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2023年1月

2023年1月30日 (月)

体のリハビリ+。

とあることでお嬢を怒らせてしまい、その代償に次回のシャンソンコンサートに使う台本を作れとのご命令が下る。そこで久しぶりに映画「ひまわり」について考察してみた。リバイバルブームで昨年改めて映画を見たところだが、本当にあの映画は珠玉と言えるだろう。単刀直入に、戦争反対を訴える手段として例えば戦地の写真なんかがあるが、やはりあの映画は、それにとどまらず、マンシーニの音楽の力も借りて、見る人の心の奥深くにじんわりと働きかける力がある。それは戦争の本当の罪深さを大きくえぐり出していると言えるだろう。あの映画が作られたのが、ウクライナがロシアの領地だった頃で、殆どのロケはロシアだったというから感慨深いものがある。

昔の映画は良かった、と本当に思う。今ほどの技術もなく、それ故に、内容にシンプルに迫ることが出来て、かえって効果的に描くことが出来たのではないか?今は、病室で暇つぶしに色んな作品を見ているが、昔の映画ほど感動するものが無い。最近見た中では、多分史実に沿ったものか?『ヴィクトリア女王」があり、これは真実が描かれているかどうかは知らないが?ある種の人間ドラマとして面白かった。この映画に描かれた様な女王が実在したとしたら凄いことだと思った。あらゆる差別もなく、自分の置かれたポジションをしっかりと見極め、迷いがありつつも真摯に生きる。自分よりも位の低い夫を尊敬し、愛し、多くの子供の母として、在るときは事情のある黒人の子供を養子に迎えようとまでする。宗教観も独特で、イギリスの主流のプロテスタントでは無いクリスチャンだろうと、他の宗教を信じる者だろうと分け隔て無く対応する。自分の欠点を知れば躊躇なく修正する。その地位にありながら自分の間違いを間違いと認める勇気。素晴らしい女性像だ。観ていて気持ちが良い作品だった。

 

ぼちぼち退院かと探りをいれているが、自分で自分をチェックしても現実的では無い。ま、焦らずに行くほか無いなあ。娑婆は寒いらしいし、、、。

 

2023年1月29日 (日)

長いか短いか?

術後一ヶ月が経ち、大分痛みから解放されてきたが、となると俄にこの環境がまるで囚われの身の上に感じられるようになり、それと戦うのが今の課題となってきた。人間とはかくも贅沢なものだ。世の中にはもっと長い入院生活を余儀なくされている人も沢山いるだろうが、そういう人達はどのように時間を過ごしているのだろうか?飽きるほど読書をしたし、他の人より色んな楽しみを持ち込んでいるはずが、しかも、妄想は得意な方でぼ~っとしていても何かしら考えては居るんだが、、、、いや、むしろ無念無想こそがこういう場合必要なのかも知れない、と思ってみたり。実際外を眺めて屋島の稜線や裾野に拡がる家々の佇まいを眺めたり、、、めったに見ないが人の歩く姿を目で追ってみたり、刻々と変化する雲や空の移ろいを眺めたりと、絶えず何かしらやっている感じ。昨日今日とリハビリがなく、自分であれこれやってはいるが、今ひとつ自信が無い。歩くと骨がコツコツと音を立てることもあり、気味が悪いと看護師に訴えると、ドクターに聞いて下さいと言われる。今日は、4階から1階まで階段を片足ずつ交互に歩いて降りられたが、流石に登りはキツくて3階までしか行けなかった。病院内で転倒だけは避けたいと思っているので、不安が先に立つ。

いつもそれほど熱心に見ない大河ドラマも、今回は毎回観ている。家康がバカっぽすぎないか?と思いながら。。。といっても、テレビはそれほど見て無い。ほぼほぼニュースのみ。千円也で購入する冷蔵庫と一緒になったカードがあっという間になくなるのもある。まあ、夏ではないので、冷蔵庫に入れるものもあまりないのだが、、、。

 

今日は電話が何本かあり、昼間退屈することもなく過ごし、間もなく夕飯の時間。6時に配膳、6時半にシャワーって、、、。ま、そうこうしているうちに一日が終わる。

一日は長く、一月は短い。正直な感想。

2023年1月27日 (金)

初めての階段。

今日のリハビリの最後に初めて実際の階段を使って上下してみた。降りる方は上手だと褒めてもらえるが、矢張り上りはキツイ。要するに体重が掛かるとまだまだ痛いので、それを逃がそうとして変な格好になってしまう。たかがこんなこともできないのでは、手術前どころか、そこまでも快復していない。土日はリハビリがお休みだから自主トレをするしか無いなあ。道は遠いか。

夕べは熟睡したと思うのに、起きてからも妙に眠い。リハビリ中も眠くて困った。看護師さんに訴えると、気温の変化もあり、ストレスもあると思いますとのこと。矢張りこのある意味刑務所と同じような環境では、ストレスが溜まるのも当たり前かも知れない。そして彼女は言う。「15分だけしっかりお昼寝して下さい。」なるほどねえ。

