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2015年12月 5日 (土)

思いやりについて。

今日は好天にもかかわらず、家の中に引きこもり、長時間掃除や整理に追われた。それでも母をランチに連れ出し、某布団屋さんの大バーゲンに行き帰省してくる子供たち用に布団を新調したり、、、、。全くなんでこう遣ることが多いんだろう、やんなるなあ~と思わず伸びない腰を撫で撫で。結局こういう事が大変になって来たのが、年齢のせいだ。以前は20人前後の来客にも嬉々として料理に精だし、部屋の模様替えもそういうときは楽しかった。あのエネルギーは一体どこから湧いていたんだろう?そしてどこへ飛び去ってしまったんだろう?

今回の公演で舞台をやってくれたY氏からのメール。その後体調は如何ですか?とあり、僕はもうダメです。次の舞台で唇が腫れてきました。と寂しい内容。いや、分かるんだなあ~、これが。目の前にやるべき仕事があると、そりゃあ、遣るんだけれども、後がイケナイ。きっと体にくる。

 

世の中にこうして年寄りが居て、若者もいるのがフツウの社会だ。ちぇちぃりぁもそのフツウの社会の縮図のようなものだ。やっぱり若者だけでも、ましてや年寄りだけでもよろしくない。それぞれの弱点を補い合いながらなんとか動いているのが健全な社会だ。

実際、ちぇちで年寄りが居ないと昼間の会場とりや、各種支払いや、印刷物のコピーなどなど、仕事を持っている人達だけでは大変になる。その点H村の人々は毎回の事ながら良くやってくれている。彼女たちはパソコンもそれほどは仕えず、若者のように種々の書類の作成などは苦手な分、それらを印刷したり配布したりを丁寧に嫌がらずにやってくれている。今回の公演に関する印刷物も半端無い数だったし、台本も手作りだった分、彼女たちの負担も大きかったのだ。

そして外部の方々への手紙類はもっぱら彼女たちの担当だった。手書きが必要な物は手書きで、こちらが気が付かないところを担ってくれている。長くやってきて、全体が見渡せるように成っているのも彼女たちの存在感を高めている。

それより何より、私的には彼女たちが練習会場のムードメーカーだという点に感謝したい。この姉妹がいて、練習会場がいつも笑いに包まれるのがどれほどみんなを和ませているか。この私から言いたい放題言われても、ニコニコニコと笑顔で返してくれることで、場が深刻になるのを回避できている。この朗らかさは宝物だ。

こうした人の好いH/M姉妹のお陰でちぇちの練習はいつもほっかほか。有り難いこと。

今回の公演でも、この二人が舞台に立っていなければ、全くイメージが違っていただろうと思う。人生経験を積んだ分、彼女たちの舞台での堂々たる姿は記憶に残る。

最近覚えられなくなったと口癖のように言う二人。実際舞台でもいくらか迷う場面があったようだが、チャンとそれをカバーしてくれる人達がいて、、、、それで良いのだと私は思っている。

私を含めて高齢になり、自然に弱っていく人がいて、それを優しくカバーする人が居る。新人がいて、経験者がそれをフォローする。高度な技術を持った人が、そうでない人を導く場面がある。思いやりが全体を包んだとき、市民オペラちぇちぃりぁは初めて団体として完成するのではないか。

 

弱点の無い人は、一人もいない。

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