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2022年1月17日 (月)

色々ありすぎ。

明日は何やら精密検査をしろとのお達しでとある病院にアサモハヨから出かけなくてはならない。まあそりゃあ76年も使ってきたこの体。何かは起きるだろうが。取りあえず無罪放免を信じている。まあ、時々立ち止まって自らを振り返りなさいと言うことだろう。

この所の立ち働きが異常で、今日などふらっとして、おっとっとっと。やり過ぎたかと反省。出来るような気になっているが、実際は思うほど出来ないのだ。お風呂のリフォームはどうやら見込み違いで随分時間がかかるみたいだ。そもそも商品が市場に出回って無くて、何もかもが遅延しているようだ。それが解って、ちょいとゆっくりしようと気持ちを切り替えた。業者が実際に工事に入るまで少しずつ整理しようと思い直した。例によって娘からアレも要らないこれも要らないと指摘されて、素直に言うことを聞こうとしたが、実際に暮らすのはこっちだから、主導権を取り返そうと決めた。

ただ、流石まだ若いから体は良く動き、しっかり働いてはくれたので、昨日は夕飯の買い出しにいつものお惣菜やさんに行って、その店からラインビデオ電話でどれが欲しい?とやったところ、何故かこっちの顔の後ろが風景画になっていて、さっぱり商品が見えないと言い、「エフェクトを押すのよっ!」と叫ばれ、でも言われたとおりにしても直らず、そのうち何だか知らないが娘が羊のぬいぐるみを着て踊りまくっている画像に代わり、どこをどういじっても戻らず、こっちはそれが可笑しくて可笑しくて、笑いをこらえるのが大変。ついには涙が出てきて、「もう~だめ!」と言うと、あっちも、「もう、何でもええわ!」と笑い転げてようやく切れる。

で、言われたとおり適当に買った物を届けては二人して再び大笑い。これは経験しないと解らない可笑しさだ。しかもお互い疲れていて、疲れた時って妙に可笑しくなるのも経験済みではあった。

好天続きのせいか来店客も次々とあり、複数の人が身障者の方達。知り合った頃は元気だった人ばかりで、それぞれ病気になって後遺症と加齢でだんだん歩くのもままならなくなってきた。こういう人たちの施術を終えた時が一番この仕事を選択して良かったと思える時。一様に笑顔になり、心から嬉しそうにお礼を言われる。お互い気心も知れていて、羞恥心もここでは薄れているようだ。どの人もご主人が車で送ってきてくれて、手を取るようにお迎えにも。、、、それもいつまで続くかという不安の中で。又次回も会えると良いなあ、と思いつつのお見送り。

一応自力で動けている自分は本当に有り難い。いつまでかは知らねども、、、、。

 

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