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2014年2月 9日 (日)

一枚の写真。

イマイチな体調だったが天気が後押ししてくれて予定通り歌会に参加した。我が身に引き替え主宰者であるTさまは10歳年上にもかかわらず、お元気なんてもんじゃない。出詠の全てに丁寧な指導をするという集中力の必要なことを、4時間もやってのけるパワー。ただ参加しているだけのこちらは時折集中が欠けるというのに、、、。こういう人の存在は我が身を引き締めるし、安堵感のようなものも頂ける。まだ10年経ってももしや行けるのか?勿論行ける人も行けない人も居るだろうが、とりあえず希望はある。

今月の一首のお題、「相聞歌」がやっぱり話題になる。やや若い人が多い中で見渡すとまだまだ照れがある世代かとも思う。70歳近くになると、照れは何かに消化出来そうな予感がある。消化ではなく、昇華であって欲しいが。

 

歌会の最中にお嬢からメールが入る。息子連れでランチを食べているらしかったが、お隣の60代後半のおばさんを見て、「ねえねえお母さん、アノおばちゃんけっこうとしとってるね」とか「ねーねーお母さん、今日ブラジャーしてないね」とか大きな声で喋ってて、「助けて~」というもの。まあ、新しい言葉で喋るのが楽しい時期だから仕方がないわなあ~。アンタのしつけが悪いと返事しといたが、フフフ。

 

昨日引き出しを整理してたら、中から古い写真が一枚出て来た。場所は高知の「見残し」だと分かるが、二十数人写っている集合写真の誰一人名前が分からないのに驚いた。確か詩人や作家達の集まりだったと記憶するが、当時から余り知らない人が多かったのも事実。でも、一人くらい一緒に行った人の記憶があっても良さそうなもの。拡大鏡で見ても知ったような顔はあるものの、誰だか分からない。誘われてバスで延々揺られた記憶しか甦らない。

それにしてもこの古さときたら、、、、。まず服装がやぼったいが、一番は髪型だなあ~。この頃文学に親しんで居た人達はその後続けているんだろうか?半世紀近くも前のことだ。中に一人や二人良い作品を発表してる人も居るだろうなあ。

 

今までの人生でこうして多くの人達と関わってきたが、すっかり過去の人になってしまった人と、今もって腐れ縁の如く付き合っている人も居る。この違いは何だろう?単に会う機会があるないという事でも無い様な気がする。矢張り大海の貝をざるですくうように、残る人と海に散る人が居て、人間はごく限られた人々としか付き合えないようになって居るんだろうなあ。そう思えば、現在までお付きあいのある人は、全て運命的とも言える。大切に守りたいものだ。

その意味で年賀状という慣習も捨てたもんではないかも知れないが、、、。なにせ筆無精のアチクシ。今日の歌会で、「10日ほど遅れてきたハガキには100日分の訳が書かれていた」というのあったが、この方は真面目な意味でこの歌を詠み、私は自分に置き換えて言い訳ととったもんだ。但し私の言い訳は短い。「最近呆けてきたのでゴメンなさい。」

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