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2023年7月

2023年7月31日 (月)

「夢中」を持つ人。

今日届いた手紙はシェイクスピア仲間のお一人N氏。94歳におなり遊ばす。にも関わらず、先日この暑いのに50年ぶりとかで上高地に行ったとある。文面はご自身の飽くなき興味に基づく旅のお話やら行った先々での音楽家の足跡に触れたことなど。今もって、都会にバッハとかワーグナーやらブラームスのオーケストラ演奏を聴きに出かけられているという。驚くほかない。バッハに関してはCD200枚も持っておられるそうな。ビックリ桃の木山椒の木。こんな人が身近にいたなんて。

そういえば、わが番組にご出演頂いていたある男性も、自宅の二部屋分を音楽室に変え、CD,DVDはもちろんのこと、オーディオセットも何台かおかれて、さながらご自宅は音楽堂のごとき物になっている。その方は田舎のこととて、大音量でかけても大丈夫らしいが、N氏の場合はそれは無理かも知れない。が、コンサートに行く前は予めその曲を聴いてから出かけるという。いや~、凄い。人間、好きというのは何をやらせるか分からない。こういう人と接触するとホント、元気になる。うかうかしては居られないという気分になる。

気分だけ。

なんせ暑くて、それどころではない。ちょっと動いては汗。昼間だらだらしていると、お嬢がやってきて、わが家のパソコンでイロイロ書類を作成している。仕上がったところで、晩ご飯を待つ息子のためにバタバタと帰って行った。まだ若い。

こっちの今日は昨夜の睡眠不足が祟り、どうも調子が出ない。作る料理も不味い。栄養補強のつもりで流し込んだ感じ。

兎に角寝よう。でないと、調子が出ない。明日からまた忙しい。

2023年7月30日 (日)

みんな元気~~?

時の経つのが異様に速いと感じている。もうすぐ8月。何故か8月は忙しい。ざっと数えても、1日は会議。2日は朗読会リハーサル。3日はレッスンと孫べえの晩ご飯。5日は歌会。6日は娘の朗読会。8日はコンサート。9日は岡山。お盆明けはコンサートが二つ入っている。絵本の読み聞かせも初めて現場でやることになった。月末は東京から友人が帰省する。。。身が持つか?

昨日も今日も昼間は一切出ず、夕べはかろうじて買い物に出られた程度。

今日の昼間そんな話しを友人として、お互いの老化現象について確認し合ってげんなり。すると、夕方に息子からラインのビデオが入る。そこに娘も参入。もう終わろうかという段になって夫がプールから帰宅。家族間リモートが揃うと同時にお開きに。たいして食べないのに、時間通りに食べたいお方のせいだ。で、今日は火を使わないもので整え、自分だけ焼き肉をして食べたり。。とにかく柔らかいものしかお食べ遊ばさないので、そんなことになる。アボガド、ローストビーフ、山芋とオクラ和え。カニかまぼこ、が夫のおかず。こっちはローストビーフの部分が焼き肉だ。こないだから癖になる美味しさの焼き肉のたれを買っていて、食べるチャンスを探っても夫は全く無理になってるから、とうとう今日は自分だけとなる。やっぱりタンパク質は摂らないとねえ。

歌会の日が近づいてきている。そのせいか新聞記事やネットで俵万智の作品に触れることが増えた。自分の歌はさっぱり浮かばず、悪戦苦闘して出してはみたが、、、。やっぱりあの人は素晴らしい感性の持ち主だと思う。ツイッターを「青い鳥」になぞらえたり、視点も良いところを突いている。短歌仲間に聞いて朝日新聞の記事を切り抜いたが、これも素晴らしい。

 四万十に 光りの粒を まきながら 川面をなでる 風の手のひら

                                 俵万智

 

この歌を取り上げて論評しているのは外国人。詩人で翻訳家らしいが、外国のものをよくこれほど理解しているなあと感心した。彼の文章の中にある、「曖昧さ」を含む短歌だからこそだろうか。確かに短歌は、「そうともとれる」というのが多い様に思う。作者からすると飛んでもはっぷんな歌評でも、読み手にとってはそれが正解だったり、、。その距離を縮めるのが歌会かも知れない。

日ごろ不勉強なアチクシ。今回もお勉強させて頂く。

2023年7月29日 (土)

考える葦。

人間とは面白い動物だ。イロイロと創意工夫してなるべく快適に過ごそうと努力する。暑ければ暑いで。寒ければ寒いで。程度の差はあるにしてもみんな何かしら毎日をスムーズに暮らそうとしている。根本は他の動物と違わないが、創意工夫という点で抜きん出ている。ただ貧富の差があって、この所の電気料金の高騰などで節約の余り熱中症で倒れる人が続出しているとはいうが。。。。昔と違って、団扇なんか何の役にも立たないし、扇風機だって当たりすぎて体調が悪くなる場合もある。昔の気温とそもそも違うんだから。クーラーなしでは何も出来ない時代なのだ。ある意味情けない時代。ニュースではどこぞの野生の大型の熊夫婦が、山間に出来た水たまりにドブンと浸かり、水浴びをしているとあったが、体中毛布を着ていてそんなんで行けるのか?同情してしまった。

