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2018年12月

2018年12月28日 (金)

どうやら暖冬らしい。

息子の家族が結婚以来初めて帰省しない冬。北の方は大雪のようだが、こちらは至って平和。陽も射して動きやすい。

昨日から我々は調子が悪い夫婦だったが、今日はちょいと復活。それに、次々と新鮮なお野菜を届けて下さる人がいて、不思議とこういう事で元気になる。立派な白菜やら大根やらを見てると、俄然料理したくなって、お掃除や賀状は横に置いて早速調理に走る。

となると、食べてもらう人も要るわけで、急遽娘夫婦をご招待。テーブルには全て頂いたお野菜が乗る。メインは鍋だが、あとは幾つか。。。有り難いこと。
「ああ、食べ過ぎた!」とお腹をさする娘だが、こういう料理はホント身体に良いものを頂いた感で一杯になる。ま、手間暇もかかるが、安心して美味しく頂けるのが何より。

そのお野菜を下さったお一人は、学校長を辞職して夫と共にボランティアに精出して来られた方。精力的に畑仕事をやってこられて、かなり自信が付いているような感じ。調理法まで伝授して頂いた。
もう一人は、ご主人が精を出されて奥様はもっぱら食べる人。それでも食べきれないと持って来て下さるのだが、この方はその上に自作のジャムや甘露煮なども持って来て下さる。
本日使用させて頂いたお野菜は、大根、白菜、春菊、サツマイモ、ほうれん草、がメインだが、明日はジャガイモやまんば、ブロッコリーなんかも頂こうと考えて居る。
ホント、薬よりもこういうのが良いってことだ。

う~んと働いて、食後寝落ちしてしまったが、ま、これも良い。

世の中明日まで動いているらしく、今日薬をもらいに行った病院は満杯。でも明日で終わると聞き、我慢して待つこと1時間半。診察は5分。会計が5分。調剤薬局で5分。。。。やれやれ。

2018年12月25日 (火)

年寄り二人、、、、。

今日は朝から二人とも体調がイマイチ。こっちもいつもに似合わず早く起きてしまう。やるべき事は一応出来るが、テンポがのろいし、次へと気持ちが移らない。合間合間に、「ああ、しんど」と声に出る。、、、これはなんぞや。

外は今日も良い天気。お陰で洗濯物や部屋の片付けはやりやすい。しかし、どうも覇気がない。ぼそぼそと朝昼晩とご飯を食べ、まあ、あちらさんはそれでも食べるだけだから良いわな~。こっちは、冷蔵庫のものをなんとかしたいし、一応一日の栄養なんかも考えて居る。だから電気圧力鍋が大活躍。豚のかたまり肉がうまく調理できたと思ったら、「これ苦手なんだけどな~」とのたまう。ようするに固いのがダメなだけで、肉は大好きな筈。特に柔らかい部分を取り分ける。その残り汁で冷凍ハンバーグを煮込み、大根もトロトロに。キューリさえも、千切りにして、なんとか食べさせようとこっちは必死。入れ歯にしたくないとかでぐらぐらしてる歯を残そうとするあまり、固いものが食べられないのだ。
そんなことを話題にしながらの食事中に、「夫婦が二人とも認知症になった」という番組が流れる。しっかりしたご長男が、そのことを本にまで書いたという。確かにな~。こういうことがこれからの日本にはままおきるだろうな~。ま、そのお二人は農家の人で、未だに大根を作って出荷できているから凄い。
わが母も認知症ではあるが、昨日訪問した友人宅では、杖だけで歩き、施設から借りていった車椅子は全く使用しなかった訳で、それだけで周辺の人から随分と褒められていた。考えてみると、そうやって他人からの褒め言葉が、何よりの励みになるのかも知れない。立ちよったおうどん屋さんでも、娘の家でもその辺の物を掴みながらではあるが、自分の足であるいていたな~。、、、そのせいかどうか、90歳の年齢差があるチビとオババが挟み将棋を始めたら、なんとオババの方が勝っている。これには驚いた。そういえば以前車の中でのしりとりも、みんなに負けてなかったな~。、、、ホント、人間の頭ってどうなってるんだろう?認知症って、どういうもの?

