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2022年11月

2022年11月26日 (土)

分人~ある男へ。

平野啓一郎原作ということで、久しぶりに映画館に出かけた。行く前からなんとなく危ない感じだったが、場内が暗くなって、興味の無いCMが次々と繰り出されている間にいつの間にか眠っていた。はっと気が付いてそこからはしっかり見たが、最初の画面と最後の画面の繋がりが見られなかった。で、一緒に行って一席空けて座っていた友人Kを最後のテロップで盗み見ると案の定こっくり。チョンチョンと肩をつついたがそれに気が付くと言うより場内が明るくなって人々がざわめきだしたお陰で目が覚めたようだ。二人で一本観たって感じ?あはっ。

以前読んだ平野啓一郎の「分人」を具現化したような映画だった。一人の人間がその時々で違う世界に住むという流れ。今の社会でそれを実現させるには他人に成りすます他ない。そうしたいだけの理由が主人公Kにはあった。父親が非情な殺人者で、死刑になる。が、父親の幻影からは到底逃げおおせないと思った時、他人の戸籍と入れ替わることを考える。そこから別人として自由な人生を歩み始める。数年間幸せな時間を過ごした後、森林伐採中の事故で木の下敷きとなり死亡。その人が本来の名前では無かったと知った妻が弁護士に真実を突き止めて欲しいと依頼。引き受けた一見順風満帆的な人生を送っているかのごとき彼は、自分の出生についてコンプレクスを持つ人。色々Xを調べて行く内に、他人事では無いと思えるようになってくる。。。。最後に全て明らかになったとき、妻は真実は必要無かった、と言い、弁護士はバーで見ず知らずの人に偽りの出生や故郷を話す。その店には壁に鏡の前に立つ男性が当然映るはずの前の姿では無く、同じような後ろ姿が映り込んでいるという奇妙な絵が掛かっている。このシーンで内心唸ってしまったが、この映画監督。凄い。そもそも平野啓一郎の小説を映画化する自体が相当難しい作業だと思う。字面を映像化するのは並大抵の業ではない。

もう一つ、俳優たちの演技力にも感動した。、、、日本の映画も素晴らしい。

 

帰路彼女を送りがてら大笑い。お互い最初と最後をみてないなんて!ま、近く擦り会わせようと別れたが、、、。フ。

彼女は大学の生涯学習で、今日から英語圏の映画鑑賞しながら英語を学ぶという講座に行くようだ。誘われて行く気になっていたが、月曜日に病院で、手術の相談をすることになっていて、その結果次第では新しいプランは入れられないと分かり残念。それというのも、最近Amazonで映画を観るときどうしても下に翻訳の字が出てこず、サッパリ分からないままずっと英語を流して観ていてフラストレーションが溜まるということがあり、少しは役に立つかと思ったのだが。ま、お試しで彼女に行って貰い又知らせて貰おう。

年取っても勉強は大切だ。それも楽しみつつというエッセンス付きで。ハハハ。

2022年11月24日 (木)

読書とスポーツ観戦。

隙間時間で読み継いで来た一冊を読み終えた。「銀の猫」という朝井まかてのもの。人物描写が上手い好きな作家だし、江戸時代の風趣があってそれが言葉遣いにも巧みに生かされている。

その上、テーマが現代にも十分通じる、「老い」と「介護」。たった25歳のお咲という女性が貧しいながら、しっかり者で情に厚い。今の時代にこんな女性がいるかしら?と思わせるが、昔はきっと居たのかも知れないとも思わせるリアル感が素晴らしい。その彼女を取り巻く人物達もそれぞれ加齢の問題の中であがきつつ暮らしている。介護する側にもされる側にも、それぞれの想いがあり、一人一人の深いところまで描ききる。武家屋敷だろうと長屋だろうと皆同じ。これは若い人にも読んで欲しい小説だ。

 

昨夜のサッカーが予想通りテレビを占領している。かつての優勝国を破ったということも大きいらしい。久々の明るいニュースを遠慮無くマスコミが取り上げているという感じか。まだし合いは続く。日曜日も見るんだろうな~~。わたし。

見ちゃったな~。

かなり前からサッカーが話題に上っていて、特にフアンでもない自分もついつい見てしまった。点数が入り憎い競技で、それがまどろっこしくて嫌だという友人も結構いて、確かにそう思った。今日はよくぞまああんなに走れるものだと、まずは身体能力に感嘆したが。そしてめでたく日本が勝利して、めでたしめでたしといったところだ。が、見るだけで疲れた。

過去に大体の球技はやってきたが、今のようにサッカーが盛んな時代でも無く、似た球技ではせいぜいバスケやハンドボールがあったくらいだった。このもの凄いサッカーブームはどこから?と不思議。小さい子供のクラブもあるようだ。

とりあえず老化に拍車が掛かってきた自分にとっては全くお呼びでない世界。ま、良いけど。

明日はプールの日。せめてこれ位だね、アチクシは。ま、いっか。

一つ感じたのは、選手達の表情がとても良いということ。試合終了後のドイツの選手達の苦しそうな顔、実際に涙する人もいて、勝った日本の選手の歓喜の表情とともに惹かれた。何年か前にはこれが逆だったんだろうが、いずれにしても全力を出し切ったあとの顔は素敵だ。かれらの背後には「国」が のしかかって居るんだろうが、、、。今回特に表に出てきた人種差別問題など、スポーツ精神に反するものへの抗議とかあり、多くの人に訴えているのは良いことだ。注目度の高い競技は、世界にアピールする力もあるだろう。こっちもガンバッテ欲しいなあ。

2022年11月23日 (水)

やばいかも。

昨日何したかがすっと思い出せない。記憶に残っているのは娘との馬鹿な他愛も無い話ばかり。ということは娘と一緒だったということになる。半日は家事に追われ、そうそう、午後になって二日酔いだという娘が現れ、我が家の二階にせっせと巣作りをしている続きをやっていた。そういえば。

