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2021年9月 1日 (水)

忘れていたこと。

今日孫べえの宿題が完成したから見て、というラインが入り膨大な写真とレポートが送られてきて驚いた。まあ、ラインで送ってきた写真をプリントアウトしたのはこのレポートに登場する彼のおばあちゃんことアチクシだが、手伝ったのはこれだけだから大きな顔は出来ない。近頃は、こうして写真を撮って貼り付けるなんてことが簡単に出来るけど、そのうちパソコンで作成し、提出はリモートでなんて事になるかも知れないなあ。とにもかくにも、我が子には全くこういう手伝いをしたことがなかったので驚くばかり。ま、これもコロナ禍故の副産物だ。キクラゲの生育を見守るというのがそのテーマで、提出後はわが家にその菌床が移動してくるらしい。孫べえより上手く出来なかったら困るなあ、などと不安でもある。

夏休みの宿題に限らず、うちは夫婦で忙しく生きている時代で、ほぼほぼ子供にタッチしてこなかった。「お母さんは宿題を見ないけど、その結果は全て自分で勝ち取った物だから自信を持ってね。」なんぞと、親に都合の良いことを言って済ましたものだ。幸い、なんとか育ってくれたが、まさしく育てたのではなく、育った我が子達だ。それぞれがそれぞれの道を自由に歩いた結果、今がある。こっちは何も言えない。

しかし、そんな親子関係でも、子供達は幼い頃母親にして貰った僅かなことを覚えているものだが、その中に、毎日本を読んで寝かした事、そして毎回主人公の名前が創作されてたことなど、、、、自分の記憶でも、半分は作り話だった様に思う。そんなこと、覚えているんだ、と妙に感心している。

今日は娘が誰かと話す中で、「どんな風に育ったんですか?」と聞かれて、「殆ど放置だった」と答えたらしく、内心そりゃあないでしょう!?のこころ。だが、先日も友人と話したが、今時の親はホントに丁寧に子育てするよねえ、というもの。そもそもの生まれた時からの衛生面のことからして昔と今では全く違うし、だいたい赤ん坊を見て、「可愛い」なんて我が子に言えなかった。そんな余裕は全く無かった。かろうじて眠っている我が子を見て、可愛いと思った記憶はあるが。。。一生懸命だったことしか記憶にない。今、娘や嫁りんを見ていると、ホントに我が子が一番なのだ。これは時代のせいなんだろうか?

確かに自分に取って仕事もプライベートも何もかもが充実していた時期であり、今とは時間の流れ方も全く違う。第一若かった。

が、いよいよ来年の公演に向けて進み始めた今、忘れていたことが蘇ってきた。蘇ってはきたが、体力が著しく衰えていて、台本が進まない。考えることが多すぎるのもあるが、どうもすいすいと浮かばない。制約が多いというのもあり、これまでのようなわけにはいかないのだ。夕べ丑三つ時までかかって、第一稿は仕上げたつもりだったが、今日になって見直すと穴ぼこだらけ。なんとかガンバるしかないが、、、、。

ただ、メンバーでパソコンに詳しい人が助っ人に入ってくれて、少なくとも様式で失敗することがなくなった。これは有り難い事だ。打ち込む先から崩れていくと嫌になるが、手伝ってくれたおかげで、スムーズに行くようになった。それもこれも、昨年急逝したOさんの残してくれた資料があったからのことだ。彼の想いを引き継ぐという、極めて重要な仕事なのだ。今回の作品は。

 

夕べ、遅くにベッドに入ったにもかかわらず、つい友人から借りた本を開いてしまい、面白くて結局全部読んでしまった。内舘牧子「生まれ変わったら」はこの人のテンポの良い文章に引張られて、年齢が近い主人公の話でもあり、するっと読めたのだ。あのとき別な人生を選択するチャンスもあったが、これで良かったのか?と自問自答する70歳の女性の話。

振り返れば、確かにあれがターニングポイントだったか?と思えることが長い人生の中で、何回も訪れたことに思い当たる。もしあの時ああしていたら、自分の人生はどうなっただろうか?と愚かにも考えた次第。こうして人生は終わっていくんだなあ。

この本を貸してくれた友人の友達は、70歳で同窓生同士結婚したカップルがいると教えてくれたが、これは快挙かも。何より恋愛力が残っていたことに拍手よねえ、と別の友人も言う。

おっと、夜更かしが癖になりそう。今日はこれで終わろう。

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