外は春模様。
今日はいつになく好天気で、外はまるで春のようだ。とはいえ、本当の外の様子は知るべくもない。看護師の報告を聞いてガラス越しに外を眺めて、ああそうか、と思うだけだ。友人達から自宅に咲いた花々の写真を送ってくれるが、なるほどそんな時期なんだと思うばかり。老人性鬱じゃないの?と思う夫からのネガティブなラインが入ってくると家に帰りたくないなあと思ってしまう。兎に角寒いの連発。そりゃあまあ、家事をドンドンやるお人では無いから、じっとしてたら寒いでしょうよ、と思うがそうも言えず。。。
そのくせどんなリハビリをしているのか?とか聞いてくる。自主練の日は、大体350m歩き、4階から1階まで降りて、3階まで上がり、自室でストレッチや腹筋をやってます~と出したら、べた褒め。自分もこれから散歩してくるというメール。鍵かけて出てるかなあ?、、、だんだん娑婆が近くなってくる不安。
相変わらず本を読んでいるが、娘がこれで勉強して、と渡してくれた「芸術の売り方」という翻訳物がこれまた分厚い。まあ、内容はこれまで自分たちがやってきた、「観客の事を考えた公演」ということなので、特別新しいとも思えない。読み進めていく内に、自分が考えてきた公演のあり方はやっぱり間違ってなかったと思うばかりだ。主にクラシックやオペラについて書かれてあって、こういうことに関わっている人達は確かにこの本で学ぶべきじゃないかと思うことも多い。
この本には矢張りアメリカ人ならではのユーモアが満載で、「クラシックというネーミングがそもそも間違っている。クラシック=古いんじゃないか、と若者は思うだろう。クラシックと聞いただけで人々は死んだものと思うだろう。ベートーベンも真っ青だ。」とかとか。まあ確かに誰が付けたのかは知らないがもっとましなネーミングが無かったかと思う。いままで読んだ中で印象的なのは、人々を劇場に誘う為に何が必要か?という下りだ。破傷風のワクチンを接種する必要性を書いたパンフレットを二種類用意して学生に提示。A=罹患した場合の写真など具体的なものを掲示したうえに、恐ろしい恐怖を煽るような文章も載せた。B=ただのパンフレットにした上写真もなし。どちらのパンフレットがよりワクチン接種に彼らを駆り立てたかという実験だ。A=確かに関心を呼び、それを読んだ彼らは破傷風というものに強い関心と理解を示した。が、結果は両方ともそれ程大きな効果は無く期待ほどの接種者が現れなかったようだ。そこで、こんどは両方に接種可能な日時と地図に赤い丸印を付けたところ、接種者が飛躍的に伸びた、というものだ。この実験は確かに面白い。チラシ、いわゆるフライヤーなどに出演者の名前や主催者側が大事と思うものを大きく載せるのが通常だが、実は、もっとも人々の関心を呼ぶのは、日時と場所なんだ。と言えば身も蓋もない感じだが、考えるべき点だろう。そして、最も最後に検討すべきが料金だという。まあ、確かに、自分の事を振り返っても、何かの公演を観に行ってもそれがいくらだったかをまず覚えていないのが現実だ。余りに高額だと行く前に逡巡することはあるが、それでも記憶にはそれ程残っていないものだ。実際メトロポリタン劇場で観たオペラの入場料がいくらだったか、パリのオペラ座は?フィレンツェのオペラは?日本での三大テノールがいくらだったか?ボンヤリとしか思い出せない。これは私だけ?じゃないってことだ。
というわけで、あと半分この本を読んでみて、何を得られるか?ふ~む。
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