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2020年3月

2020年3月31日 (火)

春眠暁を覚えず。。。

まさにそれか?と思うほど、寝ても寝ても眠い。しかし、今日は午後から雨とのことで、動くのは午前中。で、今後は外食もままなられない日が来るかもしれないと、行きつけの和食店でランチ。以前ほどは混んでないが来店客は次々と入ってくる。

腹ごしらえの後は、三木町に今度こそとタケノコ掘りに。実はお嬢の親友が、二人の子供を抱えながら母親の危篤と戦っていて、堀りたてのタケノコをマスクと共に送ると言う。なんでも中華料理が上手な人で、タケノコは喜んでくれるはずという。ま、こっちはスポーツのつもりで参加。実際汗をかくほど動いたが、今回はお嬢が見つけたデカいのをひたすら掘ってジエンド。早速帰って送ったらしい。

らしいというのも、こっちは母の病院をすっかり忘れていて、弟からの電話で思い出し、慌てて二人を送りつけてから病院へ回ったから、宅急便にはつき合わなかった。お嬢の親友の少しでも慰めになれば良いが。

母は相変わらず、自分がどうしてこの病院にいるのかも分からず、白内障の手術のおかげで目がよく見えているのが全く分かってない。まあしかし、子供二人の顔が分かって、間違いの無い会話が出来ているのはめでたい。およそ3時間も病院にいて、我々はほとほと疲れるが、たまにはこうして親子の会話も良いだろう。

 

母を施設に送って行き、職員の人にバトンタッチしたときは、外が暗くなっている。次に晴れた日は花見に行こうと約束して別れたが、明日から雨みたい。

 

おお疲れた。

 

2020年3月30日 (月)

チカレタビ~~~。

この異様な疲れは一体どこから来るのか?娘が出演のコンサートが無事終わり、ファミリーで打ち上げに行き、彼らを送って帰宅したらドッと疲れが出て、」8時という時間にベッドイン。目覚めればただいま丑三つ時。このまま横になればきっとまだ眠れそう。な位に疲れ切っている。多分これは物理的なというよりは、かなり精神的な疲れだと思う。

コンサートの会場はいつもだと100人以上はびっちり入るのが、自主選択だろう3分の一くらいになり、全ての人がマスクを付けて参加。予備も用意してあったっが、その上にこっちはジェルの消毒液も持参。主催者側も至る所に消毒のペーパーや手洗いの消毒液などを設置。喚起にも気を遣い椅子も離して配置という策を講じた。

ライブといっても、おとなしくひたすら演奏するだけだし、客席も静かに聞いているだけのこの手の演奏会はこのご時世でもありだと思った。主催者の強いポリシーで完遂だったし、演奏家達はそれぞれが新しいつながりを持つことが出来て再会を誓い合って解散した。非常にレベルの高い演奏会で、その中に、世界で活躍中のアコーディオン奏者がいて、この人には強く惹かれた。演奏テクニックもさりながら、演奏の姿勢や表情に引き込まれる。娘の持ち時間30分に飛び入りで参加してくれて、終演後に再会を誓い合ったことだ。

良い演奏家は性格も良い。なかなかの人物だった。

娘自体も主催者や来場者に大いに喜ばれ、いつかリサイタルの形でやって欲しいとのリクエスト。これには娘自身もまんざらでもない様子。

しかし、二人とも疲れ切った、というのもこのご時世の余分な緊張のせいだ。いつもなら使わない部分に気を遣い、終始気を張っての演奏会だったのだ。前日のマイクや舞台の準備チェックから始まり、今日は朝、発声練習からやり、、、、やっぱり舞台一つやり遂げるのは本当に沢山のエネルギーを使うものだ。そもそも伴奏者とも初めてのコラボで、2ヶ月前から何度か合わせをやり、お互いを理解するところからの出発だった。このピアニストが又ユニークで、楽譜はあってないようなモノ、と言う。ほぼ見ないし、コードだけでも弾けると。転調もいくらでも可能で、ホントはクラシックじゃないモノが好き、なんぞと言っては朗らかに笑う、ピアニストには珍しい人だった。

兎に角終わった、と車に乗り込んで娘の第一声。「ああ、焼き肉が食べたい!」

で、家族みんなで最近オープンしたお店に行ってみようとなったが、こんな時でも意外にも満員で入れない。他の店舗もどこもかしこも行列。ついにはとある焼き鳥屋さんに電話して予約してからようやく入れる。入ってみて驚いたが、ここもほぼ満席。コロナ騒動どこ吹く風、だった。都会だとひんしゅくもののお店。ま、いつまでこの状態が維持できるのかは不透明だ。夫はこの手のお店は苦手で出かける前に色々テーブルに並べて置いてからこっちは運転手にこれ勤めたという訳だ。、、、疲れるはずだ。

まあしかし、何事も無くなって初めてその有り難さが分かる、というものだ。

マジで疲れた。

 

2020年3月28日 (土)

