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2024年1月

2024年1月31日 (水)

今日は暖かい一日だった。

今日買い物帰りにいきなり声をかけられて驚いた。東京在住の音楽家で、こちらにもご自宅があるのでメンテナンスに時たま帰るといわれる。近々ランチでもとお別れしたが、還暦を過ぎてなお、見知らぬ都会で演奏会をやろうとしているらしい。何もしないでいると呆けそうで、、、と言われるが、その力を持っている人なのでそれは当然だろう。素晴らしいことだが、意外にも沢山ありそうでホールをとるのが難しいといわれる。日本国中そうなんだろう。コロナ明けで人々の気持ちが上向いているのもあるだろう。お互いの近況を話す時間はなく、再会を約してお別れした。

お嬢が講演後初の出勤日で、きっとよれよれだろうと孫べえに差し入れ要る?とラインすると待ってましたとばかり即答。ついでにわたしのもお願いーとこういう時は甘えてくる。ま、本番がどういうものかが分かっている身としてはハイハイと返事するほかない。で、孫べえに「お刺身と晩御飯持ってくね。」とラインすると狂喜している絵文字が返ってくる。親が親なら子も子、ってことで、小間使いのお仕事完了。

こっちはその前に、チョコザップで運動するつもりが疲れすぎていて最近セットされたマッサージ器ダブルで使用しただけ。どうもその間寝ていたらしい。

みんな疲れすぎている。

昨日はマッサージのプロにかかったが、相当凝っていた感じだった。ゆえにちょっとやそっとでは戻りそうになかったら、案の定今朝から舌に妙なものができて何か食べるたびに痛い。鼻の頭があと少しという今になって、今度はこれだ。体力がなくなったのを実感する。

それはともかく、入ってくる感想がすべてありがたいことに好評で、ここまでのストレスが氷解していくのを感じている。

自分がいつまでお付き合い出来るのか分からないが、ま、出来うることは全部やろうとは思っている。

そう、みんなこの世で出来ることは全部やるほかないのだ。いつストップがかからないとも限らないのが人生だ。

2024年1月29日 (月)

祈り。そして感動。

二日間に及ぶシャンソンのコンサートが無事終了した。今回ほど、「無事」の有り難さが思われたことはない。一番の理由はピアニストの体調不良。実際に開催されるかどうかがギリギリまで判断出来ず、故に、ドタキャンありの設定で取り組んでいたのだった。そのせいで、逆に関係者が一丸となって本番に臨むことができた。終わってみれば、それぞれが最大限の力を出し切った演奏会となった。その思いがお客さまにもきっと伝わったのではないか。一様に「感動しました」「素晴らしい演奏会でした」「シャンソンが好きになりました」と口々に感想を述べられて、涙ぐんでおられる人も多く居た。

実際スタッフも打ち上げでは全員が涙涙で、声にならないほど。それはいろんな意味を含んだ涙だった。

大量の道具類を此方と娘の二台の車に全て積み込んで帰宅。それを又元に戻すのが大変。とても今日の話にはならず、明日にしようと娘が帰っていったのが深夜1時という時間。こちらは既に腰に痛みが来ている。明日起きられるかどうか?

 

何事にも終わりが来る。なあ。

2024年1月26日 (金)

天も味方に、明日は本番。

色んなことが一定の方向へと流れていくのを感じている。

いよいよ明日が本番という今日になって、孫べえが風邪っぴき。慌ててお嬢は今夜からホテル泊。まさかそんなことになるとも思わず、今日の午後は二人の車に小道具類を仕分けして積み込んでいて良かった。発声もして、お婆ちゃんのお墓参りに行くというお嬢を乗せて寒風の中花を買って行く。こんな時もお婆ちゃんは頼りになるらしい。

で、こっちも明日は美容師のお仕事もあり、その準備もやっつけて、さ、今日は早寝。と思ったら、ホテルからビデオ電話。いやな予感がしたが、案の定ホテルが用意してくれた衝立が気に食わないので、うちにある衝立を持ってきて、というご命令。やれやれ。

 

ここ数日パソコンの調子が悪く、Wi-Fiが繋がらなかった。プロにお願いしてたが、きっと多忙だろうと自分で色々やって、漸く解決。

 

