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2012年1月28日 (土)

恐怖心というもの。

今日は一日中バタバタと忙しくて、夫の居ない簡単夕食を午後8時に済ませたあとは、ケーブルテレビで映画鑑賞と簡易ベッドを陣取って暖かくしてスタンバイ。焼酎の湯割りとお茶も準備して一体何を見たか。「アナコンダ」というこわ~い映画。暖房で寒気を暖め、アルコールで神経を麻痺させてまでの「怖い物見たさ」だったし、最初から怖いということは分かって居たから、充分備えていたつもりだったが、この「蛇もの」はやっぱりダメ。見終わって、ああ、やだやだ、口直しに次のも見ようと思ったら、次も又、そのパート2だった!最初はパソコンをしながら音だけを聞いていたが、やっぱり最後の20分くらいは見てしまった。

世の中で一番怖い物が、「蛇」と「蛇のような目」のアチクシ。よりによってこんなのを見てしまって、、、今夜は睡眠薬のお世話だなあ~。グスン。

しかし、見ながら考えた。一体私はいつからこんなに蛇が嫌いになったんだろうと。全く思い出せないが、嫌い歴は相当永いと思うなあ~。車を運転してても、遠くから道路に長いものが横たわっていると全て蛇に見えてしまう。至近距離まで近づいてただの紐だと分かっても、その上を通るとき、やっぱりドキッとするから相当なもんだ。

その点6歳になったわが孫べえは大したもんだ。別に怖くないと言うし、トカゲとかヤモリは可愛い顔してる、と言う。いやそう言われればそうなんだが、こびりついた印象は今さら変えようがない。こんなに忌み嫌われて、ホントに気の毒な生物だとは思うんだけど、、、。

 

怖いという心はどういうことから起きるんだろう?必ずしも自分に害がアル場合だけではないというのも不思議なことだ。

例えば、舞台に立つのが怖いという感情もある。学生時代に怖い先生も居た。父親が怖いと思った事は今でも覚えている。絵に描かれた「地獄絵」などの宗教画も怖いと思って見たことがあるし、、、、ケッコウこの「恐怖心」とは色々付き合ってきているなあ~。

まあ、映画には相当怖い物が沢山あって、「番町皿屋敷」なんかは何度も見た記憶がある。いわゆる猫化けなんぞという猫がらみの恐怖映画も幼い頃に沢山観ている。、、、でも、今時の恐怖映画と違って、あの頃のは可愛かったなあ~。

 

心理学の研究にはこういうのもテーマにあるんだろうなあ~。

 

今朝は依頼を受けて老人保健ホームに施術に出かけ、その後母を伴いある方を別のホームにお尋ねした。一日で2カ所こういう施設に行ったわけだが、遠からず自分もこういう所に入るのかも知れないと思うと、そこの住人となって居る人々を見る目も違ってくる。もしそうなったら、自分はやっていけるんだろうか?健康の度合いによっても違うだろうが、選択肢が他になくなったら仕方がないのだ。「窓から月の満ち欠けを眺める」のが日課になるんだろうか?

 

将来が見えない不安、というのも怖いという感情と似ている。今日余命を宣告された友人から電話を受ける。この人とはその知らせ後に二度ほど会っているが、今日の話しでは大分病状が進行してきているようだ。電話をかけたくなるほどの不安や恐怖と闘っているんだろう。みんな例外なく死に向かっているのは百も承知。でも、漠然としているから生きられるんだろう。映画は見ないで済むが、人生の終焉は避けて通れない。

いずれにしろ、どう死を迎えるか。そこまでどう生きるか。あの難病のいっくんではないが、これこそ、「神様からの宿題」だろう。

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