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2014年11月18日 (火)

時間の過ぎ方は人によって違う。シェイクスピア。

今朝はBBCの「ジュリアス・シーザー」を観賞したのを皮切りに動き回ったため、母のケアに行くのは夜9時半という時刻となってしまった。「寒いから、今日はもう良いよと電話しようと思ったところだった。」と言う母を無視してどんどんやるべき事をやっつけて、ほっと一息雑談に興じていると、あっ、イケナイこんな時間だ!」とばかり大急ぎでお休みを言い車へ。今夜はジムに行くと決めて、下に水着を着けて出て来たのだ。30分でも水中ウオーキングだ。一足早く夫はウオーキングに出かけたし、昨日といいイヤに頑張る夫婦だと、弟たちは思ってるだろうなあ。昨日は、アチクシが携帯を母のベッドに忘れたので無理矢理歩いて取りに行ったからねえ。弟たちの健全すぎる生活とは余りに違う我々だ。

 

ジュリアス・シーザーは前回見た部分が重複されていて、さらに観賞出来たが、前回見るとブルータスに刺されたシーザーが、「ブルータス、お前もか、、、」とブルータスの胸で息を引き取るというのが、当たり前すぎて面白くなかったが、今日見ると、これがやっぱりリアルかな?と思ったりして、、、。見るときによって、受け止め方が変化するのも愉快なことだ。だから芝居は面白い。以前からのアチクシ流の演出なら、他の刺客に突かれたあと、最後にブルータスの姿を認め、自ら彼の剣に倒れ込む、、、という、シーザーの絶望を全面に出すのが好みだったが、、、。

近頃、昔読んだ本をipadで読み直しているが、今日のシーザーじゃないが余りに感想が違って我ながら驚いている。「人間失格」太宰治のあの作品で、一番に思い出すのが、27歳くらいで髪の毛が真っ白になった、という下り。そこが一番印象的でぞっとした記憶があるが、今読んでみると違う意味で恐ろしい作品だと思う。、、、たまたまお嬢から電話がありその話をしたら、「お母さん、あの作品は最初から笑えるわよ。おかしくておかしくて笑いながら読んだわ!」なんぞと言う。いや、そう言われればそう思えなくもないが、全く自分ととらえ方が違うのに驚く。有島武郎の「或る女」なんか、多分乙女の頃には理解し得なかったんだろうが、こんな作品だったのかと非常に新鮮だった。この主人公に似ている友人が居て、尚更面白かったもんだ。

 

でもって、そのアトのシャンソン教室までランチタ~イム。通常のランチの上にクリームぜんざいまで食べて、「あんた、そりゃあ~~~」とお相手に言われたが、勿論そのアトの言葉はこうだろう。「痩せるわけ無いよねえ。」てへ。

まだ少し時間があったので、何度か訪れたガラス工房に行ってみた。丁度作品を一つ完成させようとされていたときだったが、「どうぞ見ていって下さい」と言ってもらえたので、静かに見ていたつもりだったが、矢張り我々がいて、集中が切れたか。折角良い感じに仕上がっていたものを途中で落としてしまった。勿論、それでそのガラス作品はあえなくお陀仏。あれを作るのにどれほどの時間を使っていたのか知らないが、相当だろうと思う。余りにお気の毒で言葉が出ない。ホントに申し訳なかった。ささやかなお詫びもあって、一つ購入させて貰ったが、、、。

お連れが日本酒を購入するというので、酒屋さんにも立ち寄ったが、まあぶっきらぼうな店員さんで呆れた。こりゃあ、どんどん売れないでしょうねえ。。。商品がいくら良くても、それを売る人の態度によっては価値が下がる場合もある。側で聞いていて腹立たしかったが、欲しかったお酒の魅力にお連れはやっぱり購入した。ん?となると、あくまで商品価値か?しかし、あの応対は頂けないなあ。

 

シャンソン教室は予定通り間に合って、発声から歌までみっちり勉強したが、この人達、発声練習が好きだと言うから凄い。真面目にやっているから汗もかくし、疲れもする。素晴らしいと思うなあ。上っ面だけやろうとせず、基本的なところをしっかり遣りたいというのは嬉しいことだ。こちらの気力がいつまで続くかが問題だが。好きなことは時間を忘れる。

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