今回は孫べえの急病だったが、ホント、出演者や関係者の誰一人も病欠は出来ない。他人事ではなく、自分自身も健康でなくてはならず、その意味でも緊張を強いられた。今となってはどうぞ何事もなく二日間が終わりますように!と願うのみだ。

 

ちぇちの公演と変わらないくらいのハードさだ。ふ~っ。

2024年1月22日 (月)

あくび百回の日。

今朝は二人での園児に読み聞かせ朗読会、うろ覚えの歌を何度もなぞりながら予定時間に到着。まあなんとかなったが、、、、子供達の熱心な見つめる力は素晴らしい。純粋そのもの。こういう小さい子供達に触れることはほぼ無いので、とても懐かしい。この子達の未来はどうなんだろうか?幸せな時代であって欲しいなあ。

そこからは次々と予定していたプログラムのコピーに走ったり、練習会場にお金の支払いに走ったり、ワインボトルを求めたり、そうこうしているとCDが間もなく届くはずだから自宅に居てとのご命令。でもって、此方の用事もありいので、出たり入ったりしていると、疲れてきたのか眠くて仕方がない。今宵は会議に出かけるという夫の晩ご飯をやっつけているとお嬢がやって来て発声練習。

眠いのをガマンして夕食を済ませ、夫を送り出してようやくパソコン前。何故だろう?まだ眠い。夕べよく寝たと思うのになあ~。ま、こういうときは寝るに限る。

ここ二三日例のイタ公の気配がない。ようやく作戦成功か?

たった今、愛子様日赤に内定が決まったというニュースが流れてきておおおという感じ。先ずは成長されたなあ、という感想と、本当にしっかりとした女性になられたとも思う。わが家では何故この方が天皇でイケナイのか?ということがよく話題に上る。この太陽の様な女性が天皇になってくれれば日本の希望になるような気がするが。

さ、寝よう。

2024年1月21日 (日)

姦しいの意味。今更。

本日は女三人で寄席に繰り出す。お二人をお迎えに行くとまあそれはそれは賑やかな車内。落語の前哨戦というところ。本番の落語はもちろん笑わせてもらったが、結局帰りにカフェでも、となり、ハワイアンの雰囲気の人気カフェに行く。日曜日とあって5組ほどの待ち。なんとか入れて、こっちは昼ご飯の代わりというか晩御飯もかねてハンバーガー。なかなかおいしくて、オバタリアンたちも大満足。お二人ともご主人をなくされて、Kさんは近頃あまりの寂しさに鬱傾向にあるというが、少なくとも今日は全くその気配なし。Yさんはもうその意気は脱したとかで、とにかく明るい。毎日のようにカラオケに行き、AIに、「あなたはもっと音楽をよく聞いて、やんちゃな歌い方はやめなさい。」と叱られてばかりだというが、そんなのにはお構いなしで、なんと一回24曲も歌う日があるという。わーお。てなことで、一日三部のお笑いタイム。ふー。

そんなこんなで盛り上がり、お嬢から、「私のレッスン忘れてない?」と催促のメールが入る。続いて夫から宅配便の不在票が入っているけどどうする?何時に帰る?とこれまた催促がましい電話。落ち着いて食べることすらできない。

でまあ、しっかり楽しんで帰路につく。暗くなりつつあった夕暮れ道を飛ばしながら、用事があるのはいいことか、と自らを慰める。

明日は保育園の読み聞かせ。リーダーと二人だということで、少々緊張。ま、何事もやれるうちが華だ。

健気な人達。

今宵はお嬢の演劇部分の通し稽古。大変難しいことをやろうとしている。この性格は治らない。何もそんなことしなくても歌だけ歌ってりゃそれはそれで良いものをと想わないでもないが、なんせ、ご本人達が狭い道をなんとか頑張って通り抜けようとしているのを外野が止める訳にもいかない。そして、今宵漸く通せたのは何しろ良かった。

