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2014年6月23日 (月)

もったいない。

日曜日はクラシックコンサートに。急に入った仕事のため半分しか聴けなかったがそれでも行った甲斐があった。何故だろう?若い人の一生懸命の演奏は気分が良い。終演後、涙を拭いながら感動を述べあっている年配の方々がいらしたが、おそらくはお身内の方だろうか。出演者達はかなりのキャリアと実力の持ち主ばかりだったから、初舞台というより初めて見る舞台だったかも知れない。いずれにしても心和む光景だった。

しかし、遅れて入った時は満杯だったが、休憩時間にかなりの方が帰ってしまい空席が目立ったのは残念だ。まあ、おかげで良い席に座れたんだけどねえ。

クラシックを、何とか身近に感じるようには出来ないものか。わがFM番組も、ちぇちの活動も、全てはそこへ向かっているわけだが、、、、原因は様々アルに違いないが、その一番は敷居の高さだと思われる。所謂「高尚さ」ばかりがクローズアップされてしまうのだろう。そもそも音楽は「分からなくてはならない」と思われすぎているのではないか。

あるところで地元のある音楽家が「むしろ分からない音楽をどんどん提供したい」と逆説的なメッセージを披露されていたと思うが、絵画と同じではないかと思う。

ある現代アートの作家の奥様件マネージャーが、「夫の作品は分かってもらわなくても良い。」「実際分かるなんて事、そう簡単なことではないんだから。」と話されていたのを思い出す。確かに具象と違って抽象画はイマジネーションに頼るほか無い。

芸術的なことは全て1+1=2ではない。この当たり前の事が、どうも日本では浸透しきれないようだ。ま、乱暴な言い方をすれば、最後は好きか嫌いかだろうに。

 

先日友人と劇団一人の「晴天の霹靂」という映画を観に行く。彼は本当に才能があるなあ。主役の大泉洋も彼以外にはこの役は出来ないだろうと思わせるほどの自然体の演技ではまり役。、、、まあ、個人的には作者の懲りすぎの感はあったが。この映画だとて、見る側が作品の全てを完全に理解するかというと、そうではないように思われる。作者に「伝えたい事」があり、何とか映像で「伝えようとしている」が、必ずしも100%伝わるとは限らない。そして、もしかしたら、ある人には120%になっているかも知れないのだ。だから、面白い。

 

今日も実はBBCのシェイクスピア映画を観る会があったのだが、諸事情で最後の30分しか見られなかった。余りにもよく知っている「オセロ」がその題名だったので、いきなり入ってもどのシーンかはすぐに分かった。丁度オセロが妻を殺し、その現場を女中が見て驚愕しているところだった。主役のオセロはりりしさに於いて思ったイメージと違ったが、映像的にはかなり面白い撮り方をしていた。遠近法やミラーを使ってのリアル感の表現など巧みだった。各シーンの切り取り方も通常とは違い、スポットを使わずしてスポットを感じさせるやり方。おかげで、遂に最後までデズデモーナの顔がどんな人かを見られなかったが、、。

 

いやあ、それにしても、人間が作り出すものの面白さよ。こういうものに触れずにいては、折角の神様から与えられた特権を使わずしてあの世行きだ。それは余りにもったいない。

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