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2023年3月 5日 (日)

本当に必要なものは何?

スマートウオッチを使い始めて長くなったが、結局一番多く使っているのは時計機能。次は睡眠時間と運動量の計測。ラインなどメッセージを受けるのもやってはいるが、それほど緊急性の高いものは無いから余り使っていないのと同じ。無ければないでそれほど不自由でもないんだろうと思いつつ惰性で使っている。病院でリハビリを受けて居るときに年寄りが持っているのが珍しかったのか、しきりに話題にされたが、友人達も段々持っている人が増えている。中には音声入力が出来るようにして、時計に向かって喋って要る人もいる。「ホントに、機械って頭悪いから、私の言うことを間違えてばっかり、」とかなんとか文句を言っているが、これは入力側に原因がありそうだ。

 

先日プレスリーの娘が若くして亡くなったというニュースが流れた。それを思い出して今日たまたまNetflixで見たのが最近彼の生涯が映画化されて話題になったもの。友人から映画館で見て面白かったとは聞いていたが、確かに良く出来ていた。彼が頂点にいたときから、コーラのせいだと噂された肥満体になって没落していくまでこの自分も同時代を生きていた事は感慨深い。映画には知らなかった事も多々描かれていて、改めて彼の価値に思いを馳せた。その中でも、彼が如何に異端児であり、ときの政治や思想に抵抗して生きていたかが強く描かれていたのを見て、あの魅力はそこからも来ていたのかと再認識。彼によって、黒人も白人と同列に舞台に立ち、アメリカ社会の偏見を大きく覆した功績は大きい。それにしても、純粋なるが故の悲惨な人生はあまりに気の毒だ。そして、彼が愛した娘が何度も結婚離婚を繰り返し、どうやら求めた愛が得られずに人生を終えたらしいのは、彼の生涯にリンクして同情を禁じ得ない。

それにしても、歌はパッションだとつくづく思った。いや、歌だけではない。生きることに情熱を失ってしまっては、何も出来ない。限りある人生。大切にしなくては。

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