お留守番。

今日は半日孫べえのお守り。お守りという言葉が嫌いらしく、こっちの電話を聞いて抗議してくる孫べえ。だって、お守りはお守りだ。夫婦共が朝早くからの勤務でこっちは昼ご飯から室内ゲームまで、十二分に一緒に遊んだ。ゲームはこっちも嫌いじゃ無いから良いようなもんだが、なんせ、子供用のグッズは全てが小さく、将棋の駒から碁石やなんたらいう尖ったチップスも大人の指には適していない。そこを頑張ってやっていてほとほと疲れたので、トランプに変更。ま、ぼけ防止と思って、神経衰弱にはまる。随分以前にこうしてやったことを思い出すが、その時はズルしたり、ごまかしたりの連発だった孫べえが、ちゃんとルールを守れるようになっていて成長を感じる。ていうか、うっかりすると負けてしまう。

やがて母親が帰宅。即座にこっちは腰を上げて帰ろうとするが、玄関のドアが開かない。「お母さんが帰れないように細工してあるわ。」と娘が開けてくれたが、なんともカワユイの心。やっぱり一人っ子はこうなるなあ。

明日は娘のコンサートリハーサル。予定通りやるようで、主催者の信念に従う形だ。会場は大きな窓を全開して換気に努め、来場者にはマスクと消毒をしてもらい、体調不良の人はお帰り頂く。司会者が丁寧に説明するとか。娘以外の参加出演者は全て楽器の人。沢山のキャンセルが起きていて、演奏家の仕事が全く無くなっているとかで、今回はその救済の意味もあるという。「お客さんが一人も来なくても私は開催します。」というお言葉。演奏家たちは皆さんお金もそうだが、何より演奏の機会があることが最大の喜びだという。それは大いに理解できる。何事も無ければ良いが、とつい老婆心が、、、。

一方で、5月に予定していた町中で音楽をとかいうイベントはキャンセルになったと知らせがあったようだ。先日収録したコンサートの告知の人たちは4月が予定だったが、8月に延びたという。むしろ遠くに予定されていたモノの方が先延ばしになっているのは、今後の拡散を懸念してのことか。

香川では現在まだ感染が判明しているのが一人ということもあり、対応に相当ばらつきがあるな~。わが夫は毎日公共のプールに出かけているし、様々な会議にも参加している。中にはキャンセルも出てはいるが、先日は丸亀まで行ったな~。勤務している大学は予定通り入学式をやるという。そういう自分も以前と変わらず仕事はしている。勿論マスクは付けているし、店内は美容室専用の消毒液で毎度消毒はしている。元々予約客だけの細々だから影響は感じてない。

短歌の歌会はとある公園のテラスが予定されているようだ。まあ、こちらは情緒があって良いかもしれない。天候に左右されるだろうが、、、。

 

こうして日々、過ぎていく、、、、。

 

 

2020年3月26日 (木)

分かったような分からないような、、、。

コロナのニュース番組はどうも同じ所を堂々巡りしているようで、なかなかパチッとした方策が語られない。それほどに難しい案件なんだろうとは思う。「安心感」は人それぞれレベルが違うし、どこまでやれば全く安心なのかが、言えるようで言えない。同様に、「恐怖感」も人それぞれ。田舎の場合、人口密度が低いからのんびりしたところもあるが、都会の人が同じように行動していたらそりゃあ拡散するだろうとは思う。が、人間はどこに住もうと思いは同じなんだろう。なかなか封じ込めは難しそうだ。気持ちは分かる。見えない敵が相手だから、余計油断するんだろう。が、客観的に東京の映像を見ていて怖いと思うなあ。普段より少なくてあの人出だ。

東京がNYやミラノなんかと同じようになったらと思うとぞっとする。ベルガモは以前訪れたことがあるが、ドニゼッティの生地で、小さな美しい街だった。あそこがまるで街全体が墓場になったかのような映像が流れてショックだった。収束するんだろうか?ある人が、「イタリアは死ぬべき人は全部死んだ」と書いていたが、それって、終わったってこと?

今日は思い切って一人で温泉に行ってきた。確かにいつもよりは人が少ないと思ったが、マスクを付けている人は殆ど居ない。こっちが付けているとじろじろ見られて、やな感じ。施設側も消毒などやってはいるが、それほど頑張ってる様子も無い。こっちは大きなビニール袋持参で、なるべく色んな所に接触しないように気をつける。まあしかし、湯殿に入ってしまうとそんなことも忘れ、久々の温泉を堪能する。、、、。こないだ転倒して肩についた痣が気になって最初はちょいと隠したりしていたが、そのうち忘れていた。中には、虐待されたのか?と思った人が居たかもしれないが、フフフ。夫はこの時間プール。季節が良くなればそれも良いかと思いながら、こっちはサウナにも入り随分と身体の芯までほぐれた感じ。ほぐれすぎて帰りの車の中では眠い眠い。かえってビールを飲んでまたまた眠い。ま、この所の疲れが出たのかもしれない。婿殿が心配してくれているようだが、、、、。ま、大丈夫だ~。

 

アクティブな日々。

午前中家事にいそしんでいたら、婿殿から電話。今日はお嬢が朝から晩までのシフトで孫べえのお守りのお誘い。今日も晴れていたので二つ返事でOKして、まずは彼の好きだといううどんや。そこから四国村に行きたいという。聞いたときは自分は入り口で待つつもりだったが、これまた天気のせいで、ブラブラ歩くのも良いかと入ってみる。ま、歩けなくなったらその時はその時と思いつつ。。。