で、久しぶりに温泉に行こうとなり、その前に新しいエコなマルシェタイプのお店に行こうと誘われる。まあこっちが運転手で、タクシーみたいなもんだ。行ってみると緑の多い庭を挟んで、瀟洒なモダンなたたずまいのお店がいくつか出来ていた。置いてある物はちょいと高めだが珍しい物ばかり。娘は珍しい紅茶と、こっちはキューブタイプの出汁の素など幾つか購入。隣のお野菜のお店にも行ってみるが、見るだけに終わる。厳選された良い物らしい感じはするが、旅先でなら買うような感じだけど日常的な買い物にはどうかな?と思いつつ。

今の若いお母さん方はこうしたちょっとおしゃれな物で生活を満たしたいようだ。きっとそういう人達に喜ばれて居るんだろうと思った。ま、それも悪くない。生活にゆとりがあればの話だが。

友人が一人親支援をしている。その日の食べるものにも事欠くらしい彼女達親子に、アチコチから集めた不要品などをプレゼントしたり、野菜作りを一緒にして収穫した物を上げたり、、、これが今の日本に実際あることだ。一方で、生活におしゃれを優先する人達も居る。ま、後者もささやかな幸福感を求めての事かも知れないが、、、。

そして我々親子は温泉に行き、ゆったりと炭酸風呂に浸かり源泉に沈み、身も心もサッパリとして、ささやかな幸せを口にしつつ、晩ご飯作りたくな~い、と合唱しながら帰ったことだ。

色んな生活があるなあ。

そして今日の午後ははるばる引田方面に出かけた。これまたお嬢がどうしても行きたいお店があるというのでお付き合い。道中段々腕が上がってきた私のずっこけ言いそこ間違いを反芻しては笑い転げることとなる。「セリア」は「セリナ」。「シェ・テス」は「シェ・ステ」に、我ながら呆れているが、よくぞ上手いこと間違うもんだ。、、、もしや笑い事ではないかも知れないが。。。ゲ。

2022年11月20日 (日)

はるばるコンサートの日。

今日は又昨日と同じような方面へドライブとなる。但し今日は高速で飛ばしたのでそれ程距離は感じなかった。ホール専用の駐車場は台数が少ないのを知っているから、開場の大分早くに着くように出かけて大正解。最後の数台に入れた。チケットを持ってくれていたTさんが現れて恙なく良い席に陣取る。オペラアリアや重唱がメインのコンサートにしては沢山の人が入っている。出演者が多いせいもあるだろう。それぞれの生徒さん達も沢山来ることになる。なんでもバスで来る合唱団の人達もいるという。

この団体は随分昔から聴きに来ているが、以前から難しいオペラアリアなどを取り上げていて、かなりレベルが高いものになっている。しっかりしたポリシーを持った人達の集まりなんだろうと思う。今回は両サイドに曲目解説や歌詞が流れる仕組みになっていて、これはとても良い試みだと思った。意味が分かるのとそうでないのとでは、鑑賞の仕方が全く違う。

今日はドニゼッティの特集で、ちぇちでも公演したものが沢山あり、懐かしかった。H先生お得意のドゥルカマーラや、I先生のネモリーノのアリアなど、それぞれのお顔がオーバラップしてしみじみと聴いた。今日のネモリーノは本当にお上手で、キャラクターもピッタリなはまり役だった。まだ若そうな男性だったが将来が楽しみな人だ。

長年歌ってこられている人は熟練の良さと加齢との闘いが見えて、他人事ではないとつくづく思ったことだ。歌唱力が抜群の人も、歌う姿勢に気持ちが届いて無く、余裕が無いと感じた人もいたが、事ほど左様にこの手の歌は難しい。まず高音から低音まで、なめらかに声が出せるかどうかが一番で、その次にそれを音楽的に表現する技術が要る。が、それだけではダメで、その歌がどういう場面でどのようなシュチエーションで歌われているかの表現がいる。この三番目があるとないでは、生の舞台では全く違う。、、、長年そういうことばかり思ってきたせいで、この手のコンサートが楽しめない自分がいる。お勉強になってしまう。ムムム。

最後にウクライナの国歌が歌われたが、それも歌詞が流れて、「祖国のためにがんばろう」的な内容で、あの国の過酷な歴史を想像させるものだった。遠く離れた日本で、その又片田舎で、こうして彼の国の国家が歌われていることに感動した。本当に忘れがちになっているが、忘れてはならないし、早く終結して欲しいという願いはみんな同じ。こうしてことあるごとに思いを新たにしなくてはの思いに拍手。

昼ご飯抜きだったため、チャッカリ○○泉のうどんを一杯。幸い混んで無く、並ぶことも無く食べられて満足。お向かいの席の若者が、つゆを一滴も残さず食べたようで、「ああ、おいしかった!」と隣に声をかけている。地元の人ではないようだ。こんなに感動するなら、1100円は高くないか。あはっ。

愉快な友人。

おお疲れた。又ちょいと無理をしたかも。大学の正門で待ち合わせてD氏を乗せ、孫共々屋島山上の展望台に出かけたのが朝。自分の足のことを すっかり忘れていて、駐車場から距離があったのだと行ってから後悔。それでもまあなんとか目的地に着き、確かにキレイに完成した流線型の美しい廊下を散策。フト見ると、目の前を知った顔がいきすぎる。彼女は此方には気付かず、隣の外人さんをガラス越しに物珍しそうにチラ見している。慌ててドアを開けて、声をかけるとビックリ。まさかや~の幼なじみ。ちぇちのメンバーの母でもある人がご夫婦で見学に来ている。今日は土曜日で結構な人が往来しているので、初対面のご主人様とも会釈程度でそそくさとお別れする。まあ高松は狭い。

美しい瀬戸内海に抱かれた高松サンポート辺りがくっきり。そこに腰かけていると時間を忘れそうになる。側のれいがん茶屋でお茶でも、と入ると孫べえはピザが良いとのたまう。すぐさまそれに乗っかって、「わた~しも」と妙な発音でD氏。だってこれからランチを食べに行くのよ、とチョイと抵抗したが、ま、この二人ならどってことなく両方いけるんだろうと諦める。

