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2014年7月

2014年7月31日 (木)

本日は狂想曲オンパレード。

昔から仕事をし過ぎて疲れ過ぎて、笑いが止まらなくなるってことがよくあったが、今日は別の意味で泣き笑いが止まらなくなった!

夕飯の支度が出来たところで夫から、「疲れ過ぎたので温泉に入ってから帰る」のメールが入り、お先に~との~んびり一人夕食をしたのだが、最後に先日頂いた唐辛子を入れて調理したのに余り効いてないなあ、と紅い唐辛子の先っぽをかじってみる。やっぱり辛くない。下さった人が「辛いから少しにしとくね」と言われたので相当辛いと思っていたが、こりゃなに?ともう少しかじってみる。すると!うわ~っと口の中が大火事。舌が痛いのなんのって、いままで経験したことが無い辛さ!火傷したかと思う程で、思わずボトルに一杯の麦茶を飲み始めたが、全部飲んでもまだ痛い。段々唇まで痛くなってくる。やばい、どうすればよいか、くれた人に訊いてみようと思うが、電話をかける間も2本めのボトルを出してずっと冷たいお茶を飲み続けるしかない。ようやく電話が繋がったが、思わず、「Oさん、ヘルプミー!」と言ったもんだから相手はビックリ。「え?何?どうしたの?あんた、みっちゃん?」、,,後から考えたら、そりゃ近頃新手のオレオレ詐欺かと思うわなあ~。でもって、泣き笑いしながら事の次第を話したが、「ええ??私そんなのあげてないよ。」と言われてしまう。しばらくあげてないもらったを繰り返していたが、遂にガマンしきれず、いやいやそんなことはど~~でも良いから、とにかくこういう時どうしたら良いか教えて!と叫んだことだ。「そんなこと言われても、まあ、多分、氷を口に含んで冷やしてしびれさせるのが良いんじゃない?飴も良いと思うよ。」受話器を持ったまま言われたとおりにやってみると、おお、流石年の功。段々収まってきた。鏡で舌を見てみると真っ赤になっていたのが、端っこだけになっている。感謝感謝で結局20分位お喋り。「こんな事じゃないことで電話したかったわ~」とゲラゲラ笑ったところに弟夫婦がやってくる。急ぎバイバイして受話器を置いて、事の顛末を話し、少し間を置いて帰宅した夫共々大いに笑われたことだ。

しかし、夫はどうやら唐辛子をもらった相手を勘違いしてるのは、こっちだと思ってるなあ~、あの目は。ま、良いけど。

 

思えば序奏はFMだった。昨日の収録予定が今日になり、それもゲストのお仕事の都合で12時40分から1時の間にしゃべりだけ録るという綱渡り。それの編集のため、USBメモリーを準備したり、M君の仕事終わりにそれを手渡す段取りをしたりと、次から次へとメールと電話でやりとりして、平行してやっていた仕事も終えて現場へと飛び出す。、、、なんとか時間通りに収録して、お嬢の用事のためにユメタウンへ。午後はコープが来るため急いで帰宅。朝干しておいたシーツ類を取り込んで2階にクーラーを入れる。今日は練習に来る人が居るためだ。

でもって、夕食まで次から次へと用事が出来て、危うく金魚の餌を忘れるところだった。でもって、自分にも餌をあげた結果がこれだ。

余りに疲れて、テレビの前で一眠り。見始めたドラマが終わるころだったから30分は寝たらしい。で、やおら起きだして、気になっていた裏の二階のトイレの掃除。めったに使わないから遣ることが多い。汗びっしょりになりつつやっつけたが、ホントに主婦の仕事ってどうしてこんなに多いの?ってところだ。それにしては安い給料だなあ~とつくずく思う。

シャワーを浴びてパソコンに向かったらやっぱり昨日と同じで午前さま。夕べも練習から帰って、メンバーにプロットを送り、やりとりしていたため遅くなったのだ。このところずっとこんな調子で、遅寝遅起きになってるなあ~。チビが帰って来たら早く起こされるだろうから、ま、それまでだ。

 

どうか本日のフィナーレは穏やかな眠りであって欲しいなあ~。

2014年7月28日 (月)

ようやく暑さも一休憩?

現在、来年のオペラ作品のプロット作りに追われているが、平行して今年のサロンコンサートの諸々もやっている。先日の同窓会ではまだ遣るの?と同窓生ならではの辛辣な質問が。全く。まだやれるのか?

