事。候補のものを紹介してくれる。

結局直ぐ頼らず、自分で考えるのが大事と今回も学習した。

スマホのショップでも、「なかなか良く使いこなせてますねえ」と感心してくれたが、本心は、もっとチャンと勉強したいと思っている。60歳超えると優待のサービスがあるということを、「失礼ですが、、、」と断ってくれて恐縮。失礼でも何でも無い。是非ドンドンそういうことやって欲しいくらいのものだ。

ちょうどこのタイミングで、お嬢のお仕事関連のコピーが必要で、慣れないノートパソコンのマウスで四苦八苦しながら、なんとか仕上げたが、こういうこと頼むのに、全くお願いする態度ではないお嬢ではある。出来て当然、という物言いにカチンときてついケンカ腰の口調になる。ったく優しくない。親の顔が見たいわー。ってね。

2024年3月27日 (水)

お葬式。

お葬式日和というものがあるとしたら、正しく今日の様な日を言うのかも知れない。丁度太陽が燦々と降り注ぐ時間帯に、葬祭場へと夫婦で出かけたが、前の組の人がお見送りの途中でしばし車内で待つことに。目の前を霊柩車が通り過ぎると、まるで結婚式だったかのように晴れ晴れとした表情の人々が行きすぎる。全員が真っ黒というだけの違いで、老いも若きもにこやかな笑顔というのは、一体どういう人の葬儀だったのか?大往生の高齢者だったのか?「見送った」という安堵の表情が多くの人の顔に見られた。

此方の葬儀はそこまでではないが、悲しみの中にもある種の諦念があり、担当者の丁寧な指示通りに事は進んだ。「辛いけど仕方が無い」「仕方が無いけど悲しい」の汐が満ちては引いてを繰り返す。最近はいわゆる斎場でのお顔あわせのお別れは禁止事項になったらしく、これが最後ですと連呼されるせいでもあった。今日一番泣けたのは、年端もいかない男の子が、連れ合いを亡くして泣く祖母の姿を見て、充分意味も分からず自分も泣いているという景色だった。「お婆ちゃんが泣いてるから僕も悲しい。」ということだ。それに、長く同じ屋根の下で暮らしていたので、余り言葉の交換がなくてもこの家に居る人としての祖父への情愛も生まれていたのだろう。近頃珍しく最後まで自宅で世話をし続けておられたのは、本当に頭が下がる。「だって可哀想やもん。」とのみ言い続けていた気丈な女性も突然の事態に心の準備がなかったんだろうと思う。何度も何度もご遺体の頬をなで続けて、別れを惜しんだ。

自分の年になるとお葬式に出かけたのも両手両足の指以上の回数を経験している。いつ順番が来るのだろうと毎回思いながら。。。

今日のお坊さんの読経は声も良く朗々としてとても清々しかった。若い人とベテラン僧侶のコンビだったが、共に声の相性も良く、ちょっと教会音楽っぽかったかな?ま、これからは色々この世界も変わって行くんだろうなあ。

お式を終え、うららかな日差しの中、あまり喋ることなく帰路につく。夫も身につまされたかな?

雨のち晴れ。

二度あることは三度ある、ってホントだったー。

今日は昨夜亡くなった近い親戚のお通夜で、参列のために出かけた。久しぶりに深夜車で帰省した息子達もいて、孫のために彼らの大好きなお菓子を購入しようと夫を乗せて我が家を早めに出発。と表に出た途端、お数珠を忘れたことに気付く。まだ動いて無くて良かったと車を出す。めでたくお菓子をゲットして暫く走ってハッと思い出す。孫娘に頼まれたモノを玄関に置き忘れた。で、急に晴れてきた空を見ながら、「お父さん、ドライブしよう!」

急ぎ自宅にとって返しいよいよ目的地へ。散々二人であっちの道が早いとかいやこっちだとか揉めながら、ナンとか目的地にたどり着く。この回り道のおかげで到着はお通夜のギリギリ10分前となる。約一時間の読経のあと、又明日と挨拶して帰りながら思い出す。「あっ、会葬御礼を忘れてきた。」と言うわけで、本日3回目の物忘れ。「お母さん、ちょっと酷いよ。」と夫に言われつつ、、、、内心ヤバッと思っている。やっぱ、銀杏の葉エキスかなあ~?

