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2024年2月12日 (月)

芸術の奥深さ。

昨日は夜のコンサートに友人Kとお出かけ。バッハ、メンデルスゾーンというクラシック中のクラシックに、二人とも行く前から、「私寝るかも。」「絶対寝るよね。」と言いながらであった。で、数日後にお家ご訪問のKKさんにラインしながら、待ち時間を過ごしていて、時間になって会場入りしたらナントそのご本人とバッタリ。彼女曰く、「なんか、匂いがしたのよねえ。」で、結局並んで着席。

演奏は期待通りのもので、時々はこうしたものを聴きたいと思いつつ鑑賞したが、集客がお気の毒な感じ。やはりこういうものは敷居が高いのか。ソリストに以前ちぇちにもご出演頂いたM女史がいて、暫くぶりに聴かせて貰ったが、変わらぬ美声に大満足。あの細い体でよくぞあんなに迫力声が出せる物だと友人共々感心しきり。で、こっそり裏話。「彼女はね、どこへ行くにも自転車で、雨だろうが雪だろうが、余程で無い限り人に頼らないのよねえ。だから腹筋が半端なく身についてるんだと思うわ~。」「なるほど~。」と二人ともお納得してくれたが、実際はほかにもご本人の努力があるはず。

感想の一つは、「矢張り歌は難しい。」と言うものだった。合唱に混じっていた時と、ソロで歌うときでは全く違う緊張感を漂わせている。そのせいで、体が揺れて声が不安定にもなる。きっと練習時の100%では無かった様に思う。水鳥のように見えない所ではあがいていても、それが外に出ないようにするのは至難の業。でも帰りに友人と話したことだが、やっぱり「声」は良いなあ。楽器とは同じ音楽でも全く違う。

そういえば、本日は夫にねだられて、ある写真展に行った。最近海外でも展覧会をしたほどの力のある人で、以前から作品を目にすることもあり、自然を素晴らしく美しく撮っている。どれもこれも本当に美しかった。それらを撮影するために、朝早くとか、深夜とかにシャッターチャンスを求めて出かけるらしい。やっぱり好きというのは凄い事だ。

ところが、ここでも昨日の音楽会で感じたのと同様の事を感じた。「絵のように美しい写真」と「写真のように美しい絵」では、矢張り後者の方が飽きないというか、、、、何かが違う。

肉体を通して出てくる物は、例えば楽器より、例えば写真より、より人間に影響力を持つ、、、。それは、人間びいきが過ぎるのかも知れないが、、、。

小澤征爾氏が亡くなった。世界中から追悼されているとのニュースを見るが、歴史に名をとどめた人だ。朝日新聞に村上春樹の長めの追悼文が出た。これを読むと小澤氏の「指揮」に向き合う姿が如実に分かる。

結局、何事も、「どれほど向き合うか」だろう。

求めよ、さらば与えられん。かな?

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