 

一日一善、ではないが、一日一つは大仕事をやろうと心に決めて動いているが、それさえもエネルギー不足を感じる今日この頃だ。

それなのに、本日シェイクスピアで一緒になった恩師T女史は涼しい顔で、す~いすいと動いておられる。まずは何かと言えば歩きたがる点に於いて感嘆してしまう。ランチをみんなで終えたあとも、何時ものように「私は家まで歩くから。」と言われる。10歳年上のこのお方、飽かぬ好奇心と探求心がその原動力かと思われるが、現在幾分のお節介からご自分の仕事を増やし、最後までやり抜くご様子。、、、こうして他人の為にすることは、必ずしも報われないことが多いが、それも重々承知の助の達観ぶりに舌を巻く。まあ、こういう恩師にご縁があったということも、神の思し召しだろう。くじけそうになるたんびに、有形無形の援助の手を差しのべて貰っている。というか、生き様そのものがお手本だ。この「無償」の心意気を、今後も見習いたいなあ。

 

昨日はとある場所でピアノ合わせ。又しても高速で善通寺まで。このごろ良く高速を使うなあ。そういえば明日も高速で陶芸だ。

 

その前日が石民コンサートの日で、サキソフォン奏者の初リサイタルだった。もの凄い偶然で、彼のお父上の命日だったようで、演奏を聴きながらお母様は顔を洗ったようなお顔になって、休憩時に皆さんにご挨拶されていた。お父上もサキソフォン奏者だったというから、当然感極まったに違いない。

それにしても良い音色だった。会場の隅々まで一杯に彼の心情が響いた感がある。28歳。これからもステキに輝く人生を送って欲しいなあ。 いやあ、眩しかった。

2014年7月25日 (金)

孤独。

誰の体調が悪くとも気になるのは当たり前だが、近い人のそれは頭から離れず、、、、忙しく身体を動かすことで紛らわそうとしても思いはこびりついて離れてくれない。

この暑さ。余りに厳しく母に電話して様子を聞くが、電話に出た時は元気が無いものの、しばらく話していると段々声に張りが出て来て最後には、「頑張るから」と言うのを聞いて一応安堵して受話器を置くが、どうもねえ。。。

それにしても先日会ってきた高知の友人のこともどうも気になる。会わないときはそうでもなかったのに、会って帰ってから妙に気になる。というか、なんだか日々淋しさが付きまとう。

ホントに、人は孤独に生きるほか無いのだと思う。

 

NHKの番組で外国人のお遍路が増えているというのを見た。その中でインタビューを受けていた女性が最後に話した内容が印象的だった。「自分は一人で生きられると思っていたが、実はそうではなかった。色んな人に支えられて生きているんだと思った。」と。まあ、ありふれた感想のようではあったが、実体験の上出て来たその言葉には重みがあった。言葉が通じないのを、必死でお互いにコミュニケーションをとろうと努力するところに、奇しくも弘法大師の教えが実現されているように思えた。

 

孤独ではあるが、人と関わりながら生きていくのが人間だ。そこを逃げては幸せにはなれないだろう。

 

明日は石民コンサートだ。格好良くて風の又三郎みたいな、風太さんの演奏が楽しみだ。

2014年7月24日 (木)

暑いぜよ!

クーラー無しの就寝にいつまで耐えられるかと頑張った結果夕べから朝にかけての猛暑にあえなく撃沈。睡眠不足でフラフラになった今日一日で遂に夕食後はスイッチオン。その足でジムへと出かけ、もっぱら水中ウオーキング。今宵こそは快眠に違いない。まあ、熱中症になってあの世に逝くのも冴えないからねえ。ニュースにならない内に対策だ。

 

昨日、日中は全ての予定をキャンセルして母親を病院巡りに連れ出す。ねっからの病院嫌いの上に、余り見て欲しいと思わない部分の診察は、そりゃあ、気持ちはわかるというもんだが、必死で抵抗するのをなんとか連れだし、以前手術をして貰った病院に連れて行くことに成功。観念した母は病院の前に来てようやく思い出したようで、しきりに懐かしいと言い出した。午前中の診察の終わり頃の時間で患者が少なく、すいすいと診て貰えたのも有り難かった。しかも以前の執刀医師でもある院長先生のためか、「先生、病院が懐かしいです。その節は大変お世話になりまして、、、。」と母の台詞もそつがない。先生も終始にこやかに対応して下さって、母が一言一句間違わずに同じ事を3回繰り返すのを、ただ根気よくにこやかに聴いて下さる。母の今のところの敵はデイサービス。しきりにそこで長く座るので病気になると言い張るのだ。それに対して決していい加減な返事をせずに、「行っても横にならせてもらうんですよ。」というのを何度も角度を変えて忠告して下さる。、、、いやあ、こんな先生がいらっしゃるんだ、と感激。午前中の最後はきっとかなりお疲れだったと思われるが、あの笑顔。素晴らしい。

でもって、弟から食欲がないと聞いていたのでランチをレストランで。母の好物を2種類取って、好きな方を選んでもらうと、ちっとも食欲が無い人とは思えない食べ方で美味しいを連発。二人で一つととった白玉クリームぜんざいも半分キッチリお食べ遊ばす。