つらつら考えるに、こうなる原因は、同時に幾つもの事を考えているからだ。そのための容量が足りなくなってきたのかも。イヤハヤイヤハヤ。

そもそも今日は京都にいる予定だった。昨日車に乗り込んでややあって、仏事の連絡が届き自分だけとって返したといういきさつ。幸か不幸かこちらもあちらも大雨で、なんだかねえ、という思いもあった。

別に自分が考える必要は無いんだけど、例えば本日のO選手の会見も、結構な時間わが脳裏を去来し続けた。人は真実を見極めるのにどうしても私見というか、勝手な思い込みというモノがある。「こうだろう」から「こうあって欲しい」へと移行して、「こうに違いない」というところまで思いを巡らせてしまうのだ。そこまで考えてから色々思うことを止めたのだが、ニュースには否応なしに流れてくるので、やっぱり反芻してしまう。スポーツマンを絵に描いたような人物の彼には、そのイメージ通りの道を問題なく歩んで欲しい。今日の彼のコメントが全てだと思いたい。

さて、明日の葬儀はどうやら晴れそうで、長い闘病生活のあとの旅立ちに、心からのお疲れ様でしたのご挨拶のつもり。自分より2歳お若い人で、忍び寄るものを感じるが、今日のお説法の「往生」と思えば良いのかも知れない。誰しもその時を迎える。

2024年3月24日 (日)

ナチと相撲と親のこと。

今朝の新聞はナチの特集記事で2ページも割かれ驚いた。読んで色々思うところはあったが、とにかくAmazonで戦後のナチを描いたものが配信中だと出ていたので、早速見てみることとした。

まだ二話しか見て無いが、恐ろしい内容だった。簡単に言うと、ナチの組織下にいた人物がまだ世界中に生き延びている。彼らはそれぞれその国の要職に就いていいて、過去は隠蔽して巧妙に追跡から逃れている。そのことが許せないと、ユダヤ系の人々が水面下で調査し、粛清し続けているというもの。全く過去の戦争を知らない世代の若者が、徐々にその連鎖に絡め取られていき、自らも復讐に燃える、というもの。

今の世界情勢に酷似しているでは無いか。奇しくも昨日ロシアでのテロがあり、真実がどこにあるか分からない報道が続いている。そこに横たわるのは醜悪な民族間の差別という名の戦争の連鎖。勝った方にも負けた方にもそれぞれの言い分がある。くすぶり続ける感情は、終わりを予感させるものが一つも無い。

やられたらやり返す。人間の知恵というものは一体どこへ?

その点、同じ戦いでも相撲は良い。特に今日の優勝を決めた尊富士の戦いは素晴らしかった。見ていて涙が出たが、TVの映像でも、背景に映った観客の多くが涙を拭っていたのはさもありなん。それほど相撲フアンでもない自分のような者でもこれほど感動するんだから、現場まで駆けつけている人々はどれほどか嬉しかった事だろう。

同じスポーツ選手の親でも、世間を賑わしているO選手の親御さんと専富士の親御さんでは、随分違ってしまったなあ~。

親、ねえ~。プーにも親がいるだろうに。

誰のせい?

今に始まったことでもないが、日常的にドジが増えている。昨夜アップしたこのブログが2回ダブっていたようだ。お知らせ頂いた人がいて、おお、読んでくれているのか!?という感想が湧く。え?それだけ?と言われそうだが、こんなドジは軽い方。

先日来あるカードが無いと大騒動。最後に使ったお店に確認してみたりしていたが、諦めてカード会社に電話。止めて貰った。で、翌日になってそれが見付かったというお粗末。ちょいとパソコン設置の為に色んなモノを動かしたのだが、にゃんとわが足下に裏返しに落ちていたという結末。たまたまその色が床の色に近く気付かなかったという次第。それというのも、きっと頭のどこかに、絶対屋内の筈がない、きっとどこか外に違いない、という考えがあり、それが目をくらましていたのだろう。そういうときは見ていても目に入ってこないのであ~る。「自分のせい」

で、スマートウオッチがお隠れ遊ばして、二日ほど不自由した。あっちの部屋、こっちの部屋、上に下にと右往左往してみたが、今朝になって、「おお寒っ」と上着を羽織って手をポケットに入れたらそこに隠れていた。もちろん「自分のせい」

今日はお嬢の車に今宵の晩酌用ワインを忘れた。「自分のせい」

で、とどのつまりは夫からのラインで、「玄関の鍵がささったままになってるから、車の中に入れておく。」と鬼の首をとったがごときご報告。あっちゃ~。「サンキュー、ムッシュ!」と返信したが、モチこれも「自分のせい」

