何故かこうなる、、、。
一昨日、熟女5人が我が家に集まり、遅くまでワイワイ飲んだり食べたりして、翌日はその内の一人と一緒に朝も早くから同窓会バス旅行に参加。総勢34名は一路広島へと向かう。細かい目的地を二人ともさっぱり知らず、着いてみると「大和ミュージアム」という戦艦大和の歴史など数々の資料が展示してある所だった。女性のガイドさんが女性のみ集めて女性目線での解説をしてくれて結構良かった。一番衝撃的だったのは、床に描かれた人間魚雷の実物大図面。吾が足下がたまたま操縦士の座る椅子の所。解説によればこの椅子に母親から送ってもらった座布団を敷いて我が身もろとも突撃していった若者が居たようだ。この非人道的な弾丸(全ての兵器は非人道的だろうが、これは最悪)は一度中に入ると内側からは開けられない仕組みになっていたという。数多の若者がこの兵器に乗って死の突撃をしていたことがキーの高い女性の声で哀しみを帯びた声で語られる。
日本の英知の全てを、日本の技術の全てを、戦争という恐ろしく無意味なことに費やされたという事実が、惻々と胸を打つ。
あるところに次の文章が拡大されて掛かっていた。スマホで写真に撮ってきたが、、、。
「進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ
日本は進歩と言うことを軽んじ過ぎた
私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた。
敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか
今目覚めずしていつすくわれるか 俺たちはその先導になるのだ
日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」
このような言葉で、若い14歳~20までの青年達が大勢海の藻屑と消えたわけだ。「誇り」と「無駄死に」の矛盾の狭間にあって、どっかで折り合いを付ける必要があったのかも。
実は、「海辺のカフカ」の下巻をバスに持ち込み、少しずつ読み進んだが、ナント又してもある符合が!まさしくその大和ミュージアムを出たあとで次の文章が目に飛び込んできた。
「君はどうだい?人を殺したり、人に殺されたりしたいかい?」と背の高い兵隊が僕に質問する。
僕は首を振る。僕は誰も殺したくない。誰にも殺されたくない。
「誰だってそうだよ。」と背の高い方が言う。「まあ、ほとんど誰だって、ということだけどね。でも戦争に行きたくないと言ったところで、『そうか、君は戦争に行きたくないのか。わかった行かなくてよろしい』なんてお国が親切に言ってくれるわけがない。逃げることだってできない。この日本には逃げられる場所なんてどこにもない。どこに行ったってすぐにみつかっちまう。何しろ狭い島国だからね。だから僕らはここにとどまった。ここがただひとつ身を隠せる場所だった。」
ここでいう「ここ」とは小説の中では特別な場所として描かれていて、まあ異次元の世界のようなことだが、戦闘訓練中に出奔した二人の兵士のことが出て来ているのだ。時間はその時から60年後のこととして、、、。
それにしても気味が悪いほどの符合。偶然、あんなミュージアムに出かけて、戦争について深く心を揺さぶられたあとにこの文章だ。
ただものではないぞ、あの小説、、、。
でまあ、そのあと「竹原」という古い町並みの残っている街に行き、そこが頼山陽の住んだ場所というのも初めて知った。「ベンセイシュクシュク、、、」というあの有名な詩吟もこのお方の作品だとか。そうだったんだ。
で、このバスが予定を大分過ぎて帰って来たため、全員で夕食をするというのを振り切ってタクシーで帰宅。というのも、夫が最初からお世話をしたカップルがめでたく婚姻届けの保証人印を押してほしいとやってくる予定だったのだ。案の定帰ってみると今か今かと夫は待ちわびている。大急ぎで夕食の準備をし、何とかかんとか和気藹々と夕食を終える事が出来た。がもう、この辺りが来たら、自分で自分が分からないくらい疲れ切っている。若い二人の輝くような笑顔が救いだったが、、、。
でもって本日はシャンソン教室。お嬢にクール宅急便を送るついでにTさんと「あたりや」といううどん屋さんに。ところが1時過ぎというのに、「本日終わりました」の看板。あたるどころか、張り切って行ったのに見事なはずれ。で、ただでは帰らないのがアチクシ。一昨日友人Yから仕入れた「花、、、。」がランチ美味しいわよのおことばを頼りに坂道をどんどん行く。流石に信頼出来る情報源で、ビックリするほどの量とお味。そして大変リーズナブル。木々が深々と揺れる様を眺めながらしばしくつろぐ。、、、が、本日はこれで限界。彼女を瓦町まで送って、ひた走り帰宅し、一寝入りしようと思うが、どうも気分が優れない。天候のせいかと思って横になったが、ふと考えると今朝は薬を飲み忘れていた。まあ、気のせいかもしれないが、薬を飲んだらチョイと元気になって、母を買い物にと誘い出す。ごく近くのお店だったが、まあ行かないよりはまし。
こうして、これでもかと、時間が重なる。