その勢いでシャンプーカットの施術もし、何時もの病院に報告がてら薬ももらいに行く。、、、新しくもらった薬が少々心配だったが、、、。この心配は今日になって的中した。夜になって電話してみると枕元にはあるようだったが、全く使用してない。やっぱりね。電話でリモートコントロールしておいたが、さて、どうするかねえ。

「ちょっと、この頃呆けてきたかもね。」とは本日の母の名言。いや迷言。

 

本日午後はピアノの調律に来て貰った。クーラーガンガンかけても暑い二階で汗びっしょりになりながら丁寧に丁寧にやって下さって、中も外もぴっかぴか。色々専門的なことも教えて下さるが、あんまり残っていかないのも暑さのせいにしておこう。

製造して1世紀近く経つであろうこのピアノが全く壊れないという不思議。いい加減なメンテナンスしかしてないのに、と彼にいうと、Y○HAという会社は自分で自分の首を絞めるような物作りをして、お陰でちっともピアノが売れません。と仰る。確かに電気製品なんかと比べると雲泥の相違だ。,,,実際今日は外を通りかかった廃品収集業者を呼び止めて壊れた食洗機、CDラジカセ、空気清浄機を持ち帰ってもらったが、いずれも外側は全くキレイ。しかし使い物にならないのだからポイするよりほか仕方がないのだ。修理して使える様にならないのかなあ。ピアノのように。

 

只今午前零時前だが、はるか台湾とメッセージの交換中。ニュースで飛行機事故を知ったせいだが、台風自体はT先生のお住まいを避けて通ったらしく大丈夫とのこと。ただ飛行機事故は以前からけっこうあったらしく、この頃少ないのは新幹線が出来て国内航空便が5分の一に減ったせいだという笑い話があるんだそうだ。

はらほれは~~~。。。

2014年7月22日 (火)

南国の風に吹かれて、、、。

役2年ぶりに高知の86歳の友人を訪ねて二泊三日。命の洗濯をした感じ。

この友人は、私の理想とする生き方をしている人のお一人だ。大き過ぎず小さ過ぎずほどよいお屋敷に一人で住み、お庭は林の如く木立が林立していて、その奥まった所にはいくらかの畑がある。ここにはご本人手作りのトマト人参ジャガイモ玉葱ゴーヤ大根豆類スイカにブルーベリーまである。ぱりぱりのミニトマトなどを頂いて帰ったが月桂樹の葉っぱも忘れずにもらって帰る。

これらの野菜類で彼女の冷蔵庫は満杯。テーブルの上には手作りの梅干しやらっきょうや味噌類や、なんとか漬けの類などが所狭しと並んでいる。

朝は豆を曳いて香ばしいコーヒーを入れてくれる。珍しいパン、庭で採れたたっぷりのお野菜ともども実に健康的な朝食を頂く。

昼は10穀米に作り置きの具の一杯入ったおからの炊いたのや、茄子のしぎ焼き、香りの野菜サラダにアチクシが作ったカボチャの煮物。

夜は近くのスーパーでカツオのたたきを買ってきて、それに梅酢やニンニク大葉など乗せて頂く。他に貝柱などのお刺身と、東京から帰ったら必ずお嬢さんが所望するという「魚の練りもの」を豪快にスプーンですくって入れた吸い物。おまけにアチクシが豚肉でエリンギの細切りと玉葱を巻いた焼き物を作りチョー豪華な夕食!

これらを食べながら、「久しぶり~」と言いつつビールを酌み交わし、まあ喋るわ喋るわ。2年分を二日かけてしゃべり尽くした感がある。といってもあちらのビールはホンのグラス1杯ではあったが、、、。

ご主人が亡くなってすぐに茶道具と着物類を押し入れにしまい込んで30年、登山と太極拳に情熱を燃やし、とにかく一人で気丈に、そして淡々と生きてこられたこの方から、学ぶことはホントに多い。今回も椅子に座って、台所に立つ彼女の後ろ姿が以前と変わらずしゃんと背筋が伸びていることに感動した。まずは自分の為に毎日かなりキッチリした料理をしていることに驚く。身体を作るのは口から入るもの、なるだけ薬のお世話にはなりたくないというハッキリしたポリシーがある。いや~、刺激的だった!

