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2019年2月20日 (水)

自由。

月曜日の定期練習は男性陣が全て集まり、女性はピアニスト以外二人という寂しさ。まあ、練習が始まればやることは一杯あるわけで時間はそれなりに経つ。春音で指揮を振ってくださるM先生の一挙手一挙動に笑いが起こり、真剣な中にも和気藹々の空気が流れる。歌好き音楽好きはコレだから良い。どこか美味しい空気で満たされている。

いつもは何人かで行き帰りしていた吾が車も一人で運転なので、みんながお喋り相手がいなくて淋しいですね。気を付けて!と声を掛けてくれる。確かに。あのお喋りで往復が短いものだった。

帰りに薬局で次の日の母を訪問に必要なものを購入。ま、時間に無駄は作らない主義だ。

母の食欲が全く無く、ゼリー状の栄養剤を色々買うのだが、近頃ホントにその意味では便利になった。あのテニスのなおみ選手も休みの間いつもあれをチュウーチューやっていた。瞬間に吸収する優れものだとか。
どの程度効果があるのか、、、今日は主治医の訪問診療だ。


「わたしはマリア・カラス」というドキュメンタリー映画を観た。今話題のギリシア系移民のアメリカ人として生まれ育った女性だ。
この映画を観て一番に思ったのは、あの人が活躍する時代に自分も生まれていたかった、というもの。きっと追っかけしていたかもねえ。いまだに記憶にあるのは、新聞に小さな記事で、「世界のプリマドンナ孤独に死す。」とあり、パリのアパートで誰にも看取られずに死んだという内容だったが、自分がまだそれ程オペラにはまって無かった為、一つの記事として脳裏にあるだけ。しかし、彼女の実態を知っていたら、若ければ海外まで聞きにというか観に行ったことだろう。それ程に彼女の舞台は魅力があったようだ。
そして次に思った事は、あれほど世界のスターになった人の孤独な闘いがいかほどのものだったかということ。
技術を極めるというのは面白いし楽しいものではあるが、トップに立ってしまうと技術のキープが世間の要求にさらされ戦い続けなくてはならない。これほどに苛酷な闘いもなかなか無いだろう。
当然の様に救いを男性に求め、オナシスとの出会いが生まれる。相思相愛の仲で彼女は次第に「歌」の世界から一時遠ざかるようになる。しかし彼が出生のコンプレックスから社会への挑戦の為にジャクリーン・ケネディを選んだ後も、彼女は彼を愛し続けた。40代前半で、既に老女のような表情になったマリア・カラスが映し出される。わずかの救いは、後年ジャクリーンとうまく行かず、オナシスが再び彼女の元へと帰って来てからあの世へと旅立ったこと。そのあと、それ程時を経ずしてパリのアパルトマンでの心臓発作だった。
53歳。濃密な人生だった。
ディ・ステファノとさよならコンサートで日本に来たときの映像は見たことがあるが、ステファノがこの時の様子を以前テレビで語っていたのを思い出す。「ハの音が出ないかも知れないと、僕の手を握って舞台袖で震えていました。」このエピソードは酷い。それほどの年齢ではないのに、苛酷な人生が、彼女をそこまで追い詰めていたのだ。


凡人で良かったかもしれない。少なくとも自由ではある。

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