素直にそれをきいて、目覚めたらリハビリや、お茶をとりに行ったり、6時の夕飯まで時間を埋めることはけっこうある。

「そういうときこそ短歌を詠みなさい」という声が聞こえてきそうではあるが、そう上手くは行かないのが人間だ。イヤ、私という人間だ。グループラインに、「既に来月締め切りの短歌が何人も入ってますよ」という「圧」を感じる書き込みがあっても、だからといって、そう簡単にはいかない。確かに何首かは作っているが、どれもこれも納得出来る代物では無い。。。。そういえば、NHKの朝の連ドラでは短歌に傾倒する青年が出てくる。なんか珍しい。そこで彼の作品として紹介される歌もなかなか良い。又その役者がいかにも文学青年然としていて、目の美しい若者だ。いつになく毎日見ている。のに、自分のこととなるとダメなんだなあ。ま、そのうちなんか出来るかも。ふ~っ。

2023年1月26日 (木)

初めてのおつかい。

患者様用の時間帯というのがあり、朝早くに一階のコンビニに行ってみた。勿論一般の客がいない為、店内はガランとしている。とても愛想の良い店員さんが、対応してくれて、しきりにお大事にと言ってくれ、問わず語りに着ていた上着は、息子夫婦が入院の為に贈ってくれたとまで喋ってしまう。なんとなく人恋しい、というか、娑婆の空気というか、、、。しかし、欲しいと思うものが何も無いことに驚く。割り箸を買いたいと出かけたが、それ以外に気を引かれる物が無い。物欲が無くなっているということか。

そんなことより、そこまでの道順を覚えているかどうかの方が気がかりだった。何しろどこもかしこも同じような作り。何カ所もあるエレベーターになんとか無事たどり着いて、まあ、まだ行けるか!とホッとする。

まだ杖だけでは心許なく、歩行器頼みで移動したが、次回は杖で行ってみようと思う。

今窓を見ると粉雪が舞い始めた。いわゆる雪景色となるのかどうか?ニュースでは雪害で大変なところもあるというのに、讃岐ではまだ風流の世界だ。

 

今日の朝イチのドクター訪問は、手術を受けた左よりも右側が痛いと訴える事から始まった。お返事は、「今はまだ術後の足が十分機能してないから、右側の負担が大きいと思われます。そのうち改善してくるとは思いますが、中には、矢張り右側も手術して欲しいと新たに都合を付けて再入院、再手術という方がいらっしゃいます。」とのこと。げげっ。もう二度とこの手術は受けたくないんですけど、とリハビリの時理学療法士のM君に訴えてみる。M君曰く、「そんな事言わずに、又お待ちしてますよ~。」二人して高笑いしたが、冗談では無い。そうならないために退院後はしっかり自主トレだな。

この病院を紹介してくれたYさんが、しきりに状況を訊いてくれる。そして必ずメッセージの最後には、「理学療法士さんの言うことをしっかり聞いて、言われるとおりにすれば絶対良くなりますよ。」とある。彼女は両足だったが、完治して旅行三昧だそうだ。

確かにM君はじめ、ここの理学療法士は信頼できるスタッフが揃っている。とにかくよく勉強している。そして非常に注意深く患者の体を見ている。「親身になる」と簡単に言うが、なかなか出来るものではない。自分の職責以上の働きをしてくれていると実感する。

彼を信じて、あとどれくらいか?頑張るほか無い。

 

なんだ。もう雪が止んだ。

2023年1月25日 (水)

友。

今日は長く連絡を取り合ってない友人と久しぶりに電話で話した。みんな似たような状況で、自分も老境に入り、その連れ合いも同じく、というより大方が夫は年齢が上の為、大なり小なり夫のケアが必要になってきている。その心細さも当然あり、自分自身の、「老い」にも向き合わなくてはいけないという、大げさに言えば二重苦が訪れてきているわけだ。彼女の場合は、夫が高齢のため、要介護1とかで、毎週のように理学療法士だとか看護師だとか、ケアマネージャーだとか、医師までもが訪ねてきてくれるようになったらしい。それ自体は有り難い話だが、そうなると、家の中にも気を配らなくてはいけないし、膨大な書類に目を通しサインする作業だけでも大変忙しいと言う。暫くは彼女の愚痴を聞くことに専念したものだ。このコロナ禍で他人と会話して憂さ晴らしも出来ないし、引きこもってばかりいると言う。こういう話しは至る所で聞くようになった。

勿論これは他人事ではなく、自分だって、帰宅後の事が気に掛かっている。まあ、曲がりなりにも現役で仕事に行ってくれている夫だから、彼女の場合とは違うにしても、そう遠く無い時期に同じことが起きそうな気配がある。退院したいようなしたくないような、、、なんちゃって。