 

でまあ、車で行ってるから、普段買えないような物を買いましょうと提案してショッピングに出かける。昨年転倒して背中を痛めたため、余り重い物が持てないのだ。なので少しはお役に立ったかも知れない。そういうわけで日曜市にも出かけたが、実は朝6時置きで行く予定にしていたのに、一度目覚めてゴロンとうつぶせになった途端再び寝てしまい、次に目がさめたら8時半という時間になってしまった。こういう時起こさないで居てくれるんだなあ~。

しかし、結局予定変更しての~んびり午後2時に現地に着くと既に店じまい始めているところもある。あまりの炎天下で熱中症を案じてのことだろうか。まあそれでもお目当てのものは充分買えて、こっちは檸檬の木まで買ってきた。

それにしても高知というところは色んな物があるなあ。「いもだんご」「もちきび」「生で食べる南京」「カラフル小松菜」などなど、、、。買い物が楽しかったなあ~。

 

あっという間に時間が経ち、お互い泣かずに別れようと努力しつつ門を出たが、いつまでも車の姿を見てくれていたのがバックミラーに見えて胸が詰まった。どうか元気でいて欲しいと、、、。

しばらく走るとスマホが鳴る。おお、ひさしぶりのYご夫妻だ。どうやら我が家をご訪問下さるらしい。多分夫が居るからと返事して置いて、高速を1時間半で飛ばして帰ると、案の定にこやかに出迎えてくれる。ご主人の方が大の甘党で、早速お持ち帰りしためっちゃ美味しい「大判焼き」「もちきび」「いもだんご」を並べて見せると、全て完食。わ~お。この日が消費期限だったため、どうしようと思っていたが良かった!

この方たちのお嬢さんが新婚で非常に上手く行っているという報告をもらって、我が事のように嬉しかった。、、やっぱり夫が優しいと家庭は円満だ。

 

てなことで、帰宅してからもハードな日々。今日は遂にマッサージに行く羽目に。病院に生きたがらない母親の説得に失敗したからだが、明日はどうしても連れて行こう。ふ~っ。

2014年7月15日 (火)

老いとの闘い。

只今おみっちゃんは酔っぱらっておりまする~。何故かと言うに、本日はめるらしくOFFの日。したがって自由に一日を使える日となった。で、何をやったか?つまんないことに、家事。しかし、これもストレス解消の一助とはなった。兼ねてから何とかしなくては、と思っていた所を整理整頓したわけだ。クーラーもつけず、たっぷり汗をかきつつ夢中でやっつけた。実際は身体が動く内に出来るだけやろうと決めているからだが、しかし、その有様を見ている筈の夫は奥の部屋から出てこず、ひたすらマイペースで自分の仕事をやっている。ほんとは手伝って欲しいところだが、、、、ここがアチクシの意地っ張りなところ。声をかけることもなく、結局一人で全部やっつけた!流石の夫もやおら出て来て、「ご苦労さん。」と一言。

 

しかし、生活するってことはまじ大変だ。どうしても生活の垢とよべるようなものが澱んでくる。ホントは毎日少しずつやっていけば良い者を、後回しにしているからこういう事になるんだが、、、、「わかっちゃいるけど、止められない」植木等だ。

この歌詞は植木等が恐る恐る父親?だったかに告げると、「人間はそうしたもんだ。」と言われて俄然自信が付いたとか。ラジオから流れて来た情報だ。ホントにそうだ。分かっちゃ居るけど、でき無いのが人間だ。

 

で、非常に疲れてはいるが、汗びっしょりのこの状態。絶対プールだろうと思っていたら、運良く夫は外食会議の日。お茶漬けかきこんで水着に着替えて出ようとすると、お嬢と孫べえからスカイプしようとのお誘い。ホンの少しお互いの顔を見て、バイバイ。来るまで2分のジムに着くと、ちぇちのメンバーから電話。しばし話しをして受付に行くと、ギリギリお目当てのプールでエアロビの時間に間に合うと言われ参加することに。

このコースはいつも流水プールから横目でちらちら盗み見していたコース。音楽に合わせて簡単なステップを踏むというやり方は、初心者にも出来そうだったので、思い切って参加して見た。、、、、これが大正解。空中では絶対出来ない動きが水中だと難なく出来てしまう。段々楽しくなって、30分たっぷり汗をかいた。、、、、これやみつきになりそう。ま、明日は筋肉痛が出るだろうが。

お嬢のお姑さんから電話で、自分たちも夫婦でジムに行き始めました、と言われる。ここがうちと違うけどねえ。みんな老いと闘ってるんだなあ~。

 

で、ジムから帰って、早速カクテルと焼酎だ。これだけ働いたご褒美だ。しかし、アルコールは週1~2と決めているからか、妙に廻るなあ~。

今日は速く寝るとするか。

2014年7月14日 (月)

同窓会、あれこれ。

昨日は中学時代のミニ同窓会。そして今日は高校時代の友人が10名ほど集まっての会議。11月に開催予定の卒業50年の記念同窓会のためだ。二日間とも勿論同じ年齢の者が集まった訳だが、歴然と違う点があって、これは土地柄なのかなんなのか、不思議なような面白いような、、、。

昨日は男女が完全に別れて、最初から最後まで話し合う事がなかったが、今日は男女が渾然一体となって喧々諤々とまでは行かないが議論を交わし、笑い合い、お互いに揶揄する場面もあったりして、、、みんなが愉快な時間を過ごした。