昼間、娘がカフェに孫ベえと行くから一緒にどう?と聞いてきたが、全く行く気がしない。すると美味しそうな山盛りかき氷やらアイスクリームやらの写真を送りつけてくる。こっちはそれを見て思いつき、家でかき氷をすることにした。丁度頂いたブルーベリーがあったし、あんこも買ったばかり。賞味期限が過ぎてるがシロップもある。で、ガリガリやってそれこそ山盛りかき氷を平らげたら、途端に元気が出た。不思議なものだ。婿殿が上京中だし、夫婦二人分作るなら一緒に食べる方がやる気が起きるかと思って、一緒にどう?とラインを入れると娘は喜んでコロコンダ。そして実際やって来てしっかり食べてお帰り遊ばした。夫もいつもよりは食べられた様な気がする。やっぱりワイワイ言いながら食べるのは良い。

で、娘と二人になった時、昨日孫べえと喋ったことを話して大笑い。その時、こっちは好機とばかり、孫に教えようとしたわけだ。「どんな有名な画家も小説家も、学者だって、何一つ自分で生みだしたものはないと言っても良いかもしれないよ。祖先の人達から頂いたものを知らず知らずに学んで身につけているんだよ。こうして喋っている言葉もね。」と言うと、「じゃあ、みっちゃんは天才だね。」と返してくる。「へ?」と言うと、「だって、イキイキボンボンて、みっちゃんが作ったんでしょう?お母さんは標準語だとばっかり思ってたらしいけど。」どっひゃ~!そこで大笑いだったので、その先の為になる話しまで持って行けなかったという報告をして、再び大笑い。いや~。子供には負ける。

2023年7月27日 (木)

涼しい話しと言ってもねえ。

まあ、暑い!毎年叫び声が大きくなっているような気がする。叫んだとて涼しくなるわけは無いのだが、ついつい朝一番夫に向かって暑いよね~!とお早うの挨拶代わり。チョット動いては暑い~~~と汗を拭き水をがぶ飲み。今朝はレッスン生が来たので暑いの合唱と相成る。終わってから昼ご飯をお願いと言われていたので、今日も孫ベえに聞くと、「寿司○~」と言う。まあ久しぶりに良いかもしれない。栄養のバランスを考えるとたまには魚介類も食べなくてはとあっつい中車で連れて行く。午後1時過ぎという時間帯は夏休みだから混んでるかと思ったがそうでも無く、この暑さの中クーラーさえあればどこでも良かった。こっちは苦手なのでお皿数枚。しかも中身は牛肉、卵、エンガワ、キューリ巻にサーモンと、結局余り魚に手が伸びない。敵はパクパクパクとお食べ遊ばし、こっちの倍は食べたか。伸び盛りと終わりかけた人間の違いだ。

面倒だったが給油してから送り届けてお役御免。這々の体で帰宅して水分補給。乾いた土に浸みていくように体が吸収しているのが分かる。休み休み家事をしているとあっという間に夕飯の時間。オイシックスのプリントを出したがやる気が失せて、出した食材を冷蔵庫にin.で、消化しなくてはならない食材の方を出して我流の料理に変更。これなら余り考えずにスイスイ出来る。めでたくプールから無事お帰りの夫は、いつものように文句も言わず少なめで終了。食洗機に食器を入れても~~ダメ。しばらく休憩。

ニュースでは、あと一ヶ月ほど暑い日が続くとか。世の中が昼夜逆転の生活になればいいのに~。流石に今の時間は気温が下がり、クーラーの効きが良い。ようやくお風呂に入ろうかという気になった。あと30分でシンデレラタイム。

嫌なニュースが脳裏にこびりついているのを流そうじゃないの。って、頭の無い死体はお風呂場だったよな~。おおやだやだ。

2023年7月26日 (水)

生きてるぞ~。

疲れ過ぎて、全く眠気が来ない。これはやばい。明日も忙しい予定だのに、どうするおみっちゃん。

孫べえを丸亀の体育館へ連れて行き、バレーボールの試合の応援なるものをしたが、着くまでのカンカン照りの中の運転から、着いてからの建物内の移動が、上がったり下がったり大変。見かねた孫べえ、そっと背中を支えてくれる。あら、優しい。これはお初~。

館内は子供達とその父兄でごった返している。転倒に気をつけてそろそろと移動して、お目当ての応援席を陣取る。が、この手の試合というものはコートが入れ替わる。一試合ごとにグルグルと又又移動。恐る恐るの移動は、かなり孫ベえの目には危なっかしく映ったことだろう。でもって、予定より数十分おしてから始まった試合。あっという間に負けて、最短の時間で帰路につく。これは有り難いくらいのもんだが、選手の父兄達はかなりがっかりしていた様子。うちの孫べえは一年坊主で出番は無い。無くて幸い。スポーツ全般小さい頃からあまり得意では無い。今日のチームみたいにお見合いばっかりしてボールに触れたくないかの振る舞いは得意とするところ。(だと思う)体だけはデカいので何をやっても期待されるが、、、ムムム。

昼ご飯を食べずに出たので、帰りに休憩を兼ねてどっかで何か食べる?と聞くと速攻「O将」と来る。まあなんだかんだ言いながら遅いランチを食べてお役御免。

ところが、昨夜の温泉でとある男性にぶつかって思いっきり足の小指を踏んづけられて、その場ではしきりに謝ってもらっても、そこまでとは思わず「大丈夫です」を連発したもんだが、今日になって腫れてくるし、ただ歩いても痛い。これはもしやヒビか骨折か?と整形にも行ってみる。結果「打撲」ですね、と言われホッとして痛み止めやら湿布やらを貰ってくる。せっかくあんよが上手になってきたのに、これのお陰で逆戻り。

