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2021年10月 9日 (土)

友人たち。

常々考えていることだが、76年の間に自分の財産になっているのはただ一つ、友人たちだ。会える人ばかりでは無いが、特にこのご時世、繋がっていると感じるのはただそれだけで有り難い。ちぇちぃりぁという音楽の守護聖人の元出会った団員のみんなは、友人と言うよりファミリーかも知れないが、OBたちもみんな友人だと思っている。自分自身はまめな方では無いが、FBに書き込んでいる友人の記事は面白く読ませて貰っている。そこに「懐かしみ」のスパイスをふりかけながら、、、、。たまに電話で話すと、半年以上音信が無い人でも昨日会ったかのように思える。家族のように接触している友人も何人もいて、コロナ期に「いつも食を共にしている人」的な感覚で付き合っている。実際はそうで無くとも。。。

実際、会えてなくとも何かの折にふとその顔を思い出し、ニヤッとすることも多い。この時期をどう過ごしているんだろうと想像してみたり。この年になると、あちらの世界に行ってしまった人も沢山いるが、そういう人たちとの思い出も多々あり、寂しくはない。自分の人生が如何に友人達との交流に彩られてきたかを考えるとき、むしろ幸福感がこみ上げる。何度となく助けられた。慰められた。励まされた。「出会いが人生」とはよく言ったものだ。

突き詰めて考えると人はみんな孤独だし、生まれる時も死ぬときも一人だとは思う。しかし、同時に人は一人では生きられないとも思う。「いいえ、私は誰の世話にもなっていません。」という人が居るかも知れないが、それはきっと勘違いだと思う。それに、そう考えることは何の助けにもならない。山深いところで一人修行している仙人ならいざ知らず、凡人は皆、多かれ少なかれ他人の世話になっている。望むと望まないにかかわらず、だ。

わが友人の一人、最近ご主人を亡くされて、それまでの生活が一変した人がいる。側で見ていても仲の良いご夫婦だっただけに、落ち込み方も外に出ている何倍もひどいのだろうと想像している。努めて以前と変わりないような態度で接してくれるが、お互い暗黙の了解的なものがある。その彼女自身に矢張り変化が見られるのは当然のこと。元々謙虚な方ではあったが、近頃は特にそう感じる。「自分が生かされている」と常に思っているような風情だ。何事にも感謝の気持ちを表し、お礼の言葉が多くなった。、、、これは見習わなくてはならないと思っている。そして、彼女と接することで多くの事を学んでいる。読書好きの彼女から本を借りたり紹介されたりと、有形無形のつながりも永くなった。40年近くになるか。

人の縁とは不思議なものだ。

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