今日は東京から娘の家にお泊まりのお客さんが来るため、こちらは用無しで助かった。少しずつ年末らしく片付けようか、、、。ま、無理は禁物。

面白いお話し。

中学時代の友人が永く岡山で生活していたが、奥方が亡くなって生まれ故郷の実家に帰り、施設の母を時折見ながら地域の活性化の為にいろんな事を始めたようだ。児童向け英語教室やら人生相談やら図書館やら、他にも色々計画があるようだ。元々教育者で、人に物事を教えたいほうだ。納得の暮らしぶりだなあ~と思っていた。

我が母も知っている人なので、今日はお天気も良いから施設から連れ出して彼の元へと出かけた。
そこで面白い話しを聞く。
彼が、新鮮な気持ちで地域の子供達中心にボランティアを考えて、兎を飼ってみたり、庭先に目を惹くような人形を置いてみたりして、道行く子供達に声を掛けていたようだ。
このご時世、昔とは全く違ってそのあたりも新興住宅地と化していて、彼の知らない顔ばかりになっているそうだ。
ある日、ちょくちょく来る子供の一人が、「おじちゃん、不審者なん?」と聞いてくる。「学校で全員集めてこの頃不審者が出ているから気を付けるようにって、言われたで?」
それを聞いて合点したのは、近頃良くパトカーがこの辺を巡回しているな~ということ。なんのことはない。それは自分を見張っていたということかと初めて分かって、慌てて学校と警察に弁明に出かけたという。曰く、「私は仮にも学校長までした男です!」
これには笑った!
笑ったが、これは実は笑い事ではないのだろうと思った。知らない人から声を掛けられる事もなく、ましてやその人の家に招き入れられるなんてこともなく、近頃の子供達はみんな大人を見たら誘拐犯と思え、てな教育を受けている。そして、それが普通だと、一般の大人達も思っているから、知らない子供に声を掛けることもしなくなっている。昔とはえらい違いだ。私なんか、母の話だと引っ越しの度に居なくなる子供の私を捜し回るが、大概はその辺のおばちゃんの家に上がり込んでお菓子やお茶を、時にはご飯までもらっていた、と言う。
この元校長先生も、自分が子供の頃はそうだったわけだ。勿論職場である学校でも、子供の顔を見れば「こんにちわ」の挨拶はしていただろう。だから自分は違和感なく声を掛けていたようだ。
しかし、確かにご近所の知らない人からは変人と思われていただろうことは想像できる。
彼の職場の最後は教育委員会で終わっているが、事実が分かった時のショックは相当なものだったろう。
にも関わらず、申し訳ないがおかしくておかしくて、笑い続けた。
そしてもう一つ。
彼が少し前に母親を施設から連れ帰った時、丁度兎を見に来ていた子供がいたようだ。するとその母上の第一声が、「あんたの隠し子?」と真顔で言ったそうで、思わずのけぞったと言う。
その母上も、他人の子供が自分の家の庭に当然の様に居ること自体が飲み込めなかったようだ。
お前もかブルータス、状態だったというわけだ。
イヤハヤイヤハヤ。人間関係の希薄になった現代の笑い話だ。

2018年12月23日 (日)

満喫の一日。

寄席に行くと母を訪問して告げると行きたそうにしていたな~。一瞬可哀想になったが、今日ばかりは行きも帰りも運転手。これ以上何かをするのは無理だった。

落語は、失礼な言い方だが今までになく上質な中身の濃いものばかりだった。3人の落語家がそれぞれ目一杯の力を出しておられるように見えた。

特にさん喬師匠のは二席とも素晴らしいものだった。これぞ日本の伝統話芸!
内一席は人情者で、落語と言いながら泣ける泣ける。K画伯ご夫妻をお送りするため一緒に列に並んでいて偶然従兄弟にバッタリ。彼も目を真っ赤に泣きはらしていて、「感極まった!」とのこと。タイミングの悪い時だったが、お二人と引き合わせて「お久しぶり」となる。
画伯婦人は車での帰宅途中もしきりに、「ホント凄かったわねえ~。こんなに凄い落語も滅多に聞かないわねえ。」と唸っている。
それほどに素晴らしいものだった。場内はある時は水を打ったようにし~~~んとなり、その直後にはドッと笑いが来るというもの。
これほどに観客を右へ左へと操る「話芸」というものに改めて感嘆!
いや~楽しかった。
同行したY先生は良い観客振りを発揮して、笑うし感嘆符は出るしでホントに楽しんでくれた。誘ってくれてホントに有り難う!と深々と礼をされて恐縮だ。

で、画伯ご夫妻を生島までお送りして、すぐさま引き返しユメタウンへと車を走らせる。雨のせいか混んでる混んでる。何とかバタバタとすぐさま食べられるものを中心に買い物をして、家に帰ると約束通りの時間に古い友人夫婦が来て待っている。つなぎに娘を呼んでいて良かった。上手く時間を持たせておいてくれたようだ。
そこからバイキングのように色んなものを並べて宴会の始まり。近頃こういうことが簡単に出来るから良い時代だ。
およそ3時間ばかりの滞在でお二人を送り出したが、その後ろ姿に来年も会えますように、と祈るような気持ちだった。
ホント、誰の身に何が起きるか分からない時代だ。今を大切にしなくては。。。。