終わってから二人とも猛反省。が、第三者的にはこれで良いのだと思っている。演劇とはそうしたものだ。やればやるほど良くなるのは分かっているが、体も大事だ。助っ人で入ってくれた人も、非常に勘の良い人で、少しのアドバイスでグンと良くなる。音響さんも慣れた人で、無理難題にちゃんと応えてくれている。結局こうしたことは一人ではどうにもならない。思うような絵を完成させるには、色んな要素を担ってくれる人が必要。今回もいろんな人が協力してくれる。ある意味贅沢なことだ。

ピアニストは、本番まで走り続ける、と言うが、こちらとしては、いやいや休んで頂戴と言う立場。一日一日をしっかり大切に過ごしたいという彼女の情熱に押され続けてここまで来ているが、お嬢には休息が必要だ。声は健康な体を求める。それは心身共にということだ。そこが楽器の人と違う点だ。既に胃の具合が悪いと訴えているお嬢に、まさか子供の面倒は見るなとも言えず、少しばかりヘルプに回るだけだ。こちらとしても出来る事は全部やろうとしているが、、、、。東京で結婚後に芝居をやったときは、マンスリーマンションに一人逗留して稽古に通ったほどの集中力が必要だった。それを思えばお嬢は頑張っていると、母親としては評価したいところだ。

昼間は、ミュージカル時代のOB達との朗読研究会。その後絵本の読み聞かせの練習に一人でリーダーの家に移動。これは二人だったため、個人的な話しにもなる。そこで彼女が面白い事を話してくれた。ミュージカルをやっていた頃は、子供の誕生日も忘れ、子供が何歳になったかも忘れていた、と言う。クリスマスも前日に思い出しプレゼントが買えず、「サンタさんはね、今年はものすご~く忙しいから現金なんだって。」とお金にしたことがあったとか。その件は、成長した息子さんが今だに言うと笑う。が、実は、罪悪感で一杯だったその頃、子供達も父親もうるさい母親が居なくて、一日中好きなことをして居られて嬉しかったようだ。パチッとミュージカルの団体を解散し、毎日家に居るようになると思いとは逆の反応だったそうな。「ええ~っ?お母さんお出かけしないの?」と何度も言われたと言う。なかなか愉快なエピソードだ。

ま、そんなものだろう。実際心の中ではうちの孫べえも母親を応援しているようだし。婿殿も同じ。ま、どうあれ、お嬢は信じた道をまっすぐ走るしかないのだ。

一生は短い。本当に短い。みんな、やれる内にやりたいことはやって欲しい。

夕べ、なんと10時間も寝た。そのせいで、今日は元気。どうやらお嬢も同じくらい寝たと言うから、気象に関係しているのかもしれない。

明日はこけ枝師匠とさん蕎師匠の寄席に行く予定。ひと笑いして、このストレスを吹き飛ばそうか。ふ~っ

2024年1月19日 (金)

要するに多忙。

今日はお嬢がFM生放送に出演するというので、夫婦でラジオの時間となる。流石、夫は録音までしている。こっちは何やら落ち着かず、チャンとしたことが答えられるだろうか?とか心配。まあ、司会のこけ枝師匠やアナウンサーの上手いトークで何とかなったが、身内のこういうのはホントドキドキもの。言うべきことは大体網羅したようだが、、、、。

衣装も揃ったし明日の通し稽古は何とかなりそう。こっちはその前に劇団OBとの交流会があるし、只今は当日お渡しするログラムの準備中。結局、オペラをやっていた頃とあまり違わない生活だ。おかげで退屈するということがない。

ま、疲れるが。

 

やはり自分が短歌に触れているせいか、最近やたら短歌に関するニュースなどが多い気がする。今日も歌会始めで皇室の方々の作品など紹介されていた。その全てが詠み人の個性を感じるもので、なるほど歌はその人そのものだと思ったことだ。ちょうど今日届いた会誌に、「歌は独自のもの」という寄稿文があり、ある意味その人の人生の記録、思考の旅の記録、かもしれないと思った。人生は流転する。その思考も変化する。それを歌に残すことは、そういうことではないのか。

故にいくらでも歌が詠めてもおかしくないが、さっぱり思うように詠めないでいる。これまた面妖な!なんちゃって。

2024年1月17日 (水)

