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2019年1月

2019年1月19日 (土)

晴~れた空~、し~ろい雲~。。。

まるでわが生還を言祝ぐように晴れ渡る空。しかし、子守という受難も降り注ぐ。どんどん言うことを聞かなくなってきて、餌も高く付くようになり、こちらの都合を押しつけるのも骨が折れる。本日の餌は「ベイ」最初から2千円まで、と約束して置いて、現場に行くと案の定もっと高いのをとごねる。こっちも心得ていて、一番怖いお方に電話。鶴の一声で却下。母親より怖い者は現在無いらしい。

こうして無理矢理連れて行くのも本日は市民劇場。まあ、無理もない。まだ理解するのも限度がある。今日のは特に地味な作品。まるでちぇちが題材かと思われるような、高齢者の合唱団のお話し。

ところが、それさえもせっかく行ったのに半分しか観られない。ロボット教室に連れて行く時間に間に合うためには半分しか観られないのだ。やれやれ。こういう時のお預け場所をもう少し作って置かなくては。。。

でもってサンメッセまで送迎して、彼が1時間半ロボット作りに精を出している間に肉屋さんとスーパーをはしご。てなことで、結局、バタバタが始まっただけのこと。
でもって、駐車場でも電話をあれこれ処理して、、、、ま、これが私という人間だ。
夜になって、事務局長から春の音楽祭の曲目決めの相談メールが入ってくる。時間を調べるためにと、過去のちぇちの公演の記録を見始めたら、あんまり面白くてゲラゲラ笑いながら1本まるまる見てしまった。「こうもり」が、その題名。I会長が最後の作品となってしまったものだが、それだけに全員が一致団結して、必死にやっている。観客も良く笑ってくれている。というか、ホントに面白いんだ。
舞台の裏側も色々あった時で、あの一連のことを小節にしたら面白い作品になるだろうと確信する。。。。。遣ってみようかな。。。
あんな風に面白い作品を作り続けられると良かったんだが、、、、。
「笑い」ってホントに良いもんだ。
それにしても暖かい一日だった。

2019年1月17日 (木)

10日間のアチクシ。

まさかのインフルエンザにて闘いの日々。おきまりの40度という高熱にうなされながら、この世とあの世を行ったり来たり。まあ無事生還出来たのもひとえにキツ~イお薬のお陰。それを飲むとたった一錠のくせにまるで何事も無かったかのようにその場ではす~っと症状が消える。しかし、じわじわと菌の勢いが増してきて元の木阿弥。これを繰り返すこと1週間。ようやく症状が落ち着く。
それにしても医学というのは凄いものだ。もしあの薬がないとどうなるんだったのか?あのままぷっつんしてしまうんだろうか?

2回も検査したが所謂インフルエンザ菌は検出されず、医師は症状から診て間違いないでしょうと、処方してくれた。これも不思議。
まあ、治ったから何でも良い。このまま正常になることを期待している。

10日間、引きこもっていて、水とフルーツしか受け付けない日々。全く悪夢だった。
上手い具合に吾が手帳に空白が多い時期で助かった。母のことは弟夫婦に任せっきりで、孫とも接触せず、夫に買い物を頼むだけの生活。こっちより、夫の方が参ってるようだ。
ま、油断大敵。ぶり返さないよう注意深く暮らすことを心がけよう。



2019年1月 7日 (月)