2018年12月22日 (土)

お通夜。

Y氏のお通夜は雨のそぼ降る中、しめやかに執り行われた。禅宗のお通夜には初めて参加したように思うが、なかなか良いと思った。僧侶の読経からして、理解しうる言葉と内容で、しみじみと心に届く。そしてお焼香が終わったら、その僧侶が所謂お説法のようなことをしばらくされる。今日はお葬式次第というものについてのあれこれを、分かり易く教えて下さった。そして戒名を何故このようなものにしたかについても詳しく。これは素晴らしいことだと思った。故人はお若く見える方だったが、79歳だったそうだ。
このY氏はお仕事を退職されてから、シェイクスピアの会のお世話を永くして下さって、ホントにキチンとまるでお仕事のようにキチンとされていた。そうやって趣味をしっかり楽しまれたということもあって、戒名に「愉」という字が入っているそうな。

帰路、シェイクスピアの会で一緒だったK女史のお誘いで、彼女のご自宅訪問とあいなる。たまたま式場の近くだったので、お茶でも、、、と言われたが、「ねえ、お腹空いてない?」と切り出されて、思わず顔を見合わせた同行のKYさんと二人。「帰りにどっかでご飯食べて帰ろうかと思ってたのよね?」とどちらからともなく返事すると、一人暮らしのKさんが急に張り切って、「わあ、それはラッキー!私滅多にご飯炊かない人なんだけど、昨日沢山炊いたし自家菜園の野菜で一杯料理したとこなのよ。良かったら食べてって!」。。。勿論二人に異存のあるはずがない。喪服のママお店入るって、ケッコウ勇気が要るし、どうしょう?と内心思っていた訳だ。「有り難う!」と即答して、そこからは大宴会。アルコールこそ無かったが、美味しいお茶も沢山頂いたし、きっと故人もこの辺で、「奥さん方、良くたべますな~」って言われてるわよねえ~なんぞと言いながら、お腹いっぱいご馳走になってしまった。Kさんがこんなにお料理好きだとは!?それに一人暮らしになられてからもこんなに手のこんだお料理をし続けているなんて!!凄い!と感嘆しながらだったが、、、、う~むゲップ。

特にカボチャのレモン蜂蜜漬け煮と、きゃらぶきの佃煮、白菜のぬか漬け、お野菜の天ぷら、おでんの大根の美味しいこと!、、、野菜中心だから沢山食べても余り後ろめたくない。喋っては食べ、笑っては食べ、、、、ホント良いお通夜が出来た。
最後のココアを飲み干して、「さあ、」と腰を上げたらなんと9時。2時間というもの、食べっぱなしだった訳だ。
そこから、体調不良で参加出来無かった方々にお届け物をしつつ最後に屋島のKYさん宅までお送りしたら帰宅は10時半。イヤハヤイヤハヤ、、、、。

明日は寄席。夜は来客だ。ふ~っ!

2018年12月21日 (金)

決着。ひとまず。

澱のような疲労感が身体にあるのを感じながら、本日は最終判断を仰ぐために病院へと出かける。予想通り若い医師は全ての検査の結果今のところ悪性のものは無いという判断。ようやく全身でホッとした。

そんな今日になって、あまり年齢の違わないYさんという男性が亡くなったという知らせ。シェイクスピアの会で大変お世話になった方だ。明日のお通夜には参加したいと思っている。体調が悪い中、ギリギリまで皆さんの面倒をみていた。
こうして次から次へと周辺の人々が去っていくなあ~、と思いつつ眠れぬ夜を過ごしていたが、深夜放送で関口某という映画監督の話がかかっていたのをつい聴いてしまった。これがめっぽう明るい口調で、アルツハイマーの母親のことも、自分の股関節手術のことも笑い飛ばして語るその口調が妙に晴れ晴れとして、、、、これはただ者ではないと思わされた。
「死」というものの現実を色々勉強もさせてもらった。「安楽死」と「鎮静死」というものがあるというのも、「自死幇助」というものとの区別も、、、。そこに本人の意志があるかどうかで大きく変わる選択肢。自分ならどうか、、、と考えさせられた。


2018年12月20日 (木)

FM収録の日。

朝はFM収録。高松出身の若き演奏家。偶然母上が先日の同窓会で一緒になり、活躍振りを聞き及んでの今日の収録となった。
以前、美術館で彼の演奏を聴いたこともあり、力のアル人だという認識はあったが、二本分の収録をするときに、そのお人柄に触れ好感度アップ。
ホントに高松出身の音楽家は多い。
40代。人生で最も充実した年代だろう。