ちらほらと桜も咲き始めていて、済んだ空気が殊の外気持ちよい。殆ど人に会わず、孫べえとびっくりゲームなどしつつ彼らに遅れることなく全部行けたのは自分でも意外。このところの運動が功を奏しているに違いない。思ったより軽々と階段を上ることも出来たし、それほど息が上がることも無い。悠々と景色を堪能しながらの散策は本当に癒やされた。婿どのはかずら橋は初めてで、本物はもっと凄いから又行こうと誘ってみたり。。。しかし、最後には異人館に飛び込みアイスクリームだった。ま、これが限界かもね。

孫べえも、まだ小学3年生だからこうして付いても来るが、だんだん大人と行動はしなくなるんだろうな~。今のうちか。

 

機嫌良く帰宅して、気になっていた関東在住の友人二人に電話してみる。二人とも気鬱ではあったが、一応元気に暮らしていて一安心。東京は初台辺りが桜の良い時期で、お散歩が趣味の夫婦は相変わらず行ってるらしかったが、オペラハウス辺りは全く人が居なくて、うそのように静まりかえっているとか。ま、かえって安全な場所になっているようだ。ただ、孫を預かろうと申し出ても東京は危ないからと断られて寂しそうではあった。もう一人も戦々恐々としているらしく、いつ感染するか気が気でないようだ。仕事をしている家族がいると、帰宅したら消毒に明け暮れているようだ。ま、こっちも多少はそういうことしてるが、彼女ほどでは無いな~。婿どのが言うように、ホントに田舎で良かった。他にも気がかりな友人がいるが、今日の所は二人でおしまい。

休む間もなく夕飯の準備。ホントは少し仮眠したいくらいだったけどねえ。しゃあない。わが家の夕食はこのところコロナがおかず。テレビもコロナ。今宵は都知事が緊急会見だったし、確かにあの人間がいっぱいの東京であの程度の数字とは信じがたい。今後爆発が起きるのかもしれない。そうならないことをひたすら願うばかりだ。

2020年3月24日 (火)

二度あることは三度、無かった!

娘の体調不良はほぼ改善されてはいるが、まだ無理は出来ない。ということで、本日も孫にお付き合い。なんとタケノコ三度目の挑戦。今度は遠い親戚が持っている本格的な山に入れてもらえることとなり、未だ通ったことの無い山道をひた走り、案の定道を間違えながらも二台の車で目的地に着く。

道中、桜が結構咲いていて、花見気分で孫べえとその友達を乗せてのドライブ。往復で数台しか車に会わないという田舎ぶり。しかし、風景はピカイチ。もう一度行きたいと思っている。

お訪ねした山の上のおうちは豪邸で、最初に声をかけたドアは我が家の玄関のドアより立派だったが、そこは裏口だった!庭の一角には子供の遊具類も設置してあるので、今度はそこで遊んで下さいと言われる!その家の主に案内して貰って現地に行ったが、最初から無いと思うよ、と言われ、そのつもりでのまあアスレチックやるような気分だった。今の時期はプロしか探せないらしいし、その上、イノシシが嗅ぎつけては食べてしまうので、、、しかも、あのあたりはマムシが出るから注意して、なんぞと言われ、おっかなびっくり最初は及び腰。その内そんなことはすっかり忘れ、探すのに没頭。すると、初めてだという孫の友達姉弟がそれぞれ1本見つけてくれてやれやれ。パパ二人は完敗。もちろんこっちも収穫なし。しかし、さすがに慎重に行動したため怪我も無く、結構な運動量で、ジムやスイミングに行かずともそれ以上の効果はあったと思う。運動して汗をかく。これに勝る爽快感は無い。初対面の子供達とも意気投合して、帰りはこっちの車に子供が全員乗ってくる。

ま、結局楽しかったから良しとしよう。ってことだ。パパ二人は収穫を手にしたい欲求が芽生えたらしく近々行く気満々みたい。今はコロナ騒動のせいでお休みを持て余しているが、さて、それもいつまでか。。。

 

SNSでイタリア在住のある人が、現在のイタリアのリポートを掲載していたが、想像を超える大変さのようだ。個人の生活、それも外国での暮らしぶりが生々しく、思わず全部読んでしまった。少し前まではそういう人に憧れていたのだが、、、、。自分の年齢を考えるとこの騒動が収束したとしても、あの素晴らしい国にはおそらくもう行けないだろうなあ。若き日によくぞ行っていたもんだ。しかし、残念だ。彼の抱える不安はおそらく日本にいては理解しきれないだろう。なんとか乗り越えてほしいものだ。

2020年3月20日 (金)