良薬。

ようやくイタ公が出てこない感じ。感じだけかも知れないが、、、。気付いてないことがあるのかも知れないが、部屋の点灯、お酢、点滅のネズミ撃退道具、CDをつるす、キッチンに食べ物を一切置かない、ここぞという所は穴を塞ぐ、、、etc

天井裏にも音がしなくなったような気がしている。が、たったの二日間のこと。まだ油断は出来ない。今日来た友人は、家出猫を飼っているので、外では見かけても家の中には入ってこないと言う。羨ましい。内は夫も娘も酷い猫アレルギー。絶対飼えない。

しかし今日も疲れたなあ。仕事+夫と友人とのうどん屋巡り、といっても一カ所だが、連日だから。。。お嬢がやってきて、特殊カラー+衣装や小道具のチェック、全体の流れや一曲ごとのプランニング、、etc

夕食後モーレツに眠くなるのをぐっとこらえて、今日も間もなく午前様だ。考えるべき事がまだまだあって、ホント、忙しい。という最中、友人からの愚痴電話。延々と長話に応じていたが、きりが無いので途中で打ち切る。こっちも若くない。身を守ることもしなくてはならない。

さ、もう寝よう。快眠こそが良薬だ。

2024年1月16日 (火)

行くのか行かないのか、それが問題だ。

いよいよお嬢のコンサートが迫ってきた。最初から孫べえの晩ご飯をちょくちょくお願いすると思う、と言ってたが、何のことはない。自分のご飯をおねだりすることの方が多い。夕べも6時間もの練習後に体力が1ミリも残ってないという顔をしてよれよれでやって来た。こっちも食材を買っては調理できずに勿体ないを繰り返していたので、電話があったときこれ幸いとおいでおいでと言ったもんだ。

ヘレのステーキや生野菜、暖めるだけのコーンスープ、焼くだけのニシンとかとか、バタバタとやっているとやってきては気持ちよく食べる。最近のわが夫の離乳食か?というような食事にウンザリしていて、ホント作りがいがあったというものだ。

こっちも何だか胃の調子がおかしい。夫に付き合いすぎて、栄養失調になり掛かっているような気がして自分だけ肉類を余分に食べるのが続いていて、そのせいで胃がおかしいのかも知れなかった。

で、本日もプールがお休みだという夫が、どっか離れた所へおうどん食べに行こうというので、昼間わざわざ山田うどんまで出かけた。まあ道中は晴れでドライブ日和ではあった。ちょいとお高いが味は変わらぬ確かな美味しさ。共に満足して帰路につく。

そういえば先日の劇団員たちも全員公演前にはうどんをご賞味したらしい。口を揃えて「美味しい」を連発。「いいですねえ、あんなおいしくて安いものがこちらには沢山あって!」とさも羨ましそうに話していたが、まあ役者というのはホント貧しい人が多いから。まんざらおべんちゃらでもなかったんだろう。それにうどん一杯千円以下では食べられないのが東京だ。

TVでは集団中学生疎開というのが流れていたが、まるで戦時中のようだ。今日も余震が5と言うレベルだったし、家族と別れたくないと、残ることを決めた子供たちの気持ちも解る。さぞ怖いことだろうと思う。行くのも不安、留まるのも不安、迷うことだろう。いろんな形の悲劇があるなあ。

2024年1月14日 (日)

観劇。

今日は加藤健一と佐藤B作の「サンシャインボーイズ」というお芝居の日。友人と二人前から二列目という席で堪能した。兎に角最初から最後まで笑い通し。それというのも、余りに身につまされるお話だったのであ~る。時々二人で、あの舞台にゲストで出演できるよねえ、とコソコソ話したことだった。役者二人の実年齢よりやや上の年齢を演じていたが、終演後のロビー交流会に現れた出演者達は、正直「ああ、彼らも実際年取ったなあ」という感想だった。そりゃそうだ。映画じゃあるまいし、生身の人間は年を取る。ロビーはこれまでのこの手の会では見たことが無いほどの人数が集まった。これは偏にカトケンの話術のたまものだった。終演後のカーテンコールで、「本番より面白いという呼び声高い交流会です。」とか、「いつもの会場では大体全員が集まってくれるんです。」とかいって笑わせた、あの話術の結果だった。そして深々と全員がお辞儀をして、震災の義援金と、劇団への寄付を呼びかけ、多くの人が列を成したのも素晴らしい。本日の公演は大成功だったのではないか。娘世代も十分楽しんだようで、後から感想で盛り上がったことだ。