で、お嬢に言い放つ。「でも、全部出てきたからね!」二人で笑うほか無い。

ま、物事には原因があって結果がある。

今日のロシアのテロは、プーによれば「ウクライナ」のせい、らしいが、それは真っ赤な誤解と言うモノだ。いや曲解か。演説の言葉がふるっている。「罪もない一般の人々を無残に殺戮するのは許せない。」だって?そもそもあなたが始めたんでしょう?そういうこと!とTVに向かって思わず叫んだ。どうすればこんなに厚顔無恥に振る舞えるのか?彼の国の人々は誰のせいで?と思わないのだろうか?気分が悪いニュースだ。

2024年3月22日 (金)

あ~あ、やんなっちゃった~おどろいた。

晴天の霹靂とはこのことだ。日本のみならず世界中が彼に憧れ声援を送っていたと思うが、突然の不幸。野球フアンでなくとも、驚き眉をひそめただろう。あり得ない形で襲ってきた今回の騒動。多くの人が彼の順風満帆を疑わなかったのに、突然嵐に見舞われたような感じか。まだ多くが謎だが、一体どこへ収まろうとしているのか?

昨日インスタに徹子の部屋らしきものが動画として映り、数年前のモノらしかったが、ゲストのマツコデラックスと大盛り上がり。一人で爆笑してしまった。、、、こうしたことも含めて、世の中を明るくしてくれる最高の人物だったのだが、、、。

彼の夢が道半ばにして潰えることのないよう、心から祈りたい。彼の夢は外の多くの人の夢に繋がっている。

 

一方、昨夜遅く、NHKの時論公論で、えん罪で一年も拘束され、その挙げ句癌での治療が遅れ、無念の死に至った人の家族の起こした裁判が、棄却されてしまった件について、どうにも納得出来ないとする意見が述べられていた。見ていて、これには全面的に賛成。血も涙もない判決と言うべきか。はっきりいってかなり日本の司法は遅れているのでは?と思った。社会の平和の為、人々の幸せのための司法でなくてはならない。ホントにおかしい。

今朝の朝日新聞にも取り上げられていたが、権力を持つ人の前に一般ピープルは本当に弱い、と改めて思う。

実は昨夜の夕食は、娘ファミリーがわが家で結婚記念日のお祝いにご飯を食べにやって来た。我々の記念日ではない。娘夫婦は来年は銀婚式だそうで、まあ、色々ありながらもよくぞ頑張ったというお祝いのつもり。桜チップを使って、本格的なスモーク料理は彼らの担当。確かに美味しいし、珍しさも手伝いお酒が進む。婿殿とアチクシでワイン二本をキレイに空けた。お嬢は運転手。わが夫は最近全く飲まなくなっている。で、われわれに丸当たりと言う次第。こっちは冷蔵庫の大掃除を兼ねて、ストックしてあったモノを色々と調理。時々はこうして消費しないとねえ。おかげで彼らが帰った後の大量の片付けを終えたら猛烈な睡魔に襲われ、爆睡のあと偶然その番組を見たというわけだ。故に頭はハッキリしていた。感想にブレはないはず。

色んな意味で当面ニュースから目が離せないなあ。

あ~あ、やんなっちゃった~おどろいた。

晴天の霹靂とはこのことだ。日本のみならず世界中が彼に憧れ声援を送っていたと思うが、突然の不幸。野球フアンでなくとも、驚き眉をひそめただろう。あり得ない形で襲ってきた今回の騒動。多くの人が彼の順風満帆を疑わなかったのに、突然嵐に見舞われたような感じか。まだ多くが謎だが、一体どこへ収まろうとしているのか?

昨日インスタに徹子の部屋らしきものが動画として映り、数年前のモノらしかったが、ゲストのマツコデラックスと大盛り上がり。一人で爆笑してしまった。、、、こうしたことも含めて、世の中を明るくしてくれる最高の人物だったのだが、、、。

彼の夢が道半ばにして潰えることのないよう、心から祈りたい。彼の夢は外の多くの人の夢に繋がっている。

 

一方、昨夜遅く、NHKの時論公論で、えん罪で一年も拘束され、その挙げ句癌での治療が遅れ、無念の死に至った人の家族の起こした裁判が、棄却されてしまった件について、どうにも納得出来ないとする意見が述べられていた。見ていて、これには全面的に賛成。血も涙もない判決と言うべきか。はっきりいってかなり日本の司法は遅れているのでは?と思った。社会の平和の為、人々の幸せのための司法でなくてはならない。ホントにおかしい。