午後は久し振りにH先生宅に集まりお歌の練習。来年の新年会も決まり、代わらずお元気なご夫妻の元しばしこの会も続きそうだ。

昨日、もう寝たら?と言われつつ偶然かかっていたテレビドラマを最後まで観る。「手紙」というタイトルで、強盗殺人という罪を犯した兄を持つ弟の物語だった。犯罪者の家族というレッテルを貼られた者が、どのように社会で生きていかねばならないかを丁寧に描いていた。、、、この手の話しは、以前から気になっていた。最悪の事件が多発していて、その本人がどの様に罰せられても、それは勿論仕方がないが、その家族は一体どの様に暮らして行ってるのか、、、、気になっていた。少年Aの話しはその家族が転々としているとかいう話しは聞いたことがあるが、他にも沢山の凶悪犯罪が世間で取りざたされる度、その家族は一体どうしているのか?といつも気になる。

このドラマは、手紙というキーワードを軸に、九ちゃんの「見上げてご覧夜の星を」という歌を絡めて人間の罪と罰について深いところまで描いた。
本当ならコマーシャルの多さにイライラするところだったが、その間、しばし考える時間になってかえって良かった。ざ~っと流して見るような内容ではなかったのだ。
そして配役も良かった。
ようやく就職した先の社長役を小日向文世がやり、含蓄のある言葉で諭す場面も、兄が殺した女性の長男を田中哲司がやり、事件に終止符を打つと苦渋の決断をする場面も、ことさら大仰でなく、ナチュラルな演技で良かった。
一度は兄と縁を切ると宣告した主人公が兄の入って居る刑務所に慰問に出かけ、あの歌(母親が子供たちによく歌っていたという)を歌う。当然の様に途中で泣き出して最後まで言葉にならないのだが、、、。それを見ながら兄が舞台に両手を合わせ涙にくれる、、、という下りは泣かずには見られなかった。
久し振りに良いテレビドラマを観た。これがベストセラーの小説で、映画化もされているということを初めて知った。

2018年12月18日 (火)

一年は速い。一週間はもっと速く、一日は一瞬だ。

日々なんとかかんとかあって、師走を疾走している。

昨日は朝シャンソン、午後忘年会、夜大学でFMの収録。こちらのY教授に半分受け持って頂いていたが、来春から東京に職場も住所も移られるので、最後の収録はちぇちのメンバーが雁首を揃えて参加したという次第。
ご本人に言われて分かったが、一時体調不良に陥ったワタクシ目の代わりに、9年間の永きにわたり半分受け持ってくれていたのだった。
ということは、又又こちらに全部戻ってくるということ。さあ、大丈夫か?来年がどうなるのか?いよいよ黒柳徹子の番組の様な様相を呈してきたなあ。

で、本日は運転免許の更新。
摩訶不思議。前回眼鏡着用と書かれたのに、今回は担当のおじさんが、「奥さん、手術したんな?」と言う。にゃんと、以前より見えるようになっているらしい。わ~お。
認知症の検査もなく、すいすいと通り、すたこらさっさと帰路に付く。ま、しばらくは運転もしなくては。
帰りにとあるお方を久し振りに見舞う。夕食時が近いのでとにかくお顔を見るだけとお寄りしたが、泣かんばかりに引き留められる。この調子ではまたすぐ来なくてはね~~。
こういう場所での孤独はよく分かる。年末でざわつき始めると余計寂しさがつのるだろうな~。一応娑婆にいられることを喜ぼう。

2018年12月16日 (日)

ボサノバ。

以前から気になっていたボサノバ歌手の山本なつきさんが西讃のおしゃれなカフェで歌うというので、はるばる出かけた。それというのも娘が一度聴いて大ファンになったからでもある。これが東京だったら爆発的に売れたんじゃないか?と言うが、ホントにそうだと思っていた。
随分以前になるがとある人の紹介で、初めてFMのゲストとして出演してくれたことがあり、以来時々お名前は聞いていた。今日は久々に生の歌声を聴いて、ますます魅力的になっている彼女の歌にしびれる。

小さなカフェではあったが、満杯の盛況だ。そして来ている人たちは皆さん熱心なファンのようだった。
心にしみ通るような美声で、しばし癒やされる。あとで少し話す機会があったがあくまで謙虚。再会を約してお別れしたが、こういう人が居ることを、香川の人達にもっと知って貰いたいものだ。
音楽は今日の様な雨の日も良い。

2018年12月14日 (金)