バカは死ななきゃ直らない~ってね。

きっともうすぐ立てなくなるかもしれないから、今のうちに書いておこう。

うららかな天候にもかかわらず母親の体調不良で鬱々としている孫べえのために今日は一日パパとサービス。ランチを「卵かけご飯」というパパのリクエストに付き合い、元々は鶏舎の経営者が始めているカフェに向かう。お目当ては多分無いだろうと踏んでのタケノコ狩り第二弾。ピクニック気分で最初から収穫を目的にはしていない。滑り出しは順調。そのカフェもそれほど待ち時間も無く、(といってもこのご時世にしては4番目くらいの混雑ぶりではあったが)新しいこっちのスマホに夢中なお坊ちゃまとじゃれ合っていて、退屈はしない。ふとレジの方を見て驚いた。ちぇちのメンバーが今しも会計を終えて出るところ。思わず声をかけに走り出る。が、こっちは帽子にマスクという出で立ちで、彼はしばらく不審者を見るように見ているが、こっちが名乗って初めて気がついてくれる。娘さん夫婦が近くにお住まいで、誘い合って初めて来ました、と言う。「初めて来て会うなんて、ホントに奇遇ですねえ。」とは彼のお言葉。確かに。世間は狭い。彼は普段ちぇち以外にもボランティア活動もやっていて、そこでは各種施設や学校に慰問があるのだが、全て無くなり全くすることが無くなりました、と言う。そのグループの皆さんはどうしておられるのか。折角順調に活動を続けておられたのに、、、、。笑顔で分かれて早速噂の「卵かけご飯+ホットケーキ」を美味しく頂く。彼らも食べて美味しいという感想を貰ったのもある。確かに美味しかった。次なる目的地はハードだから、この腹ごしらえは正解。

で、そこから目的地に行くのに、自分が運転しないとこういうことになるかと感心するくらいに道を間違える。如何に適当に動いているかがわかるというもんだ。ここにお嬢が乗っていたら大変だ、とは3人の一致した意見。間違えてもワイワイ楽しくドライブだ。

ところが、心配したとおり、その竹林の側の公園は未だクローズ状態。しかし、よく見ると、公園内にはちらほらと子供連れがいる。それを見て、俄然行く気になって運動場の周りに張り巡らされたフェンスに沿って歩いて行くと、入り口には鍵が付いていて、二人はそこを乗り越える。こっちもこれくらいやれるだろうとやってみたが、全くもって無理だった。そこですごすごともっと遠くまで歩いて行くと、何のことは無い、誰でも通れるようにちゃんと開いてるところがある。で、悠々と目指す丘にたどり着き早速物色を始める。元々まだ早いよと言われていたし、収穫ゼロは想定内。要は楽しく宝探しをやってるようなモノだった。結構歩いたな~と気を抜いた瞬間、ずるっと枯れ草が動いて、あっという間に今度はコロコロっと転がって、全身ミノ虫状態。あとで振り返ってみたらかなりの距離滑落してた。パパが慌てて助けに近寄ってくれたが、まあ、自力で起き上がれて一応の面目は保った。か。しか~し、そこから用心深くそろそろと降りていくと、「あれ?帽子が無い!」すると、婿殿が、「あ、僕が持ってま~す!」えっ?いつの間に?ていうか、そんなことも分からない位パニクっていたのかと意気消沈。ああ情けない情けない、とブツブツ言いながらベンチで枯れ葉や土を剥がしていったが、は~っ?というくらい凄いことになっていた。リュックの中にまで枯れ葉や土が入っているし、兎に角全身酷いことになってた。よくぞ怪我がなかったもんだ。で、婿殿曰く。「最初はコロコロと転がるので、これはヤバいと思いましたが、途中からお尻と背中を着けて滑っていたので、大丈夫だろうと思ってました。」何という冷静さ。は~っ!

明らかに去年より、おばあちゃんになってる!!

2020年3月19日 (木)

チカレタび~~。

天気が良いという予報に背中を押されて今日は一日中家事に励んだ。いつものことだが、やり過ぎる。でもって、最近はプラスドジが勃発する。でもって、余分なエネルギーを消耗。ますます疲労困憊となる。

スマホを機種変してから3年になり、ぼちぼち替え時だと警告されてはいたが、だましだまし使っていた。とにかく動作が遅く、あれ程みっちゃんのスマホ貸してと言い寄ってくる孫べえさえ、「うへっ!おそっ!」と投げ出す位のモノだった。でも機種変となると時間とエネルギーを使うから、、、一日延ばしにしていたら、本日は植木の水やりの最中よりによってバケツの中にボチャン!あわわわ、と拾って作動していることは確認したが、いつ又故障してしまうか分からない。ってことで、思い切って先日夫が初めてのスマホを購入した同じショップに行ってみた。予約してなかったが、ここは穴場で、あんまり若くない男性がすぐに親切に対応してくれた。案の定時間がかかり、外がだんだん暗くなってくる。しびれを切らして、「すいません。ちょっと洗濯物取り込みに一端帰っても良いですか?」とダメ元で聞いてみた。するとそこはそれ、若くない人の柔軟さで、気軽にOK出してくれる。

この担当者、これまでこの手のショップで経験したことの無いゆったりオーラの人で、大事な話の中でも笑いが出るような対応。で、こちらの希望は的確に従ってくれる。いくつ違うんだろう?「お客さん、アクティブに使ってますねえ。僕でも知らないアプリが入ってますねえ。。。」と何度も言ってくれる。自分では使いこなせてるとはとても思えないんだが、、、、。Payが複数入っているのは確かにこの年齢のおばさんには少ないかもしれない。お店で使うたんびにスマホが、「ペイペイ」と可愛い声で言うのが楽しくて、つい使う。ヘルスチェック時計のアプリやお薬手帳アプリも時々驚かれる。ま、遊んでるようなモノだけど。これが、若い人なら普通なんだろうな~。

で、一度帰ってから出直したらもくろみ通りすぐに完了。、、、しかし、そこからが大変。あれこれやっていると時間の経つのも忘れてしまう。

おみっちゃんの本日の脳トレ、これにて終了。ち~ん。

2020年3月17日 (火)

タケノコはいずこ?

