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2022年10月11日 (火)

声。

シャンソンコンサート終演後、様々な声が寄せられている。多くの人が当人より年上の方々。矢張りこのジャンルは一定の層の方に特に受けが良いようだ。皆さんの声を総括してみると、「演技と歌が一体化していて良かった」というものが多い。これは最初からの目標だったので、一応合格点をもらえたと解釈。中には歌の専門家の方もいらして、クラシックの先生方には、声量と歌唱力に高評価を頂く。これについては、娘からは厳しいと言われるが、この母親の理想とするところに近づけようとの努力が実った形だ。クラシックだろうが、ポピュラーだろうが、「声」が一番だと思っている私。その声にカラーがあるのは良いが、歌う人によってその魅力を最大限引き出す歌い方が最も良いのではないかとかねてから思っている。兎に角無理はイケナイ。自然に良い声が出るようになるには、矢張り訓練が必要だと思ってのことだ。

「声」と言えば、多くの人から、「お母さんとそっくり」とか、「あまりに似ていて時々錯覚して不思議な感覚だった」とまで言う人が居たのには驚いた。そこまで似ているとの自覚はなかったので、、、。ただ、声紋というのは指紋よりも似ると聞いたことがあり、そうなのかも知れないと思った。自分の声というのは余り正確には分かってないから、そう言われるとそうなんだと納得する他ない。

シャンソンならではのことで、「声」と「演技」で、帰りは涙目でご挨拶して下さる方が沢山いらして、それは本当に良かったと思ったことだ。心が動いてこその涙だから。

ちぇちでお世話になったW先生はご自身も以前舞台で歌われたこともあるので、興味がおありだったのだろう。6人もの生徒さん達を伴って来て下さった。「様々な愛の詩、やはりシャンソンは人間の血を揺さぶる奥が深い音楽だなあとつくづく思いました。3分間のドラマ最高でした。」とメールまでお寄せ下さった。

そして文学の先生からは、曲の間のトークをエッセイに書いたらどうか、という流石のコメントも頂いた。娘は残念ながら自他共に認める文才の無さ。それはきっと無いだろうが。。。。今回の作品には特に文学的要素が多々あり、本人も古めかしい言葉を覚えるのに苦労していた。「花を部屋に君を待てど、、、、もはや吾をたずねまさず、、、」てな具合。色んな歌詞が日本語で歌われているにもかかわらず、敢えてこれを 選んだのは、矢張りこの曲調とあの古めかしい言葉がよくマッチするからだろう。実際一番あの曲のムードに合っているとは思うなあ。

親子で来て下さった方にお礼の電話をすると、お嬢さんの癌が思わしくなく、近々入院されるという。そうだったのかと、お二人の当日のご様子を思い出す。気分転換になるかとお誘いしたが、まさかそんなことになっているとは知らず、、、。そんなことを考えると、娘はなんと果報者かと思う。いや、勿論誰がいつどうなるか一寸先は闇なんだが。。。今、こうして居られることに感謝あるのみだ。

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