今朝の朝日新聞にも取り上げられていたが、権力を持つ人の前に一般ピープルは本当に弱い、と改めて思う。

実は昨夜の夕食は、娘ファミリーがわが家で結婚記念日のお祝いにご飯を食べにやって来た。我々の記念日ではない。娘夫婦は来年は銀婚式だそうで、まあ、色々ありながらもよくぞ頑張ったというお祝いのつもり。桜チップを使って、本格的なスモーク料理は彼らの担当。確かに美味しいし、珍しさも手伝いお酒が進む。婿殿とアチクシでワイン二本をキレイに空けた。お嬢は運転手。わが夫は最近全く飲まなくなっている。で、われわれに丸当たりと言う次第。こっちは冷蔵庫の大掃除を兼ねて、ストックしてあったモノを色々と調理。時々はこうして消費しないとねえ。おかげで彼らが帰った後の大量の片付けを終えたら猛烈な睡魔に襲われ、爆睡のあと偶然その番組を見たというわけだ。故に頭はハッキリしていた。感想にブレはないはず。

色んな意味で当面ニュースから目が離せないなあ。

2024年3月18日 (月)

パソコン、離れられないなあ。もう。

わがパソコンが突然真っ暗になり、慌てて専門家にSOS.

しかし、まあ考えてみると、今そう慌てることも無かった。このブログ以外には急ぎの書類を作成する必要が無かったのだ。でも、なんだか慌ててしまった。それくらい、日常的な生活用品になってしまっていたのだ。殆どの部分がスマホでカバー出来るということにも今更ながら気付いた。

身近に頼りになるプロがいるので、つい甘えてしまう。

このブログを書けなかった時間、結構忙しくしていて、、、、というのも、あるクレジットカードが行方不明。最後に使ったのを記憶しているが、そのお店にもなく、可能性のある店舗に電話してもないという。これはいよいよ止める必要があるかも。ま、自宅のどこかにある可能性の方が強いのだが、、。

この、「覚えがない」というのがやはり年相応に多くなってきている。昔からおっちょこちょいではあったが、その上に老化というソースがかかり、まるでおかしくなってきた。そうした感想を持っているとき、従兄弟から愉快な川柳が送られてきた。どれも身につまされるが、「何故消えるメガネと鍵のミステリー」「万歩計 半分以上捜し物」「先寝るぞ やすらかにねと返す妻」三番目のは今日実践してみた。読み上げたときは笑っていたのに、実際やってみると無反応。もうすっかり忘れているみたい。タハ。

ま、日々こうしたことの繰り返し。

で、破れかぶれの心境で、本日は娘と温泉へ。あっちは二日ほど岡山に滞在していて、その疲れを取りたいらしかった。まあ、薬よりは良い。こうやって、母と二人でよく温泉にも行ったなあ。もしかしたらあれも長生き効果があったかもねえ。

お彼岸に相応しい想い出だなあ。

夕食後は大谷の出るドジャーズ韓国戦を眠気をガマンして見たが、ほぼほぼ活躍の場面がなくがっかり。にも関わらず観衆の熱狂ぶりは凄い。すっかりスターだなあ。そこに居るだけで良いらしい。夫は「朝から晩まで大谷でウンザリしてきた。」とTVを見ようともしない。数独をしてうたたねをして、そのまま本チャンの睡眠時間となり二階へ。醒めてるなあ。ま、良いけど。

裏ニュースではロシアの大統領選挙の怪しげな経過のことや、日本の政治家の裏金問題のことが流れていたが、どっちも熱心にみたいものではない。仮に大谷が打てなかろうが、まだ野球見てる方がましだ。やれやれ。

2024年3月14日 (木)

ま、いっか。

素晴らしく晴れた今日、新たなステージに旅立とうという若者と会食。彼女はちぇちの公演時に、母親に連れられて練習を見に来ていて、その場で台本を覚えてしまったという才能の持ち主。幼い頃よりピアノに邁進してきてこの春、希望する音大にめでたく入るのだが、ピアノオンリーでない世界にも興味津々のようだった。そうだろう。いろんな才能を持ち合わせているはずだ。広い世界に今まさにこぎ出している姿は、初々しくて希望に溢れている。此方まで元気になった。お初のお店で美味しいフレンチ。お話も充実していて、良い時間が過ごせたことだ。にしても、女の子だったはずが、もうすっかり女性になっている。時間はいつも驚かせてくれる。

もう解散しようかという段になって、お嬢から電話が入る。夢タウンにいるからショッピングに付き合ってと言う。丁度良い汐で二つ返事で即答。そのまま車を移動。結局あれこれお店を回って試着の時の荷物持ち。

まあ、娘は良い。気の置けない相手として共通の時間が持てる。こっちはジムに行く代わりにカートを押さずに歩く。で、夕飯の食材を買い急ぎ帰宅。ホントーに時間の立つのは早いとまたしても感じる。

