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2015年1月26日 (月)

どれほどと言えるような愛は本物ではない。

毎日飛ぶように過ぎていき、昨日のことが随分前のことの様に思えるから不思議だ。早い話が昨日はCantiamoだったにもかかわらず、4,5日前の様な気がしている。今日はシェイクスピアの会で、朝は駐車場探しに30分もウロウロした。次回は近くの知人宅をお借りする約束が出来たが、、、、。番町当たりはどこもかしこも駐車場になっているが、それでも停められないほど車が多い。

 

まずは昨日のCantaimo.I先生亡き後も真面目にお勉強している人達の発表会だが、天上から先生のほころぶお顔が見えるようだった。これぞ先生の目指していたモノだった。音楽する歓びを持つことを、とにかく継続して欲しかったに違いないのだ。20曲以上という長い演奏会となったが、飽きずに聴くことが出来た。

声というのは不思議なもので、今回はあの人は良かったと思う人に限って落ち込んでいたりする。まあ、永くやっている人は大体のことは判断出来るが、それ程でもない人は客観的に自分を見ることが出来ず、真反対を思ったりしている。面白いもんだ。

それでも1時間ほどの反省会ではみんなで批評し合いほぼナットクして会は終わった。言葉には出さないでも「ここに先生が居ない」と思う人が多かっただろうが、、、。

 

実は、今日のシェイクスピアでも今年初めての会とあって、みんなで食事会となったが、「アントニーとクレオパトラ」を観た後の感想の中に、「ここに先生が居ない」という言葉が出て来た。

 

人は、亡くなった後にその真価が問われる、と言われるが、I先生、2年目にしてまだまだみんなの心の中に生きておられるのは素晴らしい。

シェイクスピアの「どれくらいと言えるような愛は卑しい愛に過ぎない」という名言は、この師弟愛にも通じるかも知れないなあ。

 

一昨日は母を含む三婆を連れて、昼食付きのカラオケに行き、促しながらこっちも声を出したら段々喉が怪しくなって来たが、一応よく食べ良く笑い良く歌ってくれて良かった。実はお店の若い女性に、「あの~、若者向きのお料理になりますが、良かったでしょうか?」と問われるほどの年齢だ。にもかかわらず、たべるわたべるわ!ピザであろうと、唐揚げであろうと、エビフライであろうと、ピラフだろうと完食!スティックの野菜も、ポテトフライ山盛りも、デザートまでも、全員が平らげた上に、若い方の叔母がごそごそしてると思ったら、「これ、昨日岡山に行っててねえ、、、」と大きな「ムラスズメ」を出してくる。もれも勿論頂き、、、、す、凄い、凄すぎる。

よくよく話しを聞けば、この三婆は、幼児期の日本が食べる物が無い時代に、釣り好きの父親のお陰でたっぷりお魚を食べていたそうだ。おそらくはそれが原因でこんなにも元気なのかも知れない。だって、ご近所にこれほどの長生きはあまり居ないそうだから!いやはやいやはや、結構なことで。

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