そこからとある駐車場で待っている友人Kをピックアップして、目的地の綾歌まで車を飛ばす。Dさんのお喋りはとどまるところを知らず、会ってからず~っと垂れ流しのラジオのように喋り通し。これは長年彼と付き合ってきて、彼の優しさから来る物だと解っている。自分の思いを母国語でない言葉で完全に伝える為には色んな角度から説明するのが一番ではある。だから一つの事を伝えるのに最低でも二つ三つの説明を繰り返すので、最初にあった人は驚く。が、必ず彼のサービス精神に感心する。そして初対面だったKさんもとても楽しそうにオシャベリのお相手をしている。あるときなどは辺りをはばからず大声で爆笑するので、レストランで注意されないかとヒヤヒヤした程だ。それほど彼の話は内容が面白いのではあるが。。。

彼とも40年以上のお付き合いになった。外人の、特に男性の年齢がさっぱり読めないが彼が68歳にもなっていたと聞いてびっくり。そりゃそうだわねえ、とそんな事でも互いに笑い合う。

ランチは夫と娘も合流して6人での会食となる。「和食」が良いと言われていたが、ここはフレンチ。でも和製フレンチとでも言えるようなお料理で、地産地消を謳っている。とても美味しいので、ひっきりなしに来店客が出入りしている。なおかつ、目の前を流れる川面に渡り鳥が群れを成して浮かび、その向こうには色づいた畑が拡がりその又向こうにはレオマの森が見えるという好ロケーション。のんびりと気の置けない人々との会食は心から楽しめるものとなった。

そもそも何故彼が和食を望んだかというに、彼はとても料理好きでしかも上手。イタリアンなんか自分で作った方が美味しく出来ると豪語する程だ。本日彼が持ってきたお土産の中には、彼の手作りの食パンがあったが、ピーナッツアレルギーの私に考慮して作ってくれている。驚くべき繊細さ。

そのレストランでお開きとなり、夫はプールへ、娘は電車で高松に戻り夜は飲み会だとか。孫べえはそのままわが家にお泊まり。てことで、Dさんの次なる目的地までお送りすることとなる。坂出のあとある病院。その後詫間まで。ドライブ気分でどんどん海岸線を走ったが、結構時間が掛かる。思いがけず長距離運転になり、段々お疲れモードになってくる。最後に元の駐車場にKさんをおろした時は外は真っ暗。わがアタマの中は、「昨日のうちに夜メニューを考えて買い物しておいて良かった。」というもの。老夫婦の倍は食べようかという孫べえの為、簡単で食べ応えのある物を用意して出かけたのだった。

今日はバッテリーが上がり、JAFを呼んで付け変えてもらったというおまけ付き。電話で力を込めて女性が対応してくれた。「お客様、本当に長年ご愛顧頂きまして誠に有り難うございます。」そりゃそうでしょう。免許取って以来だから、半世紀近くになるんじゃないかしら?てなわけで、非常に丁寧な対応をしてくれて、1時間もかけてやって来てくれたもんだ。ホント助かった~。

ちかれたび~~~。

2022年11月18日 (金)

何故かいそがしい。

ちぇちがほぼ終わっても、何かと忙しいアチクシ。昨日は股関節のためにとプールに行く。今の所週一だけど、本当はもっと行かないと効果は無いだろうと思いつつ、なかなかその纏まった時間が取れない。

プールで一人の女性と出会った。「あなたおいくつ?きっとお若いでしょうねえ?」「いえいえ、ちっとも若くなんかないです~。今年77歳ですから。」「あら、やっぱり、私より10歳もお若いじゃないの!」とまあ、こんな会話から始まり、その方の身の上話を小一時間聞くことになる。その方は西讃の方のご出身で、最近こちらに越してこられたという。自転車で20分の距離だとか。にしても毎日通っていると言うから凄い。とてもお元気そうだったが、お元気だから来られているとも言える。

お元気でないアチクシは、今後続けられるかどうか自信が無い。でもとにかく申し込んだし、なるべく行きたいとは思っているが、、、。近くの整体師にも付いて、メンテナンスも始めているが、どうも芳しくない。いずれ手術になるんだろうなあ。毎日のように45日間入院するよ、と娘と一緒にマインドコントロールのように夫には言い続けているが、、、、。

 

本日は午前中に市民劇場の運営会議。午後はシャンソン20区の運営会議。その後ミライエに行くというお嬢に付き合い、月末の一日朗読教室のイベントの打ち合わせ。。。。眠い。昨夜何時間寝たかと思い調べると5時間半やっぱりねえ。7時間は寝たいよねえ。

明日は友人のカナダ人と会食予定。その前に新しくなった屋島展望台?の見学予定。わがおみ足が持つかどうか?ムムム。

 

2022年11月16日 (水)

移ろう季節の中で。

夕べは前進座のお芝居。この劇団にしては珍しく喜劇だった。人情ものはよく見てきたが、まるで吉本を目指しているかのようなのには驚いた。一緒に行った友人は、「温泉に行ってドサ回りの芝居を観たような感じ。」と言ってたがホントそういう感じ。よく笑ったけど、なんか笑いの質が、、、、。山本周五郎作だというが、脚本が今一だったように思う。それと音響が悪く、きちっと言葉が分かる人とさっぱり意味不明の人がいて、これは面白くなかった原因の一つだ。最後に劇団の存続の為にお願いしますと寄付の依頼があったが、コロナはどこまでも影響し続けているなあ。第八派だとテレビで又ゾロ出始めたが、ホントに好い加減嫌になってる。

そんな中ではあるが、今日は用事がありK画伯ご夫妻をお訪ねした。友人も駆けつけて期せずして4人でランチタイムと相成った。が、なにやら落ち着かない。いつもなら海を見ながらゆっくりと日常を離れて団らんするところだが、このご時世、長居は無用と退散した。ある意味隔離状態のお二人。このままどうぞご無事で、と思わずには居られなかった。と言っても先日も超がつく有名デザイナーが訪ねてこられたとインスタで知ったが、どうしても世界中から来訪者があるのは当然のこと。展覧会場も通常通りオープンしているし。兎にも角にもコロナ以外にも心配事はあるわけで、生きるってホントに難しい。

 