夕飯を終える頃には疲れが出て、思わずテーブルに肘を突いてうたた寝。夫が寝る頃に目が冴えて、Amazonで映画を見ようとタイトルを探す。「ムーランルージュ」というタイトルで、前に見たかなあ?と自信がないまま見始めた。ニコールキッドマン主演だったら、前に見ているはず。と思いつつ見ていたが、タイトルの展開から全く覚えがない。やっぱりお初か?と見ているとやっぱり彼女が出てきた。この時点でハッキリ二度目だと分かったが、どんどん見ていくウチにえ?こんな場面あったっけ?の連続。結局最後まで見てしまい、泣くほど感動した。これは参った。以前は一度見た映画は絶対どのシーンも覚えていて、ワンシーンで思い出せたのに、これは一体?老化もここまで来たか?しかも、ミュージカルで、使われている音楽さえ覚えがない。サウンドオブミュージックの曲やマイフェアレディの挿入曲まで編曲して使われていたのが、今聞くと不思議な感動を憶えるのに、そこで感動したという覚えがない。これはヤバイ。劇中劇のストーリーもそれの処理の仕方もとても面白いのに、記憶にない。オーマイガット!随分前に見たモノではあるが、確かに見ている。ムムム。

ま、いっか。なるようになる。

2024年3月12日 (火)

受験シーズン。寒かったり暖かかったり、悲喜こもごも。な日。

今日は何度目かの断捨離に手を付けた。途中で帰宅した夫はぎょっと叫んで、「お母さんはやるとなったらいっつも大事にするなあ~。」と言うが、チョコチョットは常にやっている。こうして大きく動かすことが出来るのも、体力的にこの先時間がタップリあるとは思えない。出来るウチにやっておきたい。の心。途中でお嬢がビデオ電話してくるので見せてみると、「も~っ京都行きの前に変なことにならないでよっ!」とお小言。あとで足腰に来るぞと言うわけだ。まあ、確かにそうも思うので、途中で中止。心残りだなあ。

一番困るのがCD、DVDの類い。ブックオフを開店しようかと思うほどある。一度半分くらいにはしたんだけど、まだ処理できないモノが残っている。

古い古い自分が東京に居た頃に来た父親からの手紙類も出てきたり、思いがけない人からのものもあって、又しまい込む。

てなことで、まだ半分も出来てない時間に、夫が夜会議に出るからと夕飯の催促。でもって、お出かけの後もやっていると帰宅して階下から再び叫ぶ夫の声。「9時には寝るから、それまでになんとかしてよ!」へいへい。ま、体力の限界でもあったので、これをきっかけに止めてしまった。明日もやらないと、、、、、。

息子の下の子供が高校受験合格との知らせ。希望校に受かって良かった。それというのも彼の姉も大学受験だったのが希望校に入れたので一人が落ちたら可哀想だなとちょいと心配していたわけだ。自分にとっては勉強が取り柄と平然と言う男の子。その言葉通りしっかり勉強していたからホント受かって良かった。

しかし、こういう時期は受かる子供もいればそうで無い子もいる。大学は、もう大人に近いから自分で進路を決めるに等しいだろうから、万一落ちてもその後の人生を自分で切り開いて行けるだろう。拘りさえ持たなければ選択肢は多い。が、高校受験は少しカラーが違う気がしている。全員が希望校に入れるようになればどれだけ良いかとこの時期いつも思う。まあ、人間は浮き上がる力を持ってはいるし、その結果をバネにしてより良い人生を歩むケースが多いようには思うが、全否定されたように感じてしまうケースもある。長く心の傷になってしまう場合もある。家族や友人も大変だ。このシステムは未来永劫変わらないのだろうか?

さあ、明日はどこかの大学に合格したという女の子のお祝い会をやることになっている。色んな可能性を垣間見てきたが、これからどんな道を歩んでいくのだろう?楽しみなことだ。

わが家の事件簿、とか。

ニュースからの情報で映画「ゴジラ」を突然見たくなり、お嬢に連絡すると一緒に行っても良いと言い、もちろん孫べえも連れて行くと言う。しばらく一緒に行ってないからきっと楽しいだろうと思ったが、せっかく並びの席を予約したのに、離れて座るという。せっかく購入したポップコーンもおなか一杯で入らないと言う。まあ、そういうお年頃。お陰で購入したポップコーンは、こっちがぱくつく羽目に。そりゃそうだ。二人でスシローでたらふく食べてやって来たのだ。

