話芸って、なんだろう?
本日はわが団体に大変貢献して下さっている桂こけ枝師匠の主催する寄席だった。師匠が尊敬してやまない柳家さん喬師匠をお招きしての公演は、いつもながら「話芸」を楽しませて貰えて日本人で良かったとしみじみ思う。おそらくは外国の人にはこの微妙なニュアンスは理解出来ないのではないか。口調もさることながら、身体の使い方一つとってみても、登場人物の特徴の最も大きいところを上手く捕らえていて、一度に何人もの人がそこにいるかのように話すというのは、本当に技術のいることだ。が、それを見ても、一体それがなんのことかが分からないでは、落語というモノを理解することが出来ないだろう。だから外国人には、無理なことなんだ。
そして、この人の江戸落語の言葉の妙。流れるような江戸っ子弁は本当に魅力的だ。上方落語と違うのは、この話芸の部分が一番大きいと思うが、どうだろう?
今日のこけ枝師匠の話しは初めて聞く内容で爆笑したが、こちらは又違った面白さがあって、幾分我々に近いというか、現代に近い話しだった。申し訳ないが、最初の落語家のは半分以上寝てしまった。これは必ずしも噺家のせいではない。到着するまでに疲れているアチクシのいつもの習慣だ。
今日急にお誘いした親子連れの方に終わってから挨拶したらいたく喜んでくれて、本当に楽しかった。来て良かったと言って貰えて何より。ご紹介した甲斐があった。
結局「笑い」は良い。ということだ。そして漫才と違って、落語はイマジネーションを刺激するし、脳の活性化になると思うが、どうだろう?
しかし、どんな公演も、上演までには苦労がつきもの。帰りに客の送り出しをしているこけし師匠のお顔が心なしかお疲れのようだった。分かるなあ~。ホントにお疲れ様だ。
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