近頃年齢について考えることが増えたが、自分自身がどれほどかはいまいち分かってない事を思い知らされた今日。7歳、9歳、48歳、74歳、80歳という組み合わせで、公渕公園に出かけた。3台の車で乗り入れた公園は殆ど人影が無く、悠々と遊べる状況で、子供達も大はしゃぎ。大人も、お弁当でのんびりランチが心地良く長々とおしゃべり。で、もしやの期待で竹があるところを探しに出発。30分も山道を歩くと膝が、、、、股関節が、、、、息が、、、、と情けないセリフが連続の老人二人の後ろから娘が冷たいお言葉。「これで剣山には登れないって分かった?」と。そういえば先日是非孫べえをあの山小屋に一泊して雲海を見せてあげたいと、確かに言った。それを本気で心配していたのか?とこっちはそれに驚く。「えっ?あんたそんな事言ったの?」と友人も呆れている。「二本の杖があれば大丈夫よ!」とまだ負け惜しみを言うアチクシ。それが負け惜しみだったことが、直後に判明したのは、あそこならありそう、と太い竹の群生している場所を池に向かって下り始めた。すると、笹の葉が降り積もっていて、土がふわふわ。そこに足を着けた途端つるっと滑り、思わず目の前の木を両手に一本ずつ握ったら、にゃ、にゃんと!その二本の木が根元から折れて、というか抜けて、何の支えにもならず、あわや池にまで行ってしまうかとドッキリ。それを見ていた孫がギャハハハと大笑いして、「みっちゃん、もし僕だったらそんな大きな木が抜けたりしないよ!重いんだよ!」となおも笑う。「あんたねえ、笑い事じゃないんだよ!ここで踏ん張ったのが凄いんだから!」と意味わかめのことを口走りながらみんなで大笑い。実際笑い事で済んで良かった。ふ~っ!

行きは良い良い。帰りは怖い。。。さすがに帰りは無口にもなり、負け惜しみの言葉も一切出ず、よれよれで車にたどり着く。すると、スルスルッとこっちの車に二人が乗り込んで来る。いつの間にか我が家で二人がゲームをすることに決まったようで、、、。おばばと母親はそれぞれ車で逃げ帰った。なんてこった!のくじ運の悪さ。一切タケノコは採れず、先に取った人の穴ばっかり見て帰ったが、今度は外れなしの場所に行こうと約束。ホントに行くの~?ってところだ。

我が母が100歳になったが、本人はその認識が無い。毎度、そう言われては驚いている。考えてみると、100歳は本人にとってそれ程有り難くも無いのかもしれない。残された時間が短いよと毎度言われてるようなもんだ。神様は長生きしたご褒美に、汚いモノは見えず、まずいモノは味を感じず、臭いものは匂わず、いやな言葉は聞こえなくなるというご褒美をくれるのだろう。そして自分の年齢も分からなくなって、いつまでも生きられるように思うのかも。ま、それで良い。

今日は行くときに一人で運転だったから、大音量でオペラをかけながら日を浴びつつ走ったが、本当に気持ちが良かった。萎縮した生活ばかり続けていると別の病気になりそうで、、、、自分でケアするしか無いなあ。

2020年3月14日 (土)

生きる。

気になりながら次々用事がありようやく母に会いに行けた。施設の保健師さんが逐一状況を教えてくれて、「ご本人は転倒したこともお忘れです。」とのこと。でも動作は制限されるので車椅子にはなりましたと。別室で一時間ほど我が夫も交え楽しく会話も出来たし、一応めでたしめでたし。夫が一足先に帰宅したあと、昔話を聞かされたが自分の親のことが姉妹の事になっていたり、大分混沌としてきてる。矢張り痛いところがあったり転倒のショックのせいだろう。まあ、水戸の息子とのテレビ電話ではしっかり話しが出来ていたのは素晴らしい。初孫効果だろうか。明日はいよいよ100歳の誕生日。ついに来ました!ってところ。過去には何度か大病もし、大怪我もし、戦争は二度も経験。貧しい日本に引き揚げてきて苦労の連続だったらしい。南海地震も体験済み。ありとあらゆる時代の苦難もモノともせず、遂にここまで生き延びたのは、ひたすら生命力のおかげだろう。半端ない精神力がそれを支えてきた。何しろ、先日転倒した母を病院に連れて行く道中、自分自身に腹を立てていて、悔しがること!気をつけて生活していたのに!ってことらしい。いやはやいやはや。

昨日はお嬢の後援会長を自認するT女子が衣装の手直しに来てくれて、以前私のために縫ってくれたものを一部細くつめたり補正したりとあれこれやってくれ、そのまま夜ご飯を一緒にとなる。久しぶりにワイワイ昔話しやら友人の状況話しやらで盛り上がり楽しかった。送って帰ると夫が、心底久しぶりに楽しかったと彼女との再会を喜んでいる。昔はこういうのはしょっちゅうだったから、、、、。

しかし、3件も予定されているお嬢のステージはホントに開催されるのか?あるお偉方の参加する受賞パーティの司会はキャンセルになったらしいが、、、。結論がでないまま準備には追われている。

 

