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2017年7月

2017年7月27日 (木)

さすがに年だ~。

車内の温度は35度を指し、昨日まで2部屋で我慢していたクーラーを今日は4部屋にしないと過ごせなかった。朝、チビ助をパパが連れてきて、母親が仕事故スイミングの入所前の認定試験に、連れて行けとのお達し。昼ご飯は近頃立派な讃岐男になりつつある孫べえの注文でうどんを湯がき、しっかり食べたのを見届けて急ぎ外に出る。

が、外に出た途端いきなりの熱射量に思わず足が止まってしまう。それでも仕方なくスイミングスクールに送っていく。それ程時間が掛かる距離では無かったが、この変から段々体力の衰えをひしひしと感じ始める。

マンションに連れ帰り、「あそぼ、あそぼ」と言う孫を尻目に、こっちは椅子に伸びたままスマホのチェックに余念が無い。が、敵も然る者。「一緒にお風呂に入ろうよ~」と引っ張りに来て、まあ、それも良いかと入浴したは良いが、どうやら途中少し眠った感じ。目がさめた途端母親のご帰還。そそくさと身支度を済ませ又お好み焼きの鉄板と化した車へと移動。、、、、信じられないこの暑さ。

我が家までわずか2,3分の事だったが、あえぎあえぎ冷やしてあった我が家の部屋に飛び込む。熱中症になってはいけないと冷たいものをがぶ飲みしたが、少々では体調が戻らない。冷やしたぜんざいを食べ、本日3回目のマッサージ機。

とにかく、全く体調がよろしくない。出入りが無ければ良いのだが、、、、。

昨夜の楽団キックオフの乾杯のご挨拶で、「何よりも健康に気を付けて本番を迎えたい。」と話したが、全くその通り。やれやれ。どうなりますことやら。。。。

とりあえずこの夏を乗り切らなくては。

2017年7月26日 (水)

楽団キックオフの日。

朝から猛暑の今日。夜の会合に向けて、調整が続いたが、厭でも洗濯など家事はあるし、色々やるべき事もあったが一日三回もマッサージ機のお世話になったもんだ。ちょっと動くと大汗。部屋毎のクーラーはもったいないと、極力必要最小限にしてはあるが、そうすると温度差に参ってしまう。暑いだけでなくメチャクチャ湿っぽい。シャワーを浴びて出かけたが、帰宅してからもシャワー。

というのも、頑張って丸亀町から瓦町駅まで歩き、コトデンの時刻表を見ると出発まで3分。一瞬迷ったが、乗ることに決める。で、これ又頑張って切符を買って電車に走り込む。9時台の電車はケッコウ混んでいる。我が家の最寄り駅はタクシー会社の前だが、余りに近くて頼みづらく、ここでも頑張って歩くことに。書類の鞄とショルダーバッグを振り分け荷物よろしくなりふり構わぬ出で立ちで、歩く歩く。

倒れ込むように我が家に到着。によって、滝のような汗をシャワーで流さずには居られなかったという次第。チョイと痩せたかも~。

 

今日の楽団キックオフは、お仕事で不参加のKさんと只今ウイーンのAさん以外は全員揃い、雑談ありいの近況報告ありいの中、暮れのオペラの合わせ日程など、大まかなことが決まった。皆さん力のある人ばかりで、ホントに心丈夫だが、それだけに売れっ子だから時間の調整が難しい。それでも何とか合う日を探り当てていよいよ楽団もスタートだ。

我々アマチュアが相手ではホントもったいないくらいの人材だが、皆さん何よりもお人柄が素晴らしい。お客様には、このオーケストラをも楽しんで頂けると思って居る。オケは良かったけど、、、、な~んて、言われないように歌の面々も精一杯の力を出さなくては。

 

本日の集まりで一番若いMちゃんは、次の会があると言い、そそくさと別れていった。元気だなあ~。信じられない。

いやはやいやはや。

おっと、そういえば事件があった。

昨夜、「明日は楽団の集まりがあるから、、、、、」と言い始めると、夫が、「あ、お父さんも6時から飲み会だから。」というので、「じゃあ、時間が違うけど、どうする?私はお嬢に送ってもらうけど。。。」と言うと、「自分で行くから。」との返事。でもって、その飲み会の内容や集まる人の話をしたのに、乾杯が済みいざ食事をという段になって夫から電話。「僕の晩ご飯は?」と言うので、「はあ~~~っ?」となる。側でみんなが電話の内容が聞こえてゲラゲラクスクス。夫は、「それは木曜日の話し」とかなんとか言うから、「いいえ、そんなことない。」と言った言わないのバトル勃発。しかし、出た者勝ち。「残念でした!」と電話を切る。