イヤハヤイヤハヤ。何が起こるか予測不能。

疲れた~。

2023年7月24日 (月)

母と娘。○○なる関係。

パリ祭に出演が決まったことで、お嬢はちょっと浮遊している。「私、歌って行って良いんだ。」と何度も反芻している。元々モチベーションが低い人間だが、ここまでとは、、、と内心驚く母親の私。最初に付いたシャンソンの先生がとても厳しい人で、見込んだ生徒には殊の外辛く当たる。それに慣れていて、自分を過小評価することが得意?しかし、それはある意味逃げだと私は思う。「私なんて、、。」の世界に入り込むと、楽ではあるが、成長は無い。これからは打って出る事に慣れなくてはならないだろう。それがプロのプロたる所以だ。手厳しい評価も甘んじて受けて、より自分の芸を磨くしか無い。

今日は、二人で近場の温泉に行き、この所の疲れを癒やすのと、今後のことを話し合う時間を持った。時々ふざけては笑いながら、時には真剣に話し合う、こういう時間は大切だ。結局本人が一番知りたいのは、「客観性」だ。自分を客観的に評価して欲しいのだ。自分の事は自分が一番分からないということが、よく分かってきたようだ。その意味での成長は著しいものがある。

随分前に全日本電話会応対コンクールで東京で百人中一位をとって電話してきたとき、こちらが接客中で、「あそ。良かったね。今仕事中。」と余りにあっさり電話を切られた、と今もってその時のことを恨めしく覚えていたらしい。昨日ピアニストに、お母さんに電話すれば、と言われ、「多分、あそ。で終わるから。」と言ったそうな。が、昨日は「ブラボー」だったね、と笑う。いやあ、特別冷たい母親を演じていたわけでも無いと思うが、実際忙しかったんだろう、昔は。子育ても時代と共に変化する。

てなことで、明日は孫べえを丸亀まで送っていくというお役目を振られた。部活関連で、試合を観戦するらしい。いやはやいやはや。トータルでの子育てはみんな同じかも知れないなあ。今頃付けが回ってきている。

やりますがな。

パリ祭。

お嬢がまさかのパリ祭オーディション優勝の知らせを電話で言ってきたのは、孫べえの夕飯を届けて帰宅し、一息入れたところだった。およそ40人の一次合格者のなかから優勝を勝ち取ったのはまあめでたい。日本でシャンソンに特化して開かれるこのイベントは、歴史が長い。東京を始め、各地で大がかりなコンサートとして開催されている。で、岡山でオーディションが開催されるとの情報があり、渋るお嬢のお尻を叩いたものだった。どうも引っ込み思案なところがある。で、結果優勝となって、ようやく本人も自信に繋がり嬉しかったようだ。優勝したため、本番の10月には昼と夜両方に出演権が貰えたようだ。本番にはあのクミコが同じステージに上がる。確かにこれは快挙だろう。ケッサクだったのは、いわゆる囲み取材を受けてしどろもどろだったというではないか。日ごろあれ程二人で何故シャンソンを歌うかの議論を重ねてきたのに、なんてこった。

まあこれでこっちもイロイロ解放される。やれやれ。

 

審査員の評価の前に観客から散々褒めて貰ったのが一番嬉しかったという。鳴り止まないブラボーと拍手に会場係も驚いたと言うからまあ良い演奏が出来たんだろう。

あとは本番をゆっくり鑑賞させて貰おう。

なんか、こっちも疲れたわい。

今日もただいま深夜2時という時間だ。ふ~っ。

2023年7月22日 (土)

学び。

学ぶということについて考えることが多くなった。年を取るにつれ、学ぶ機会が遠のくのが普通だが、考えてみると学ぶことは生きることに繋がる。学ぼうという心からは成長したいという目標が生まれる。成長即ち生きることだ。

過去にシェイクスピアの講義を長く受講したが、あの頃の友人達とは今も会って文学談義に花を咲かせたり、会わない人とも電話で旧交を暖めている。

そのほかの我が高齢の友人達も、ある人は英会話を習い、ある人はスポーツを、又ある人は声楽や絵画を、、、そして私は、短歌の会で学ばせて貰っているし、昨日のように寄せ植えを習ったり、時々テレビで料理を学んだり、先日来絵本の読み聞かせんなんぞも学んでいる。こういう時間は心と脳内が充実している。

メインは知らないことを知るということだが、知ってることでもそれを深める行為がなんとも楽しい。若い頃に強要されて学んだ時より、自由に学んでいる今の方がよっぽど充実している。息子が大学で若い学生に教えるより、学外活動で一般人に講義する方が余程やり甲斐があるということを言っていた。まず目つきが違うと。そういうことだろう。

本当は若者にも真の意味の学問が提供されるべきなんだろうが、、、、。近頃残念なニュースが余りに多い。今日もどこかのマックに中学生が出入り禁止になったと流れた。この世代の子供達は以前から難しいとされてきたが、最も学ぶに相応しい能力を持っている筈の年齢だろう。なんとかならないものか。いつだったか、県内のある教室がニュースになったが、見ていて自分も参加したいと思うほど魅力的だった。