昨日は男性は男性で大いに盛り上がっていたようだが、その中に女性は入らず、女性は女性で近況報告やうわさ話で盛り上がるという状態。アチクシなんざあ、一度も顔も合わさず、挨拶も交わさなかった男性がいたくらいだ。およそ3時間くらいは同席していたというのに。、、、これは一体、、、?心理学者が見たら面白いサンプルだったろうなあ。

まあ、独断と偏見でいうと、中学は田舎の学校だったため、その時代から殆どみんながシャイだった。たった4クラスしかなく、全員の名前を覚えていても良さそうなくらいの人数だったが、いつもつるんでいた友人以外は殆ど記憶にない。ず~っとその土地に住み続けている人達は、流石にちゃん付けで呼び合う仲になっているが、その後転地したアチクシのような人間は何となくそこにどっぷりと浸かる事が出来ない。その思いを払拭すべく、呼ばれたら有り難く出来るだけ参加させてもらうようにしているし、彼らはいつも暖かく迎えてくれるが、、、、。

一方、高校時代は各中学からの寄せ集めになっていて11クラスもあり、そもそも多くの友人の名前を覚えることは不可能だ。それが当たり前と思っているところがあるから、そんな人知らない、と平気で言える。その上で何度か続けてきた同窓会の運営委員同士に、ある種の友情に似た空気が生まれてきている。こうした集まりもいつまで出来るか分からない、などという冗談とも本音ともつかない話題がその場を笑いで包む。今日なんか、案内ハガキの文面に、「これが最後になるだろうから、是非参加するように」という脅迫的文言を入れた方が良いのではないかなんぞという不届き者がいて、これ又爆笑を買うことに。

 

同窓とは不思議なものだ。偶然の重なりによって、一生を左右する人間関係が出来てしまう。

ま、全ての人間関係はそうしたものだろうが、、、、。

2014年7月13日 (日)

時間よ、止まれ。

午前中にちぇちのメンバーと次回のオペラのプロットについて3時間近く話し合ったが二人とも昼にはそれぞれ仕事に突入。予定していたサロンコンサートの会場下見は間に合わなかった。結局仕事を終えて、夕方待ち合わせていた別のメンバーM嬢と合うまでにロビーで偶然昔の友人にバッタリ。お互い出る話は年取ったよねえ。、、、いやはやいやはや。こういうこともある。

で、二人で現場を見せてもらって一応多少の難はあるにしても、まあここがよいか、と結論出して,,,別れる前にふとM嬢が以前FBに掲載していたガラス工房に行きたくなって、連れてって貰う事に。ここは庵治石を混ぜることで素敵なブルーを出すのに成功しているという。まさに製作現場が下にあり、熱いのなんのって!?流石に展示場は2階でクーラーを入れていたが、そりゃそうだろう。

松福町のこのお店の方は、ねっからの讃岐人で、「讃岐が大好きで、、、」という若者。ガラス食器はその脆さ故、お高いという気もするが、その製作の労力を思うと安い位だ。それにこのデリケートなブルーの心地よさ。ガラスが殊の外好きなお嬢が帰ったらきっと行きたがるだろうなあ。冷や酒用のぐい呑みや、おちょこも気に入ったが、料理のアイデアが湧いて、別の器にしたら案の定夫はがっかり。ま、次回だ。

 

そんなわけで、本日も目一杯頑張った。最後のお仕事で一斉メールをメンバーに出して、ようやく一日が終わった!とばかりお疲れモードでテレビの前にゴロン。すると、NHKのSONGSという番組に出会う。今日は長渕剛だったが、思わず泣いてしまうほどに良かった。もともと彼のことは好きだったが、ちゃんと歌詞を聴いたことは余りなく、大変示唆に富んだ優しい人生の応援歌だったと改めて感心した。特にその会場に来ていたプロボクサーの卵ちゃんとの会話が、とても心に響いた。

そのおボクサーは幼い頃からボクサーに憧れていたらしい。ワクワクして高校に入学したが、先生方から自分の夢を嘲笑されるばかりか、かなりの偏見で見られたようだ。最後は職員室で絶叫して退学したという下りは、可哀想で涙が出た。

長渕は言う。「世の中が曲がってるから、自分が曲がらないと焦点が合わないんだよ。」「真っ直ぐな奴ほど、ぶち当たるんだよ。」、、、眠くて今思い出せないが、どれもこれも深い内容の言葉だった。聴いてるボクサーも止めどなく涙を流しながら彼の歌を聴いていたが、、、、歌って、こういうものなんだよなあ。

 

眠い。明日は中学のミニ同窓会だ。楽しみなような、、、。

2014年7月11日 (金)