当分ステーキは見たくないな~。

今日は娘夫婦が誕生日祝いをとあるステーキやさんでやってくれた。昨日に続きご馳走ずくし。が、こちらは二日酔いの症状が抜けず、あんまり食べられない。

いよいよ弱くなったのを実感。母を訪ねてそんな話しで盛り上がる。
しばらく喋ったり笑ったり食べたり、、、、母がしみじみ言う。「よくぞ、あの時台湾から連れ帰ったものだ。」と。おお、73年前の話しだ。どうやら昨日のことのように鮮明に覚えているようだ。南京虫に噛まれた赤ん坊の私がず~っと泣き止まず、周辺に気兼ねしながらまんじりともせず夜を過ごした話し。実家にたどり着けば、癌の闘病中だった祖母が、その泣き声で眠れなかったという。相当迷惑を掛けながら過ごした乳児期だったようだ。

今日のおやつは覚えてなくとも、大昔のそういう話しはしっかり覚えている不思議。

夕飯までに公演の後始末。お支払いに行ったり、なんやかや。まだまだ終わりそうにない。

2018年12月13日 (木)

女の長電話。

ちょいと飲み過ぎたかな?とある宴会でついついワインを3杯。日本酒を少々。後が余分だったかも。近頃弱くなったのを実感。毎日飲んでないので、訓練が足りてないだけかも。まあ、、年だろうが。。。。

イングリッシュガーデンは久し振りに訪れた。以前はここでコンサートもやらせてもらったが、大分長く来てない。オーナーとお喋りしたが、彼女は無農薬の野菜作りに燃えている。バイキング形式で出て来た赤カブが大層美味しく、買って帰りたいと言ってみたが、夜は暗くて採れないと言われてしまう。矢張り昼間でないと無理だった。新鮮なお野菜がたっぷりのイタリアンは大層美味しゅうございました。。。。が、食べ過ぎた。

明日は免許の書き換えに行く予定だが、この体調ではねえ。認知症のテストが心配だ。まじ。

このレストランにはペチカがあり、一番近い場所を陣取ったがこれが大正解。夜は流石にシンシンと寒くなり、膝掛けをもらってもアルコールの力を借りてもまだ寒い。なんとか凌いだが、こういう気温の変化にも弱くなっている我々同年代。イヤハヤイヤハヤ。

帰宅してテレビを見ていたはずが、いつの間にか寝てしまって電話に起こされる。東京の友人からで、延々と1時間ばかりお喋り。久し振りというのもあって、次から次へと話しが尽きない。果ては夫婦げんかをドンパチやったという話しになり、お互いそれでも相手が居るだけまし、でチン。喧嘩の原因が加齢からくるものと納得してこの話題は終わり。

東京に出ていらっしゃいよ、と彼女はこともなげに言うが、なかなかねえ。ま、その内、と返事して長電話を切る。
近頃、余り行きたいと思わなくなってる。行動半径が狭まってきてるということだ。

こうして、時は過ぎていく。

2018年12月12日 (水)

感激の余韻は一人プロントで。

大竹しのぶ、という兼ねてから天才だと思って来た女優の、「ピアフ」を観てきた。
さすがの天才振り。女優として、なかなかこれだけの人は居ないと思わせる。声の表情から身体の動き、そして「歌」。

ず~っと喋り続けて居て、間間に歌うという芸当は、誰でも出来る物ではないだろう。だから、当然のように、フレーズは短くなるし、伸ばしたら音程が狂う。でもそれを全て演技として表現の一部に変えてしまう。これは誰にでも出来るものでは無い。
中音域から下は、喋るようにという遣りたくてもなかなか出来ない歌い方で見事に歌っていた。
残念ながら、遅くに購入してしまったチケットは、二階席の後部。恐らくは、これほど大きな舞台でなく、間近に顔が見える、息づかいが聞こえる席が良かったと想った。あんな席では、本来の彼女の女優振りが半分しか見えない。
だから、きっとこういう表情だろうと想像しながらだったという残念さ。1万円は高かった!

しかし、テレビの影響も多々あったのではないか?歩いて帰る途中の聞こえてくる会話は、「小柄だったね。」「思ってたより大分ね。」てな内容。老若男女と言っても、矢張り女性が大半の客席。ホント、男性はこういうのに触れる機会が少ないって感じだなあ。
一人余韻を楽しむために、新しく出来たカフェに立ち寄る。今日はこの時点で歩きと電車で帰ると決めていたから、その心の準備もあった。先日の愛媛で同時期にオープンしたと聞いたお店。店内は人影もまばら。ゆっくり出来て、置いてある雑誌にも目を通す。「死ぬまでに見ておきたい100の建築物」だったかな?そんな本を手にとって、香川県庁が出ていたのに驚く。世界中の建造物の中に、しっかり載っている。その本の中のものは、10カ所くらいは見たこと訪ねたことがあった。写真を見るだけでもケッコウ面白かった。

