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2011年6月

2011年6月30日 (木)

うだる。

茹だる、というのでもない、うだるとは、上手い表現だと思う。日中は今日もじっとしていても汗が出る。何しろ自分の部屋は朝から30度を超えている。これもダイエットに役立つか!?と頑張ってクーラーを付けず動いてるが、その内元気が出なくなってきた。家事をして、母を買い物に連れ出したが、いつもの倍疲れた。母も夕べ眠れなかったとか言い、ぼ~っとした顔つきだ。

そんな母を送り届けてからこっちは思わずマッサージ機に直行だ。ワンクール15分というのは丁度良い時間。終えてから又のろのろと夕飯の支度に取りかかる。

 

こう暑いと思考力も鈍り、台本の手直しが続かない。一つやっつけなくてはいけない原稿もあり、パソコンの前に座らなくてはいけないが、卓上のコンパクトな扇風機だけではどうもねえ、、、。で、汗をかきかきパソコン周りの整理(!)気分だけでもスッキリさせたかったが、それだけでエネルギー切れ。こりゃあ、明日だなあ~。

2011年6月29日 (水)

断捨離、シェア、下流、☆守る犬。

断捨離について考えていたら早速今日はNHKのクローズアップ現代で、「シェア」の特集をやっていた。車から洋服、はては靴までシェアしてる人たちが居るそうだ。車は低料金ながら有料だったがあとは無料でのやりとりだそうだ。これは凄い、と思った。私のように仕事でもないのに365日殆ど乗っている人は案外少ないらしい。全国でも完全に愛車に乗らない日が120日だか平均であるというから、これは良いアイデアだろう。むやみに生産台数を増やさず、シェアでまかなっていくのは良いことだ。ま、それに伴うトラブルもあるんだろうが、、、。

でも、テレビを見ていてなんとなく不安な感じがしたのも事実。パソコンでやりとりして、自分の大切に使ってきたものをその思い出ごと差し上げるというのだが、見も知らない人と会って話すのがその目的の一部らしい。必ず顔を合わせて渡すんだそうだ。それほど人と繋がりたいと思っている人が多いということにも驚かされたが、パソコンで繋がるきっかけが出来るというのもねえ~。どうも馴染めないけどねえ~。世の中淋しい人が多いということか。まあ物を再度他人に使って貰うのには大賛成。これは我が友人達とも良くやることだから。

 

 

今日は火曜日で、とっても楽しみにしているテレビドラマがあり、それに合わせてジムから帰りリアルタイムでじっくり見た。何時もはオンデマンドだが、それだと時差が生じるので、今日こそはと頑張ったわけだ。

「下流の○○」というこのドラマ。原作が面白いのと脚本が良い。役者もキャラが良く出ていて楽しませてくれる。色んな登場人物の「勘違い」が描かれていて、特に「女」の間違いに焦点が当てられているのだが、毎度笑わせて貰っている。役者は誰も笑うどころではない状況にあるのにも関わらず、見てる方はおかしくて仕方がない。これは描き方が上手だから起きる現象だろう。今宵も楽しませて貰ったなあ~。

 