今日は例年通り暑かった。

数えてみると我が家に大なり小なりオーディオと呼べる物が9台もあった。何たる無駄。テレビは完全なものが1台しかないから、まあ良いとしてもである。夫も自分も「音」を使う仕事をしている関係上仕方がないといえば仕方がないが、持ち運べばこんなには要らない。そもそもポータブルという意味はそういうことだと思うが、ついめんどくさくなって固定してしまうのだ。、、、であるのにもかかわらず、本日壊れたCDラジカセの代わりを購入して又その上にポータブルのDVDデッキを買ってしまった。てえことは10台になったってことだ。それもボロばっかり。全部合わせてしっかりしたもの一つ側に置きたいものだ。やれやれ。

この商品を買ったのは最近近所にオープンしたアウトレットのお店だが、新古品が多く、安い物はビックリするほど安くなっている。電気製品と家具がメインのようだが、うまくマッチすれば良い買い物が出来そうだ。でもって本日はガラポンくじを引かせてくれて、何と3等が当たった。商品は「ラウンジチェア」というもので、夏休みにひ孫を連れて海に行きたいと言っている母の椅子にぴったりの物だった。ちょいとしたものでも当たるというのは嬉しいもんだねえ~。

食洗機も遂に壊れた感じだしねえ。みんな寿命があるなあ~。

2014年7月 9日 (水)

1年という時間。

あまりに速い月日の過ぎ方に驚くばかり。今日は故I会長の命日だ。

たまたまちぇちの練習日と重なり、みんなで黙祷を捧げることが出来たのも、何かのおぼしめしか。

改めて、先生が残してくれたものを噛みしめる時間となった。

 

先生から少なからずプレゼントを頂いた人々は、そのことの意味をじわじわと感じ始めているようだ。人は必ず死んで行かねばならないが、これほど周辺に影響を与えてこの世を去ることはなかなかに難しいことだ。真摯な姿勢で生きた人ならではのこと。こういう方としばし時間を共有出来たことを喜びたい。

 

大きな台風が近づいてきているようだ。

 

合掌。

2014年7月 8日 (火)

お金の話し。

今年の秋のサロンコンサートの会場で困っている。最終的にはピアノが無いところでも可能としても、駐車場や利便性に於いてなかなかこれと言ったところがない。何かしら思い切ったことを考えないといけないのかも知れないなあ~。

結局お金が潤沢にあればどこででも出来るわけだ。が、故I会長のポリシーで、演じる人も見る人もお金を出来るだけ使わずに音楽を楽しむ、を実践するために毎回苦しんでいる。交通の便が良いところは会場費がお高い。会場費がお安いところはとっても不便で、なかなか集客できない。

近頃プロでも寺院や普通のお家で遣る人も出て来ているくらいだ。欧米の貴族社会で開かれたサロンコンサートが始まりなら、今その方向へと変わりつつあるのかも知れない。

 

お金、ねえ~。

 

先日レンタルDVDでイギリスの女流作家ジェーン・オースティンの一生を描いたものを観たが、これは正しくお金か愛かがテーマの映画だった。実話だと思うからだろうか、切々と迫り来る物がある。ま、映画にしてあるから、幾分誇張されてる部分もアルかも知れないが、、、。

彼女は若い頃から文章を書くのが好きで、当時の慣わしとして、書いた物を家族に読み聞かせるのが得意だった。ある日、後に駆け落ちまでしようとする若者Fが偶然彼女の朗読を聴いたが余りに退屈だとばかり欠伸までする始末。それに傷ついた彼女はその後も出会う事毎に彼にくってかかり、表向きは激しく嫌悪するが、一方で他の男性には無い魅力も感じ徐々に惹かれていく。が、彼女の父親は貧乏な宣教師。あまりの苦境に母親共々大金持ちの男性の元へ嫁がせようとする。しかし彼女の心は放蕩三昧の悪評高いFが占めていて、遂に二人は駆け落ちをしようとする。が、運命のいたずら。馬車がぬかるみにはまったのを助けるためFが脱いだ上着から偶然落ちた彼の母親からの手紙を読んでしまう。そこには彼が実家に送金した事を感謝する言葉が書き連ねてあり、彼女は彼が本当は親孝行な家族思いの、家族にとっては最も大切な存在だと知る。そして、自分の家と変わらない、いやそれ以上かも知れない困窮振りを知り、この上自分が彼の足手まといになるわけにはいかないと、きっぱり別れを宣言する。愛するが故に別れる、というわけだ。彼は弱々しく、「金なら稼ぐ」と彼女に言うが、具体的なメドが経っているわけでもない。彼女の強い態度に絶望して、、、、遂に二人は別れてしまう。実家に帰った彼女は、婚約者に侘び、矢張り結婚は出来ないと告げる。彼もそれを良く理解し、友人のちぎりを交わして終わる。