若い頃はそれ程気にならなかった部屋の温度が、近頃やたら気になる。若い頃は住み始めて部屋の狭さが気になり、あっちの扉こっちの扉と次々と取っ払い、少しでも広く住もうとしてきた。ところが、今になってそれがアダになり、寒いのなんの!毎日夫が今日のキッチンは1度でした、とか、2度です、とか言ってくる。勿論、暖房を入れる前の温度にしても、かなり寒いことが分かる。今この病室は22度で一定にしてあり、これは帰宅と同時に風邪をひくかな?と思っている。お~やだやだ。

で、彼女のご主人とも全く久しぶりに言葉を交わしたが、その後電話を替わった彼女とは感極まって涙声になる始末。「いつか会いたいね。」の言葉がお互いくぐもって聞き取りにくいまま電話を終えた。

ホント、まさかの時代だ。

 

2023年1月24日 (火)

平和呆け。

「銃口」を聞き終えた。タイトルからして悲劇だろうと思ったが主人公は戦地から生還し、その家族も弟以外は健在だったし、婚約者とも結果結ばれるという、意外な顛末だった。勿論それが悪いというのでは無い。洋画なんかも、アメリカものは大体最後がハッピーエンドで見やすいし、なんといっても平和に終わる物語は終を知って楽になるものだ。

この「銃口」という作品は、三浦綾子というキリスト教信者ならではの、ある意味布教か?と思われる部分も無いではないが、それでも読者を物語に引き入れる力を持っている。特に背景が太平洋戦争まっただ中であればなおさらのこと。その時代に戦地に行った人達の日常や残された家族のことは実際を知らないだけに、さもありなん、の思いで聴き進んだ。自分の年齢では、幼児期から様々な媒体を通して、あるいは親族から当時の事を聞くチャンスはいくらもあり、知っているような気がしている。ま、今の若者よりは知っているだろうが、それでも現実を知っているかと言われればノンだ。全て想像に過ぎない。その意味で、矢張り、こういう手の本は読んでおくべきだろうと思っている。

この主人公は小学生時代に出会った教師に憧れて、自分も教師になるが、あらぬ疑いをかけられて7ヶ月も投獄され、出所して間もなく戦地へと送られる、という激動の人生を送る。この時代特有の、「あらぬ疑い」によって人生がメチャクチャになった人は大勢居ただろう事が想像できる。そしてその事件が事件として新聞に一行も載ることがなく、隠密裏に進められるという理不尽さ。日本が戦争にと動いていく時に抗えない力によって人生が狂わされる。それが全て、「天皇陛下の御意志」としてまかり通ったわけだ。

今のロシアがそれではないのか?他国の事を眺めつつも、もしそれが自国に起きたらと考えるのは無駄では無い。

 

一昨日眠れずに困ったが、昨日は初めて廊下を杖で7周歩いたのもあり、夜湯たんぽをお借りして寝たのもあり、昨夜はぐっすり眠れた。夜担当の看護師さんが特に親切で何くれとなく世話を焼いてくれる。彼女も自分のベッドでないと眠れないから良く分かります、と言ってくれたりする。確かにここの布団たるや、薄い掛け布団一枚で、年中暖房が入っているとは言え、これで眠れているのが不思議だ。お風呂に入れないのもストレスだ。帰宅して湯殿に浸かるのが目下の一番したいことだ。

ところが、若者は違う。理学療法士の若者は、「夏でもお風呂入るんですか?」と不思議そうに言う。「勿論。」と答えつつ、日本の若者は段々欧米人化しているんだなと思う。

今の希望は、お風呂に入る、アイスクリームを食べる、ビールを飲む、そういえばお餅も食べてないなあ。って、ほぼほぼ食べることだなあ~。平和呆けか。

2023年1月22日 (日)

日々の暮らし。

毎日毎日規則正しい生活をしていて、きっとこのまま娑婆に出てもこれを継続して行けるのではないか?と期待している。ただ、自分の意志だけでは動かないのが「普通の暮らし」というものだとも思っている。

早速、退院したら、、、の要項がいくつか決まってきた。コロナの状況にもかかわらず、みんなの神経が緩んできたのかも知れない。息子に言わせると、「おかん達は政府に見放されたんだぞ。」と言うことになるのかも知れないが。どうだろう?確かに死者の数はいつまでも減らないし、高齢者の場合が多い。そこんところは不気味ではある。

この病院でも、徹底した感染防止対策が取られていて、個室でも看護師が入ってくると、「マスクお願いします。」と必ず言われる。急に理学療法士のお休みでスケジュールが変更になったりもあり、それとなく、「出たの?」と聞いてみるが、本当かどうか?「いやあ、まだ出てませんねえ。」との答え。仮に出たとしてもみんな、「くちチャック」かもね、と内心では思いつつ聞いている。箝口令が敷かれていてもおかしくはない。