ま、それはともかく、肝心の映画だが、とにかくリアル感が凄くて、今の映像技術の凄さに唸った。これは賞も貰うはずだ。ゴジラの動きやなんかもまるで本物みたい。

なので、結構面白かったというのが感想。それで、お嬢の説明に寄れば、この前にヒットした「SHIN」というゴジラ映画はその前を画いたモノだからAmazonで見れば?と。なので、本日は映画二本立てを見たという次第。結論は、矢張り今日映画館で見たほうがよっぽど良かった、と思う。SHINの方は確かに政府のゴタゴタに重きを置いているが、ありがちな政権闘争だからそこはあまり面白くない。それより特攻隊の出撃にでたものの、尻尾を巻いて逃げ帰ったという若者に焦点を当てているのが面白い。そして、そこから人命が一番大事というメッセージを最後まで描いたのは素晴らしい。

実は昨日も映画鑑賞。地元で活躍中の女優さんが若いイケメンとのラブシーンを演じるというので、友人と三人で出かけたモノだ。制作者を知っているし、その女優さんとも古いお付き合い。照れの全く無い演技で、その堂々ぶりに会場から失笑が出る程。半分以上が知人だったろう。今回衣装で少しお手伝いをさせて頂いたのでエンドロールに名前が出てビックリ。そうだよねえ。映画は兎に角人が沢山関わる。エンドロールの名前の多さも一つのステータスだろう。オープニングの日だったので、関係者の挨拶やトークの時間があり、お嬢が司会。ま、何かと関わりが深い作品になった。

此方で映画に取り組んでいる人は結構多い。香川ってホントに面白い。きっと見るよりは作る方が面白いんだろうとは思うが、エネルギ-が要りそうだ。

実はわが家のイタ公が遂に仕掛けに掛かり、お山へと移住させられた。エサは高級ベーコンで、セットしたモノの、掛かったのは二日目。今のようにパソコンをチャカチャカやっているときに外でガッチャ~ンと大きな音がした。あっ遂に!と急ぎ外に出でてみると案の定一匹ケースの中で暴れている。思わず写真を撮ったらこれがとっても可愛い。真っ黒なつぶらな瞳でこっちを見ている様が、なんとも可愛くてこれまでの悪さを全て忘れそうになる。しか~し、とにかく臭い。思いっきり何かを噴射しているようだ。敵を撃退する術なのか?

で、翌日の朝まで一晩中檻の中で暴れている。時折ぎゃ~っとか、キュイ~ンとか叫ぶので熟睡出来ず、朝はフラフラ。で、早速取りにきてくれてバイバイ。あの瞳を思い出すと胸が痛い。ナンとか山で自由に生き延びてくれたら、、、、と思っている。

で、わが家の事件簿、一見落着のまき~。ホントかな?家族が居ないのかな?もう大丈夫ななのかな?と、まだ心配。ま、当分この感じは続くんだろう。やれやれ。

今日は311.色々思い出すなあ。残ってる人の多くが頑張っているなあ。

2024年3月 8日 (金)

うらら~うらら~うらうらら~。

今日は好天だったため、何かと捗った。先ずは午前中に会議。男性は一人という女性会議のようなもの。最高齢者の自分からすると若い人ばかりという感じだが、定年退職組も多かったみたい。それぞれ活発な意見交換をして、ほぼマスクはしていたが、それでも世の中平常に戻った感はあったなあ。

で、友人からの電話で急遽ランチを一緒にとなる。彼女の時間の都合で遠くには行けず、予定変更して目的地近くのハンバーグ屋さんに行く。野菜とスープ、パンやご飯もが食べ放題で、沢山食べる人にはうってつけのお店。が、我々はそれ程は食べられず、それでも日ごろの栄養不足を補うだけの量は食べたか。喋りながらの会食は楽しい。フト見ると奥の方に見知った顔が。男性の一人も優雅な感じでなかなか良い。帰りがけにチョイと声をかける。「先日TVで拝見しましたよ。」すると、大いに驚かれて、かえってこっちがビックリした。まあ、高松は狭いと言うことだ。

そこを出て彼女を目的地に送り届けた後、車内にサンサンと降り注ぐ太陽を浴びながら、これはチョコザップだな、と車を回す。いつものように平日の昼間はかなり空いている。いつもよりハードルを上げて、バイク25分、マッサージ15分で満足。今日は骨伝導のイヤホンを付けて音楽を聴きながらだったのでいつもより楽しめた。

帰宅して洗濯物を取り込み夜ご飯のメニューを考えてから一休み。途端にカナダ人の友人D氏から電話が入る。お嬢のCDを聴いたが、フランス語がとっても上手で驚いたと言う。彼は母国語がフランス語だし、フランス語の先生もしている。そんな人から褒められたと聞くとお嬢は喜ぶだろうと話しが盛り上がる。歌もピアノもとても良いから、是非関東方面でもやれば良いと、幾つか関係先を紹介してくれるそうな。ま、実現すると良いなあ。