わが夫はリュウマチ性の病気と判明してあれ程アチコチが痛いと毎日訴えていたのが、ステロイドの薬一つで嘘のように痛みから解放されている。これは怖いとも言える。見せて貰うと本当に小さな錠剤。昔の息子の治療で、ステロイドを多用してムーンフェイスになったことを思い出す。ま、経過観察があるようなのでお任せだが、、、。癌ではなかったようなので、今度はこっちの手術が現実的になってきた。娘から、やるなら今のうちと説得されてその気になってきているが、45日間の入院は決断が要る。さて。

2022年11月14日 (月)

植物。

本日の教訓。慣れないことをするべからず。

気になっていたブラックベリーのツタを、暑くもない寒くもない今日の昼間、エイヤッと思い切って取り払った。こんなにも植物の力は凄い物かと驚きつつ。。。花ばさみで切っていったが茎が意外にも太くなっていて、かなり力が必要だった。驚いたことに元々購入してきた鉢に生えていた親株はほぼ涸れていて、沢山の実が落ちてブロック塀の隅から命を吹き出していて、それが青々と繁っていたのだ。葉っぱもキレイだし、ここじゃなかったら切ることも無かったが、何しろわが家の前の道路が最近異常に混雑し、車の出し入れには、このツルにびっちり付いた葉っぱがかなり邪魔になっていた。いつかやらなくてはと思いつつ、こういうのは夫の仕事と思っていたのもありずっと放置していた。が、近頃体調不良をかこっている夫を待っていても埒があかないと思い切った次第。ところがギッチョン。かなり手強い相手で、全て終えた頃にはヘトヘトになった。長袖Tシャツは半袖に着替え、汗をふきふき。ゴミ袋に全て入れたらどっと疲れが出た。多分明日には手の指に来るんだろうなあ。購入してから2回ほど収穫したか。身は大きくキレイだったが種が堅くて食べにくい。食べ方もあるんだろうが、、、。

で、この作業をやったお陰で夕方の買い物にも行けず、家にある物で夕食を済ませると疲れが出て1時間も仮眠してしまう。夫が遠慮してテレビの音を小さくしてくれていた程、どうやら爆睡していたらしい。これからお風呂で筋肉を緩めなくては。。。

先日、とあるお世話になった人にと思い、最近有名な植物を沢山扱っているお店に鉢物を買いに行った。ここは、オーナーが全国的にも有名な人らしく、何故高松?と言われるほどのガーデニングデザイナーらしい。丁度行った時女性が沢山集い、寄せ植えにチャレンジする指導を受けていた。しばらく見学したがこれは是非受けてみたいものだと、帰宅して娘に言うと、おそらくは無理と言われる。希望者が殺到しているらしい。コロナ禍でガーデニングに興味を持つ人も増えたらしく、その手の本も沢山出回っている。確かにグリーンには癒やされるし、花々もどれほどあっても良いものだが、 例え狭い庭でもキレイにキープするには相当エネルギーが必要らしい。友人宅には以前から花々が咲き乱れいつも羨ましいと思ってきたが、かなり世話が必要なんだろう。もう少し若いときにチャレンジすべきだったか、、、。でも、その頃はやることが多すぎて、花どころでは無かった。心に余裕が出来た頃は体力がなく、、、、。ま、仕方が無い。今後はそれなりにやるほかないだろう。

後から娘に聞いたのだが、その教室に参加していた人たちのファッション。皆さんパールのネックレスやら大きなイヤリングやら、服装もおしゃれで、マスクの下はメイクしているし、えっ?と驚くほどの出で立ち。昔なら土いじりはエプロンか作業着と思っていたが、今はガーディニングファッションというのがあるらしい。なるほど。これが当世風なのか。コンサートやお芝居を楽しむようにこういうものも楽しむんだ。女性は独特で面白いなあ。

2022年11月13日 (日)

映画、音楽、絵画、な日々。

先日アンソニーホプキンス主演の映画、「ファーザー」を相も変わらずAmazonで見た。このiPadで映画を見るというのも、集中力を高める効果があるのかもしれない。友人Kはソレイユで見たと言うが、感動するところまで行かなかったというので、再度此方の見た感想をあれこれ喋っていると、今度は自宅でAmazonでみてみると言ってきた。我々はオペラが好きで、この映画のように挿入曲にオペラが使われていると、それだけで感動してしまうのだが。。。

特に今回の挿入曲はビゼーの「真珠採り」から「耳に残るは君の歌声」や、ベッリーニのノルマから「カスタ・ディーヴァ」があり、特に好きな曲だったのもあり、映画の中に埋没した感がある。

ストーリーは簡単。父親が加齢と共に記憶が曖昧になり、日常生活が怪しくなってくる。しばらくは自宅から娘夫婦の住まいへと移り暮らすものの、認知症が段々エスカレートしていき、ついには互いに納得はしないまま施設での暮らしになる。というもの。

映画は殆ど全てのシーンが父親の「脳内」の情景で進められる。見ている内に観客は混乱してくる。事象が行きつ戻りつするし、出演者が次々と変化して、おしまいには娘と他人が混同して出てくる。出来事も同じ事の繰り返しだったり、随分昔の事だったりと目まぐるしい。父親にはプライドがあり、人の世話にはなりたくないと思っては居ても、妥協して行かざるを得ない。この映画の作り方は凄い。こんなのは見たことが無い。そして、父親と娘のそれぞれの心情が、見事にオペラアリアで表現されている。おそらくは多くの人が自分の事として見たのでは無いか。自分の事を言えば、当然自分もこうなるかも知れないという思いで見たし、娘の立場で見る人も多くの事を考えさせられただろう。

 

今日は午後ピアノとマンドリンのコンサートに出かけた。二人とも親しい間柄で身内びいきでなく、とても素晴らしいコンサートだった。サロンコンサートで、40名足らずの観客を前に適度の緊張感はあるものの、リラックス感もあるというものだった。こういう演奏会が沢山あるといいなあ。周辺の壁には絵画が展示され、アートと音楽のコラボ。

実は昨夜飲み放題付きのフルコースで、生ビール2杯日本酒一合飲んで二日酔い気味。今日は朝ご飯も食べず、昼ご飯もほんの少しで済ませていたが、全く空腹を感じない。結果この音楽で体が蘇った感がある。