子育ては国民全員で!と政府が声高に叫んでいるが、、、、さて。

2023年7月21日 (金)

寄せ植え。人も寄る。

こないだから寄せ植えというものに興味が湧き、自己流に作っては飾っているが、ひょんなことからプロに基本から教わることになった。一月も前に予約してあったが、まさかの猛暑。行くべきかどうかかなり悩んだが、わが家から車で10分ほどの緑の館に思い切って出かけた。暑いには暑いが何しろ緑に被われた居心地の良いところなので、思いのほか過ごしやすい。先生からは、「こんな炎天下に来られるのは余程お好きなんですねえ」と言われたが、全くそうでは無い。ただ約束は守らなくては、とのみ思っただけのこと。「いえいえ、出来心です。」とお返事したが、キャンセルが相次いだらしい。さもありなん。こちらは完全防備。首には水で凍らせるネクタイ+、ネック扇風機、長手袋にマスクなしという出で立ちだったが、夢中でやっている内におよそ二時間があっという間に過ぎた。そして、予想以上に会心の作が出来上がって、疲れも感じない。イロイロと知らなかったことを教わり、これからは自分で作れそうとご機嫌で帰宅。流石に家に入った途端どっと疲れが出て、シャワーの後は仮眠と相成る。目覚めて考えてみると昼ご飯も食べてなかった。が、もう夕飯の準備をすべき時間。諦めてバナナ一本かじって準備に掛かる。

そうこうしていると娘がやって来て続いてピアニストも。明後日県外で歌うことになっているため、発声練習とアドヴァイスを受けにやって来たのだ。どうやら二人とも夕飯は作らなくても良いとかで、急遽我が手料理を食べて貰うことに。といっても、ここ数日で頂き物の夏野菜が山ほどあり、それを老夫婦二人では消化しきれないから手伝って貰う感覚だ。パパッとやっつけたものをパパッと美味しいと食べてくれて、パパッと練習して解散。ま、こういう日があっても良い。何かに向かっている者達は元気で良い。こっちも少しばかりそのエッセンスを貰った感じ。

 

四国は梅雨明けだそうだ。ようやく。。。

寂しい目。

毎日毎日色んな事件が報じられるが、自分の日常だって、家庭ニュースとでもいうものがあれば、相当イロイロあるのだから、日本国中、地球上の人々のできごとは当たり前に多いのだろう。にしても、よくもまあ、次から次へと新しい事件が勃発するものだと、半ば呆れながらテレビを見、SNSを、新聞を読む。これが全て他人事とばかり門外漢の顔をしてやりすごして行けるならまあ良いが、どれもこれも考えさせられるニュースが多い。

そんな中、強度な障害者の人が芥川賞を受賞したというニュースが流れて、これを明るいニュースとして単純に捉えられないという思いがした。作者のコメントにもあったが、これまでこういう例が無いことが問題だろうし、このことは多くの事を考えさせる。頭脳がとても明晰なこの女性が、「快挙」としてのみ受け止められてもそれは空しいだろうと思う。これを一つのきっかけとして、同じような障害を持つ人々にも様々な分野での表現が評価される世の中であって欲しい。今回はその文学性に於いて全員一致で決定したらしいが、他にもそういう能力のある人は沢山居るのではないか。ひとまず、こういう人をきちんと評価出来たのは現代に生きる我々にとっては喜ばしいことだ。

身体的な障害も多岐にわたるが、この所の新聞紙面では所謂性的マイノリティの人々の苦悩が取り上げられていて、社会がどう対応するべきかが論じられても居る。昔は価値観が極めてハッキリしていて一般的で無い人達は排除されるしかなかったが、ようやくここに来て変化が起き始めたように思う。本当の意味で色んな人に優しい社会になっていくんだろうか?ただ、まだまだ過渡期ではあり、その犠牲となる人が後を絶たない。若くしてその苦悩故に自死を選択する人も次々と出ているのは本当に悲しいことだ。るーちぇるという若者は、いつも目が寂しそうだったと、今思う。

2023年7月17日 (月)

生涯現役、ねえ。

近頃過去に思いを馳せることがままある。自分から求めているわけでは無いが、例えばミュージカル団体に関してはインスタに過去の公演が次々と更新され、それはA君の仕事ぶりによるものだが、一本ごとに的確な紹介がなされ、思わず惹きつけられる。そういえばそうだった。あんなこともやったなあ。福祉公演と銘打って各施設を駆けずり回り招待させて貰ったり、その行為がただ招待するだけでも非常に難しいという現実を知ったり。。。我々の公演は土日が多かったため、その日にご招待するといっても、施設の職員がそれに合わせて出勤しなくてはならない為、実現が困難を極めた。それでも何カ所かの生徒さん達は参加してくれて、当初の目的を一部達成することが出来たのも、懐かしい思い出だ。あれをやっていた頃はナントいっても若かった。出来ない事は無いくらいに思って活動したものだ。

演出というものを勉強させて貰ったのもこの団体でのこと。躓いたり折れそうになったりしながらなんとか皆に助けて貰って一つ一つ仕上げていった。当時からオペラをやっていたため、そしてその難解さをなんとかしたいと考えていたこともあり、このミュージカルにオペラの題材を取り込んでより分かりやすいものに仕上げたのも思い出す。「ラ・ボエーム」を題材にした時は、出口でお客様を送り出すとき何人もの方が涙をふきふき出てこられ、ご挨拶も十分出来なかった記憶がある。当時ボイトレで参加してくれていたI先生は、「見る人全員を泣かせる演出が必要だよ。」とアドバイスをくれたが、ほぼ期待通りになったようだった。