いたちごっこはまだ続いているが、今日帰宅したら、キッチンのテーブル周辺が妙に汚れている。すわ、又又イタ公か?と想ったが、どうも違うようだ。で、色々チェックしてこれは夫がエアコンのネットを外してお掃除してくれた結果のようだと分かる。それが何故きっちり最後までお掃除出来ないのか?はさておいて、帰ってきた夫に先ずは御礼を。きっと明日は嵐になるかも。ってね。

さあ、今宵も出ないでくれると有り難いんだけどなあ。夕べは常夜灯を点けたり、お酢を置いたり、色んな物にカバーを掛けたりして寝たら、どうも来た形跡がない。このまま内を捨ててくれると良いんだけど。ねえ。ややノイローゼ気味なおみっちゃんなのだ。

2024年1月13日 (土)

疲れることが多すぎる。

おお疲れた!

朝からコンサート会場のホテルへ打ち合わせに行き、急ぎ帰宅して電気工事の人を待ち受けると、思ったより早くご到着。が、あれこれ見ていて、結局基本料金以外の工事が必要と言われる。業者さんによってこうも違うかと思われる対応。以前は個人経営の業者さん。今回は大手メーカーからの専属業者。「危ないことは出来ません。」と言われれば従う他ない。結局約二万円上乗せ工事となる。であろうとなかろうと、明日からまた寒くなると言うので怯えている夫は、外出先から急ぎ帰宅して「仕方が無い」を連発。思わぬ出費と相成った。

朝の打ち合わせは、これが最終となるとあって、みんなやや緊張。そのおかげもあって、全てトントンと進み、あとは本番がスムーズに進行するのを願うのみとなった。今回も大勢のお客さまを迎えての演劇+歌のコンサート。このやり方を通したいお嬢の希望を入れて全ての歯車が回り出した。

それは良いんだけど、ようやく消えたかと思われたイタ公が今朝はわがパソコンの部屋に現れてしっかり痕跡を残していた。朝からぎゃ~~~っと絶叫させられるのはホントに勘弁して欲しい。一切の食べ物を隠し、もう大丈夫と思った矢先のこれ。つらつら考えるに、この立地に問題があった。隣が倉庫、反対側が空き家。歌などの練習には非常に適しているんだけど、イタチにすれば、暖を取る場所がない。食べ物がなくとも、せめて暖かい場所、と選んでいる可能性が高い。家中の穴をチェックして塞いだつもりだが、500円玉の穴があれば入れると言うから、どっかにはあるんだろう。 

この攻防。一体いつまで続くのか?は~~っ!

賀状という習慣。

年賀状、本当に必要なのか?ある意味平和の象徴とも言えるが、このネット社会に於いて、この習慣は徐々に薄れていくように想うなあ。現にわが家も一時期の2割程度に減少している。「会う人には送らない」「ラインその他で済ます人」なんかを考えている内に段々空しくなってきたのも事実。暮れは何かと忙しい、というのは前から変わらない。その時期に必死で出すというのは、やっぱり現代にそぐわない感じもする。それより、関係ない時期に何気なく手紙類のやりとりが出来るといいなあ、と想う。筆無精の自分が言うべきことではないが。。。

ところで、今回の地震は関東大震災を上回る隆起があったという。九州の地震では直接の地震による死亡者の4倍の人が関連死だったようだし、まだまだ終わってない災害だということだ。あの傾いた家やぺしゃんこになった家屋を見るとナンとも情けない気分になる。当事者は生きる力もなくすだろう。

昔昔、バス旅行で行った輪島で、あの通りを歩き買ってきた輪島塗の器を改めて眺めては使いながら無念の感情がこみ上げる。日本を代表する芸術作品だった。日常使いが出来るものを買ったが、未だにしっかりしている。多くの物が消失しただろうし、作者達もどうなったのか、、、。

