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2019年5月11日 (土)

晴れた日の、晴れない心。

つい先日お見舞いに行ったSさんがお亡くなりになったという知らせを受けたのは、FMの収録を終え、ゲストと局の近くのレストランでランチ中の時だった。突然の知らせに驚くと同時に、その時苦しくはなかったのか?とか、いずれにしてもあの孤独と戦い続けた厳しい日々から解放されたのだといいう安堵にも似た気持ちが交錯した。知らせて下さった方と時間の待ち合わせをして電話を切り現実に戻る。

ランチのお相手は、今回初めての方で、収録を充分楽しんで下さったようで、こちらは一安心。無くなった人が実はFMつながりの人だった事を告げると、いずれわが身だし、周辺にもそういう話しは多いと一般論になる。確かにそうだし、Sさんもその意味では特別ではない。ただ、Sさんの人生を想う時、矢張り特別な感情が巡ってくるのはその人生があまりにも苛酷であったことから来るものだ。一番は戦争で身体の自由を奪われていたということ。才能と気力に満ちあふれた人で、その不幸を生涯一人で乗り越えて来られた。ラジオの収録時にはマンションまで送迎させて頂くのが常だったが、真夏でも沢山洋服を着込んで、杖をついての車の乗り降り。それでも大変明るい人で、病院のイケメン医師の話などしてくれたものだ。プレスリーのオーソリティを自任していて、確かに詳しい人だった。こちらは合いの手を入れるのが精一杯で毎回滔々とプレスリーについて語ってくれた。番組の最後には、必ず「愛さずにはいられない」の曲をかけたもの。もし、あの戦争が無かったらどんなにか素晴らしい人生だったことか!

予定より早く着いてしまい、一度ならず訪れたことがある皆さんのお食事処兼ホールでしばし待たせて頂いた。そこで車椅子のままゆっくりとお食事されていた姿が思い出される。しばらくして職員の方が近寄って来られて、昨日今日の様子を知らせてくださる。施設に見舞う人も殆ど無かったと、その男性職員から聞かされる。確か、全く身よりの無い方だからそれも致し方ないことだったんだろう。ただ、その男性職員が昨日Sさんとお話しして帰宅し、夜中に自分が叫ぶ声で目がさめ、再び寝ていると施設から呼び出しがあったという。「あれは、Sさんがお別れに来てくれたんだと思っています。」と。

実は、先日お部屋に入ったとき1,2分話していきなり、「蓮井さん、私の手を握って!」と言われた。それまでは帰る間際に、「もう帰るの?仕方が無いわねえ。でも又来てね。いつも待ってるから。」と手を差し出すのが常だった。そして後ろ髪引かれる思いで、ドアを閉めたものだ。ところが、その日はいつもと少し様子が違っていた。それも今思えばで、その時は変化に気付かなかった。

今日のSさんのお顔は美しすぎて、涙も出なかった。同窓生だという方も、「キレイねえ~」と言うばかりで、部屋の空気が深刻になることは一切なかった。「良い人生だったんじゃない?」というその方の言葉に、同行したもう一人の方と顔を見合わせてしまう。しかし、その方が、「ああ、蓮井さんて、FMの?ああ、そうですか。彼女がいつも熱心に話してくれてました、ああ、貴女ですか。」この言葉には初めて癒やされた。そんなにもSさんが喜んでくれていたことに、改めて喜びを感じた。やってきて良かった。

自分より一回りほど年上の方がたとお別れして、今度は近くのスーパーで買い物。娘の所へおさんどんに出かける為だ。2時間ほど掛けてあれこれ料理をして帰宅したらぐったり。夫が県外で今日は夕飯が要らない日で良かった。とりあえず仮眠。起きたら夫がご帰還。

 

今日も終わる。

 

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