身近に音楽がある幸せ。。。北のミサイルが間違って落ちてきませんように。。。む。

 

2022年11月11日 (金)

人間は嘘をつく。

まあ、今の政界のトラブルを見ているとこれが事実を端的に表現した標語かな?と思えてくる。嘘を平気でつく、というのが政治家と言えるかも知れない。全員ではないかも知れないとは思うが、あまりに多い。表に出ない嘘を含めると国会は嘘の塊で動いていると言えるかも。何故そうなるかというと、我が身かわいさだろうなあ。

にしても次々と出てくる大臣の保身からの嘘は見苦しいの一言に尽きる。仮にも人前に出て、範を示すべき立場の人が、恥もプライドも無いのかと疑わしい体たらく。腹立ちを通り越して呆れて言葉も無い。百歩譲って、周辺に阿って冗談のつもりだったかも知れないが、余りに軽い。軽すぎる。テレビに出るのがそんなに嬉しい事なの?もしかして、子供の頃撮影隊に出くわしてVサインで画面に躍り出ていたとか?法務大臣なんて、国の要じゃないんですか?と言いたい。ニュースを見ている国民の方が恥ずかしいでしょう。あれでは。

こないだ友人が、掛かってきた電話に答えて、ありもしない予定を言って断っていたのを側で聞いていた孫が、「お婆ちゃんて嘘つきだね。」と言ったそうな。その友人はすぐさま、「嘘には黒い嘘と白い嘘があるのよ。お婆ちゃんのは白い嘘。相手の人が傷つかないようにお断りしただけよ。」と言って、「ふ~~ん。」と感心されたそうだ。なるほどね、流石年の功。さすればこのところの大臣の嘘は、真っ黒クロだなあ。

今宵はお嬢がお出かけで、孫べえはわが家にお泊まり。見る度にでかくなる、と夫が見上げているが、ホントどこまで伸びるのか?縮む一方の老夫婦にとっては眩しいばかり。どうか、そのまま心身共に健やかに、と願いつつせっせとお料理に力が入る。「みっちゃんの方がお母さんより料理の能力が上だね。」なんぞとおべんちゃらを言う孫べえに向かって、「そりゃそうよ。100倍も200倍も上だよ。」と追随するお嬢。全くちゃっかりした親子。、、嘘とばかりは言い切れないが、これこそ白い嘘だな。ハ。

2022年11月10日 (木)

良心。

アメリカの中間選挙が刻々と報道されている。昨日はどこぞの偉い先生が予想して、「人工中絶と民主主義を旗印の民主党は完敗するでしょう。」と情勢の分析をしていたが、個人的見解が混じっていたのではないか。矢張り大衆心理は解らないということかも。トランプの惨敗が現在の大方の予想だというから面白い。メキシコとの国境の壁の建設を最後までやるということを声高に叫ぶトランプにおぞましいものを感じているが、この陸続きというのは我々島国の人間には計り知れない不安や、時には恐怖も植え付けるンだろうとは思う。でも、壁では無く、他の手段で解決して欲しいと、他国の事ながら思ってしまう。あるアメリカの分析者が、トランプの品の無さが共和党のある層のネックになったのだろうと話していたが、そうならまだアメリカ人の良心を感じる。

が、困ったことに良心というのは、人間界ではそれを持たない方が力強い傾向にあるように見える。そうならないように、というのは希望にしか過ぎない。

茨城県で地震という報道から、それほど時間をおかずフィジーの地震が報じられた。騒がしい地球だな~。

 

午後からは娘の家族とともに、誘って貰い「紅葉狩り」としゃれ込んだ。が、塩江のダム近辺にもほぼほぼ紅葉は無い。拡がる緑ばかりを眺めて、、、ま、それでもドライブは楽しかった。これも温暖化の影響?又出直そうと話ながらみんなのスケジュールが合うかどうか?ぼんやりと思っている。ま、半日孫べえをからかいながら?(からかわれたのは自分か?)の道中は楽しい。

ただ乗ってただけなのに、疲れていて、晩ご飯まで寝ようかと思っていたが、程なく夫がお帰り遊ばして寝る時間は無い。昨日睡眠サプリなる物を飲んで寝たが、いつもより沢山起きてしまい寝不足。今日こそは、と思っているが、、、さて?

 

2022年11月 8日 (火)

晴~れた空~~。

考えてみると、この忙しさは自分で招いている。多分今やらなくても良いような事を一気にやろうとし過ぎている。ただ、そうなるには、矢張り動線を考えているからのことだ。A地点から~~E地点まで、無駄の無い動線を辿ろうとして、Eまで移動するならBもCもDも行けると考えるからだ。だから同じ方向のたった二カ所を回るなんて勿体ないと思ってしまう。結果的にあの用事この用事を全部やっつけようとなる。

本日はお陰で、東から北へ西へと走り回った。好天だったのも理由の一つだ。車の乗り降りが未だに大変なので、雨ではちょっと無理がある。といってもたかだか11時の出発で帰宅は17時半だ。以前なら倍以上動いていたと今更ながら体力が落ちていることを感じる。

訪問先では本当に充実した濃い時間で、たとえ短時間でも行って良かったと思っては居る。

最初のお相手はちぇちの最後の公演で大変お世話になったO女史。お借りしていた物をお返しに行くのが主目的だったが、ランチしながら出てくる話はまるで老人会のような話題。彼女はこちらよりは随分若いはずが、病気の話なんかが盛り上がり、果ては自分たちの臨終間際の話にまで。。。母上を見送るまでの献身的な介護ぶりはよく知っていたつもりだが上っ面しか知らなかったということを知る。長い介護の間には段々知恵が付いて来て、かしこい介護へと移行できるようになったのは、彼女の知性だろう。そうして見送ったあとの生活は、自由とはいえきっと寂しいことも多々あるだろう。でも、今できる楽しいことをいっぱいやろうね、と一応前向きな話題で締められたのはめでたい。

