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2016年9月 1日 (木)

お気に召すまま。

シェイクスピアのこの作品は、最初読んだときは取っつきが悪く、女性がただ男性の服を着たというだけで実の父親始め周辺が全く気付かないという点がどうにも腑に落ちず、余り面白いとも思わなかった。それが今は市民劇場のサークル名にもしているほどのお気に入り。それはひとえに故I教授の解説に寄るところが大きい。

確かにこの作品の中には、演劇会のみならず、何かと世間を今も飛び交う「人生は舞台。人は皆役者。現れては消える一幕の物語。」という名台詞がある。しかし、さらっと物語の中でジェイキイズが喋るこの場面はその時はそれほど残っていかない。I教授の解釈で、初めてこのセリフがどれほど重要なモノかが理解出来たということだ。そして男装の麗人ロザリンドのかしこくも愚かな言動を中心に、幾つもの恋物語が展開し、最後は目でたく全てのカップルが結ばれ、ロザリンドの父親公爵が弟の奸計に会い、森に逃亡していたのも弟の改心によってこれ又めでたく宮殿に戻ることになり大円団の内にこのお話は終わる。

全体にハッピーハッピーな空気が流れ、追放された公爵でさえ、美しい理想郷のような森での隠遁生活を楽しむ様子が描かれて、全ては春の気配の漂う夢物語。

ただ一人、我と我が身を世捨て人として、その身を愛するジェイキイズのみがニヒルで全体を締めている。物語の最後にお祝いのダンスに興じる人から離れていき、自分はあくまでこの森の隠遁生活を続けると公爵に告げ、あたかも公爵が森を捨て、元の宮暮らしに戻ることを皮肉るかのような言動をする。今日のビデオでは、一瞬公爵の顔が苦痛に歪む部面もあり、これは面白かった。

この皮肉やは実はシェイクスピアそのものかも知れない。このお話の中の登場人物をどのように観賞しどの様に感じようとも、それは観衆の皆様のお気に召すまま。人生は舞台なのです。楽しんで、さようなら。。。。

 

やっぱりシェイクスピアは何回観ても面白い。まるで無駄な配置の様に見えて、実は重要なセリフを随所に吐かせている。

 

この会が終わるや否や急ぎ孫べえを迎えに行く。今日が長い夏休み明けの初の登園日。はしゃぎすぎたのか当人はどうやら目がしょぼしょぼ。母親を送るついでにみんなでうどん屋に立ち寄ると、会のメンバーがまだ食べ終わってお喋り中。歓迎してくれて楽しくおうどん。眠気のせいか孫べえの食欲はイマイチで、結局先に仕事に出た母親の代わりに残り物を少々手伝う。、、、これが良くないんだなあ。

こうして行く先々で誰か見たことのある顔に会えるのが、高松の良い所。都会ではあり得ないことだ。我が家に帰ると友人Kがコープを取りに来たついでに孫を連れてくる。これでしばし我が家は幼稚園。夕食を食べて送っていくまで目一杯はしゃいだお坊ちゃま。きっと爆睡だろうなあ。、、、田舎暮らしを目一杯楽しんでる。人生の舞台に登場したばかり。にしては、周辺の登場人物が多いなあ~。フフフ。

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