今のところ何も起きないこの地方ではあるが、何かが起きてももう耐えられないだろう、と、夫と食事時の一品だ。食欲も湧かない。そもそも避難場所に行けないだろうし、そこでの暮らしに耐えられそうにない、というのが夫の言い分だ。ホント、そうかも知れない。

取りあえず目の前のやるべき事に集中する他ない。今日は絵本の読み聞かせの練習。ま、これで良いのだろう。

2024年1月11日 (木)

運命論者では無いつもりだけど、、、。

相も変わらずイタ公との攻防の日々。色々やっている内に敵も少々根負けしつつあるのか、天井裏が静かになってきた。そして侵入の痕跡も余り残さなくなった。どうぞこのまま居なくなりますように!と願いを新たにする日々。

こうした中で、今度は夫の部屋のエアコンが壊れた。急に寒くなってきたのもあり、大急ぎで購入にと走る。工事をせかしても土曜日が最短となると言われ、それまでガマンする他ない。こうして次々と家電製品が壊れていき、そのうち家も壊れ、住んでる人も壊れて仕舞うんだろう。どっちが先か後か?油断すると空しさがこみ上げてくる。目の前のやるべき事に集中していると忘れるんだけどねえ、、、。

まだ、他者との関係で自分が動く用事があるというのはきっと良いことなんだ。明日は絵本の読み聞かせのための練習。毎日何かしらある。

今回の地震の被害状況が日を追うごとに鮮明になってきている。かなりひどいもの。もし我が身に起きても逃げられないだろうなあ、とぼんやり想いながらTVを見ている。

全ては運命か?

2024年1月 8日 (月)

幸せの実感。

夕べ、寒さ鎬に熱燗をコップ一杯飲んで寝たら、ぐ~っと眠って、起きたら1010分前。アラームの音量も下げていて、すっかり寝過ごしたと大慌て。確か10時に来客があったはずと、ばばっと支度して階下に移動。しか~し、予定は明日だったと分かり拍子抜け。が、落ち着いて考えるとゲゲッ。本日はチケットは買ってなかったがオーケストラに行くつもりだった。で、これまた慌てて着換えて準備して、夫とうどん屋さんへ走る。急ぎ帰宅して夫を置いてホールへ。ちょいと離れた場所で一日止め放題450円というパーキングを見つけ、そこからホールまで必死で歩く。かなり歩いたつもりが、時間にして10分足らず。ま、丁度良い運動時間だ。

当日券を買ってかなり良い席をゲット。開演30分前には着席という自分としては異例中の異例。いつものように観るべきチラシも全く挿入されてないパンフレットで、アッサリしている。で、お隣のおじさん同様スマホを取り出しあれこれ作業。ま、時間つぶしにはとても良い道具。

今日は指揮者がM先生のご子息というのもあって、期待して出かけたが、その期待を上回る素晴らしい指揮ぶり。何が良いって、PASSIONだ。最初から最後まで引き込まれた。お目当てのアルトとソプラノも予想通り。一瞬、ソプラノが涙ぐみながら「歌える幸せ」について話したが、それ以外は現状を忘れる楽しい音楽会となった。二時間があっという間だった。この三人の音楽家はみんな香川県出身。オケは神奈川シンフォニーで、レベルが高い演奏。聴いて楽しいオペラアリアやオペラの楽曲ばかり。中には過去にちぇちが取り上げた「こうもり」などもあって、あの頃のことが蘇り、自然に涙が滲んだ。

やっぱりオペラの音楽は面白いなあ。一般には敷居が高いとされるが、内容が分かってみればこれほど面白い物は無い。

今日は不思議と知った人に出会わなかった。この手の演奏会としては観客がもう少し欲しいところ。

帰りももちろん歩いて駐車場へ。少々寒い時間となったがあ、歩けば丁度良い。これだけ歩けるようになった事が嬉しかった。杖を突いている人を見かけたが、杖なしで歩けていることに感謝。ま、これからまだまだ色々おきるだろうが。。。

夜になって孫の宿題の為にコピーして欲しいとやってきたお嬢とつくづく話したことだが、今回被災した人の中に、一気に家族5人を亡くし、その親戚と合わせ10人亡くしたという男性がインタビューに応じていたが、一気に全員が自分の周りから消えたという事実が言葉にならない衝撃だろうということ。これまでの人生が全て夢のような気持ちになるだろう。こんな悲劇が起きるのが天災だ。

