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2016年5月 8日 (日)

孫は来て良し、帰って良し。

まあ、色んな人からこれに似た言葉を聞いていたし、自分自身も確かにそうだと実感する事が多かった。二人の子供達は皆関東に住み、たまに帰省して来るチビ達は、可愛いし、楽しいし、どうしてこうも子供と孫は違うのかと不思議な気持ちになることもしばしばだった。

ところがぎっちょん。

思いがけず孫を伴う娘家族が東京から移住して来た。娘に至ってはこの地を出てから実に25年振りのこと。「お母さん、私は帰ったんじゃなくて、夫同様私も移住してきたと思ってね。」とのたまう。いや確かに。25年前とはここ高松も随分違ってはいるだろう。ある意味そうだ。

が、しか~し。問題は、帰って良しどころか、しょっちゅう「居る」存在になったという点だ。体がイマイチ丈夫ではない娘のことが気がかりで、引っ越しから1ヶ月というもの、ほぼ毎日なんだかんだと接触している。お互いに依存しない生活を目指そうと、最初に語り合ったが、とにかくこちらでの生活が軌道に乗るまでは、ある程度の援助が必要だとの気持ち。

そして孫べえだ。新しい環境に加え、以前の幼稚園で築いた人間関係を断ち切っての淋しさを紛らわせるため、なんだかんだとお付きあい。毎日何らかの形で顔を見ないと落ち着かないババ様から見て、ようやく心の安定を取り戻したように見える。心から弾けるような笑い声を出す事が多くなった。

 

で、たださえ怪しい我が記憶装置が、突然の乱入者の出現でバラッバラになっちまった。やるべき事が目の前の珍事に心を奪われすっ飛んでしまい、約束はすっぽかすわ、やろうとしていたことは忘れるわ、、、、短歌の締め切りさえその三日前に友人と話したにもかかわらずすっかり忘れて居た。そのリベンジではないが、今日はとにかく歌会に顔を出し、多少なりとも頭を短歌モードに切り換えようとした。ま、友人Sさんの運転手を務めるというお仕事も引っかけてではあったが。司会者から、「おやつを食べに来たんだろう」と冷やかされながらも。。。こんな形でも行って良かった。思いがけず師匠の「芭蕉論」が聞け、俳句をやっている友人Mさんのことを思い浮かべたり、自由律の俳人たちのことも心に浮かんだり、、、、俳句は現代アートに通じるんじゃないか、と思ってみたり、、、。短い時間に我が妄想は大いに膨らんだ。

こうした思考回路の復元もやっておかなくては。

歌会に遅れていったのは、音楽の指導者T先生に今後のことをお願いするためお伺いしたためであった。限りなくおおらかなT先生。「とにかく、楽しまなくてはいけませんよ。」と素晴らしい笑顔で引き受けて下さる。いよいよ明日から、ちぇちが本格的に始動する。こうして快く応援して下さる先生方に、恥ずかしくない活動を続けて行かなくてはならない。

 

新しいステージがオープンだ。

 

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