そして今日は偶然「真夏の夜の夢」をやったときの集合写真が出てきてギョギョギョ。凄いメイクで一人場所を取っている。そりゃあ森の妖精の女王タイターニアの役だから仕方が無いんだけど。

で、今FBを覗いていて普段見ないところを見ることになり、ちぇちの書き込みを今更見ることになった。こんなのメンバーがいつ投稿してくれていたのか全く知らなかったが、全国のオペラ団体の人達がこれを見に来てくれているではないか。かなり興味を持ってくれていたんだと分かる。以前の公演チラシや練習風景など、色々あってつい見てしまうが、こういうのはいつか消えて仕舞うんだろうなあ。

兎に角、こういう舞台を作るのは一人や二人では絶対出来ない。沢山の人々が同じ一点を見ながら完成させていく物だ。作品を周辺で支えてくれる人達も大勢必要だ。照明音響舞台製作、、、一本の作品を作ることは一大事業なのだ。

オペラに関して言えば、我々のようなアマチュアでさえ、一度に50人以上、時には100人の人が関わるのだ。今思えば恐ろしいくらいのものだが、必死になると結果は考えないで突っ走る自分のような人間がいて、踊る阿呆を作り出す。

振り返れば我が人生、なんと色とりどりだったことか。

と思う矢先、東京から帰ってきたお嬢が言うには、「お母さん、生涯現役の人は凄いよ!まだまだやることが在るんじゃないの?」と今回の旅で接触してきた人々のことを話題にする。自分自身もかなり刺激を受けて帰ったらしく、「孤独に歌の世界を追求し続けることだと思う。」とかしおらしいことを言ってる。確かにそうなんだけどねえ。はてさて?

2023年7月15日 (土)

火傷しそうな今日。

怒濤の今週がようやく終わろうとしている。今夜深夜にご帰還あそばすお嬢を迎えに行って、自宅まで送り届ければ終わる。筈。

母親が居ない家庭を疑似体験したとも言えるここ数日、良い意味で孫べえはコントロールされていたのを知った。だから母親から解放されて、自由を満喫しているらしい彼に余り干渉しないで過ごしたが、本人も期間限定だからこその楽しい時間だっただろう。

我が子の事は遠い昔のことで、自分がどのように対応していたのかおぼろだが、娘よりは子供をコントロールしてなかったように思う。。。いや、そうでもないか?やっぱりおぼろだ。言えることは、一所懸命だったということだけだ。

今日は古巣のミュージカル団体のOB達が10名ほど集まり、絵本の読み聞かせの練習をした。それぞれ年を重ねてはいるが、何かに向かって行くという真面目ぶりは一向に変わっていない。幼稚園に勤務していた人が二人いて、彼女達はある意味慣れている。が、そうじゃない我々残りの人間は自分が一体どこまでできるのやら?と疑心暗鬼な風情。なにしろお相手が34歳児だというから、想像が付かない。ま、何事も勉強だ。面白い発見もあるにはある。

とかなんとか在りながらある意味二重生活を送っていたが、まあそれもこれも運転が出来ているからこそ。

しかし、あまりの暑さに今日の車内はエアコンが効かず、効き出した頃帰宅して、家中のエアコンを始動させ、シャワーを浴びて水をがぶ飲み、アイスクリームまで食べて漸くホッとする。この暑さの中の外出は止めた方が良さそうだ。帰りに寄ったスーパーで氷を貰って保冷して帰ったのを、ビニール袋のまま頭に乗せて我ながらグッドアイデアとにんまり。。。災害級の暑さだとテレビが連呼している。そうかも知れない。熱中症にだけはなりたくない。

迎えに出る前に自分の部屋もエアコンを入れておこう。くわばらくわばら、、、。

2023年7月13日 (木)

人生イロイロ。。。

毎日こうも忙しいと、三日分が一日分に感じられる。というのも、娘が諸用で上京していて、半日は孫べえの為に費やしているからでもある。一人っ子故か、今の所は従順で、お芝居にも一緒に行き、こちらが用意した物はほぼ完食。ほぼ、というのは、今日本格的なエビチリを持参したが、これは口に合わなかったようで、こっちに押しつけてきた。夜ご飯二回には毎度ビックリするが、今宵も塾から帰って冷麺を食べた。寝たのを見計らってマンションを出るのはいつも午前様。父親はまだそれよりも遅い勤務で顔を合わせることはない。

この婆さんが宵っ張りでこういう時便利ではあるんだが、、、。

昨日のお芝居は素晴らしかった。主演の藤原某の演技力も凄かったが、全員のチームワークも見事だった。予想に反して歌や踊りもあって、隣の孫べえも眠ることなく必死で見ていた。100%理解してたかどうかは分からないが、母親には面白かったと報告していた。

舞台の転換が計算され尽くされて見応えがあり、この演出家は新宿梁山泊主宰の金さんという人。テント芝居で人々の度肝を抜くのはお手の物という人だけあって、視覚的効果もとても良かった。佐々木愛という女優さんは、79歳ということだが、とても美しく年取られていて、年齢そのままの役どころだったが、まだまだ現役。かつてこちらの公演でホテルまで出向き親しくお話させて頂いたことがあり、どっかで見た顔だと思われたのか、前から二列目のど真ん中という席は、一列目に人が居なくてまともに目が合い、知った顔に話しかけるという体で、会話しながら進んでいるような錯覚に陥った。