いつ何がおきるか、どうなるか、予測不可能なのが人生か。

2024年1月 6日 (土)

新年歌会の日。

とにかく疲れきった。イタチ騒動に加え、待ったなしのイベントの準備に翻弄され続けている。

娘のシャンソンコンサートはチケットが売れに売れ、お断りの連絡をさせて頂いている。これははこれでなかなかキツイ。折角行ってあげようと想ってくれている人に、どうしてもお席の準備が出来ないとお断りするのは辛い物がある。

で、毎日毎日イタチとの格闘。といっても敵は姿を見せないから、一人相撲しているような気分の悪さ。

そして平行して次々とエアコンなどの不調が続き、今度は夫の部屋のエアコンが調子が悪いというので、対策をあれこれやっている。ホント、生きることは大変だ。

そんな中本日は新年歌会。環境は申し分ない部屋ながら、マイクの設備がなく、わが家からデッキやマイクを持参することに。

そして司会を担当したが、チョイと夕べの寝不足が祟り、途中で眠くて仕方がない。時々笑いを誘う発言をしながらそれは全て自分の為でもあった。眼前に座っている友人Kは夕べのライン時間からするとこっちよりも短い睡眠時間のようで、必死で居眠りをこらえているのが見える。そこでわざと発言を求めてみたり、、、。ごめんねえ、私の為でもあったのよ。ってことで、なんとかかんとか和気藹々の雰囲気で無事終了。

驚いたことに、今日の提出歌の中に、「彩雲」を詠んだものがあり、一頻り話題になったが、ナント、しばらくして窓の向こうの空に実際その彩雲が現れたのだ。長く見て無いねえと話し合った途端で全員大いに驚く。昔からこれは吉兆とされるので、その場にいた全員が一瞬幸せな気持ちなったことだ。極々短時間ではあったが、晴れ晴れとした気分になれた。

急ぎ帰宅して夕飯は店屋物。兎に角済ませたら、メチャクチャ眠い。これを書くのが精一杯。さ、兎に角寝よう。

ニュースでは高齢女性が一人瓦礫の中からどうやら救助されるようだとか。どうぞ助かりますように。

2024年1月 3日 (水)

いたちごっこ。ごっこなら良いが、、、。

なんとも落ち着かない三が日。夫はそれもあってかわが家の恒例の輿田寺参りにどうしてもいくと言う。雨だし~と軽く反論したものの、神頼みしたいこともあり、、、。

というのも、本日またしてもソファの上にイタチが置物をしていった。どうも柔らかいところが好きなようだ。で結局それを廃棄処分。無くても良いような物ではあったが、しゃくに障る。昨日深夜に姿は見せずゴソゴソッと派手な音を出して侵入予告をしていたから、威嚇の為に棒状の物で壁を叩いたり、電気で音のする方を照らしたりしたが、それの仕返しか?兎に角堪忍袋の尾が切れそう。御用始めになったらお役所に問い合わせようと思っている。対策課があるんじゃないかなあ?自然保護された動物なんだし~。夫は「お母さんノイローゼなんじゃない?」と冷やかすが、実際後始末も大変だし、神経質にもなる。で、とうとう神頼み、と言うわけだ。

おみくじは、「大吉」これって、解決の兆し?引き当てたお守りは「恵比寿」何事も笑って暮らせ、と書いてある。う~む。

雨だし、4時前という時間だしで、着いてみればこれまで経験したことがないほど少ない参拝者。スイスイと行程を終えて、とっとと帰宅。

ところが帰る道々、わが車に着いているTVで、小倉の大火災のニュースが流れている。ええ~~?今日も事件?と話しながらの帰路。ホントに落ち着かないお正月だ。

今日は初めてこちらの運転だったが、昨年は入院中だったことを忘れていて、夫から、「久しぶりの輿田寺参り」と言われ、「ええ~っ?毎年行ってたのに~?」と言ってしまい、まるで鬼の首を取ったかのように何度も認知症だと笑われた。お互い相手より遅くにそうなりたいという願望の表れだ。確かに怪しくなってきたもんねえ。