読書にも映画鑑賞にも段々疲れてきて、今現在は三浦綾子の「銃口」を朗読で聞いている。内容が戦争を扱っているだけに気軽に聞けるものではないが、文字で読むよりは楽だ。

とまあ、なんとなく娑婆に戻る準備期間の感じ。今日は室内だけだが、手放しで歩く練習が出来て確実に回復しているのを感じている。明日からの厳しいリハビリ再開に向けて、夕食後少し廊下を歩こうかと思ってはいるが、、、。

2023年1月21日 (土)

しばしの贅沢。

今日は土曜日ということで、病院内もひっそりとしている。リハビリもお休みだから自主練しなくてはいけない。室内での訓練はしばらくやったが、これから廊下を歩くというのをやらなくてはと思っている。まだ歩行器だが、それほど頼らなくても良くなってきた。

当番の看護師さんもいつもよりのんびりしていて、四方山話も出てくる。大体の看護師さん達はこの部屋に入って驚く。瞬間湯沸かしポットからパソコンまであって、あたかも普通の部屋と化しているからだ。今日の看護師さんは物珍しがるだけでなく、何故そうしているかを熱心に聞いてくれる。そして良いことだと認めてくれるのが嬉しい。それは、ひとえに認知症予防のためということだが。「珈琲お好きなんですねえ。良い香り。」と言われ、確かに毎朝の習慣だった珈琲がここでもある程度楽しめることにホッとしている。これが無いと提供されるお湯だけではとてもじゃないがドリップ式の簡単珈琲でも入れられない。パソコンでこうしてブログを書きつつ思考力を保つのもとても良いことだと褒めてくれる。実際少しでも退化を遅らせようという涙ぐましい努力なのだ。

その人に、窓の外を毎日眺めていると話し、余りに人影を観ないのが不思議、と言うと、「いやあ、自分の事を考えても自宅にいるときはあまり 外に出ませんねえ。」という。どうやら仕事と家庭の両方は大変らしい。現代人は忙しいのだ。

かくして、日本の人口密集地はその割に人の姿が見られないというわけだ。、、今日もマンションの近辺は清掃員の姿ばかり。公園で遊ぶ子供の姿も無い。

 

今日は早いピッチで一冊の本を読破した。「i(あい)」というタイトルだ。小説というのは、多くの人の共感を呼ぶものもあるが、全くそうではない特殊性が強いものもある。この本は、多分多くの人が持ち合わせている感情を描きながら、主人公に特殊性を持たせて問題提起をしているように思えた。今世界で起こっている悲惨な事件の諸々を眉根を寄せて眺める人は多いだろう。しかし、だからと言って何も出来ない事に思いは至っても、それ以上の感情は湧かない。というよりそれ以上に心が高ぶるのを押さえつけている。いくらその事件に同情や憐憫を感じても、何も出来ないことに変わりは無い。ならば見て見ぬ振りをして、自分の日常をやり過ごすほか無い。幸い人は忘れるという武器を持っている。今日、どんなに悲惨な事件を知ったとしても、明日になれば薄らいでいるのが事実だ。それが自分の事で無い限り。。。。この本はそこにメスを入れたもののような気がする。

娑婆はどうやら寒いらしいが、ここは一定温度に管理されている。三度の食事もきちんと運ばれてきて、健康状態の管理もキチッとやってくれる。この部屋のトイレは一切どこにも振れずに用が足せるという現代の衛生管理の下に設計されている。行き届いたシステムで、職員の人達も親切。レンタルの衣類も十二分にあり、ゴミは毎日収集に来てくれる。本当に申し訳ない位の生活だ。元気を取り戻してくるとこうした感情が戻ってきた。おそらくはこのまま快癒に向かうのだろうが、、、、贅沢なことだ。

2023年1月19日 (木)

認知症、ねええ。

同じ年齢の友人から電話があった。自分が認知症じゃないかと疑い、病院に行ったという。そもそもの発端は、夫から物忘れが酷いぞと言われ、自分でもかなり頻度が高くなったという自覚があった為だという。が、話していて全く違和感がないし、日常生活の変化も無さそうだった。直近で話した事などもよく覚えているし、どうも信じられない。しかしそうして病院に行くとなると俄然息子さん達から、「そういえばアレがおかしい、これがおかしいと思っていたんだ。」とかとか、言われ始めると、自分の不安に上書きされていよいよ自分はおかしくなったのかも?と思ってしまったようだ。

他にも似た様な話を聞いた。思うに、世の中こうした、「不安症候群」とでも呼べるようなものが蔓延しているのでは?勿論その中には本当に認知症と呼べるものもあるのだろうが、、、、なんだかねえ。早期発見が良いとは言え、不安に押しつぶされてそうなって、それがその病気の引き金になってしまうなんてことないのかしら?