韓国の伝説的な画家の生涯、といっても39歳で病死した人だが、日本人女性と結婚し、一時期幸せな生活を送ったという数奇な運命の人。死後一枚の絵が、4億円近くの値がついたということだが、そういう人に限って極貧だったり早死にしたり、生きてる間に喜びが少ないもの。この人は病死だったらしいが、精神にも異常を来していたらしい。さもありなん。

そういえば、今日はるーちぇるという若い人の自死が報道された。生き憎い時代なんだろうなあ、まだまだ。

コロナに戦々恐々としている時代に、死に急ぐ人のなんと多いことか。

先日のコンサートでも演奏者の一人が体調不良で検査、陰性だったので出演したら帰宅後発熱。再検査で陽性が判明したとか。ご報告とお詫びメールが来たが、こればっかりは仕方がない。誰が悪いわけでも無い。せっかく終わりかけたものが再び首をもたげてきているようで嫌な感じ。もうウンザリなんですけど。。。

2023年7月 8日 (土)

会った、歌った、これもちぇち。

おお疲れた。

朝から暑い中、化粧してお出かけ着に着換えるだけでも疲れる。が、今は心地良い疲れを感じている自分もいる。久しぶりに元メンバーと一緒に歌った事の高揚感は思った以上に強かった。殆ど同窓会気分だったが、幸せな時間でもあった。合間でのみんなとのお喋りも「絆」感が漂う。こういう機会を作って下さったFさんには感謝あるのみ。出口で、「華やかで本当に良かったです。又やるんでしょう?やりますよね?きっと。だって、勿体ない。」というFさんの言葉も嬉しいものだった。ここではゴニョゴニョゴニョと曖昧な返事に終始したが、そんな幸せな時が訪れるのだろうか?みんな歌いたいという思いは同じだろうが、、、、。

今日も例の赤ちゃんの泣き声騒音が勃発。丁度口笛の優しくも涼やかな音色に酔いしれるタイミングでのギャ~~には参った。口笛は体を楽器として演奏するそのまんまの演奏法。心が微妙に影響を受けているのが分かる。気の毒の一言。世界一になった「魔笛」は流石に素晴らしく、超絶技巧と言っても良いテクニックだった。開演前にロビーでたまたまお見かけして、旧交を温めたが、以前と変わらない温厚な方。一曲二曲でなく、数曲を一度も水の補給もなくやりきるのだから素晴らしい。

先日のコンサートでも聴かせて貰ったテノールのO君は今日の方が素晴らしかった。堂々とした歌いっぷりで、自信の程もうかがえた。

今日も歌だけでなく演奏だけでも無いというコンサート。やはりこの形が良いなあ。

ちぇちで参加者の中に、この秋に演奏会に出るとチラシを配った人も居て、何かしら動いている人も居る。

さて。

2023年7月 7日 (金)

ゲスト。

明日は久しぶりに人前で声を出して歌う。現在名称が変わっているが元テルサ。何度かここのホールでもやったことがある。10周年記念ではなく、確か10回記念をそこでやったときに、余りに規模が大きかったためか、多くの音楽界の人々がお祝いがてら駆けつけてくれたのを思い出す。ご挨拶を頂いて、会長共々イチイチ修正も出来ず苦笑い。ゲストも様々な人々にご出演頂いたが、今も思い出すのは、わが友人Kの母上とお姑さんのお二人。舞台をサロンの一室に見立ててソファなど持ち込み、来客に扮した演奏家の皆さんをお招きして、それぞれ演奏して頂くよう促す、というお役目。何故このお二人に目を付けたかというと、当時余り居ないファッショナブルなお年寄り。普段のお洋服がそもそも舞台に出てもおかしくないようなおしゃれなもので、さりげなく被るお帽子も兎に角センスが良く、道行く人が誰しも振り返るほどだった。この方々を舞台に上げることにはナンの抵抗もなかった。ご本人たち以外は。

そのお二人もはじめは確かに逡巡されてはいたが、結果的にはちゃんとリハーサルにもおいで頂き、期待以上の振る舞いを見せて下さったものだ。「もう、みっちゃんには叶いません。」と言って笑って下さったTさんはもう草葉の陰。冥土の土産になっただろうか。

それ以外にもこのホールは何度も使わせて頂いたので、自分にとっては思い出深い場所だ。

思えばホールというのは文化の発展のために凄いお役目を担っている。近年香川県でもアチコチ良いホールが出来てきたが、やっぱり器が無いとご馳走は盛れない。海外では、このホールの利用料は無料という国もあるが、日本はまだそこまでは行かないのが残念ではある。自分が生きてる間はそうはならないだろうなあ。

明日のコンサートはなかなか面白い企画。出演者の中に、口笛世界一になった人も居て、確かその時の曲は、「魔笛」の中の夜の女王のアリアだったと記憶する。あのテクニックは本当に素晴らしい。FMのわが番組にもご出演頂いたことがある。

ただ、雨が降るかもねえ。まあ、主催者でなくゲストというのは気が楽なものだが。。。

2023年7月 6日 (木)