友人の親戚のお嬢さんが「みとり」という医師のアシスタントの仕事に就いていて、それがNHKで特集番組として取り上げられたので見て頂戴と連絡があり、録画を夫と見たが素晴らしい若者だった。何の資格も無い若者が、末期の患者の家庭訪問医療に医師と共に出かけ、患者としっかり心を通わせるというお仕事。一人一人に丁寧な対応をする姿に気負いは無く、自分自身の可能性を探しながら時に悩み、時に落胆し、時に涙しながら医師のサポート役をこなしている。これは日本で初めてのシステムらしいが、これは患者のみならず医師にも患者の家族にも素晴らしい取り組みだと思った。それを一緒に見ていた夫が早速大学で学生達に見せるという。同じような年齢の若者には特に良い刺激になりそうだ。人のために生きることが、自分を生かすことに繋がる。迷いの多い青春時代に、一筋の光の道筋が示された思いがした。我ら老夫婦は見終わって拍手したことだった。

2020年3月12日 (木)

事件勃発。

今日は半日母の病院に翻弄された。午後予定通り弟と待ち合わせして施設に迎えに行くも、朝に廊下で転倒していて、どこかを打ったらしく非常に痛がってます、と言われる。病院には整形もあるので、ついでに見て貰って下さいと言われむしろ今日で良かった、と言いながら出かけたが、なんと午後は整形は休診。仕方なくほかの病院へ行くしか無いとあちこち電話してみるが、何故か全部午後休診。一カ所見て貰えるところを見つけ、なんとかかんとか連れて行き、レントゲンを撮る。10年ほど前に手術した所を打ったらしく、そこが痛んでいるようだ。が、医師の話ではこのまま様子を見るで良いでしょう、となる。薬も出しませんと言われ、良かったような、、、。我慢強い母のこの痛み方は、ホントに大丈夫なのか?と思いつつ施設に逆戻り。こっちはこのところの体調不良が影響していて、母を助手席に乗せるさえ体力不足を感じる有様。弟が一緒で助かった。、、、さあ、これからどうなるのか。百歳の誕生日まであと4日。施設でもお祝いを考えてくれていたようなのに。。。。は~っ。

 

今日は東日本大震災の日。テレビを見るまでも無く、あの日のことをまざまざと思い出さずには居られない。あの強烈な映像は繰り返し見たこともあるだろうが、ホントにすぐにフラッシュバックしてしまう。時々、パソコン上でも現在の福島とかの動画を見るが、心が痛い。しかし、あれから9年。時間は恐ろしいほど早く過ぎる。あの当時子供だった人たちが成人してよくテレビに取り上げられているが、よくぞ頑張ったね、と拍手したい青年達が多い。試練を経て出てきた笑顔はホントに美しい。

 

近頃全く歌ってない。きっと声も衰えてきてるんだろうな~と思うが、仕方ない。いよいよ、「最後は短歌よ。」の予言通りになってきたのか。むむむ。

 

 

2020年3月10日 (火)

冷静であること。

冷静を保つことが、非常に困難な時代に入った感がある。この情報化社会において、一方向に引っ張られていくのを、自分自身の判断力で踏みとどまることの難しさというべきか。

夕方のローカルニュースで、とあるスーパーのオーナーが風評被害にあっていて、例の船に乗っていたとか入院しているとかで、売り上げがかなり落ち込んでいるという。それが如何に怪しいSNS上のフェイクニュースかという事が取り上げられていたのは、良い報道だったと思う。ピンピンしたオーナー自身が顔を出して朝一で市場に行ってます、とにこやかに喋っていた。どこやらのおバカが、陽性になって菌をばらまいてやると公言し大騒動を巻き起こしたという輩は論外として、普通の人は自らが保菌者でなければ良いが、と考えているモノだ。いつどこで感染しているかなんて、誰にも分からないし、噂をばらまいている人が保菌者かもしれないご時世だ。いい加減、根拠の無いことに一喜一憂するのは止めないといけない。あまり普段から利用しないスーパーだが、明日は行ってみようと思っている。

行事が一様にキャンセルというのも、総理が切った期限で縛りを解くつもりなのか?その根拠は?「要請」されて、一様に国を挙げて防疫にこれ務める真面目な国民を、翻弄して終わるなんてことないように是非ともお願いしたい。

今回の騒動で、考えることが沢山出来たと思う。働き方もそうだし、時間の過ごし方や、行動の見直し、生活様式、社会の仕組みについても考える。その事の中には、プラスマイナス両面があることにも気づく。個人のレベルならむしろプラスに捉える人も多いだろう。しかし、この世界の経済事情や国家間のギクシャクは今のところ最悪と言っても良い状況だ。そのための家族離散も報じられているが、一体いつ解決するんだろうか。

 

今日はいつもの内科に行く前に電話していつものお薬を処方してもらえるか?と聞いたが、診察せずにはお出しできませんと言われ、午後の開院時間より早く行ってみた。さすがに患者は少なく、薬は3ヶ月分処方してもらえて、あっという間に終わる。どうやらこのやり方で患者数を整理しているようだ。兎に角いつもはものすごく混んでいる病院なのだ。しかし、隣の部屋では咳が酷い人が診察を受けていたな~。そりゃあ、そういう人もいるわな~この季節。レントゲンを撮りましょうと言われていたな~。いつに変わらぬテキパキと沈着冷静な医師。。。病院も大変だ。