勿論他人事ではない。自分だって、いつも自分の事をチェックしている。そして時々、危ない危ないと思うこともある。今の所は笑い飛ばしているが、、、。

今日は若い理学療法士の言葉が面白かった。「年取るのは良いけど、10代20代の肉体のまんま年取れば良いと思うんすよねえ~。」それを聞きながら肯定の相づちを打ちつつも、内心では、「いや、10代20代じゃなくて、50代60代で良いんだけど、、、。」と内心つぶやいていたが。彼のような若者だとそうなるんだ。自分も時折そんなことを思いながらこの年まで生き延びてきたということだろう。そして間違いなく老化してきたわけだ。

 

今読んでいる本は、空海に関するものだが、どうもあまり感動しない。天才と呼ばれた彼が次々と膨大な知識を身につけ、ついにはそれに飽き足りず身をもって体感すべく修行僧として山に籠もり、旅をし、ついには遣唐使として中国に渡る、、、あたりまで来ているが、当然満濃池の施工の功績や四国の色んな地域の彼にまつわる伝説なども紹介されているが、肝心の彼の思想に余り触れていないこの本は、どうもピンとこない。今だから読んでいるが、、、。ジャーナリストが書いたことから来るのか?

昨日娘から差し入れがあり、モロゾフのプリンが賞味期限今日までだから早く食べよというラインが入る。ま、ちょいと食欲が無いから丁度良かったが、、、。整形だからか、差し入れは決まりが無いようだが、カステラが欲しいといえば、10切れも届くし、、、、。ま、父親にご飯も作りに行ってるようだから、文句は言えない。

みんながお初の体験をしている。

2023年1月17日 (火)

夢のおはなし。

こうしてパソコンが打てるのも、リハビリの一環と思っている。歩いたり等の訓練は体のリハビリ。読書やパソコンは心のリハビリ、といったところか。体のリハビリは日を追うごとに厳しくなってきている。昨日は三クールやったため、多分眠れないだろうと覚悟していたが、計らずもスマホのデーターは100ポイントが出ていてビックリ。感覚とデーターは違うものだ。

毎日奇妙な夢を見ているが、夕べはそういえば面白い夢を見た。下から上までぐるぐると螺旋階段になっている空間に、それぞれ踊り場にあるテーブルにあらゆるご馳走が乗っている。それが何かはよく覚えてないが、とにかくカラフルで、美味しそうだった。(飢えてる?)そして、踊り場ごとに演奏家がいて、ある場所は楽団、ある場所は歌い手が歌っている。かつて手がけた音楽が全てそこで繰り広げられている。自分も歌い、あの世に逝かれた諸先生方も歌ったり演奏したりしている。今とは違う元気な自分は、全ての階段を行きつ戻りつしながら、何もかもを楽しんでいる。もしやあれは天国か?と目覚めて思ったほど幸せな空間だった。その余韻に浸りながら、YouTubeでオペラの数々を聴きながらしばしぼ~っと過ごしたものだ。

思えば幸せなことだ。人生を彩るものが沢山あることに感謝だ。

ちぇちのメンバーが最後の公演を観てくれた人から随分とお褒めの言葉を貰ったようで、舞台を思い出して幸せの余韻に浸ったようだ。いろんな苦労や葛藤がありながらも、兎に角舞台に上がることが出来たのは、本人が一番その喜びを享受出来たのだろうと思う。

ちぇちに関わったみんなの人生が、何かしら良いもので満たされていればこれ以上の喜びは無い。

2023年1月14日 (土)

術後18日目。

夕べも痛みで眠れなかったが、眠剤と痛み止めでなんとか眠ったようだ。ただ、起きてからも体がだるくて、食欲も無い。ナイチンゲールのような若い看護師さんが、「今日は午前中ゆっくりお過ごし下さいねえ。無理しないで。」と優しく声をかけてくれる。夕べの担当の看護師さんも、余りにしんどそうな様子を見て血圧を測り、異常に高いからシャワーは止めてゆっくりして下さいと声をかけてくれて、朝イチで血圧が正常に戻っているのを確認して、「良かったです~。ホントに良かった。」と我がことのように喜んでくれる。本当にこの職業は凄いと思う。

彼女達に支えられて回復し、午後はシャワーを浴びることも出来、こうしてパソコンに向かうことも出来ている。有り難い事だ。

この入院で、色々な発見があったが、面白いのは、入院に際しては必要最小限の身の回りのものを持ち込んでいるが、これで十分暮らしていけることの不思議。自分は、スマホは勿論のこと、パソコンやiPad、本も沢山持ち込んでいるから全く困らない。時々オーディブルで朗読も聴く。今は、三浦綾子の、「銃口」を聴いている。、、、イコール如何に普段不要なものに囲まれて暮らしているかということだ。