帰宅して、言い合いが再燃するかと思ったが、お互い年だ。そんな元気もなく、軽く謝ってチン。

いやはやいやはや。未だに、どっちが間違えたかは不明だ。くすっ!

2017年7月24日 (月)

おひさしぶ~り~ね~。。。。

いやあ~~暑い!熱いと言っても良いくらいだ。とにかく、会う人毎に「暑いですねえ~」が挨拶言葉。それに色々尾ひれが付く。「この蒸し暑さがねえ~。」「あんまり暑くて寝不足です。」「な~んにもしたくないですよねえ~」「食欲だけは落ちないんでエスよねえ~」ガハハハ。てなもんだ。

今朝のシャンソン教室から夜のちぇち練まで、何度こういう会話が繰り返されたことか。いい加減うんざりだ。

しかし、体調不良で今宵は練習お休みしますと言ってきた義妹が、電話してきたので、「止まったら動けなくなるよ。」とアドバイス。じやあ、気分転換に行ってみようか、となり。

実際それが正解だと思う。自分を考えてみても、一旦止まったら最後、動き出すのがめちゃめちゃしんどい。とりあえずやることがあるから、毎日こうして動けている。

中央に出す短歌12首も今日になって速達だったが、とにかく参加することに意義ありだ。

ここに書くという行為も、およそ一週間ぶりだが、書かないとずっと書かなくなりそうな予感が、、、。で、只今練習から帰宅してキーボードだ。

この一週間は信じられない程の多忙さだった。母のこと、孫のこと、近頃体調不良が続く夫のこと、勿論オペラの練習もある。8/6となったCantiamoの曲決めなんて、つい五日前に雑談の中で決めたほどだ。泥縄も良い所。本当はこんなんではイケナインだが、これ又参加することに意義ありだ。

この間、とある女性ばかりの会議に参加した。このメンバーでの集まりは二回目で、少しばかりメンバーの人となりが分かっては来たが、実際のその人を知らない。しかし、一線で活躍しているのがありありと分かる人ばかり。特に若い人の英知と感性に舌を巻くことが多々あった。それぞれがそれぞれの分野でしっかりお仕事をしているので、まあ言わば余技的なお仕事をするための集まりだ。しかし、そこに全員の力を結集して行こうとする姿勢は素晴らしい。どんなことでも引き受けたからには精一杯の努力をするということが明確な共通意識となっている。利害関係抜きのこうした集まりはすがすがしいものがある。

 

そして昨日は母を施設から連れ出し我が家での夕食会。5時に行くとの約束を母はすっかり忘れて居て、着いてみると3時から待ちくたびれていたんです、と職員から言われる。母が覚えてないのは当たり前だが、前日に行った時に別な人ではあったが、時間のことは話していたのだが、、、、ま、しょうがない。それほど、母にとっては待ち遠しいことだったんだろう。

しきりに楽しかったとご機嫌の母を送り届けて、、、、帰宅してから車のキーを車内に起きっぱなしのまま家に入ったのだ。それをすっかり忘れて居て、朝っぱらからキーが無いキーが無いと大騒動。夫からは認知症の始まりだと冷やかされ、我ながら不覚。

 

全てはこの暑さのせいにし~とこ!

2017年7月18日 (火)

走っている。

走るのが子供の頃から苦手だった。殆どの人がこの体型を見たらナットクするだろう。スポーツは好きな方で、特に球技は卓球、バレーボール、ドッジボール、ソフトボール、ボーリングとなんでもやってきた。しかし、走るのだけは好きになれないまま年取ってしまった。チェチのメンバーで何人かはマラソンが好きな人がいて、内一人は只今ウイーンなんぞでも走っている。その気持ちがよく分かりまっしぇ~ん。

そんな自分が近頃はやったこともないマラソンをしているような気になっている。息が切れるまで走って、時々水を補給するように孫と遊んだり、短歌を捻ったり、映画を観たり、コンサートに出かけたり、、。

 

昨日も今日も数名でのオペラの音楽練習。昨日は夕方6時から9時半まで。今日は午後1時から4時にしてもらったが、他の人たちはまだ居残っていた。青函トンネルを掘り始めた感があるが、前方に光りが見えるのは一体いつになるんだろうか?

