旅。その2。
水戸というところは、ちぇちの会長の生まれ育った所でもあり、息子も長く住み続けているため、親近感はあるし、高松との姉妹都市というのもある。どことなく落ち着く街だ。前回お泊まりしたホテルが余りに悲惨だったので、今回は慎重にネットで調べて予約していたが大満足。何しろ駅前という立地にもかかわらず温泉大浴場がある。それほど大きくはなく、大浴場はちょいと言い過ぎでは?という感じではあったが、充分疲れを癒やしてくれた。部屋も8階だったが水戸駅を見下ろせて人の行き交う様を高見から見下ろしながら飲むビールは美味しかった。二日目の雨の日は、ことさらにネオンが夜を彩り美しかった。清潔な静かな室内も好ましく,,,故に、今回は合格。リピートありだなあ。
水戸では、息子の長女が二度目のミュージカルに出演するのを観に行くのが主目的だった。今回も三回見た。中学3年生までしか出られないのだが、非常に良くできている。一番最初のゲネは所々スキが見えたが、次からはその点もキッチリクリアして、見事なステージとなっていた。三回とも少しずつ立ち位置が違い、踊りのステージングもわずかに変化が。孫は一瞬死ぬんだが、その場所も変わり、だめ出しがその都度行われていたのを知る。そして、個々にも動きやセリフに段々成長が見える。公演の中で進化し続けるエネルギーを感じた。子供の方が柔軟なのかも。
脚本はアナユキの翻訳者らしく、ストーリーにそれを彷彿とさせるものがあった。バレーを習っているらしい子供には、しっかりダンスを踊らせ、歌が得意な子供には大きな歌を歌わせている。彼らはその器にしっかりはまって、恐らくは力以上の力を出しているかに見えた。吾が孫は、準主役とあって、最初から最後まで力一杯演じていた。結構な量のセリフだったが、完璧にこなしていた。棒読みではなく、その役になりきっての台詞回しには正直驚いた。やっぱり好きなんだなあ。
客席では家族がみんなハンカチを出して時には嗚咽を漏らしながらの観劇だ。普段子供らしい面しか見ていないのが、こんな事が出来る様に成長したかと思うだけで涙が出てくるが、その上にストーリーの面白さに感動する。しっかりしたテーマのある舞台は前回と同じで、今回は「四季が無くなって夏のみになってしまった地球」が舞台。大人にも考えさせ、何かを訴える内容となっている。
メッセージといえば、その前に東京で見た、「ミュシャ」はこれほどハッキリした思想を描いた絵は少ないのではないか?と思いながら見た。描かれていたのは、「スラブ叙事詩」。彼の祖国の元々は宗教戦争だったようだが、原因が何であれ、戦争はイケナイ。人皆平和を求めて生きるべきだというこの大きな絵の数々は、ナチの迫害を受け、獄死したという彼の悲痛な叫びだった。殆どの絵に赤ちゃんを抱いた母親の姿が描かれ、戦争が終わっても、子供の未来を不安な面持ちで見つめている様子が見事な表情で描かれていた。その顔は誰が見ても胸を突かれる壮絶なものだった。きっと作者の思いをここに込めたに違いない。
結局芸術的なものは何かを伝えなくてはならないのだ。