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2021年3月29日 (月)

人生は面白い。

息子がどうしても今のうちに祖母に会っておきたいと、施設に直接談判して、来た直後にPCR検査して陰性ならOKと返事を貰って恐る恐る帰省した。空港からレンタカーで検査病院へ。誰にも接触せず結果が陰性と分かってからやってきた。聞けばナント高額な検査料金!それを聞いて思わず変な助成金より、こっちにお金を出せば良かったんじゃない?と今更ながらお上に文句を言ってみたり、、、。そして息子はすぐに施設に移動、長々と喋ってきた。わが母とこの子は所謂「初孫」の関係だ。母も若く一番元気な時で、しっかり面倒をみてくれていた。その恩恵を忘れること無く常に気にしていて、時々はテレビ電話もしていたが、喋れる内にどうしても会いたいとなったわけだ。

昨日は息子一人で会いに行き、今日はこちらも付いていったが、驚くことに母はこの息子の新築祝いで水戸に行ったときのことを鮮明に覚えていて、庭の木々や近辺の様子を懐かしく思いだし、もう一回行きたいとのたまう。そのために頑張るとも。白鳥の来る川の流れる公園が目の前に開けていて、確かに母の好みの場所だろうとは思うが。「孫効果」で奇跡が起きるのだろうか?食べられなくなって相当時間が経ったが、何を見ても要らないと言う。かろうじてアイスクリームを少々、ビタミン剤を少々、、、。無理はしない。

救いは、母が自分の人生が楽しかった、面白かったと繰り返すことだ。訪ねて最初の言葉は必ず「夢を見ていた」。何の夢?と言うと、昔話だ。栗林公園に父親が先導して家族親類が花見に繰り出し、芸者さんまで参加してどんちゃん騒ぎする派手な花見だったと言う。料理が上手だったその祖父は玄人はだしの腕前で色んなものを料理して持って行ったそうだ。この話は以前から度々聞かされていたが、この所桜の花を持っていったりすると、すぐこの話になる。母が独身のころの話だから80年以上前のことだ。そして言う。「私の人生は面白かった。」台湾では戦火の中、山の上で見張りに父が立ちお風呂に入ったこととか、当時は何もかもが大変だったと思うが、今や面白い思い出になっているのだ。そして焼け野が原の髙松に帰ってきてからのあれこれ。父の仕事の関係で転勤に次ぐ転勤も、知らない土地の事がよく分かって面白かったと。16年の長い間父の介護をしながらも、色々楽しいことがあった、と言う。、、、そう思える母の人生は素晴らしい。

その母の思考回路の遺伝子は確かに受け継いだと自分でも思う。どんなことも角度を変えてみれば楽しいし、面白いと思える。

今宵は観劇だった。「罠」という翻訳物で、あの小田島雄志先生のご子息が翻訳とあったが、とっても面白い内容で引き込まれた。娘の運転での帰り道、やっぱり時々はこういう時間が無いとねええ、と話し合った。会場一杯の人たちがあの時間コロナのコの字も思わずに集中していた。そして終わった途端の感動を拍手で精一杯に表現する。やっぱり舞台は良いよねえ、と。

母に異変があればすぐに電話が入ることになっていて、だからこそのお出かけだ。こういうとき、スマホさまさまだ。

 

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