夜になって、水戸の息子から誕生日祝いの電話が。孫に代わって、すっかりお姉ちゃんだと思って話していて、最後になって弟と話していたのが分かるというお粗末。声紋て、似るんだよねえ。どうして間違えたかの説明に、「先入観」という単語をしっかり教えたもんだ。10歳の脳裏には間違いなくインプットされたに違いない。怪我の功名てね。
女の子の方は、最近少々落ち込んでいると言い、上向かせる為に幾つか喋ったが、最後はアイスクリームで釣ったかも。中学生。段々難しくなってくる。

深夜になって、娘から「ピアフ」どうだった?と電話が。そこから30分は喧々諤々喋ったねえ。パリでも、3人芝居の「ピアフ」という芝居を二人で見に行った事があり、「ピアフ」への考察は二人してケッコウ深めてきている。

さ、お風呂だ。

雨。

午前中に洗濯物を片付け、午後はアチコチ山盛りのものを整理する。整理整頓て、ホントにヨイショがいる。が、山の中から時々掘り出し物も見つかる。、、、出てこない物もある。。。。

来週予定の病院の予約表が無い。確か、もらったような、、、もらわなかったような、、、。そこから既に怪しい。従って、片付けつつ段々疑心暗鬼になってくる。本当にあるんだろうか?
てなことで、あっという間に孫の下校時刻となり、慌ててマンションへ。今日は帰るや否やスポーツクラブへ連れて行く予定だった。

まあ、子供相手のスポーツクラブだ。遊んでるようなもの。中に入って一緒にやれそうなものばかりだ。まあ、あの縄跳びはちょいと無理かもしれないが、あとは全部出来そうだった。子供達が真剣に遊ぶ姿を見て、しばし癒やされる。
そのまま孫を連れて夕飯の買い物をして帰宅。仕事帰りにお婆ちゃんの施設に寄ったと言う娘の帰宅を待って、久し振りに一緒にご飯。毎日は困るが、たまにはこうしてわいわい言いながらの食事も良いもんだ。

こうして雨音を聴きながらパソコンを打っていると、日常なのに、非日常のような妙な気分になる。
明日は大竹しのぶのピアフに行く。どんなお芝居なのか、、、、楽しみ。

2018年12月11日 (火)

気が抜けて、、、風渡る。。。

余りに長く眠っていたらしく、夫が心配していた今日の朝。流石にスッキリして久々に母を訪ねる。こちらはスッキリとはしてなくて、昼前だというのに布団の中。それでも夫と二人で話しをするときには起き上がっていつものように快活に話す。持参した蜜柑をさも美味しそうに食べながら、、、、。

近々どっかに行こうね、と声を掛けつつ施設を後に。ぶらぶらと夫婦で帰宅。この時は天気も良く、田んぼに残っているコスモスを眺めながら四方山話をしつつ帰宅。午後は娘が遅い勤務の日で、留守番にマンションへ。帰宅した孫べえはちゃんと友達と約束して、新しいゲームを一緒にやることにしたという。そのゲームのソフトは、先日の公演で、ホールに監禁したことへのお返しでこのオババからゲットしたものだ。やがてやって来たその友達と何が面白いんだか、キャッキャッと言いながら遊んでいる。
兄妹が居ないというのは、色々とあるもんだ。わざと柿をむいて奇数の数にして一枚のお皿に盛る。すると、普段は「いらない」とか言うくせに、まるで競争のように食べて、残りの一つをじゃんけんして食べて居る。これこれ、とばかり、そのあともお菓子を一皿に盛りつけて出すと、面白がって二人で食べて居る。ま、一人っ子症候群の孫べえ。解るなあ。
で、母親が帰宅するまで、こっちは手紙を書こうと色々持って行ったのに、全く手つかずで、ウトウトウト。やっぱり疲れている。

そしていつも頭を過ぎるのはこれからのことだ。
ちぇちぃりぁ号という名の船はどこへ向かっていくのか?乗組員は?燃料は?そもそも船の形は?豪華客船は無理としても、連絡船くらいなのか?はたまたポンポン船になるのか?
きっと、若者達はこういう問題にすぐ答えを出せるんだろうなあ~。発想の素早さや的確さは、若者の特権だ。年寄りはぐずぐずしてしまう。
じゃあ、彼女たちの発言を待つのみ?ま、それは楽で良いのだが。。。。

てなことを考えながら、時の流れに身を任せているな~。
結局寝るのは午前2時という時間だな~。

2018年12月 9日 (日)

