同窓会の同窓会?
今日は昼間、同窓会の会場側と最後の詰めの打ち合わせ。何に驚いたか。午後1時という時間に、みんな集まれるようになったんだ~ってこと。仕事で遅れて言った自分自身を初め、中には現役で仕事をしている人もいて、ちょいと顔出しして中座した人も居るには居たが、何時ものメンバー殆ど全員の顔ぶれが揃った。聞けば、この同窓会の同窓会は今日で7回目だそうな!ぎょへ~っ。丁寧なのか、慎重なのか、仲が良いのか?とみんなで大笑いしたが全部だろうなあ~。少なくとも男性陣はみんな人が良く、優しい人ばかり。声の大きい人の意見を素直に頷いて聞いているって感じ。危機感を持ってやいのやいのと言うのは大体女性陣。家庭の役割と一緒かあ!
「芸術の秋」たけなわ。コンサートの多い事。先ほど夕食中テレビを観ていたら、アルファ穴吹大ホールで歌謡ショーの生放送を遣っていたしなあ。私の手元には芝居の案内やら、絵画の展示会の案内もある。全てに行きたいのはやまやまだが、流石にそれは無理っぽい。今日は打ち合わせが終わってから一人で絵の展覧会に行く。
油絵だけでなく、写真や水墨画、書などもあり楽しめた。一番気になったのは、作品のタイトルだ。具象画の場合、それだけでは飽き足りない作者の思い入れによって、非常に抽象的な題名が付けられているが、失礼ながら、なかなかそれが成功してないように思えた。むしろ平凡な題名にしてくれた方が、作品の中に入っていけるように思えた。これ、アチクシの独断と偏見だが。
その点、お目当ての人の作品は全く平凡なタイトル。「宵祭り」と「花咲くアーモンドの枝」だったが、そのシンプルさ故に、作品の多面的な観賞が自由に出来たように思う。タイトルと絵がお互いに響き合うような効果が成功しているのもあるが、そうでないものも多いように思えた。ま、美味しいコーヒーを頂きながら再度見て回った時も考えが変わらなかったので、多分そういうことじゃないかなあ~?
そのお目当ての人は以前合唱でちぇちにも参加していた人で、美しいお声と、素晴らしく器用な指を持つ方だ。ちぇちの衣装や道具に随分と貢献して下さった。私よりかなり先輩だが、絵を描く才能と技術の他、優れた感性と情熱を持っておられる。尊敬する方だ。何時までも描き続けて下さいとメモを残したが、まったく。、、、こういう方の存在は我々を元気にする。
元気、元気、、、そう、只今吾が周辺には元気でない人が多すぎる。なんだろう?この風邪は?自分自身も熱があったり無かったりとイマイチ調子が戻らない。が、一度寝込んだら、当分起きられない予感があるので、出来るだけ無理しない程度に平常の暮らしを心がけている。それが出来るのも、外からの強制があるからで、例えば今日も仕事をしたし、お歌の練習にも付き合ったし、同窓会の打ち合わせ、美術鑑賞エトセトラ。ジムはちょっと止めた方が良さそうと思っては居るが、こんな調子だ。
週末は石民コンサートの司会が待っている。、、、なあ。
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