この所読んでいる本は、多くが昔の日本、大正明治江戸時代の物語。ものが無くても、いや無いからこその飽くなき好奇心と探究心と僅かな事にも感動する心の充実があった時代のことだ。むしろ現代よりも人々が生き生きと暮らしていたのかも知れない。そう思わせるのは作者の力量だろうが、実際そうだったのでは無いかと思う。何もかもが満ち足りている現代。そこに暮らす人々が、必ずしも幸せでは無いと思えるのは何故か。

たまたま読んでいるのが、作陶家、絵描き、彫刻家、作家と呼ばれる人達の事だが、こうした芸術への希求も今よりも強かったのかも知れない。そしてそれらは全て特別なものではなく、一般の多くの人々の心に響くものだったことに今更ながら驚く。太古の昔より、人間は芸術を持っていた。それこそが、人間を人間たらしめる原点かも知れない。

今日は外は雨模様で、公園や街路樹が雨にけぶっている様子が、なんとなくモンマルトルを彷彿とさせる。、、、まあ、旅しているようなものかも知れないなあ。

 

2023年1月13日 (金)

ぼちぼち、、、。

近頃は傷口をホッチキスで留めてあり、抜糸ならぬ抜針が終り、本格的なリハビリ態勢となった。痛みのある部分を兎に角動かすから、夜寝るときはもの凄い痛みに襲われ、冷やしても冷やしても、あっち向きこっち向きと寝返りを打っても兎に角痛い。痛み止めと入眠剤を貰っているが、全く効果があるとは思えない。悶々として夕べも9時にベッドインしても、12時過ぎまで時計を確認していた。そのうち眠ったようで、朝6時に起き上がるまで3回のトイレ以外は一応眠れたようだ。スマホに連動しているウオッチによれば、睡眠の質は100点満点だったそうな。へえ~ってな感じだが。

このリハビリの技術は凄いと思う。一つ一つの工程を丁寧に説明してくれつつステップアップしていくのだが、なるほどと感心しきり。何故この動作が必要なのか、これをやることでどこがどう影響を受けるのか、細かく説明してくれる。納得しつつ施術を受けるので、ガンバロウという気になる。理学療法士がA君からB君に交代したが、どちらも凄腕だと思った。そして彼ら若者と話をすることがとても楽しい。二人とも子供がまだ小さく、可愛い盛りのようだ。B君とは旅の話をすることが多く、彼の新婚旅行の話も面白かった。A君もB君も新婚旅行は海外だ。時代だなあ。故に話の内容も外国ならではの面白さがある。こういうお仕事はコミニュケーション能力が高くなくては出来ないだろうが、どれくらい話題を持っているかも大事だろう。、、、とにかく退屈することなく日々楽しませて貰っている。(この点は)

不思議な事に指導して貰っているときはスムーズに動けていても、自室に帰るやいなや途端にびっこになる。痛みは同じ筈が、彼の前だと安心とガマンで動けているのだろう。「リハビリしてて痛いのは当然です。逆に痛くない方が心配です。」と彼に言われてはいるが、、、。

 

入院前に友人Kさんと、「なんだかんだ言っても、人間、食べて出す。これだけよねえ。」としみじみ話したのだが、看護師さんが毎日チェックに来てくれて、トイレの回数を聞かれる度にその会話を思い出している。

今度の部屋は窓の景色がマンションばかりで、見るとも無く見ていて、あるマンションの構造に気付いて驚いた。マンションのビルを挟んで公園があるのは良くある風景。が、その公園の下が駐車場になっている。入居者の車はそこに入るよう設計されているようだ。これは素晴らしい。景観が良いのももちろんだが、土地の便利活用としては最高じゃ無いの?こういうことを大事にする設計士の手になるものは、建物にも相応の気配りがあるんじゃない?と思わせる。しかし、人影が少ないな~。冬のせい?

2023年1月10日 (火)

いよいよ抜糸?

今日は病室のお引っ越し。毎日朝日夕陽を拝み、雲の変化を楽しんでいたが、今日からは眼前に拡がるマンションの様子を眺める事になりそうだ。ま、これはこれで、人々の営みが見えて良いかもしれない。今も洗濯物を取り込む女性の姿が見えている。

そして、この病棟はリハビリ病棟で、産婦人科外来も併設。久しぶりに赤ちゃんの泣き声を聞いた。これも又良い。看護師さん達は一新されて、又空気感が違う人ばかり。気のせいか階下より明るくてハツラツとしている。術後すぐの人を扱うのとは少し違うのかも知れないなあ。

ここで、退院までを過ごす事になりそうだが、今日の一発目のリハビリはかなりのものだった。患部はよく動くと褒めてはもらえたが、このリハビリが一日二三回らしいから、結構なものだ。かなり脅されたが、耐えなくては、、、、。