本格的な疲労感は、多分明日だ。

今日は香川県出身の声楽家のコンサートに行って来た。皆さん錚錚たる顔ぶれで林康子さんを筆頭にキャリアのある人ばかり。長年お付きあいのある小濱さんも出ているし、若手の全く知らない人も居て、期待以上に楽しめた。
一瞬ガクッと首が折れたが、、、。

年齢。これは容赦なく声を奪っていく。というのも、本日の感想だった。お若い頃を知っているだけに残念感は拭いきれない。が、そこは矢張り故郷の人々だ。全ての人に割れんばかりの拍手。
そして、若い人で力のある人も確実に生まれているというのも、それはそれでこれからに大いに期待が持てる。

正直、チケットは買ったものの、果たして行けるかどうか、と疑心暗鬼になっていたが、朝消化剤を引っかけて、二日酔いのモヤモヤを押しこんで出かけてみた。
丁度、今日までという日本画の展覧会もあり、まずは絵画の鑑賞から。あまりゆっくりもしていられず、お目当てのものを見てからすぐに飛び出す。
会場に着いてみると、昨日の我々のに来てくれた人もちらほら。目が合って、ご挨拶となり、色んな感想が聞ける。驚いたのは、終演後楽屋口に行こうとしたら、FBを見て素晴らしかったと知りましたよ~と駆けよってきて下さるピアニストが!なるほど。FBはこういう効用もあるんだ。
急に寒くなってきて、これから早めのお風呂にしようとしているが、風邪ひかなきゃ良いんだけど~。

2018年12月 7日 (金)

バタバタの通し。

確か今日はリハだよね?という参加者の不揃い。まあ、それぞれ仕事がらみで、仕方がない。こういう団体にはよくある話しだ。そもそも演出家が遅れてくるから、話しが前に進まない。なが~くお付きあいがある舞台関係の人々だから、なんとかかんとか遣ってもらえたが、イヤハヤイヤハヤ。

今日は考えてみると初めての通し。今日になって全体像が見えたという人が殆どかも知れない。これで乗り切るというのも、ちぇちの異名を確かなものにしただけかも。

それでも、出演者の主要メンバーがそれぞれ集まっての通し稽古はそれなりの緊張と、集中で充実したものとなった。
結論。ま、なんとかなるでしょう!!

明日も練習だが、体調管理も大変だ。動けば暑い。止まれば寒い。ハードなスケジュールの為、食事も不規則だ。バナナ一本かじって飛び出したが、帰宅は10時半を過ぎていて、帰宅早々あれこれ遣っていたら、全く食べる時間が無い。かろうじて行く前に作っていたポークのワイン煮をつまみに焼酎の湯割を2杯。明日の朝までこれで辛抱だ。

面白かったのは、昔の映像をある人は珍しそうに。又ある人は懐かしそうに眺めていることだった。特に楽団の人達にとっては面白いものだったのだろう。お客様もこれを楽しんでくれれば良いのだが。。。。

そういえば、新聞を見たという人から次々と電話が入る。頑張らなくては。

さ、寝ましょ。

2018年12月 5日 (水)

酉年。そのまんま。

昔から、「あんたは酉年だから、年中バタバタしてるわねえ。」とよく言われたものだ。全くその通りで、年取ってからもその評価は自他共に認めているわけだ。

考えてみると、その殆どの原因が、「ノーと言わない」事から来る。

勿論、その裏には好奇心が強い自分の性格もある。
てなことで、昨夜は徳島まで、お嬢のたっての誘いに乗って、本番前だというのに「朗読劇」なるものを見て来た。
「やなせたかしの絵本を劇仕立てに演じる」というものだったが、こういうことも出来るんだという驚きと感動があった。
二人の男女とそれを取り巻く怪しげな歌とヴァイオリン。人形遣いも出て効果的な演出。それぞれの分野で有名な人達らしいが、こっちは何もかもが初めてで、、、、。面白い。絵本の世界をこんな風に演じさせる演出家というのは、相当な力がある人だ。
だいたい見てるだけでも美しい若者達が繰り広げる摩訶不思議な時間は、客席を自然と黙らせる。
驚いたことに、自分の目の前に徳島で長く県議をやっている従兄弟が現れたことだ。どうやら義理で購入して、妻が行けず、知人を連れてきたらしい。しかし、行くみちすがら娘と、「もし今日見て面白いようなら、あのおじちゃんに連絡してみるわ。」と話しながら行ったら、その当人がやって来たと言うわけだ。あまりの偶然にしばしわいわい。
その主宰者M女史は娘の演劇仲間で、その世界で一番の仲良しだったらしい。Mさんが、舞台から、「私の親友が髙松から駆けつけてくれました。二人で泣きながらお芝居の練習をしてました。」と紹介していたが、あとで娘が言うのに、「本当に厳しい練習だった。若かったんだと思う。」としみじみ語っていた。
ま、そういう世界だ。