先日我が家の敬老の日を作り、母と叔母を連れて映画館へ。着いた時点ではたっぷり時間があったにもかかわらず、ついショッピングをしていると時間が経過。観る前にトイレに行こうと3人で入ったまでは良かった。ところがトイレから出て、冷たい飲み物を二人にサービスしようと母に、「ここで待っててね。」と言い置いて買い物をし帰ってくると叔母がいない。訊けばさっき買った物をトイレに忘れたと探しに行ったと言う。が、母が指さす方角はさっきのトイレとは真反対の方向。「ええ~っ!?」と時間が無いからとジュース類を全部母に持たせて叔母を探しにと急ぎ足。間違いに気付いた叔母が戻ってくるのを導いてトイレに着くと入ったトイレがふさがっている。沢山あるが他は全部空いているのにそこだけが使用中。仕方がないから覚悟を決めて待っていると、「あの~これお忘れ物ですか?」と全く違うところからバッグを持って来る若い女の子が。見るとそれは母に持たしてあった膝掛けが入ったバッグじゃないの!?あっちゃ~。叔母が忘れてくれたから良かったが、気付かずに椅子に座ってたらえらい目に会うところだった。賑やかに御礼を言いながらまだまだ待ってようやくドアが開いたので脱兎の如く叔母がそこへ飛び込んだ。高々とその買い物を振りかざしあったあったという無邪気な叔母を促してバタバタと母の所に行くと、母は自分がトイレにそんなもの忘れたことさえ忘れている。二人のおばちゃんは呆然としてチケットも渡さず通り抜けて呼び止められるというおまけまで付いて、すっかり暗くなった場内に入る。今度は「スイマセン」を連呼して二人を指定の席へと誘導。最後は自分が大荷物を持ったまま、再び「スイマセン」を連呼しつつようやく椅子にとたどり着く。がらがらの映画館しか余り経験がなかったので、この日ほぼ満席だったのには驚いた。こんな日もあるんだ。

映画のタイトルは「☆守る犬」確かにそっと見回すと犬好きの人の集まりのようだ。家のテレビを見るように「かっわいい~」を言う人があちこちに。しかしストーリーが進展し始めるとどんどんすすり泣く声が。クライマックスでは嗚咽まで聞こえる。かくいう私もその内の一人。主役のワンちゃんが、我が家に昔飼っていたチャッピーによく似ている。名前もハッピーで近い。映画が終わる頃にはすっかりチャッピーとハッピーの区別が無くなっていて、この手の中で亡くなった時の感触まで思い出してしまった。

が、この映画。なかなか渋い面もあった。脇役が全て力のある俳優で固められていて、勿論主役の西田敏行も良い味が出ていたし、もぅ一人の主役の青年も無理のない演技で好感が持てた。動物が出る映画はなんだか動物におんぶしているようなところがあって、今までもう一つ本気で見る気になれなかったが、この作品はところどころに哲学的な言葉がちりばめられているし後からも考えさせられる良い映画だったと思う。とにもかくにも大騒動して入った二人のおばあちゃんは予想以上に感動してくれて、思い切って来て良かったと何度も言う。こんなことならいつでも!と応えつつ、ホントにまたすぐ連れてきてあげようと思った事だ。叔母は2年目の映画だったというからなあ~。

「☆守る犬」=手が届かないものを守っている気になっている=無駄な意味のない行為をする人のこと、だそうだが、映画の中で星を見上げる犬を見ながらおじいちゃんが言う言葉。「人生なんてねえ、無駄の積み重ねだよ君。君のようにそんな本の中ばかりに閉じこもっているより、無駄なことをもっとどんどんやった方が良いよ。」

 

オペレッタなんぞも、無駄の極致だろうなあ~。

2011年6月28日 (火)

つらつら考えるに、、、、。

毎日毎日何故こうも多忙を呼んでくるのか?我ながら不思議だったが、深層心理にハタと気付いた。「コトンと寝たいがため。」そうなんだ。自分を知らず知らずに追い込んで、一日の終わりを安らかに終えるため自分からそういう環境を選択しているような気がしてきた。

本日朝からシェイクスピアの講座だったが、「死は一回の眠りに過ぎない」という言葉を聞いて、妙に心に残った。毎時毎分せっせと暮らし、毎日毎週毎月毎年せっせと生きているのは、図らずも、「コトンとあの世に逝きたいがため。」と言えるかも知れない。

 

講義の後の昼食会である人が、「この頃元気を貰うと言う表現をする人が多くなったけど、あれってどう思います?」と言う。確かにこの私も違和感を持ちながらニュースなどで、あるいはバラエティ番組などで聴いていた。そこで良く考えてみると、「元気を貰う」というのは、本当は元気でないということかも知れない。そもそも元気というのは、身体の中から湧いてくるもの、又は自分で作り出すもので、人から貰って取り込むことが出来ようとは思えない。その場の大方の意見は、「最近の日本語は気持ち悪~」だったが、全くその通り。その例もあれこれ上がって遂には、「日本語も変化するのよねえ、時代と共に」と落ち着いた。

