« ホントに暑い! | トップページ | オリンピック。 »

2012年7月28日 (土)

音楽談義は楽し。

今日の収録はグロッケン先生。話題の中心は氏の翻訳による、「フルトヴェングラーの評伝」と間もなく出版されるであろう同じく指揮者の評伝、「ハンス・フォン・ビューロー」のお話し。単に一音楽家の生涯に留まらず、その素晴らしい才能が開花する背景や、生きた時代の検証が大変に興味深く、何時もながらの氏の博識ぶりと、失礼ながら私との興味の対象の一致から久々に充実した時間となった。

余りに個人的に楽しんだため、せっかくグロッケン先生が気合いを入れて着てこられたTシャツの柄が、「振るとヴェングラーになれる」とかなんとか、黒地に白抜きの字が入った物だったことに全く気付かず、そこに話題を持って行けなかったのが返す返すも残念。流石の先生も収録中に、胸をさして私の注意を曳くなんてことは出来なかったと見えるが、是非やって欲しかったな~。この手のことが大好きなだじゃれ男、本日のミキサーM君にも後から受けていたが、、、、。今正確にその文字を思い出そうとしても浮かんでこない。これが年とった証拠だ。は~っ。

それにしても音楽家の生涯とはドラマチックだなあ~。リストの指導を受け、リストの娘と結婚したビューローだったが、少年時代に憧れたワーグナーにその奥さんを奪われるという悲惨な人生だったようだ。それにしても偉大な音楽家たちの世界も、ちまたの一般ピープルと変わらないということを、改めて感心して聞いたものだ。そういうあれこれが良い音楽を生み出すエネルギーになっているんだろうが、、。

本日ご準備頂いた音源の中でベートーヴェンの「運命」が面白かった。違う指揮者のものを聞き比べるというのは良くあることだが、今日ばかりは流石の音楽通の選択で、フルトヴェングラーその人の戦中と戦後の演奏の違いを聴くというものだった。戦中はヒトラーに支配されていた頃のもので、演奏は重々しく、自分の運命を悲痛な叫びのように語っているかのよう。ヒトラーの管理下から解放され、戦後初めてこの曲を演奏したときのものには、長いトンネルを抜け出た後のような伸びやかさがあり、成る程、確かに違うと思わせた。こうして聴いてみると、指揮者の表現というものが良くわかる。となると、音楽の解釈というのも、演奏家の置かれた環境によって異なり得るということか。ちなみにグロッケン先生は前者の演奏の方がお好きだとか。確かに、私もそう思ったなあ~。逆境から生み出されるものは、必ずと言って良いほど人の心を打つ。それは音楽に限らない。

 

私が誘って二人の男性と常磐街のなんとか市(まだ名前が認識できていない)で遅い昼食をとる。ただいまダイエット中の先生は主食抜きだとか。暑い真っ昼間とて、客はまばら。予約の仕事が入っている私を初め3人とも時間が無いため慌ただしく食べて解散となる。ひりひりする日光を浴びながら急ぎ帰宅すると昼寝から起きた孫べえが出迎える。ふふふ初やつじゃ、、。

« ホントに暑い! | トップページ | オリンピック。 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 音楽談義は楽し。:

« ホントに暑い! | トップページ | オリンピック。 »