外は限りなく晴れ渡り、のんびりとした田舎の風景が癒やしてくれる。

、、、、このあと、高松中をウロウロしたが、、、今日購入した睡眠サプリでもう寝ようと思う。明日は本業の予約が早い。しっかり寝てないと転倒に繋がるというからな~。皆既月食も見られたし。本日悔い無し。ってね。

2022年11月 7日 (月)

引きずりつつも、、、。

相変わらずの疲労感をお供に、本日は午後から娘と所用で綾川まで。久しぶりにH先生宅にもお寄りして積もる話に花が咲く。先日の追悼コンサートのビデオを大画面で流されていて、いきなり自分のアップの動画にぎょっとなる。

シャンソンのコンサートにお越し頂いたのもあり、ついつい話が長くなって、孫べえの帰宅時間となり慌てて失礼する。お庭のコスモスの間から手を振って下さる奥様に、又来ます、と声をかけたが次にいつ来られるか。あれほど再々足繁く通っていたみんなも、パタッと行かなくなってさぞやお寂しいだろうとは想像するが。。。

目的は全部果たして、帰える道すがら娘の昔の話を聴きつつ大笑い。演劇の世界に入ると飛び出した娘がその後壮絶な闘いをしていたらしいことは、うすうすは知っていたが、具体的なことを詳しく聞く機会も無く、今になって本人も語る余裕が出来たということだろう。当時は笑い話では無かっただろうが、今は遠い過去の話で本人でも笑える話になっている。岸田今日子さんの講義を受けた時のエピソードやある俳優の葬儀の際、渡辺謙さんの指示で色々手伝ったとか、自分でも知ってる俳優の名前がどんどん出てきてこっちはいきなりミーハーと化す。そういう人物が活躍していた良い時期に演劇の世界にいられたのはラッキーだったのだろう。含蓄のある言葉のプレゼントを沢山貰ったようで、今それが大いに役立っているという。

自分の事を考えても、幼少時や青年期からの経験は、全て無駄では無く、全ては今の自分の為にやっていたことだと解る。小椋佳の「愛燦々」の歌詞ではないが、「それでも過去達は 優しく睫毛に憩う」ってことだなあ。

今日は夕食後娘との電話中に別の電話が二本も入り、それぞれと長話し。一人は来年のある公演の企画への協力依頼がメインのお話。彼女は動いているなあ。もう一人は同窓生。ついつい長話しになってしまったが、矢張りこうして人と人は話さなくては!とつくづく思った。別の友人は、余りに人と話さなくなって、久しぶりに喋ると声が嗄れて困るのよ~、と言ってたが、さもありなん。なかなか終わりそうに無いコロナだが、、、。

 

 

2022年11月 6日 (日)

ち、ちかれたび~。

なんだか猛烈に疲れている。きっと男木島の疲れが本格的に来ているんだろう。流石年寄り。

今朝は本当に起きるのが大変で、体中がバラバラと音を立てている感じ。そのまま、朝ご飯もそこそこに急いで衣裳部屋へ。既に二人は着いていて、草刈りに余念が無い。もう一人の力持ちが余りに現れないので、待てない若めの男女二人が、ゆっくりとブツを裏庭に下ろし、ガンバッテ表まで運び出した。これを繰り返すこと3回だ。本当にご苦労様。こちらはその後をしっかり掃除機などかけて現状復帰となった。そのままそこの玄関先に放置して明日は粗大ゴミ収集車にめでたく積み込んでもらえる筈。一応チェックには行こうと思っているが、、、。

本当にお世話になりました、衣裳部屋さん。ここが無ければ次々と公演の為の衣装や小道具類が使えなかった。大家さんが友人で助けてもらえたのだが、この人だけではなく、各方面から長い間応援して頂いたものだ。あれほどの舞台がふつう~の人達で創り上げられたのは、結局多くの外野の応援のお陰だ。今更ながら感謝しかない。

 

本当は帰る道すがらとある寄り合いに行く予定だったが、とてもじゃないが体が言うことを聞かない。そのまま帰宅して兎に角一度休眠。

約1時間も寝たかと思うが、夫の声がして目が覚める。すると聞き覚えのある声がして、キッチン関係の業者さんを台所に案内している。「わっ!勘弁してよ。メチャクチャ状態なのに!」と思ったが、そのまま又布団をかぶり居ない振り。夫はしきりに女房がいないので、、、と言い訳しながら対応している。車は表に二台あったのだが、この状態で娘とお出かけしてることもあることはある。いや~、よりによって、こういうときに来なくても!情けない。未だかつてこういう状態の時は無かったのに、よりによって、、、く~~~。ま、起きてしまったことは仕方が無い。今更どう思われようとしゃあない。と居直って、来客が帰るのを見計らってヌッと出ていく。夫の驚きようったら!お化けを見たような顔をしている。事情を話すとな~んだ、となったが、、、、部屋が多い=夫の耳が遠い、この二つの事情で起きた事件。やれやれ。。。

 

午後になって遅い昼ご飯に、知人の経営するおそば屋さんに行くことにして今度はホントにお嬢の車に乗りこんだ。途中最近亡くなった叔母の家の側を通りかかると従兄弟の車が止まっている。ちょっとご挨拶に立ち寄るともっぱら断捨離中。夫婦二人では少しも片付かないから、何か要り様な物がアレば何でも持って帰れと言われるが、いやいや此方も断捨離中で、何も欲しくないとお断りしてしばし歓談。本当に人が一人亡くなると、もの凄い量の物を処分しないといけなくなるようだ。叔母にとって大切な物は他の誰にも不要なものだったりするようで。

その時点から疲労感が増してきたが、そのままお蕎麦やさんにも行き、帰宅してパソコン作業もして、孫べえと再びやって来たお嬢共々晩ご飯を食べ、又ゾロ横になったらもうイケマセン!いつの間にかドロンと眠ってしまう。

ちぇちが無くなったという虚無感に支配されているかもな~~。

いや、単に加齢だろう。。

 