しかし、運転は絶対こっちだ。夫はかなり危なくなっている。いつ返納するかは本当に難しい。少しでも仕事に行く必要があるからだ。

私たち、どうなっていくんだろう?今年一年の先が見えない。

2024年1月 2日 (火)

蘇る、あの日。

昨日、今日と、まるで人々の記憶を無理矢理思い出せと引っぱりださんばかりの大事件。元旦は、東北大震災、二日は911のあのテロ。どちらも人々の記憶の底に沈んでいたと思われるが、急に全てが浮上してきた。地震に関しては、流石に元旦で情報が取りにくい状況だったのだろう。今日になって次々と明らかになるにつれ、あの日の恐怖映像と重なってきた。丘の上から津波を眺める人々もきっと同じ思いだったのだろう。

今日の事故はいきなり炎を上げて走る機体を観て、あのNYのビルに突っ込む飛行機の映像がまぶたに蘇った。原因がまだ分かってないが、少なくともテロでないことだけはハッキリして、そこは安堵しているが。どうやら、災害地へ物資を運ぼうとしていた飛行機らしく、それはそれで痛ましい。

年が明けて、まだ二日だというのに日本中のマスコミ関係者が総動員されるという異常事態に唖然としている。

夕べ、わが家のイタチ作戦は拍子抜け。折角仕掛けた罠に全くかからず、、、、あの大騒動は地震が来るぞ~の大暴れだったのか?動物はいち早く察知する能力があるというではないか。きっとそれだったんだ。

今日はお嬢が最近はまっているという、「燻製」をわが家でやると言うので手伝った。が、この所の寝不足から来るのか?なんとなく気分が悪い。あまり食欲もなく、美味しい?と言われても感激するほどではない。毎年恒例の輿田時参りもパス。何だかねえ。年々元気の素が目減りしているのを感じるなあ。

久しぶりに今日中に寝ることとしようか。

2024年1月 1日 (月)

イタチ対策、今年も。

とうとう夜が明けた。という心境。それ以外の、例えば元旦、とかの気持ちは全くないまま朝というか昼を迎えた。というのは、昨夜お風呂に入りながらゆっくり紅白のTV番組を再現し、観てない部分を観た。良い面とそうでもない面があるなあ、と思いつつ、この手の番組を作る側の人々の大変さに思いを馳せたものだ。

で、気持ちよくベッドに入ったのはすでに午前様。一年を振り返ってみたり、、、、と、急に天井裏が騒がしい。間違いなく例のイタチ野郎だ。部屋の温度を暖房にしてるのが良くないかとスイッチオフにしてみたり。耳を澄ませば、これまで聞いたことのないようなドドどどっと言う大きな音で走り回っている。しばらくガマンしていたが、やがて階下で食器の触れ合う音がした。これはキッチンに出たな?とおおいそぎで上着を羽織って下りていくも。当然ながら敵はもう居ない。で、一応その辺をチェックして出してあった鍋やカゴ類を全部おしまい。エサがなければ来ないだろう、と踏んでのことだった。

ところがギッチョン。おせち料理の残りなど、一部確かに食料になるだろう的なお惣菜をゴミ袋に入れた。どうやらそのゴミ袋から上手く取り出したらしい昆布巻きが、二個も夫の書斎のイスの下に鎮座ましましていたらしい。意味不明の状況に一番驚いたのはもちろん夫。が、こっちはそれどころではない。どこをどう歩いたのやら?突き止めなければ!

ってことで、本日はトレーの上に片栗粉を敷き詰め、真ん中にあいつの好物の「肉」を入れてやった。これで足に片栗粉が付けば動線が分かる。すると侵入口もわかろうというものだ。こうなったら知恵比べ。

なんてことを考えたり実行に移したりとしていて、夜は殆どねむれず、完全な寝不足。だからといって初夢も何を見たのやら?今日こそ覚えていたいもの。

あのイタチの運動会は、今日の地震のせいだったのか?と今改めて思っているが、、、でもそれがどうした?

お正月気分、さっぱり無い。

その上、この地震だ。ますます、めでたいとは思えない。あ~~~あ、今年は一体どんな不運に見舞われるんだろうか?

眠い。

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