しかもこういう時に限って次から次へと事件が起きる。

その一つが、孫の自転車の自損事故。気分良くコンサートを鑑賞していたとき、携帯マナーモードにしていて気付かず、娘から何度も電話が入っていた。気付いて慌てて電話すると今病院だという。勿論すぐに駆けつけることに。

しかし、明日という日は、中学の同窓会で高野山の予定。ちょっと迷ったが、たまたま隣の席だった友人が、「私がキャンセルの連絡しておくから気にしないで」と言ってくれてそうして貰う事に。こちらの車に同乗していた二人を駅に降ろしてバタバタと病院に駆けつける。着いたときは10時にもなっていただろうか。救急病棟は結構な混雑振り。顔面を血だらけにした女性や、熱で赤くなったらしいほっぺの子供。実に様々な人が待合室にうつろな目をして座っている。受付で名前を言うと、今レントゲン室です。と言われ、所在なく立ったり座ったり。すると娘が窓の外から手招きするので、一旦外へ。

詳しく聞くと、夕方家の近くで自転車に乗っていて、何かの弾みで転倒。自転車が細い腕にもろに当たったという。気が狂ったように泣くのを連れ帰り様子を見ていたが、段々腫れてきたので急遽病院となったようだ。、、、そうやって、様子を聞いていると看護師さんが呼びに来てくれる。若い先生とベテランの医師が詳しく説明をしてくれて、1週間は様子を見ないといけないが、今のところは大丈夫だろうという診断。日常生活を注意深く過ごせば大丈夫とのことで、ようやくホッとした。この時点で既に12時近く。本人は痛みよりも眠くて目が開けられないといった状態。何とか起こして車に移動。家に連れ帰ったら、予定よりも早く帰宅したパパが迎えに出てくる。電話で聞いた時は仰天したらしい。娘曰く、「電話口でバック転二回くらいしただろう!ってビックリの声だった。」そうな。

高野山は朝7時に集合となっていたから、あのまま参加していたら矢張り強行軍だったろう。後から聞けば、奥の院まで行ったというから、同窓生みんな元気だ。

 

母の施設に夫と行くと、丁度カラオケの時間だった。歌が好きな人がドンドン歌っているのに、カラオケ教室を長く経験しているはずの母は歌わないと言ってマイクを取ろうとしない。どうやら自信が無くなったらしく、他人の前で恥を掻きたくないらしい。それを夫共々無理矢理一緒にマイクを握り一緒に声を出したら、何とか歌い、上気した顔で嬉しそうだった。

しかし、もし自分がこういう施設に入ったら、どうするんだろう?と考えて、「もしかしたらオペラ歌ってるかもね!?」と言って大笑い。はてさて。

母の所に行っても、報告することが多くてどれほど覚えてくれているかも定かではない。いや、多分ほぼ忘れているだろうが、、、。不思議なことに、孫娘がマンションに引っ越したことやなんかはしっかり覚えている。まあ、二度ほど新しい部屋に連れて行ったりしてるからだろうが。

 

ちょっと休憩が必用なワタクシではある。

2017年7月15日 (土)

感動の本質。

今日は地元出身のテノールリサイタルに出かけた。天性かも知れないが日本人離れした声のY氏は「歌は40から」という言葉通りの磨かれた声を披露した。メゾソプラノの女性を聴いたのはこれで2度目のような気がするが、良く鳴る安定した声の持ち主だった。、、、そうなんだ。歌唱力は勿論感心の材料ではあるが、感動のそれは「声」そのものにある。