今日も晴れ。

晴れているしあったかい。シャンソン教室から帰り、思わず窓を開けた程。

我が家では孫べえとじいじがお皿を叩いて待っている。両親は仕事。自分が子育てをしていた頃を思い出す。


昨日は歌会。てっきりアルコールが出るかと思い、娘に送迎を頼んでいたが、主宰者も流石に弱ってきたか、例年率先して飲んでおられた筈だがその気配も無し。拍子はずれのまま真面目に歌会は進行。充実の時間となる。
短歌は難しい。字数が多いだけに余分におまけのように言葉を紡ぐ場合も出てくる。それが見えると大体失敗する。
今回、それぞれ事情があって参加者が少なく、矢張り多くの人と意見の交換が出来る方が偏りもなくより良い時間になる様な気がした。
そして歌評だが、勿論言葉での歌評は大切なことだ。しかし、歌会というのは、発言に対しての反応や、時には失笑、時には爆笑、なんぞというものも大事になってくる。ここを封じられると、さっぱり面白くない歌会になると思うがどうだろう。幸いわが主宰者は、折々に冗談や辛辣な意見を言い、場の空気を和ませたり緊張させたりして長時間を退屈させないような流れを作ってくれている。したがって、あっという間の4時間が流れみんな真剣に考えた後の上気した顔で解散した。
アルコールが足りない顔をしていたアチクシをおもんばかって、主宰者が二次会に勧誘。10人ばかりがぞろぞろ移動。こちらは当然のようにワインを注文して、しばし歓談。結局、帰路はそこに居たメンバーが送ってくれて、新年歌会終了。

2019年1月 5日 (土)

おもろい統計。

いつの間にか、自分の行動が記録されている。別段やましいことがないのが幸いだが、これって、ホント必要なことなの?と思うが、分かってしまえばただただ面白い。
過去一年間に自分が最も多く訪れた場所が、スーパーの次に母の施設と出たのはまあ納得。その次がコミセン。これはちぇち練の為で、これも納得。で、その次は娘のマンションと出た。、、、こうして、自分の足取りが知らない間に記録されているというわけだ。恐ろしい時代になったものだ。犯罪を企てて居る人も大変な時代になったということだろう。

まあ、しかし上には上が居て、きっとそういうことに精通した人間もいて、こういう記録をカットも出来ているんだろう。イヤハヤイヤハヤ。

今宵は娘が同窓会に行くというので、夜は孫守。
お風呂に一緒に入り、温めたいばかりに、「みっちゃんのおばあちゃんから聞いた話し」として作り話をしてみた。悪いことをすると、将来怖いことが待っていると言う話しに持って行ったら、これがメチャクチャリアリティを持っていたらしく、怖がって先にお風呂から出たのに舞い戻ってきてこっちの洗髪を側で見ている。その上、母親が帰宅しても一人では寝たくないとまで言う。眠たい限界に来ていたので、煌々と電気を点けてあっという間に寝入ったようだが、薬が効きすぎたか?
まだ、8歳だったと改めて思う。
芥川龍之介の蜘蛛の糸もついでに話したら、ますます怖くなったらしい。
このアチクシも幼少のみぎり、祖母からこの手の話しをたっぷり聞かされながら寝たものだ。ま、少しは彼の善悪感に功を奏したかもしれない。フフフ。


明日は短歌の歌会。
今日のリベンジに娘に送迎を頼んである。
あっという間に年明け5日目の夜が終わる。

2019年1月 4日 (金)

ゆゆしきこと。

このところ、一年の中で最も沢山テレビを見ているというか、聞いているのだが、お笑い番組なのに笑えないというものもある。個人的な意味の筆頭は、タイトルは知らないが、ものの価値を見極める、というもの。その正解率によって一流か二流かを決められてしまう。

中には何十億もするヴァイオリンとその辺のものを聞き比べたり、高級とされる食材を使った料理など、様々なものを比較して答える必要がアルのだ。ほぼ人間の五感に照らすものだというのがそもそも面白い。
日頃プライドの高そうな、なんでも知ってそうな芸能人とかが、外しまくるのを見てはゲラゲラゲラ。
しかし、私がたまたま見た時間帯に、「声楽」というコーナーがあった。世界にも通用するソプラノ歌手と音楽大学で勉強中のソプラノ。同じ曲を歌い、どちらがベテランかを当てるというもの。
これが、全員見事に外した。実はこのワタクシ目も外した部類。、、、しかし、これって、本当にそうなの?「歌」の上手下手なんて、小学生でもわかると思っている。聴いてる人がみんなこっちが上手いと思ったというのは、あのプロ歌手に問題があるんじゃないの?、、、と、恐ろしいことを言うアチクシ。ま、出演者たちも胸の中ではそう思っていたんじゃないのかな?
こういうことがあるから、声楽は嫌われる。、、、って、どうかしら?