そうこうしているうちにあっという間に時間が経ち夫がプールからご帰還遊ばす時間となる。実は落ち着いて短歌を推敲したかったが、その時間は取れず、、、、。ま、〆切りの今日中にはなんとか間に合ったが。

先日友人から教わって、野菜スープを沢山作っては保存している。これがとってもグー。ジューサーにかけるという一手間はあるが、堅いモノが無理な今の夫にはぴったし。でもって、レトルトの豚の角煮をもう一品。生野菜も小さく刻んでまるで鳥のエサ。なんぞで整えてもちろんご飯はお粥で夕食はジ・エンド。

やがてパソコンを使わせてとお嬢がやってきて、ついでに何か食べさせてとのたまう。もう少し早ければあんなに無理して食べなかったのに~と文句を言いつつ別なモノを整える。そしてお食べ遊ばしてやることをやってとっととお帰りになる。

その後台所の後片付けを終えてようやく一人で今日のブギウギを見たり、自分の時間だ。NHK+で過去の放送番組も一本。ハンセン病の家族の存在をひた隠しに隠して亡くなった父親のことを調べるというモノだったが、本当に罪深い政策を当時の政府は取ったものだ。差別や偏見は勝手に生まれるものではなく、生まれるような環境にしつらえられることから始まるのだろう。

2024年3月 7日 (木)

良い湯だな~~~アッハッハン。

短歌は、捻っても埒があかないので、こよいはお嬢の誘いで温泉に。タップリ入っていると、とっくに着換えてしびれを切らしたお嬢が、「倒れたのかと思った!」と湯殿を見に来る始末。昔から長湯が好き。一人なら一日中居ても良い位だ。

ウチの子供達は揃って温泉好き。それというのも、わが両親に子守を頼むことが多く、年寄りと言えば温泉かお寺巡り。なので、二人ともが両方好きな人間に育ってしまった。それぞれの連れ合いは、大して好きではなかったらしいが、感化されて、今や温泉フアンとなっている。ホント、温泉は良い。それこそ体内にいたときの郷愁か?

朝は絵本お読み聞かせパフォーマンスのあと、4人で女子会。体調不良の友人を慰安するためのものだったが、ワイワイやっているウチに元気になってきてよかった。又やろうね、と約束して同行した友人Yをご自宅に送り届けてから帰りにチョコザップ。今日はバイクとエステとマッサージ。約1時間で身も心も軽くなりスーパーで買い物ついでにお嬢に頼まれた肉も買う。「お茶しよう」というので、パウンドケーキを買ってマンションを訪ねる。しかし、夫の帰る時間となり、慌てて退散。夫は遂に歯を抜いてお粥しか食べられないのだが、、、。自分の為にもお粥は良い。卵を割り入れ栄養のあるものにして、、、、。なんだかねえ。

2024年3月 4日 (月)

休養日。

近頃コンサートが多くて、疲れ気味なのもあり、本日は予定を変更して孫べえとお嬢の三人で水族館に出かけた。好天の上にずっと助手席で楽ちんだったため、良い気分転換の日となった。

全く久しぶりに様々な魚たちと遭遇したが、期待通り面白かった。大小様々な魚たちが回遊する中を、自分も混じって泳ぐところを夢想。良い気分に浸っていると、お嬢が我が子に、「人はみんな母親のお腹の中で水に浮かんでたからこういうのでイヤされるというか安心するんだね。」と話しているのが聞こえてくる。日曜日にしてはそれほど混んでなくてイルカショーも水しぶきを浴びながら見物できた。カップルに写真をお願いされたお嬢は、頼まれてもないのに、色んなアングルから拘りの構図で写真を何枚か。まあ、被写体も良かったから良い感じに撮れていたが、ホント幸せそうなカップルだった。若いって良いなあ。で、ついでにこっちも三人で撮っていただく。ま、それなりに幸せそうに撮れたか。フフフ。

夕食後にぼんやりTVを見ていると、大河ドラマのあと、ロシアのスケート選手ワリエワがドーパミンでオリンピック出場禁止となったことの特集が組まれていた。「絶望と呼ばれた」のは外の選手が太刀打ちできないからだそうだが、真実はどうなのか?この番組以外にも幾つかあって零時を回ってからシチリア半島一周の映像が流れてきた。イタリアでもここには行ってないから、ついつい熱心に見てしまう。TVってこれだからイヤなんだよねえ。見始めるとず~っと見てしまう。新しくなって画面もクリアになっているのもあるけど、、。