加えて、今日は大変珍しい演奏会となった。Y氏の両親が最後に舞台に出てきて、父上はドラムを母上はピアノを、勿論ご子息の彼は歌をと、ファミリーでの演奏を披露したのだ。しかも、このご両親と自分との関係を赤裸々に舞台から告白。必ずしも「普通」ではない生い立ちながら、自分の今があるのは、この両親のお陰だと、正面切って堂々と語ったことだ。これを可能にしたのは多分地元だからというのもあるだろう。しかし、何のてらいもなくこういうことが言えるのは、彼の強烈な個性だろう。多くの日本人はプライベートは極力持ち出さないのを礼儀?もしくはステージマナー?臆面もなく家庭を持ち出すのは邪道?etcと批判の的となるだろうからか、他に聞いたことがない。

 

今日こうした場面に接しながら、思わず又吉某の「火花」という作品を思い出していた。読んだ訳ではない。実は夫から借りた、役者が読んでいる朗読のCDを聴いただけだ。これがとても良くできたCDで、車の中で途切れ途切れながら全部聴いた。終章辺りに描かれていた、熱海での花火大会の模様のシーンが思い浮かんだのだ。スポンサー名が読み上げられて夜空に大輪の花を咲かせてはその浜辺に群がる人びとがどよめく。しかし一個人がプロポーズの為にショボイ花火を打ち上げたところ、その日一番の拍手喝采が起こった!という下りを思い出したのだ。、、、そして今日の演奏会でも全てのプログラムの中でこのシーンが一番の拍手に包まれていたのだった。

終演後立ちながら、「ああ、良かった!」という声がアチコチから聞こえたのも、この手の演奏会では珍しい。

 

そして、聴きながらもう一つ考えていたことがある。

日本歌曲が二曲披露されたが、どちらも有名な、「初恋」と「霧と話した」だった。どちらも随分前から歌い継がれている名曲で、自分自身も歌ってきた。歌う人によって、相当違う印象になるのが面白いが、同じ歌でも、短歌は次々と新しい歌を詠み続けなくてはならない点が、声楽の世界とは随分違うと思った。一つの詩を延々と歌い続けて行く声楽の世界の妙に、今さらながら思い至ったのだ。

どこに感動を求めるか。。。。永遠のテーマだなあ~。

2017年7月14日 (金)

シェイクスピアと老人。

シェイクスピアを観る会に3ヶ月ぶりに顔を出せた。ビデオ鑑賞はともかく、参加者と久しぶりに顔を合わせて談笑することがかけがえのない時間に思える。それは作品の魅力が大いに手伝ってくれていることは否めない。今日は「ベローナの二紳士」。若者の恋物語を美しい演出で描いていて、宝石に金粉を振りかけたような言葉の数々に笑いが漏れる。衣装が殊の外良かった。まるでポッティチェリの「春」を連想させるような薄絹をまとった女性はナント自由で伸びやかで美しいことか。日本の歴史の中にもこのような衣装を身につける時代があったのだろうか?、、、お国柄を考えてしまった。

ランチを一緒に済ませて大急ぎで帰宅。最近車に乗れなくなった叔母を従兄弟が送ってきてカラリングをしているとコープだ。友人Kがまるで売りに行くのか?というほど品物を購入していて、慌てて取りに来て~とメールする。それから深夜まで、我が家を訪れた人は、6人。朝からだと相当の人と話しをしたことになる。これ全て認知症予防かも。

 

近頃90歳代の女性の生き様というか死に様というか、見事だという話しを良く聞く。ある方は、ご自分が脳梗塞を起こして倒れても、自分で119に電話を掛け重要書類を一箇所に出していたらしいが救急車が到着したときは意識が混濁していたという。精神的自立、全てに於ける覚悟が見事という話しだ。戦争をくぐり抜け、貧しい生活の中で子育てをして家庭を守り、必死に生きて来られた人びと。そういう人びとに社会は必ずしも優しくない日本だ。右を向いても左を向いても老人問題ばかり。じわじわと迫って来ているなあ~。

2017年7月10日 (月)

ゲリラ豪雨。

昨日の小さな会合は蒸し暑い昼間、涼しいホテルの喫茶店で過ごし、内容の濃さもありいのであっという間の3時間ほどだった。

今日の昼間は打って変わって土砂降りの雨。母の施設を訪ねて出ようと思ったらゲリラ豪雨そのもの。わずか20メートルの駐車場まででびしょ濡れ。こりゃあ、この後の綾川での歌の練習は無理かと、H先生に電話を入れる。すると不思議そうに、そうですか?こちらはそんなに大した雨ではないのですが、、、?と言われる。少し時間をずらして伺うかも知れませんと言って電話を切ったが、多分無理だろうと踏んでいた。

ところが、迎えに来たNさんの車は全く濡れてない。大的場付近にいたけど、全く降らなかったと言うではないか。この狭い香川県で、こんなに差が起きるなんて!

