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2016年12月18日 (日)

現代アート。

昨日のステージがさっぱりだったことからの落ち込みをまだ引きずっている。声の不調が薬のせいだとネットで分かり、夜と翌日の朝と昼の分を全て勝手にカットして臨んだが、そんなことくらいでは治るはずもなく、、、、声帯が時々ひっつかなくなり、かすれるような音になるのをこらえながら、ようよう歌ったというお粗末。ホントなら歌わなかった状態だが、夫からそれほど悪くなかったよ、と慰められ、ピアニストからも同じように慰められ、来ていた友人たちからも、日頃の声を知ってるから分かるけど、知らない人にはそれほど違和感は無かったと思うよ、と暖かいお言葉。でも、一番分かっているのは本人だ。こんな状態が続くなら、もう歌っていられないのではないか?と心細い。命を取るか?それとも声か?、、、まさか、こんな時が来るとは!

明日は病院に予約を入れてあるが、さて、どんな結論になるか?

 

会場には大勢の人が溢れ、下葛西地区の人びとには無料で公開されたというのもあったようだが、一般の方々も大勢来られて一様に感動されていたようだ。知事や市長も来られて香川県を代表するアーティストの作品をしっかり鑑賞されていたようだ。

この私自身、現代アートというものにアレルギーがあった半世紀ほど前の自分を思うと、今は嘘の様に作品達から受けるエネルギーを感じている。見慣れてきた、というのもアルかも知れない。夫の現代アート好きと暮らして、門前の小僧よろしく少しばかりの知識を得てきたのもアルかも知れない。今は、具象から受ける限定される感動より、想像力をかき立てられる抽象の方が面白いと思える。わが友人のご主人で、長く具象ばかり描いていた画家が、最近は抽象に変化してきているのを考えると、最後はそうなるのか?と思う程だ。あのピカソにしても、最初は緻密なほどの具象ばかりだったのが、晩年はあの抽象だ。

未だに、現代音楽は余り好きになれないでいるが、その内これも変化するのかも知れないなあ。

 

階段を三階分ヒーハー言いながらようやく上がった高齢の地元の人びとも,初めて見るこれらの訳の分からない作品を見て、良い感じ、何となく元気になれる、、、、などなどチャンとした感想が言えるというのも、一つには時代の変化もアルかも知れない。ちまたには洒落た建築物や日用雑貨も多くなってきてるし、車や電車の類もスマートになって来ている。こういう時代に生きていて、自然に現代アートの中に暮らして居るとも言えるのではないか。意識しないで、我々はこうした中で生活しているのだろう。

 

今回の救いは、こうした作品に取り巻かれて、圧倒的な力強さに包まれたことだろう。。。。又出かけなくては。。。。

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