送迎。

今日電話でヘアーカットを依頼してきた近くの団地にお住まいのMさん。電話を切ってから、この方が脊椎間狭窄症が酷くて、見る度に腰が曲がってきているのを思い出した。しかも今日は予報と違ってカンカン照りの酷暑。再度此方から電話して、お迎えに行くことにした。送迎し終わるまで、百万回の御礼を言われて、かえって恐縮したが、ほぼ同じ年齢の人。他人事では無い。自分だって同じ病名を言われたことがあるんだから、いつ動けなくなるやも知れないのだ。車だと二分の距離だが、これを歩くとなるととても大変。今の自分だって無理なんだから。

朝はシャンソンのレッスンを二時間。彼女も来るときは電車の駅から歩いてきたが、見かねて帰りは送っていった。「そんなに甘やかさないで下さい。」と面白い事を言って遠慮したが、歩いて10分の距離は今日の天気では大変すぎる。相身互いということだ。

つくずく運転が出来る事をありがたいと思う。

先日も、とある方を送迎させて貰ったが、その方はつい先日ご主人を亡くされていた。道中今後の身の振り方を考えていると言われていたが、できる限り今のお住まいに居たいという。一度火災でご自宅を全焼、まだ新しいおうちなのだ。メルヘンチックなキレイなおうちで、草木に囲まれた終の棲家に相応しい。色んなサービスを受けながら一人暮らしを続けるか、施設に入ってしまうか悩むところだという。良く分かる。この方のように、様々な活動もされてきて、短歌もその世界で受賞するなど才能溢れる女性なのだ。頑張って一人暮らしが出来そうな気もする。娘さんが関東にお住まいで、近くに越してきたらとも言われたようだが、それもねえ、とため息交じり。根が明るい人なのが救われるが、状況は差し迫っているようだ。

本当に、時は流れた。

2023年7月 5日 (水)

女・女・女。

さっき東京の友人から電話があり、8月に帰省するからご飯でも一緒にどう?というもの。勿論一も二もなくOKする。何かあってもこっちを優先するというつもり。

ケッサクだったのは彼女のセリフ。「ねえねえ、私凄いおばあさんになってるからね。ほら、太陽お構いなしにスポーツしてたじゃ無い?今もずっとドッグケアのボランティアしてるのよね。ワンちゃんに引きずられながらもほぼマイニチ頑張ってるわけよ。するとどう?皺にシミでメチャクチャなのよね。覚悟してね!昔の事考えると別人ダカラねっ。」いやいや、そりゃあだれだって昔とは変わってる。全く変わらないお化けの様な人も居るには居るが、われわれ世代では絶滅危惧種。そんなこと気にしてちゃ、誰にも会えなくなっちゃう。。。。とお互い慰め合って、「だって、もうすぐ80代よ。信じられる?」と言ってチョン。

にしても口だけは相も変わらず達者のようで一安心。こちらの友人と三人で文字通り姦しくおしゃべりすることになりそうだ。

でもやっぱり友人は良い。何年会って無くてもマイニチ会ってるような会話が出来る。夏が楽しみになってきた。

夏と言えば、8月にははるばる愛媛の山中にある、とある美術館に婿殿の運転でオバタリアンばかりお出かけの予定。とても遠い場所で、道中のお喋りがどうなることやら。。。婿殿は今から戦々恐々としていることだろう。

こうして、元気なおばさんに引きかえ全く元気が無い我が夫。キツく言えば落ち込むし、優しく言えばどこまでも病人になる。このトンネルからいつ出てくるんだろうか?まあ、自分が一番しんどいだろうことは分かるが、子供じゃ無いから手取り足取りという訳にもいかない。数々の対処法の本を読みあさっていたが、「あれは活字」とか言って、どうも実践の参考にはならないらしい。今日は気圧のせいかこっちも気分が優れない一日だったが、、、、。

夕べ、久しぶりに母の夢を見た。余りにリアルで、目が覚めても直ぐ側に母が居るような錯覚に陥った。あの世を信じているわけでは無いが、夢の中や心の中の母の存在は思い知らされることがままある。先日の歌会で発表した歌はあの世を信じたい娘との会話から詠んだもの。

 

   母偲びあの世はあると思ふかと聞く子に無しと言い切り空し

 

おそらくはこの時の娘の心情は、あの世というものがないなら、キッパリとした別れがあるのみの自分たちの関係だという寂しさもあっての、後の沈黙だったと思う。勿論、それは悲しい事ではあるけれど、それには耐える他なく、だからこそ今を真剣に濃密に生きようという、母親からのメッセージだったつもり。酷なことだが、生き年生けるものの宿命だ。

今日はCOOPから我がお腹以上に大きいスイカが届いて、しっかり半分持って帰った娘。そうそう、美味しい物をしっかり食べて楽しいことをいっぱいやる。人生は多分まだ長いよ。

2023年7月 3日 (月)

クーラーが来たものの、、、。

あまりのことにがっくりな日。

今朝一番で新しいクーラーの取付工事に来てくれたは良いが、何度入れてもスイッチが切れる。辿ってみると大元のブレーカーが落ちている。結局前のクーラーも故障ではなく、これが原因でスイッチが入らなかったということになる。まあ古い物で新しくするのは良いとしても、折角付けた物が作動しないでは困る。急ぎ以前リフォームでお世話になったA氏に電話して相談に乗って貰う。結果、専門家に連絡してくれて色々やってみるということになる。が、業者さんも近頃は忙しいらしい。直ぐにやってもらえるかどうか甚だ怪しい。