で、結局はH先生宅に伺い、奥様のピアノでたっぷりと練習。その奥様手作りのケーキのトッピングは乾燥イチジクや生ブルーベリーでとても美味。コーヒーをご馳走になりながら贅沢な時間を過ごす。いやはや、世の中にこれほどの方がどれほどいらっしゃるだろうか?この奉仕精神はどのようにして身につけられたのか?いつもながら頭が下がる。

高松ほどではないが一雨来たお陰でお庭の木々や花々が生き生きと美しい。全く、別天地だ、ここは。

 

昨日といい、今日といい、どちらも暮れのオペラをにらんでのことで、おお、あと数ヶ月だと内心の緊張が高まる。

とはいえ、参加者全員がそれぞれの事情を抱えているのは当然のこと。昨日お目に掛かったY女史も、到着するや否や目に涙。お姑さんに当たる方の急病に駆けつけると、お部屋にご自身で覚悟の準備がされていて、それを見た途端涙が止まらなくなった、とか。良い人間関係を築いて来られていたことが分かる。、、、しかし、こうして生きてる限り心を悩ますことは起きる。それら全てを抱えながら、これからみんなで一つの作品を仕上げていくのだ。

オペラ公演は一つの事業だと思う。各部門のプロジェクトがそれぞれ最良のものを構築し、舞台で一致させることで初めて完成する。どの部門も重要で、手が抜けない。

 

さあ、ぼちぼちエンジンをかけなくては。。。。

2017年7月 7日 (金)

観劇の日。

今日も今日とてバタバタの一日。最後は市民劇場に出かける。「みすてられた島」という作品は予備知識無しでの鑑賞。隣の席になった友人Kの言葉をを借りれば、「題名からしてイデオロギー感の強いものを想像していたけど、全く違って面白かった。」である。

まあ所々、島=沖縄を連想させるセリフもあったが、それは見る人の勝手でしょ!?というスタンスだ。決して押しつけがましく無く、登場人物はすぐ近くに住んでいる人びとのそのままの様な近しさを感じたものだ。それでいて、人間にとって何が一番大切なことかがクッキリと描かれていた。折々のユーモアが又良い。台本と演出が見事にマッチしていた。そして役者さん達の声の素晴らしさ。今日は前から7列目とあって、口の動きや声の出し方までハッキリと見えたが、色々と参考になったことだ。相当練習も積んでいるのはその長台詞からも分かることだが、例えばスカートの女性が横向きに座る仕草なんか、セリフを口にしながらもチャンと両手でスカートの後ろをキレイにお尻の下にたたんだり、感心する場面が多々あった。感心といえば、後ろ姿の演技にも舌を巻いた。客席に向いて芝居をしている人の奥で、完全に背中を見せて立つその女性は、家事をしていながら後ろにも気を配っているというのを、しっかり背中で演じていた。

2時間45分のステージがあっという間に過ぎ、カーテンコールは割れんばかりの拍手に包まれた。

久しぶりに良い芝居を観た満足感に充たされている。

 

前回のお芝居はホームレスが取り上げられて、今回とは全く違う設定にもかかわらず、今回も同じテーマが出て来たのは近頃の世相を問題視しているということか。「人は人との絆無くしては生きていけない。」この当たり前のことが、軽んじられているのは確かだ。

人と絡まるのは苦手、出来ることなら避けて歩きたい、という風潮。このままで良いのか?という問いに自分を置いてみると、「だからこそのちぇちぃりぁ」、「だからこそのシェイクスピア」、「だからこその短歌」、「だからこそのシャンソン」、「だからこその、、、etc」というところか。自分の居場所がかくも多いことに感謝だ。

お陰で、日々忙しいが、、、、。

2017年7月 4日 (火)

おお~モ~レッツ!!