というのが大まかなストーリーだが、ジェーンはずっと独身を通したらしい。そして、大作家になったのだ。

映画の中ではうん十年ののち最後にサロンコンサートの会場となり、優しいソプラノの歌曲に感動した彼女の前に、誰よりも懐かしいFが子供を連れて歩み寄る。その女の子が彼女の大ファンで、是非朗読をして欲しいとせがんできたのだ。Fはたしなめるが、ジェーンは特別に、と答えて静かに読み始める、、、。時折彼の目を見ながら、、、、彼もその目を見返しながら、、、、お互いの思いが分かり過ぎる風情が、何とも涙を誘う。

彼は法律家として立派に出世し、彼女も大作家。共に何不自由ない暮らしは手に入れたが、、、、考えさせる結末だ。

しかし、男はやっぱり結婚したのねっ!な~んてね。

2014年7月 7日 (月)

小さな幸せ。

朝シャンソン教室を終えてマスコミ回りに奔走する。自分の為ではない。某ソプラノ歌手の公演の為、少しご協力させて頂いている。これが結構疲れる動きだが、何もメリットが無いわけでもない。今のご当地のマスコミ事情を知ることとなり、それがひいては吾が団体にも役立つ日が来るに違いない。

で、ランチがてら丸亀町グリーンを訪れた訳だが、まあどれくらいぶりか思い出せないくらい久しぶり。半分くらいは知らないお店に変わっている。ここには良く来るというT女史と一緒だったが、まあ昼時は賑わっているなあ~。和食を美味しく頂いて、お目当ての場所も済ませ、おしゃれ100円ショップを冷やかして、再び移動。最後は彼女を送ってかなり東の方まで行って帰宅するとかなりへとへと。途中で友人Kと連絡が取れて、彼女は我が家まで来てくれることになったのだが、それが待てないほど疲れていて、知らないうちに少し仮眠。やって来たKは、「そうよ、私たち疲れが取れないのよ。眠いときはとっとと寝て、目が醒めたとき勝負で良いのよ。」と言う。

彼女から取れたての野菜や果物をお裾分けして貰い、今夜はそれに先日もらったズッキーニを足して料理をする。近頃野菜を頂く事が多いが、これほど嬉しいプレゼントも無いくらい嬉しい。有り難いことだ。不思議と買ってきた物より丁寧に扱うようになるし、新聞紙にくるまれたみずみずしい野菜の顔を見たら、料理のアイデアも膨らむ。

 

こういう庶民の幸せを、どうか壊さないで欲しいなあ。

2014年7月 6日 (日)

雨が降る。

今日は雨模様の中、友人Sさんと連れだって短歌の歌会に参加。月1回のこの回でしか会わない人もいて、それでも回数が重なると自然と打ち解けて、知人を越えた関係になって行くのを感じる。歌の中にわずかながらその人の生活も見えたりして、すれ違うだけとは違う人間関係が出来つつあるのは興味深い。と思う一方、恐らくはこれ以上進展のないまま終わりそうで、旅は道連れ世は情け、的な人生の旅の途中で出会った良い関係が続くのだろうという予感がしているのも事実だ。

朝のNHKの連ドラに登場する白蓮が、その昔一世を風靡した歌人であり、その波瀾万丈の人生共々センセーショナルに世間を賑わしたようだが、こんな事を知る事が出来たのも曲がりなりにも短歌を遣っているから。この事実を知ると知らないではあのドラマを観る目が違ってくる。

、、、そうして真面目にお勉強をしていると、スマホに妙なメールが入ってくる。ラインを使っての友人からのメールだが、何となくおかしい。彼女が普段使わないだろう雰囲気の言葉が並んでいる。一応礼儀だと思い返信したが、それに返してくる言葉が決定的におかしい。で、他のメルアドで、「私たち今ラインで会話してますか?」という一見奇妙なメールを送ってみる。すると、「ラインが乗っ取られています。返信しないで下さい。」と返ってくる!あっちゃ~っ。やっぱり。で、事なきを得たが、アブナイアブナイ。新手の振り込め詐欺らしい。何日か目にFBの書き込みでそんな被害が出ていると読んだばかり。まさかこんなに早く我が身に迫ろうとは!クワバラクワバラ。

 

結局この手の嘘は、様々な形で日本を駆け巡っているが、先日来のN議員の号泣会見といい、、都議会の暴言発言関連といい、あのニセ作曲家といい、「人を騙す」という手口が余りに多すぎないか?それも本人達には騙しているという自覚が欠如している様に見える。これではみんなが疑心暗鬼で暮らさなくてはならなくなる。

 

全ては生きる上での価値観の低下だ。

 

雨も降るわなあ。

2014年7月 5日 (土)