2020年3月 8日 (日)

お四国参り。

どういう風の吹き回しか、婿殿が休みたんびにこれからお四国参りをするといい、今日は手始めに1番札所からとなった。後部座席の孫べえとこっちはふざけっこして往復も退屈しない。

こっちは実は何度目か訪れた場所。信心からではなく、観光地としてだった。が、1,2,3番を回り、閑散とした境内で膝の痛い娘とベンチに腰掛けて話したのは、神社仏閣は、建物というより、「人々が手を合わせる場所」という意味で神聖さを感じる。自分が信者でなくとも許される場所という安心感のようなモノがある。人間は特定の神仏に信仰を持たなくても大いなるモノに手を合わせたいという想いは持つものだ。それに対して礼を尽くすために、入退出に一礼をして、各賽銭箱に何某かを投入させていただく。

しかし、婿殿はちゃんと納経帳と経典を買い、しっかりお参りをしていた。けっこう真面目だから、これからもちょくちょくお付き合いすることになるんだろう。しっかり説明も受けていたしねえ。

帰りの車の中は前の夫婦に不穏な空気が、、、。遂に口げんか勃発。孫と私。「何のために3件もお参りしたのかしらねえ~?」と顔を見合わせる。何度も「ご静粛に!」と息子に言われてなんとか鎮火したが、やれやれ。ま、そのうち弘法大師の御利益があることだろう。言うだけ言って孫べえは寝てしまい、こっちも疲労感を持ったまま帰宅。しかし、まもなく夫が帰る時間となり、お得意の具だくさんスープと蕗煮を作りアボガドサラダでなんとかかんとか。。。。

しかし、どこもかしこも閑散としているなあ。

 

2020年3月 7日 (土)

晴れの天気に背中を押され、、、。

今日は自分の仕事が終わってから、娘親子と池の周りを散歩した。まだ日が高く少し歩くと汗ばむほど。孫べえとクイズやしりとりをしながら1時間近く歩くと、お母さん、今日のビタミンは補給したね、と娘が言う。で、毎日おいでと言うが、むむむ、、、。

昨日の蕗の薹を娘が大量に蕗味噌にしてくれたのを夫と賞味したが、「これでお母さんがいなくなっても跡継ぎが出来た。」と意味不明なことを口走る夫に、もしもの事があってもお父さんは勝手に食べてきて、って言われるのが落ちよと言って差し上げたが、まあ味は良かった。案外主婦に向いているようだ。

 

今朝のFMゲストは本業はピアニストだが、副業の資格も持ち、色々やっているようだった。その上二人の男の子を育てていてたいしたもんだと感心する。吉田兄弟が大好きとのことで、ジャンガラジャンガラこの番組には珍しい音楽が流れた。ま、人は見かけによらないと今回も思ったな~.

午後は来店客と2時間。ほぼ同じ年齢なので、話しが合うというか、合いすぎる。少し前に股関節の手術をして退院されたが、今日は随分良くなっていて、今日近所にオープンしたコンビニまで歩きますと帰って行かれたが、まあ、私たち故障は多くなったがまだもう少し行けるかな?ってところだ。二人の合い言葉は、「無理は出来ない!」ではあったが。

今日は仮眠したので久しぶりに映画を見た。牧師の息子が同性愛者と分かり無理矢理矯正施設に入れるという話しだったが、これは実話で主人公が現在も生存しているそうな。その施設を逃れて母親に助けを求め、その母親の目覚めによって救われるという話し。が、現在のアメリカではうん十万人の人がこの手の施設に入れられているそうな。ここでもキリスト教に疑問がわく。

私の好きな女優ニコールキッドマンが苦悩する母を演じて美しかった。

 

2020年3月 5日 (木)

枯れた木々の山も美しい。

今のご時世、どうなるか分からないが、とりあえず今後予定されているいイベントのお仕事のために娘が歌の練習をするというので付き合ったが、あっという間に2時間が過ぎる。音楽好きが集まると本当に時間の経つのを忘れてしまう。

その間、階下では孫べえがうまい具合だとばかり一人でお弁当を食べ、ipadで遊んでいる。で、終わった後はこうして家の中ばかりはよろしくないからと、蕗の薹を採りに行くことにした。が、塩江の山を目指して行ってもどこにあるのかさっぱり分からない。同じ方角だったので、夫の実家に立ち寄るとなんと山盛り一杯蕗の薹が入ったビニール袋をくれる。結局どういう風に生えているモノかの学習は出来ず、日を改めることにしてドライブで終わった。まあ、これもありか。

明日はこっちはFMだし午後からは仕事もする予定。勝手に親子で遊んで頂戴と言って別れだが、夕飯を作りかねてしばし仮眠してしまう。まあ、まだ全快とは行かないようだ。

 

短歌の歌会がお流れになり、ネットでのやりとりという近代的な方法での歌会が始まった。すると、これまで病気で参加出来なかった人も参加出来るというメリットがある反面、いわゆる話し合うという事から来る無駄話の類いがなく、ましてや笑いも無く、如何に顔を見ながらの会話が大切かを改めて思い知ることになった。ま、このやり方はこういう時に限った方が良いだろうな~と、個人的には感じている。「書く」という行為は、限定的でききつく感じる。喋るというのは、微妙なニュアンスを込めたりオブラートに包んで気遣いながら批評が出来る。ま、慣れかもしれないが。。。