本日はリモート歌会。

コロナ以降リモート歌会が日常になっている。それの是か非かは誰の口にも上らなくなってきた。おそらくは心のどこかでは通常の対面歌会の良さをチラと思うことはあるのだろうが、 、、、。しかし、今日の様に師匠が体調を崩し、自宅からなのでお顔も見られるし発言は控えておられても雰囲気は伝わる、という利点はあるわけだ。少なくとも笑顔が多少見られたのは良かったのではないか。にしても、流石の精神力。自分だったら多分簡単にお休みしてしまうだろう。勿論立場の違いがあるにしてもだ。言葉だけではない、生きざまを見せて学ばせているとも言える。根っからの教育者だと思った。

今日は色々と面白いテーマの歌が並んだ。今流行の、藤井風の名前が出てくるし、話題の「おひとりさま」も。そして戦争に関する歌をずっと扱っている人もいて、考えさせられることの多い2時間だった。そんな中で、「自分にジャズとお酒の飲み方を教えてくれたバーの古い灯りが消える」と詠んだ人がいて、それが女性だったとわかり軽く驚く。この意外性も歌会の楽しさの一つだ。詠み人を知らされないまま批評する楽しさ、とでも言おうか。この歌はそれだけではない、「短歌」の持つ詩情を纏い、私好みの歌であった。こういう歌、なかなか詠めないんだよねえ。

歌会は時間通りに上手く運んで、予約の来客にまにあった。その女性は偶然にも藤井風のファンで、「実は今短歌で、、、」と歌会の話をして盛り上がった事だ。どうやらもの凄いファンの友人に引っ張られてコンサートにも行くという。この方は元教員で、色々教えて頂くことも多い人だが、自らをミーハーと呼び、美味しい物、楽しいことも追求するタイプ。とても気が合い、ウン十年のお付き合いだ。

で、本日この二つの行事が終わった途端どっと疲れが出る。矢張り昨日の1万歩は堪えている。で、今日は早寝と思っていたが、又シンデレラタイムを過ぎてしまった。明日の粗大ゴミの搬出は朝イチだが、寝坊しないで出かけなくては!ふ~~っ。

2022年11月 4日 (金)

美しい一日。

午前中は娘の朗読の活動チラシ作成に追われたが、それほど凝ったもので無かったため、此方の持っているスキルでナンとか仕上がってそのまま二人でカレーうどんを食べに行く。ここは母校のすぐ側にある、障害者支援のお店だが、味も対応もとてもお気に入り。期待通りの美味しさに満足して、予定通り男木島を目指す。間もなく瀬戸芸の開期が終わるからというので、行ける日を探っていたが、スケジュールよりも体調の方が不安ではあった。今日の好天気に、別に無理をしなければなんとかなるだろうと踏んで思い切って出かける。これが大正解。寒いかと持って行ったヒートテックのTシャツは、着たり脱いだりを繰り返しつつも軽装で大丈夫だった。それに何よりも海が本当にキレイ。娘が車を駐車場に入れに行ってる間に、岸壁にたむろしていた鳩を眺めつつベンチの虫と化す。背中にはぽかぽかと日が当たり、白い雲がたなびく青空の下、眼前に拡がる島々の影、赤い灯台、桟橋に打ち寄せる波、行き交う船の蹴立てる白波を見ているだけで飽きるということがない。平日とあってか人出はそれほど多くはない。やがて2時になり「めおん号」に乗り込んで、のんびり40分揺られる。そして目指すはK画伯の作品を展示している古民家。

道中こんなに急な上り坂だったかしら?とぼやきながらではあったが、なんとかかんとか目的地に到着。開期中は常設のカフェを横目で見ながら、先ずは作品を拝見。モチーフは「踊り」。ずっと以前に阿波踊りをテーマに描かれたのを見たことがあり、あ、あれだとすぐに納得。「瀬戸内ダンシング」と名付けられた空間は斬新なものだった。入場するなり、「お、面白いなあ~。」と言いながら入ってくる人も居て、なかなかに盛況。

カフェではアイスクリームをチョイス。娘はレモンスカッシュ?いや、レモネードだったか?とにかく欠食児童のように夢中でアイスクリームを平らげたので、隣を気にもしてなかった。いや~、もうこれが限界。本当はそこを起点に一杯見るところはあるんだが、本日はこれにて退散。兎にも角にも往復自力で行けただけで御の字。ついこないだまで、股関節の手術をすべきかどうかと悩んでいたんだから、今日は奇跡のようなものだ。杖さえ突いてないのだから。

が、船は此方に都合良くは出ない。船着き場で1時間待つ羽目になる。でも、暑くも寒くもない場所で、ぼんやりと椅子に腰かけて辺りを眺めているのも悪くなかった。丁度作品が殆ど出ている集落が見渡せて、普通の民家と芸術館とが混在している様は色んな事を考えさせた。「瀬戸芸が無かったら、絶対この島には来なかったような人達が一杯来て、島の人達はどうなんだろうねえ?」と娘がつぶやく。お互いに檻の中の動物をあちら側からとこちら側からと物珍しそうに眺めている感じかな?と私。200人足らずの島民の三分の二が高齢者だそうだ。

ふと見ると、いつの間にか最終便に乗ろうと島のアチコチから人が現れて長蛇の列が出来ている。おお、一番で良かった。船はこの列の人達で一杯になったが、途中女木島からも大勢乗り込んで来て、なんだか船が沈んだような気がした。何度も救命具の場所やもしもの時の事がアナウンスされるが、誰も真剣に聞いてる様子はない。これって、コロナと似ている。怖くてどこにも行けず何も出来ないと言う人は、こうした満員の船には乗れないというのと近いか?