明日あたり糸を抜くらしいし、間違いなく快方に向かっては居る。

2023年1月 8日 (日)

試練再び三度。

やっぱりそう簡単な事では無かったこの手術。昨夜も気持ちよく就寝したにもかかわらず深夜に突然の激痛で目が覚める。どこか血流が悪くなるような事をしてないかと着ているものを点検して着換えてみたり、、、が、一向に改善しない。遂に看護師呼び出しボタンに指を。

これ本当はしたくない。これまでもそうしたいと思ったことがあってもやってこなかったのに、今回どうしようも無くて呼んでしまった。何十秒かで来てくれて、対処法の「冷やす」というのを手伝ってくれた。座薬もあるし、注射もあると聞いたが、どうも薬に頼りたくない。これでダメならお願いしますと大きな氷枕と小さなアイスノンでしのぐことにした。じんわりと冷気が浸透し始めると痛みも緩和してきて、そこからはナンとか眠れた。なかなかすんなりとは行かないものだ。

看護師というお仕事。本当に凄い。何交代は知らないが、割合短時間でローテーションが組まれているようだ。だから、こちらが思うほど大変ではないのかも知れないが、とにかく絶えず夜中中走り回っている感じ。あのゴロゴロというナースワゴン?の音を子守歌代わりにしているようで、余りに静かな夜はかえって眠れないほどだ。ケッサクだったのは、心配させまいと部屋は消灯してベッドでただ横になっていたとき、若い看護師さんがそ~っと忍び足で入ってきて、こちらはただ有り難うと言おうとしただけなのに、「きゃっ!ビックリした!!」とのけぞられた。彼女は真っ暗な中で白髪頭が急に動いたので反射的に驚いたんだろうが、そういうことが3回ほどあってからは寝たふりをしている。

夕方、夜の勤務は大変じゃないの?と聞くと、「大変です~。眠いです~。」と言ってたから、いくら若くてもそうなんだろうと納得した。

痛みさえ無ければ、静かな落ち着いた時間を満喫出来るんだけどな~~。しゃあない。

2023年1月 7日 (土)

気力。というもの。

夕べは良く寝られたと思う。個室というのもあり、ガマンせずにトイレは何度も行ったが、あとで睡眠状態をスマホでチェックすると5時間半、まとまって寝ていた。目の下のクマも少し消えていてやれやれ。ただ今度は食欲が無い。母のよく言っていた「食べ力」を思い出し、ガンバッテ食べたが完食とは行かない。そして、だらだらと眠い。昼間はなるだけ起きていて、夜沢山眠るようにしようと、これまでの生活習慣を大きく変えようとしているが、そう簡単では無い。自分の体を被う気力というものが減退しているのがその主な原因だろう。

そういえば、この「気力」はどこから湧いてくるものなんだろう?自分の意識を変える?体を動かしてみる?持ち込んだ本を読んでみたり、賀状に返事を書いたり、、、少しずつやることで復活出来るか?とやってみるが、イマイチシャキッとしない。色々やった挙げ句、「待つ」ことにした。心を平らに、待っていれば、いつかやる気も戻ってくるかも知れない。あれこれやることは、焦りに違いない。「なるようになるさ」と居直れば体の奥から求めているものが湧いてくるかも知れない。。。。確証は無いが。

 

それにしても、昼間テレビを見ると言うことが無かったので、どこかで没頭させてもらえる番組がないかと探って見たがさっぱり無い。相も変わらず出演者がゲラゲラ笑っているものばかり。こんなものを見ていてカードのメモリがどんどん消費されていくのは勿体ないとすぐ切ってしまう。

外を眺めるとホームセンターが売り出しでもやっているのか、車がしきりに上下しているのが見える。まだ世の中お正月気分なんだろう。

夕方になると一斉にビルの窓の明かりが点いて、きっとマンションの灯りだろうが、都会的な光景となる。今日は久しぶりに病室の外のテラスが濡れていた。

2023年1月 6日 (金)

なかなか手強い。

リハビリというものをある意味舐めていた。そろりそろりと約40分あれこれやるが、それほど凄いことをしているという実感は無い。こんなことをしていて、本当に良くなるんだろうか?という疑心暗鬼が頭をもたげてきた昨日。ハッキリとした実感を得たくて、リハビリ後に、歩行器でぐるっと病棟を回り、自販機でお茶やお水を購入し、部屋に帰ってからシャワー。たったそれだけのことをしただけで、この後悲惨な事になった。夕食後段々熱が上がりはじめ、悪寒がするまでになってしまう。氷枕を貰ったり、患部を冷やすものを借りたりと慌てて対処療法。が、これまでに無い患部の痛みに内心おののく。早く眠ってしまおうとベッドに潜りこんでも眠れない。いつもの入眠剤も全く効かず、永い夜の七転八倒となってしまった。ほぼほぼ眠れず、朝鏡を見るともの凄い目の下のクマ。途端に病人顔になってしまった。

