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2014年10月 7日 (火)

走ったあとから考える人種って?

どこの国の人のことだっけ?とにかく走る前に考える人でないことだけは確かな自分のことを、今さらながら反省している。そもそも1週間前に渡された台本を3回読んで、自分の台詞を兎にも角にも覚えて、現場入りするのに、その台本を忘れて行ったと言うお粗末。とりあえず相棒にそのことを話したら、「いやあ、実は僕も一寸前にそれをやっちゃたんです~」と慰めてくれる。色んな人に台本を見せてもらってました、とまで言ってくれるんだが、ホントだろうか?実に優しい若者だったから、そんな風にこちらを慰めてくれたのではないかと思っているが、、、。

我ながら信じられないこの言動。台本を忘れるなんて、それも初日に!

で、どうしたかというに、手帳を切り取って慌てて自分の台詞のみ思い出して書き出し、アンチョコ作り。こんなんで、上手くやれるはず無いよなあ。ま、気の良い彼のお陰で、顔を合わせるや否や台詞の読み合わせに精をだしてはいたが、付け焼き刃には相違ない。いやあ、参った。

終わったんだけど、自分の中で本当に終わるのは映画をこの目で観たときだろうなあ。,,,台本以外何も資料をもらってなかったため、終わってから監督の作品に寄せる想いや、ビジョンなどを知る事となったが、実は東北支援の一環らしい。簡単にいうと、他人様の作品を東北の人々に元気になってもらおうとばかり持ち込もうとしても、諸作権他、色々と大変な壁があって思うように上映できない。ならば、いっそ自分で作っちゃおう、というのが最初のきっかけだったらしい。だからあくまで、そこに目的があるってことで、決して浮ついたものではないのだ。、、、そこんとこ、もう少し説明してもらってたら、対応が少しは変わったかも知れない、なんぞと思う今日この頃。。。ぶつぶつぶつ、、、。あ~あ、後悔先に立たずってね。

 

しかし、この物作りの現場って、好きだなあ。本当に一つの目標に向かって、全員が一つになっている。早い話が、「本番行きます。テイクワン。」というかけ声一つで、その場にいる100人近い人々が、全員息を止め、コホとも音を立てず、遠くの音まで気にかけるという時間。この緊張感をみんなで共有している感覚は、独特のものだ。

そして怖くない監督。これも良い。怖くないにもかかわらず、キチンと前に進めていける能力に敬服した。そして監督をサポートしている熟練スタッフの面々。彼らの無駄のない動きと的確な発言が、場の空気を張ったりゆるめたりしている。

 

さて、この日曜日は又ゾロ、別の舞台が待っている。今日になってようやく構想がまとまった。あとは遣るだけだ。

そんなこんなで、近頃全く本が読めない。本に飢えている自分を感じるが、お嬢の送ってきた5㎝の暑さの「万葉集」にさえ手が付けられずにいる。この本は美しい装丁で英訳も付いて、写真や絵が挿入されている珍しいものだ。ま、少しずつでも読んでいこうと思うが、、、。

余りに本から遠ざかっているのを恥じて、せめてipadででもよんでみようと太宰治や漱石をダウンロードしてみたが、紙で読むのといささか勝手が違い、あのわくわくしてページをめくる感がないのが物足りない。保存の形としては最も有り難いのだが、、、。

この不出来なアチクシに引き替え10歳も年上の恩師は連日連夜読書三昧らしいことが、ツイッターから分かる。もともと教養のある人に限ってその上に又教養を身につけて行く事が出来るのは、例えは悪いが、美しい人に限ってお顔の手入れに余念が無いのと似ているか?アハ。

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