47年住んでいる家。何が起きてもおかしくないと覚悟しておかなくてはならないのは分かっているが、、、。

クーラーの購入に行ったお店で、A氏の名前を出すと非常に評判が良い。「北海道出身でねえ、彼は。道産子って、芯がしっかりしてて、人柄も良いんですわ。」などと言う。確かにそうだ。色んな困りごとにもあっさり相談に乗ってくれるし、我が誕生日まで覚えていてくれてお花をプレゼントしてくれるなんざ、近頃珍しいセールスマン。しかし、出来る事と出来ない事はキッチリ告げる。仕事はやっているんだ。で、今回も再び彼のお顔を拝顔することとなった。以前股関節の手術で入院していたこともちゃんと覚えていてくれて、「大丈夫ですか~?」としげしげと眺めてくれる。大分あんよが上手になったと褒めて貰ってるのよね、と返事したり。。。この絶妙な気遣いが彼の持ち味だ。

ま、それはともかく、無事あのクーラーが使えるようにと祈る思い。全く電気に弱い我々夫婦は頼る他ない。

実は先日クーラーの購入に行った際、クレジットカードを落としていて、バッグやら車やら家中を探した挙げ句、電話で保管してくれていることを知り、急ぎ受け取りにいったというお粗末。段々色んな事が怪しくなってきた。ま、この手のことを数え始めるときりが無い。人間も、家も、物たちも、段々終が近づいてきているというわけだ。

2023年7月 2日 (日)

暑い日の寒い事件。

今日のコンサートは面白かった。歌だけで無く、楽器も複数あり、何が良いって出演者が絶えず客席の人達に向けて「楽しんで欲しい」メッセージを送り続けていた点だ。クラシックにありがちな舞台は舞台、とばかり客席と遊離したコンサートが多い中、これは珍しく心配りの効いた素敵なコンサートだった。寒さ対策も万全。お目当てのアルトは声にますます磨きが掛かり素晴らしかった。

出演者の技量の高さは言うまでも無く、構成に工夫が見られた出色の音楽会だったと思う。元ちぇちのメンバーと出かけて、車に乗り込むと同時に、「楽しかったね」と思わず言ったのも正直な感想だった。

ところが、一点だけ、大変残念な事があった。丁度入り口に近い席に居た我々の直ぐ側に、二人のお子さんを連れた女性が隅っこに陣取った。その様子からもきっと子供さんが静かに聴けないのは最初から分かっていたと思う。下のお子さんはよちよち歩きで、自由奔放。辛うじてお姉ちゃんがガマンできる年齢。多分最初にむずがった時点で退場になるかな?と思っていたが、案に相違してそのお母さんは顔を引きつらせながらも第一部は泣く子をどうにも出来ないままその場を動くことは無かった。非常にレベルの高いヴァイオリンとチェロ、ピアノの静かな演奏も、赤ちゃんの泣き声に集中出来ない。おそらくは殆どの観客、そして演奏家も気にしていたと思われる。この日までにどれほどの練習を重ねてきただろうと思うと、気の毒で仕方がなかった。個人的にも大好きなラフマニノフの三重奏。じっくり聴きたかった。。。。結果的には休憩中に係員がやってきて、丁寧に説明して、親子席がありますので、と移動を促し一件落着。が、これに怒りを顕わにしていた男性もいた。よく解る。これは、入り口でなんとかならなかったのか?どういういきさつで会場に足を運んだのか分からなかったが、どうしても来たかった事情はあったのだろう。が、このお母さんはおそらく一切コンサートを楽しめないばかりか、ただただ人々の視線に晒されて、辛い時間だったのではないか。この人の気持ちには同情を禁じ得ない。

以前このブログにも書いた記憶があるが、某有名指揮者の演奏するオーケストラの演奏会でも同じような事が起こった。その時は、し~んと静まりかえった大ホールの中、舞台で演奏者に向かい一度はタクトを振り上げた指揮者が、その手をいつまでも下ろさず、一向に演奏が始まる気配が無い。聴衆も指揮者の背中を見ているばかりで、次第にざわつき始める。赤ちゃんは会場の雰囲気も感じているのか、全く泣き止むことが無く、ますます激しく泣く。遂にガマンできなくなった近くの観客が動き、直ぐに係員も駆けつけ、みんなでわらわらと親子を連れ出した。と同時にそのタクトは振り下ろされ、壮大な交響曲が見事に演奏された。

その演奏の後、マイクを取った指揮者が静かに語り始めた。私にも子供が居ます。皆さんの中にも親と呼ばれる人が大勢いらっしゃるでしょう。だからあのお母さんのお気持ちは私同様良く解ると思われます。しかし、音楽を鑑賞する力があの赤ちゃんにないのは明白です。ではどうすれば良いのか?私は会場に問題があると思います。日本のコンサート会場はこういう人々の為の設備が出来ていない。。。。と述べて、そのお母さんの音楽を愛する気持ちを考える必要がある、それこそが日本の芸術文化を向上させると締めくくった。これには賛同の拍手が鳴り止まず、、、あれから30年以上が経つ。設備は少し行き渡った感はあるが、完全に利用されていないのも事実だ。まだまだ文化レベルが追いついてないのか。ムムム。

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