瀬戸内の殊の外美しい夕焼けの中、一路高松港へと船は進み、どこからか、ネオン輝く高松港を見たんだろう人の声。「へえ~高松って大都会じゃない?」

大都会ねええ~。ま、島から見るとねえ。

2022年11月 3日 (木)

一応まだ動けている、なあ。

朝のプールから帰るやいなや友人を迎えに行って急ぎホールへ。本日は「人形の家」観劇。音楽劇とあり、どのようなものかと期待して出かけた。いきなり眼前=舞台のど真ん中に大きなクリムトの「接吻」の絵が置かれている。そしてそれは最後まで、あるときは壁として、在るときは幕間の幕として様々に使用された。これはとても圧巻で、出演者たちの素晴らしい時代考証が整った衣装といい、美術が本当に素晴らしいものだった。日本人が演じているのに西洋の物語が違和感なく入ってくる。声も素直な発声で、それぞれ美しい。演技も全員達者。惜しむらくは、セリフ部分の作曲が低すぎて、伝わりにくいと思えたこと。役者が歌いにくそうに声を出すのが気になった。音響の技術がこれまた素晴らしく、マイクを使用していると感じさせない使い方。ただ、これは演出の意図するところかも知れないが、非常に押さえていて、所謂激情が全く感じられなかった。幸せな結婚生活から一転、妻が家を出て行くという劇的な変化が、見ていてしらけるほどに普通だったのは、、、、違和感があったなあ。ま、好みかも知れないが。

 

一日中動き、流石に食後はしばらく寝てしまった。本格的に寝る前にまだまだやるべき事が残っている。さ、やっつけるとしよう。

2022年11月 2日 (水)

枕。

早く寝たからといって早く起きられないし、熟睡も出来ない。しかも夕べは11時にベッドインして、全く眠くないからとばかり、五木寛之のエッセイ集を読み始めたところ、これが面白くてついついページをめくってしまう。この方のエッセイは全く講演会で聞いたのと同じで、飄々洒脱というのがぴったりで、ついついニヤリと笑ってしまう。時々はあまりにおかしくて爆笑だ。、、、てんことで、さっぱり眠くなるどころかますます目が冴えてくる。仕方なく室内を暗くしてアレクサに「眠れるオン音楽を!」と命令して目を閉じたが、これがさっぱり奇妙な音楽ばかりで眠れない。で、ヴァイオリンソロ曲集とか、チェロとかあれこれ変えても全く駄目で、ついに睡眠導入剤のお世話になることに。それが3時という時間だったので、予定時間に起きてもぼ~っとしている。

この頃よくこういうことが起きる。翌日何か予定があるとこうなるのだ。対策として、今日はコープの枕を注文してあったのが届き、早速今夜から試してみることにした。

明日はすっきり起きてプールだし、その後は市民劇場。「人形の家」であ~る。今更ながら自分の意識改革が出来るだろうか?

今日は薬の力を貰わずに眠れますように。。。

2022年11月 1日 (火)

忙中閑あり、再び。

朝のお仕事が急に入り、ゆっくり朝ご飯が食べられないまま仕事を終えたところに寝ぼけ眼のお嬢からテレビ電話でブランチの誘い。あちらはこの所の多忙で長時間勤務の翌日は起きられないため、こうして昼前になったところ。じゃあ、どっか行こうとなり、よく利用するカフェに決める。わが家からは15分ほどの場所だが、おしゃれでゆったりとしていて、洋風のお庭を見ながらくつろげるのがお気に入り。今日は久しぶりの雨で、小雨から結構な量の雨に変わり、木々の葉っぱが濡れていく様を眺めながらのランチはなかなか良かった。若い頃「H」という町中の有名なお店につながる人が経営していて、今日は食べなかったがその懐かしいメニューもあるという場所。母を最後に連れて行ったのが夏で、大きなアイスクリームパフェを笑いながら食べたのを思い出す。

こちらは3時間後にも仕事の予約が入っていたが、お嬢の相談にも乗るだけの時間はあった。彼女は年内にも新しく立ち上げることがあり、そのネーミングの相談に乗ってくれと言う。曰く、「日本語として美しい言葉。」「古くても良い。」「目的にかなったイメージのもの。」etc.注文が多いが、こっちは自分の事ではないという気軽さから思いつくままあれやこれやと言葉を出して見る。こういう作業は嫌いではない。敵もそれを察知して言いたい放題。「お母さんの得意分野なんだから。私だって協力してあげることもあるんだから。。。」と恩着せがましい物言い。こうしてたっぷりブランチを楽しんで目的を果たし、帰路に一カ所DVDをお届けしたが、実はこの作業はまだまだ進行していない。お送りした方からは、ご丁寧なお礼メールが入ってきているが、手渡し出来る方にはなるべく手渡しをと思って沢山残してある。ま、そのうち。

昨日メールの整理をしていて、アーツフェスタから来ていたものに気が付いた。各参加団体の公演を視察した方々からの感想の一覧が載っているものだ。ちぇちに関しては、「当日団体が解散すると発表されたが、もったいないと思った。」と書かれてあり、そう思って下さった方が居たことに感謝の気持ちが湧く。

このお祭りには内の団体を含め19の団体が参加したが、一期間にこれだけの人々がなんらかの発表するだけの芸術力が高松にあるということは矢張り嬉しいと思う。我々が撤退してもこの高松の土壌には間違いなく色んな花が咲こうとしている。今後はもっぱらそういう人達を客席から見せて頂くことになるが、それも又楽し、ってところだ。

先日は女子会でしこたま飲んで、、、、と豪語したいところだが、生中、焼酎のそば湯割、カシスオレンジカクテル、プラスジュースというかわいらしさに終わった。にも関わらずどうも翌日胃の具合がイマイチ。行く前に「うこんドリンク」をひっかけて行ったが、それほど効いたとも思えず。。。結局弱くなってるのを実感。この日、一番若いFさんが、いきなりお墓の話を始めて驚いたものだが、若くても折に触れこういうことは考えるんだなあと妙に感心。飲み放題のコース料理を次々と平らげながら、、、、ま、今は娑婆を楽しもうってか?

外に出るとハローウインの仮装をした若い子達がたむろしているのと遭遇。見るのは楽しいが、寒くないの?って感じの露出。何が楽しいのか解るような解らないような、、、。韓国の悲劇はまずいが、そうでないなら良いんじゃないの?自然発生的なお祭りの一種らしいが、時代と共にお祭りの様相が変化するのは当然のことだ。もっと見たかったが、お迎えに来ていたお嬢の車にいそいそと乗り込む。この日本番だったお嬢はテンションが高く、送りがてらわが家に上がりこんでお茶。それこそハローウインの仮装に出てたの?ってメイク。イヤハヤイヤハヤ。こっちは何を見ても楽しいのはアルコールのお陰だったか?

次回の飲み会は、うこんの強力タイプを飲んでから行こう。ってね。

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