« 訃報。 | トップページ | 恐怖心というもの。 »

2012年1月23日 (月)

表現の妙。

いつだったか、車ので聴くともなく聴いていた最近の若者の歌に、「愛はコンビニでも買えるけど、、、」という一節があり驚いた。私の言葉の概念では、「愛」は深いもので特別のもので、コンビニに置いてあるようなのとは全く違うと思ったから、そこに引っかかったのだ。そのあと、今度はNHKでジェーンバーキンの特集番組があり、その中で歌っていた歌詞の訳に、「時は愛をむしばんでいく、、、」というのがあり、こちらは大いに納得だった。そういえば先日のタカラヅカの「復活」のサブタイトルは、「恋が終わり愛が残った」というものだったと記憶しているが、、、、、コンビニねえ~、、、。

 

「表現」というもの、特に「言葉」についてこの頃よく考える。昨夜も「寄席」に出かけて、林家さん喬師匠の含蓄のある落語を聞かせてもらったが、特に二席目の話しが素晴らしく、今日ある人を送っていく道中つい話して聞かせたほどだった。彼女曰く、「ああ、面白かった。まるで私も寄席に行ったようだわ。」、、、いやホント、落語をやってみたいと思うほど落語口調というものの面白さがず~っと頭から離れないのだ。勿論この時細かいところまでは話せなかったし、伝えきれない面白さが随所にあった。例えば「江戸前」という言葉の語源が語られ、江戸の前、即ち江戸湾で採れた魚のことをそう言ったのが始まりだとか。それが「活きが良い」が転じて「粋」になったという。「いなせ」というのもどうやらこの魚河岸から来ているようだし、、、、こうした「話しの前振り」が面白い。こうやって客の注意を惹きつけておいて、本題の中に引っ張り込んでいくのは、お見事。

そして、大きな身振り手振りは無いのに、確かにそこに女性の「かみさん」と男性の「亭主」が存在し、段々に主人公の性格が変わり、成長していく様も語り口ひとつで表現して、時の流れも感じさせる。特に感心させられたのが、犬に吠えられるという事件での「夜道」の表現と、朝日が昇るということからの地形の表現だ。まるでそこに映像を見ているかのような効果を醸し出す。これぞ「話芸」というものだろう。お誘いしたある方から、「生での鑑賞は初めてでしたが、素晴らしかったです。」と大いに喜ばれたことだ。これからもこうした日本の伝統話芸が存続していって欲しいもの。

« 訃報。 | トップページ | 恐怖心というもの。 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 表現の妙。:

« 訃報。 | トップページ | 恐怖心というもの。 »