てんやわんやの年末。
公演後体調を崩していたが、ようやく復活の兆しが。
となると、早速濃厚な日常が始まった。今日は息子の家族と娘親子に母も加えて賑やかな夕飯。総勢9名となった訳だが、こうなると、いつもの調子が出ない。得意料理の筈が、すき焼きの味見を忘れて妙に甘いものになってしまう。そういえば醤油は薄口に変えていたのだった。他にもどうも大勢の食事の段取りが上手く運ばず、内心は焦っている。孫べえや娘が手伝ってくれるが、それにも慣れていないため、どうも思うように進まない。次回は全部終えた頃に来て貰おうとまで、考えている。
全員が引き揚げて、息子も二階に上がってから一人洗い物やら煮物やら、、、、しかし便利な世の中ではある。
こうしていても傍らでパソコンで賀状の印刷を機械がやってくれているし、台所ではマイコンが勝手に煮物料理をしてくれている。高齢になると共にこうした物に馴染んでいけるのは理に適っているかも。
本当なら今年を振り返って落ち着いて色々思考をめぐらせるところだが、まあ、そうはいかないなあ。若いエネルギーが押し寄せてきて、それに対応するだけで精一杯。有り難い事ではあるんだが、、、。
自分の若い頃、懸命に仕事に打ち込んでいた頃は、深夜2時まで営業しつつ、おせち料理は全部手作り。お正月の活け花や鏡餅など準備して、店頭に大きな年頭の挨拶を筆書きしたり、個人と店用の年賀状も手書きだった。1/1はナント朝の6時から着付けをし、朝の家族のお祝いのお雑煮を食べ、午後は、夫の運転する車の助手席でぐっすり寝ながらお詣りするのが恒例だった。。。。あれは一体なんだったのか?どこからあんなエネルギーが湧いたのか?従業員も4人ほどいて、それなりの問題も抱えながら、よくぞ切り抜けたもんだと、今の自分が昔の自分に驚嘆する。
それが若さというものだろう。それを持っている時には、全くその価値に気付かず、うかうかと年をとってしまった。
だからといって、必ずしも後悔しているわけでもないが、人生というものは到達を義務づけられている高い山に登るようなものだと思うなあ。広々とした裾野からその雲を突く山のてっぺんは見えない。最初は希望に燃えて力の限り頂きを目指すが、その内何度も挫折感を味わう。それでも進むしかないという思いに駆られて上り続ける。人生8合目まで来ると、持ち合わせていたエネルギーの在庫がわずかになっていることに気付く。しかし引き返すわけにはいかない。どうあれ前に進むしかない。上から眺めるこの山のナント青々として美しいことか。それに引き替え雲間に見える頂きの朧な様子は、緑なす木々も無く、、、、、雲がその先を隠しているから良いようなものの、、、、。
なんぞというつまらない事を妄想している内に丑三つ時だ。
さああ、明日も忙しい。寝るとしよう。