ここも世界遺産になってます、という解説を聞きながら、そうなんだよねえ。人類はこうした場所を世界遺産として保存しようと動いている時代なんだよねえ。戦争で破壊するなんてもってのほかだ。時代の流れからすると完全に逆行している。

さ、もうねーましょ。

2024年3月 2日 (土)

歌会、朗読、そして歌。

本日は午後からの歌会の後、絵本の読み聞かせの練習。ミュージカル団体のOBがやっているため、ただの朗読ではなく、歌やパフォーマンスを交えてショートショートの作品。毎回馴染みのない童謡唱歌を覚えては歌わなくてはならず、かなりハードルが高い。知らない曲を覚えるという難行苦行。いくらお相手が子供でも緊張してしまう。なので、こうしたプログラムに沿った練習が必要というわけだ。ま、何事も自分のためだ。

短歌は、いつものように難しいのと面白いのが色々出てきて、あっという間の二時間。笑いも沢山あって、楽しい歌会となった。司会を担当していて、一番気を遣うのは、それぞれの歌に対する時間配分と全体の時間。ま、今日は上手く行ったか。予定の二分前には終えることが出来た。やりながら、ネット歌会の難しさを感じる。回線の音質が悪くほぼ聞こえない人もいて、事前に歌評がなければ進まない話しだ。大体は分かるが、出来れば対面でお願いしたいところ。ま、来月は対面だから、スムーズに行くことだろうと期待している。

最近TVでも短歌を目にすることが多くなったが、今日は女子刑務所の中に居る人が詠んだ歌が紹介されていた。世の中の物価高騰の波が刑務所にさえ寄せてきているというのだ。それぞれのインタビューに答える人がほぼ殺人と出るのに驚くが、どういう事情があったのだろうか?70代という人もいた。男性が女性の10倍の人数入っているらしいが、矢張りここでも女性ばかりだと雰囲気が柔らかい。何があってもあのような場所で最後を迎えたくはないなあ。でも、もしかしたら戦地で死を迎えるよりは良いのか?

2024年3月 1日 (金)

別格。

日々これでもかと色んな事が起こる。今日は珍しく尋ねてきた友人Yと連れだって夫と三人でうどん屋さんへ。でもって、そこから最近体調が優れないと聞いている友人Sを訪ねる。暫く見ない間に随分痩せて、どうも食欲が湧かないという。もちろん病院には付いているが、なかなか思うような治療が受けられてないらしい。そのためかなり悲観的になっていて、今度女子会をして慰めようということになった。何か役にたちたいというだけのことだが、果たしてそれが彼女にとって何か意味のあることだろうかと、懐疑的な面もある。

こうして段々我々は老いていくなあ。

仕事帰りに立ち寄ったお嬢は、夕飯をしっかり食べてお帰り遊ばしたが、こういう日は婿殿がちゃんと子供の夕飯を担当してくれると言うからたいしたものだ。わが夫は毎日毎日調子が悪いと口癖のように言うが、それでもプールには毎日行き、時には夜の集まりには出ている。それが出来ていても、昼間は寝てることが多くなった。これって全く大丈夫なのか?

 

いよいよT会長が故郷の水戸へご帰還なさるというので、お別れの会を開催することとした。思えば長い高松時代だったろう。高松と水戸は似ているが、それでも矢張り生まれ故郷が良いのだろう。ま、アチクシには分からない感覚だが。というのも、自分的にはもし地震だとか何か災害があって、この地を離れなくてはならないとして、全くそれが苦にはならない。と思う。世界中どこででも暮らせるという思いがある。これはひょっとして、自分が日本生まれでないことと関係してるのだろうか?あるいは父の転勤生活が影響しているのかも知れない。地域に執着がない。漂流者の感覚だ。

 

過去二回イタ公が仕掛けから脱走して以来現れないが、これで本当にもう来ないんだろうか?このストレスから完全に解放される日はいつだろう?

 

今日は日本のみならず世界中が大谷ニュースに湧いた日で、こっちも仕事中だったお嬢にラインで知らせた程だ。自分自身は大して野球に興味があるわけでもなく、大谷のこともニュースで見ているだけのことだが、何故か彼には惹かれる。まあしかし、このまま良い方向へ行ってくれれば良いんだけどねえ。世間の変な風にさらされて不幸にならないで欲しいなあ。どうもあのアスリートの元奥さんは先日高松でステージがあったらしいが、外見的には萎れているようなことが出ていた。気の毒と言うほかない。人の幸せをやたら壊したがる輩がいるのはどうにも解せない。朝の連ドラの雑誌記者も同じだが、あれもあながち架空のことだとは言えない筈だ。同じ一生をあんな風にしか生きられない人種がいるのは、、、どうもねえ。

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