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2019年12月27日 (金)

げげっ!

さっきまで長文を書いていたのに、思いがけない訃報が入って来て、中断してメッセージのやり取りしていたらいつの間にか全文が消えていた!あっちゃ~。若くして逝ってしまったOさんも笑っているだろうな~。そんな慌てないで下さいよ。。。って。辛い。

で、何を書いていたかを思い出しつつ再度チャレンジ。

昨夜ようやく、「蜜蜂と遠雷」という本を読み終えて、ようやく胃のつかえが取れた様な気がして、夕食後アマゾンの映画を一本観た。タイトルに惹かれて見始めたが、これがフランス映画だと気付いてちょっとゲンナリ。大体においておフランスものはヒコ難しいものが多く、ラストもえ?というものが多いため日頃から敬遠してきた。ところが、これは違った。「92歳のパリジェンヌ」素晴らしい映画だった。

グレイヘアーの92歳の女性が運転中に路上で立ち往生するところからこの映画は始まる。この日、自分の誕生日に息子と娘の家族が集まり祝ってくれる。その席上突然、「私は今から1ヶ月後にこの世にお別れします。」と宣言する。全員が信じず、お終いには怒り出す始末。特に息子は全く聞こうともしない。ただ娘は徐々に母親の考えに寄り添い理解しようと努める。その行為は母親の歩んできた人生を共に振り返る作業でもあった。

やがて、遂にその日を迎えるのだが、子や孫達までそれぞれの思いが重なり、とても美しい内容となっていた。見終わっての感想は、「人間て、なんて愛おしい!」だった。映画を観て号泣したのは久し振りだった。

この女性は実在した元助産婦で、「尊厳死」を訴えるなどして有名な女性だったようだ。どうしても自分とわが母の関係を重ねながら見てしまったが、一瞬母親が、何もかも解っているよ、という慈愛に満ちた目をした時、思わず涙した。老いた時の幸福論とでも言うべきか。迷いの中で生きて居る私たち。殆どの国が、自然にその時を迎える事こそ美徳としているわけで、以前NHKの特集でスイスに行って自分の意志で死を選択するというのを見たが、なかなかその境地には至れない気がしている。

 

「蜜蜂と遠雷」は特に死生観を謳っているわけではないが、自然の中の人間を考える時、自ずとそういうことも感じながら読み進めた。この作品は文学と音楽両方に触れるとても珍しい作品だと思った。余程音楽通の人でないと、さらっと読んだだけではその作品が理解出来ないだろう。ということで、本の中に出てくる全ての音楽が入ったCDをゲット。これから再度それを聞きながら読み返して行こうと思っている。

印象に残った文章がある。

「どんなに汚くおぞましい部分が人間にあるとしても、そのすべてをひっくるめた人間というどろどろした沼から、いや、その混沌とした沼だからこそ、音楽という美しい蓮の花が咲く。」

だよねえ。

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