行きはこちらが全部運転。帰りは半分。しかし疲れた!
今日は朝寝をして、夕方の打ち合わせに備える。

その打ち合わせは、こっちが場所を間違えて、近くて違うところに行った為に、T氏に会うことなく終わる。代わりにM演出家とP団長が待ってくれていて、ま、思いがけない三者会談となったのも良かった。
というか、こちらが年取って、いかに呆けボケしているかを解って貰いたい為の時間だったかもしれない。とにかく、全ての名前が一字しか当たらない。「髙松駅前に出来たホテルの一階に、ほらほら何とかいう店ね。トが付く店」てえのは、「プロント」だったし。「ほらほら、Sが付く100円ショップね」てえのも、「ああ、セリアですね。確かにSがつくわ。」と一笑に付される。他にも色々あって、まあ、二人とも理解してくれただろう。と思う。
イヤハヤイヤハヤ。

イヤハヤイヤハヤ。。。。

2018年12月 3日 (月)

練習。訓練。修練。どれも楽しい。

今、パソコン前に座ると雨が降っている。どうも暖かいと思ったんだ。

なんだか定まらない気候が続くが、ちぇちの公演も行きつ戻りつ、、、、まだこの期に及んでも定まらない。

一体どうなることやら。
もういくらなんでも、自分がやるべき事のみに専念したいところだ。外野のことばかり遣っているが、実際は舞台にも乗るし、考えねばならないことも多々あるわけだ。
と言いつつ、本日はちぇちの練習後に短歌の歌会に顔を出す。
大幅に遅れての参加だったが、楽しくお仲間に入れてもらう。
文学全般に言えることだが、言葉の概念がそもそも人それぞれ違っている。そこから来る歌の読み方が、それこそ推理小説でも読むがごとくに複雑になる。詠み手の意図することがそのまま伝わらないケースが多い。伝わったようでも、実際は少しずれているという感想を持つ人も多いのではないか?
これについてはいみじくも、ある人が「どちらでも良いと想って詠みました。」と言われたのが印象的だった。確かに、小説でも作者の手から離れたら、今度は読み手のものになってしまう。だから面白いとも言えるが、時にはアッチムイテホイ、的な解釈も起こりうる。
そのジレンマがあるけれど、非常に経験の豊富な人の解釈は、やはり 当を得ていて納得出来るから面白い。ここでも、「経験」がものをいうのだろう。
なんだってそう。経験に勝る教師は居ないのかも知れない。
だからこそ、練習が大事。

明日はシャンソン教室だなあ。

2018年12月 1日 (土)

一応無罪。

癌検診は尿検査を残すのみとなり、一応白となった。しかし、驚いたのは、自分が自分を騙していたことだった!そもそも精密検査をしましょうとなった時点で、ちっとも驚かなかった筈。最悪に備えて、万全の気持ちの準備は出来ていたはず。それなのに、医師の「大丈夫でしょう」の一言で、どど~っと疲れが出た。。。。これは一体何?
要は自分で自分を騙していたわけだ。毎日の多忙の中で、ちらちらとかすめる不安と、知らず知らずに闘って居たわけだ。これには全く驚いた。

覚悟なんて容易くできるもんじゃないって事を思い知った。ま、これも経験だ。

病院へ行くと帰るで景色も違って見えるから不思議だ。

で、突然のように日常が戻り、早速印刷屋さんに行き、帰宅してからお歌の練習や母の訪問や、夕餉の支度だ。
日常の平和がこれほど有り難い事だと分かる。
すると、俄然他人に親切にしたくなるのもおかしい

車を自宅前の駐車場にバックで入れると、目の前にとぼとぼと歩いて行く高齢の女性が見える。角でどっちへ行こうかと迷ってる風でもあり、エンジンを止めてしばらく見ていたが、どうも気になる。丁度衣装部屋へと返す物もあったので、その女性を追いかける形でゆっくり後ろから付いていく。この辺の住人なのか?にしてはあまりにトボトボした歩きで、多分駅から歩いてきたのか?追い抜いても知らないお顔。で、衣装部屋に荷物を下ろして又引き返すと、まだその女性はますますのろのろと歩いている。遂に、声を掛けようと決心して、車をターン。窓を開けて、その人の横に車を停めようとして、あっと気が付いた。ナント、携帯電話で誰かと話している!おお、携帯電話が使える人だったんだ!それなら大丈夫。車窓から会話の一端も聞こえる。「もうすぐつくから、、、」ああ、良かった。
とりあえず、人に優しくなった一日ではあった。ち~ん。

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