涙の効用。

この題名のエッセーを以前同人誌に投稿したことがあるが、あれはもう随分前になる。が、このテーマは不滅のテーマなのかも。このところ、例の泣いた議員がやたらめったらFBやツイッターに取り上げられていて、この事件?をニュースとしては全く見ていなかったアチクシは、只今それのパロディ版やらなんやらをしっかり堪能している。

いや~、驚いた。

男性が泣くだけでも珍しい日本という国で、マスコミを前にあれほど手放しで泣きわめいた人は他にはちょっと記憶にないなあ~。アル哲学者が、泣くという行為はカタルシスであり、自己防衛本能のなせる技、ということを言ってるが、全く同感だ。吾が友人も永年付き合ってきた男性が急逝したとき、私の前でそれこそ手放しでおいおい泣いたが、泣いた後、妙にスッキリした顔をしていたものねえ。きっと涙が彼女の心を浄化してくれたんだろうと思う。

それにしても議員という立場だ。選挙によって選ばれた人だ。、、、、独断と偏見だが、考えてみるとタレント議員が台頭した頃から世間はえええ~?と言いつつも慣れてきて、不感症になってしまったが、どうもあの頃から政治の世界が急激におかしくなってきているような気がする。勿論今や、タレント議員だからって他の議員より劣るとは言えなくなってきたが、全体としてなんか変。

 

今日は来年のオペラに向けてのプロット会議だった。収穫はあったが、来たぞ~てなもんだ。又ぞろ大変な時期がやってくる。

泣いてる場合じゃない。

2014年7月 4日 (金)

ドジバナ。

最近又々ドジが増えてきた感があるなあ~。

本日、なにやら朝から忙しく、午後になってバタバタと予約してあった病院にMRIを取りに出かける。事前に読むべしという書類に行く前に目を通すという怠慢。それが祟ってえらい目に合う。

今回で4回目となるこの検査は、自分的には慣れっこになっている感じ。でも一応義務なんだろう。担当者が金属類を身につけてないかとか、あれこれ訊いて下さる。でもあちらさんも初めてでないと知っているので、結構適当な、といえば語弊があるが、油断していたのではないかと後で思ったことだ。

耳栓までもらって、厳重に顔を固定され、ドームの中へと入っていく。途中で気分が悪くなったらこれを押して知らせて下さい、というのをしっかり握りしめガンガン鳴る音に耐え、身じろぎもせずにしばらくじっとしていたが、ハッと気付くと何と指輪をしている。あっちゃ~、、、穴の中であれこれ考えて居る内に段々脂汗が出て来た。ある種の恐怖感だ。あの書類には、黒地で太々と「絶対に金属類を身につけないで下さい。爆発したり火傷したり非常に危険です。何があっても当病院では責任は負いかねます。」という文言が頭を駆け巡る。さて、どうしよう?この緊急ブザーを押すべきか?いやいや、取り直しなんて嫌だからこのままガマンしようか?しかし、もしや指がちぎれても嫌だから、、、思い切ってそっと指輪を外しお腹の上に。しかし、お腹の上って安全なのか?身体から遠く離して投げ捨てた方が良かったのか?色々考えている内に脂汗は段々ひどくなってくる。まるで閉所恐怖症の人みたいだ。相当時間が経っているから、実はもう大丈夫なのか?と思った瞬間、ピタット音が止まり、静寂の中、懐かしい人間の声が聞こえる。「お疲れ様でした。大丈夫でしたか?」という男性の声。ここで初めて、ほ~っと息が出来た。「スイマセン、うっかり指輪をしていたので、、、」とお腹を指さすと、まあご親切にその担当技師は「ああ、大丈夫だったんですね。」と言いつつその指輪を指に入れてくれようとする(しかも中指に!)ので、慌てて取り上げて自分で入れたもんだ。男性から指輪を入れてもらうなんて何だかどぎまぎしてしまった。あちらは介護が必要な高齢者に親切を施すつもりだったんだろうが!

あ~ビックリしたあ~てな感じで会計を済ませ、一端瓦町で用事を済ませてから帰宅。が、いくら探しても家のキーが無い。もしやと思い病院に電話してみると、あっさりと、「ああ、明治神宮のキーホルダーがついてる物ですね?」と言われる。どうやら洗面所に忘れて居たらしい。で、再びそれを受け取りに車を出す。おりしもぱらぱらと降り出した雨を眺めている内に進路変更が遅く遠回りするというおまけまで付いて予定外のドライブとなる。

このキー、出がけに忘れた様な気がして、夫に裏口を開けて置いてね、とメールして運転中、よくよく見るとバッグにあったので、「ありました。」とメールすると夫から、「認知症の検査もして貰ったら?」という嫌みな返事が返ってきたといういわく付きのもの。これ以上、キーを忘れたなんてこと話したらナニを言われるか分かったもんじゃないから、この話しは口チャック。

 

イヤハヤイヤハヤ、呆けてきたなあ~。おみっちゃん、だいじょうび~?

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