ここ数日、メチャクチャなスケジュールに我ながらよくぞ付いて行けていると、自画自賛。振り返れば、ただ忙しいわけではなく、嬉しいことや楽しい事も含まれていて、それがストレスを相殺してくれているのだ。

その一つにちぇちの「若返り」がある。これまで自分がやってきた事の大半を受け継いでくれる頼もしい若手が、着々と物事を進めてくれ始めていることだ。いよいよ本格的な引き継ぎがスタートした。これでこそ、ちぇちの未来は明るい。

 

もう一つは、そのちぇちにとても嬉しい新人メンバーが出来たことだ。彼女は近年の映画の主役も務め、自らも劇団を立ち上げているという強者だ。が、外見は柔和で、とてもそういう人には見えない。しかし、内面は相当しっかりしたものを持ち合わせているんだろうと、昨夜の練習時に時々思わせてくれた。これからは自由に力を発揮して貰いたいものだ。

 

そして外部からの参加者がじわっと動きを見せ始めてくれていることだ。楽団しかり。ソリストしかり。舞台のプロ達しかり。ようやくという感じではあるが、本格的スタートが切れる段階となった。

 

プライベートでは、何とかカントカ娘のお引っ越しが終了。新居はまだまだ段ボールの山だが、これからボチボチだろう。荷物が入ってしまえば、意外と住みやすそうなマンションではある。

母も少し環境に慣れてきて、愚痴が少なくなった。

 

シャンソンの発表会が決まった。今回は楽譜を見ても良いという提案をしてみたが、意外なことにこの提案はもしかしたら誰も実践しないかも知れない、というみんなの反応だ。これは長くやってきた成果かも知れない。

 

これらの全てにエネルギーとストレスがくっついているが、何とか乗り切れそうだ。「い~っぽ進んで二歩さがる~」かも知れないが、、、。

2017年7月 1日 (土)

間隙を縫って、、、。

ちょ~ちょ~多忙な時間の中、昨日はW先生の歌われるコンサートに出かけた。一言で感想を言うと、「楽しかった。」である。明らかに「通」の人が対象ではない演奏会だが、音楽の喜びを伝えて余りある良い音楽会だったと思う。かしこまって聴くだけはうんざり、と思って居る人たちにとっては吾が意を得たりの内容だっただろう。又、日頃音楽に苦しんでいる人たちも、良い意味で音楽することの誇りを感じたのではないだろうか。

司会者そっちのけの指揮者の愉快なトーク。脱線しまくりの主宰者M氏のおはなし。この方の脱線のお陰で、我々親子の恩師とも言うべき演出家M氏の話が聞けたのは良かった。現在病床にあるというあの方に巡り会わなければ、私と娘の人生は大きく変わっていただろうと思う。最後にお目に掛かったとき、「お元気で!」と声をかけると、「私は死にませんから。」と返してくれたのを今も思い出す。確かに、肉体はいずれ滅んでも、あの方の教えは多くの人の中に生き続けることだろう。

帰りに受付で司会者の若い女性に声を掛けられる。まじまじと顔を見てもさっぱり思い出せない。以前FMマリノ時代に、、、、と言われて初めて、お顔が甦った。20年も前の話しだ。そうなんだ、その後も活躍し続けておられるんだと嬉しくなった。が、逆にこちらのことをよくご存じの様子に驚いた。、、、時は流れたなあ。

 

岡山からお越しだったM女史にご挨拶もせず、超特急で帰宅。夕飯をあてにしてやってきたお嬢親子と、このところようやく一緒の食事に慣れてきた夫の為に夕食の準備。何と言ってもわいわい食べるのは楽しいもんだ。しかし、母の施設に行くのが余り遅いのも気が引けるので、ゆっくりはしていられない。せかしてせかして終わらせて出かけることになる。それが昨日の話しだが、今日も全く同じパターン。やっぱり大急ぎの夕食を終え、母の待つ丘の施設にと移動。部屋に入っても、他愛もない話しばかりだが、これが一番母にとっての癒しの時間らしい。さも重要な話しがあるかのようにテレビを切って、座り直して喋る母に、内心愛おしさがこみ上げる。しかし程なく後ろ髪を引かれながら退出だ。外に出れば、空には幾つもの雲を従え澄み渡る空気を照らす美しい月が昨日と同じ場所に鎮座ましますを、しばし眺めて帰路につく。

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