2019年1月 2日 (水)

ぼ~っと生きててスイマセン。

大晦日、ひょいと時間をまたいだだけでお正月。そこを違和感なく過ごすための新しい雰囲気作りに精をだす。

気が付けばもう二日目が終わろうとしている。
うらうらとした天気が続き、人間もうらうらうかうかと、、、、これってアチクシだけ?
ま、少なくとも今日も訪ねた母も似たようなもの。昼間からベッドにいる母を椅子に誘い、持参した飲み物を渡す。カーテンを開け、シーツを取り替え少々部屋を整えると途端に冗舌になる。矢張り、これが年を取るということか。外部からの働きかけがないと、自力で気力を奮い立たせることが難しいのだろう。かくいうワタクシ目もかなりの比率で娘にお尻を叩かれている。
施設を出てから水槽の砂を購入に行く。どこのお店も二日目から開いている。恵まれた天候の中、何処へ行くのか車も多い。

賀状が今年も沢山届いている。
中には「失礼ですが、今年をもって賀状を止めることとします。」というのもある。随分若い人だが、他にもきっとそうしたいと思って居る人も多いのだろう。
確かにそう思わないでもないが、年に一度だけの繋がりの人もいて、なかなか止められない。
しかし、メールやラインで繋がっている人とは、ぼちぼち止めても良いかも知れない。そう思われないために我が家の賀状はちょいと工夫してはいるのだが。。。一時期に比べると随分減らしてもいるのだが、、、、。
昨日の元旦は毎年恒例の與田時参り。娘親子と我々夫婦の4人で出かける。恵まれた天気のせいだろう、車の数が半端無い多さ。運動場にと導かれ進んだ先に前にも後ろにも動けなくなっている車が居る。夫が外に出て誘導しようとして気付いた。ナント古いお付きあいのご夫婦だった。思わず車から降りてひょんな所で念頭のご挨拶。イヤハヤイヤハヤ。

もの凄い行列を上手くかいくぐって8歳の孫に線香の扱いや鐘の叩き方を教え、おみくじを引く。夫が読んであげるというと断固拒否されている。「読めるからいい!」見てみるとなるほど全てひらがながふってある。自分の未来が分かるということに、近頃妙に関心を持ち始めて、スマホの占いを母親にねだっている位だ。きっとその神秘に強く惹かれているんだろう。
生まれて死ぬ人間の性かも知れない。
暮れには親友のお墓にお詣りした。現実のことと認めたくないという想いもあって、1年もの間ほったらかしにしていた。しかし、これ又信心深い娘にお尻を叩かれ、思い切って花を買って出かけてみた。
その墓地は小高い丘の上にあり、四国山脈を見渡せる良い立地だった。目の前に幼い頃彼女と遊んだ土地が拡がり、一瞬タイムスリップ。
代々の氏名の端に彼女の名前が彫られてあり、それが現実のことだったと改めて思う。
実はそこへ行くのも急に決めたせいで、場所の地図を持っていなくて、おぼろげな記憶を頼りに出かけたわけだ。不安は的中して、田舎の細いクネクネ道の小高い丘は行き止まり。間違えて一本手前の道に迷いこんだわけだ。何度もハンドルを切り替えて慎重に移動しようとしたが、どうも危険。崖のようなところで途方に暮れているとその辺に住んでいる男性が、「運転代わりましょうか?」と申し出てくれる。勿論即答して代わってもらって大正解。その人でさえ、ケッコウ大変そうにやってくれて、無事難を逃れたという次第。
いやはやいやはや。
相変わらずのワタクシでアリンシタ。

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