やっぱり我流は良くない。理学療法士さんの言うことをよく聞いて!と経験者からアドバイスがあったのはこういうことか、と再認識。毎日顔を出してくれる執刀医のドクターは、「まま在ることですから、心配はありません。あせらずに、ゆっくりやりましょう。」と言ってくれる。

情けない。こんなことさえできなくなったか、と今日のリハビリで訴えてみたが、全て想定内のことで、個人差はあるにしても必ず良くなりますから、と慰めてくれる。ガマン我慢だなあ。

2023年1月 3日 (火)

今日も晴れ。

自分の命は拾いもの、という思いがこの所我が脳裏を行きつ戻りつしている。丁度手術を受けた日に、最後のちぇちの公演に初参加してくれたTさんが急死されたというのを後に聞かされた。なんということ。自分より10歳お若いこともさることながら、自分の入院直前にも会っているし、連絡を受けた時は信じられなかった。

クリスチャンで真面目を絵に描いたような人。公演中は末期癌で闘病中の兄上のことで相当心を痛めつつ、その兄上に逆に励まされての出演だった。9月に尊敬する兄上を見送って、哀しみの中にも未来を見据えて新しい事にチャレンジすると決意を聞いたばかりだった。まさか、こんなことが起こるなんて、信じられない思いだ。救いは、「私の人生の中で最も濃密で充実した時間を貰った。」とちぇちの公演に参加したことを評価してくれたことだ。何度も後ずさりしながらも遣り果せたことは、彼女の中に自信や今後の希望になったことは間違いない。

それなのに、なんという不運。人生は残酷だ。こういうことには抗えない人間の弱さ。。。受け入れるしか無い。そして、生かされているという思いが強くなる。

 

初めての誰もいないお正月。時折部屋を訪れる看護師と二言三言言葉を交わすだけの日々。自然と外を眺める時間も多くなる。娑婆では余り起きない時間に起きて、カーテンを開けてから殆ど紫雲山とそれにかかる雲を眺めている。人の気配はほぼ無い。手前の河に水鳥が来ては遊び又飛び立つのを飽かず眺めている。

友人が貸してくれた分厚い本もあっと言う間に読めた。今宵はオペラニューイヤーコンサートがあるらしい。久しぶりにゆっくり見られるだろう。

今朝、四日ぶりに医師が現れて、「順調ですね。」と声をかけてくれる。そうなんだろう。時折の発熱も痛みも想定内ということらしい。ふ~っ。

 

 

 

2023年1月 2日 (月)

怒濤の一週間。

昨年27日入院。翌日手術。術後から自分の体が自分で無い状態というか、全てを管理され、自分の意志で動くにも動けない状況だった。それが徐々に人間らしい扱いに代わり、何事も自分でやれるようになってきた。こうしてパソコンも打てるようになり、シャワーも段々上手に浴びる事が出来るようになってきた。リハビリの担当理学療法士からはお褒めの言葉を頂いている。状況を訊いてきた息子には、「アルコールが無い以外はまあまあ快適。」と返信しておいた。そりゃあ欲を言えばきりが無い。まずは食事。年越し蕎麦やおせちが出て、病院の心遣いを感じたが、娑婆の味とは違う。全般的に量的には問題ないし味も悪くない。が、段々日が経つにつれ欲求不満になってくる。これは我が儘というものだと分かっていても、、、。

今回の手術で何が一番辛かったかというと、麻酔が切れた瞬間に襲われた患部の痛み。座薬を使ってくれたが、それが効き始める30分間の地獄のような痛みには正直参った。一生忘れないだろう。その痛みに耐えるために何を思ったかと言うに、「ウクライナの戦死たちは、爆撃で足を飛ばされても何の手当もないかも知れず、あったとしてもこんなに手厚いことはやってくれないに違いない。それを思えば贅沢!ガマン我慢!」とそればかり念仏のように唱えていた。そう自分に言い聞かせることでなんとかしのぐことが出来た。

以来、心配した「せん妄」も訪れること無く正常な快復。自分でチェックせずとも、イチイチ看護師が認知具合をチェックしてくれるし、基本、高齢者に施すべきことは全てきっちりやってくれる。

それにつけても思うのは、日本の医療体制の素晴らしさ。完全にシステム化された人員の配置により、ぬかりなく患者のケアが行われる。一人の患者に対して一体何人が配備されているのか?よく分からないほど多くの人員が、交代制で勤務に当たる。そしてそれぞれ完全な申し送りが成されている。これは素晴らしい。まあ、年末年始という特殊な時期で、やりくりが大変なようではあったが。

ただ今、ウイーンのニューイヤーコンサートをiPadで見ながらだが、自宅に居るときより自由な感じ。

家の方は娘が奮闘しているらしい。ま、それぞれのお正月だ。

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