 

2020年3月 4日 (水)

あああ~~~驚いた。

今日の目覚めは午後12時15分。夫が、もう少しで生存確認に行こうと思っていたと言う。昨日のキャッチボールがそこまで効いた?まさか。

まあ、遅い時間に睡眠導入剤を飲んだけれど、それでそこまで寝る?いや~驚いた。

で、こっちは朝ご飯兼昼ご飯。夫は付き合っていられないと一人でうどん屋へ。どうやらいつもの満員のお店がかなりすいていたようだ。これは相当経済が下落するな~。陽性患者が出て無くてこれだもんねえ。

 

で、ぼそぼそパンをかじっていると娘から、おばあちゃんの顔見に行こう、と連絡が入る。待ち合わせて夫とも行くと、個室に案内されて長くは無いがゆっくり話しが出来る。これは有り難い。あんまり長く会わないと認知症が進行すると思うから、こうしてでも会う必要がある。短時間でもリラックスして明るく話す母を見て一安心。又ね、と別れ際に週刊誌を渡す。目が見えるようになってホントに良かった。

来月は自分の手術が控えているが、ホントに出来るのかしら?

 

手術のあともしっかり翻訳と訳詞をやってくれているH先生から分厚い楽譜の入った封書が昨日も今日も届く。ホントに凄いとしか、言い様がない。これを引き継いで台本にしなくてはならないがただいまそれどころでは無いアチクシ。

イヤハヤイヤハヤ。参りました。

2020年3月 3日 (火)

案の定。

ちょいと気分が良くなると色々やりたくなる性格。ガマン我慢とは思っているが、、、。昨日が一番調子が良かったが今日は又怪しい。昼間夫と婿殿と孫という珍しいメンバーでランチ。食べるのは食べられるんだが、、、。このお店は移転と聞いていたが、どうやらこの騒動のせいか、延期になったようだ。相変わらずの繁盛店で、次から次へと来店客でいっぱいだ。オーナー達とはすっかり顔なじみの我々。楽しく食事して、帰ってから、公園で孫と婿殿と3人でボール遊び。太陽が降り注ぐ中で、しばらく身体を動かし気分爽快。仕事帰りの娘とマンションに移動してしばし歓談。と、ここまでは良かったが、やっぱり帰る、と言い置いて車を出した途端おなかの具合が悪くなる。

夫の言うように、神経性胃腸炎なのか?それとも、、、。今の時期病院へ行きたくないしな~。どうすんべえ。

このところ短歌をひねっているが、なかなか捗らない。詠んだものを次の日読み返すとなんと駄作とがっくり。それの繰り返しで、たった一首が詠めない。ま、今日はもう寝よう。

2020年3月 1日 (日)

さてと。

ようやく98パーセントの復活だが、気分的にまだ少し後遺症的なものがある。寝なさいと言われたらすぐに寝られる状態。いわゆるぶり返しが無いよう慎重に慎重に。今日の天気のように、すっかり晴れとはいかないようだ。

学校がお休みになって、喜んでいるのはうちの孫っち達だが、親はそれぞれ大変だ。娘は職場に連れて行く日を作るという。両親ともに出勤時間が早すぎる日の事だ。あんまり早くからこっちが面倒見るのも、今自信が無い。

友人の孫の場合は、職場に連れて行くと付き纏われて仕事にならないといい、母親の姉妹間で解決したらしい。学校で、一定の規律の中で暮らすのと違い、家庭では色々難しい面もある。

昨日の総理の要請で世の中がバタバタと動き出したが、これが吉と出るかどうかは、時間が過ぎないと分からない。専門家と言われる人の間でも意見が分かれていて、今日は朝から自分の行動を決めるための学習として色んな番組を見た。トイレットペーパーの買い溜めは滑稽としか言い様がないが、日本人って、いつもこうなんだよねえ。転ばぬ先の杖的な、後悔先に立たず的な、備えあれば憂いなし的な発想だろう。真面目で慎重な国民性だろうが、それが世間の不安を増幅してしまう。自分一人ぐらい良いだろうと多くの人が思う訳だ。

で、これまた厄介なことに、人の陰口はそよ風のように吹き渡り、あること無いことに尾ひれが付きまくり、例の船に乗っていたという人へのパッシングがかまびすしい!たまたま内一人が知人だというだけで、毎日のように色々入ってくる。中にはそれは絶対無いだろうというようなものもある。陽性で無い人でこれだから、陽性と出た人なんかは一体どういう目に遭っているんだろうか?どうも聞いていると、コロナが怖いというよりももし感染した場合の世間が怖い、みたいな空気。重症化するかもしれないという恐怖だけでも相当なモノだろうに、世間の冷たい目にもっと怯えなくてはならない。これはきついよねえ。

その意味でも、政府の対策が後手後手に回ったのは罪深い。船が温床になったために海外にまで広げてしまった。そして今、現場を指揮する人が居ないという。検査キットがあっても受けられない人が沢山いるという訳わかめの状況。どうしちゃったの??ニッポン!明日から徐々に改善の見込みだと言うが、、、。

世界中に広まるパンデミックに近づきつつある新型コロナ。収束って?

 

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