その後駆けつけたシャンソン教室で矢張りその話題をみんなに振ってみると全員全く同感。「やばい」なんて言葉も、本来は良くないときに使っていたはずが、この頃は全く逆で、(真逆というらしい)良いことを前にしたときや美味しいものを前にしたときも使うらしい。そういえば、我が娘も、お土産に珍しいものを買って帰ったとき、一口食べて、「やばっ!」と言うので、「どうしたの?なんか味が変?」と訊くと、「ううん!メチャうま!やばっ!」と来る。その使い方がおかしいとゲラゲラ笑ったのを思い出すが、、、。

 

教室を終えて一度帰宅して夕飯の準備。冷蔵庫がコンパクトになっているため、とにかくアルものを使って仕舞わなければならない。オムレツのために卵を出しながら瀬戸内寂聴の言葉を思い出していた。「最近断捨離なんてよく言うけど、あんなのやること無いんです。第一もったいないじゃありませんか!?もののない時代を知ってる私には出来ませんよそんなこと。もったいない、って言葉知ってるのかしら?そういうこと得意そうに言ってる人たち。」ん~ん、断捨離って良い言葉だと思ったけどねえ~。敬愛する寂聴さんの言うことだからよく考えてみよう。

一人で早めの夕食を終えたとき夫が帰宅。急ぎ膳を整えて今度はちぇち練だ。練習は粛々と進められて、段々オペレッタが見えてきた。まるで磁石が徐々にその強度を増しているように、本番に向けてじわじわと物事が進んでいる。我が台本もその姿をようやく現してきた。練習後のロビー会議で会長に言ったもんだ。「今までやったことのないことをやってみようと思います!」提案したいくつかのことはすんなり受け入れて貰えて一安心。毎日の積み重ねだなあ~これからは。

 

今日は我ながら頭脳も身体もよく動いたので、最後の仕上げにジムへ行き、おみ足を整えることに。30分水中逆流ウオーキングのすえゆっくりとお風呂に入ってノンアルコールのチューハイをちびちび。で、ただ今シンデレラタイムだが、練習時に仕入れたワードの使い方を駆使して、台本の手直しをやろうかやるまいか、、、悩むところ。明日まで覚えていられるかなあ、、、。今夜やっとくべきかなあ、、、、?

2011年6月26日 (日)

料理は芸術!?

今宵、かねてより約束の3人デートが実現した。食べることが2番目に大好きな3人。(?絶対他に一番がある!!)バイキングではあるが注文バイキングという贅沢さの中華料理をたっぷりの時間をかけてむさぼった。どれもこれも予想以上に美味しくて、もう~っダメ!とか言いながらデザートまでしっかり頂く。あたしゃただ今帰宅して念のため胃腸薬と黒烏龍茶のお世話になっている。ビールを飲まなきゃそうでもないんだが、、、でもまああの料理にビールなしではねえ~。

しかし中華というのは不思議と沢山食べても胃にもたれないというか、身体に優しい感じがする。何故胃薬かというつっこみが自分の中にもあるが、これはあくまで用心のため。実は、この日のために昨日から「置き換えダイエット」なるものをやった。1回が30キロカロリーというスープで昼食を済ませたのだ。食べるためにそこまでやったのは流石に初めて。でも、美味しいのが分かって居るし、バイキングは食べ過ぎるのも分かって居るから、用心の上にも用心だ。

会話がさらなるうま味エッセンスをふんだんに加えて、あっという間に時間が経つ。二人とも我が子のような年齢の人たちで、たまにはこういうのも良いなあ~。そういえば以前はオペラの練習後に必ずと言って良いほど食事に立ち寄りミーティング。こうして若い人ともよく話しをしたもんだ。それは舞台という一つの作品を一緒に創り上げていく中で、必要不可欠の時間だった。練習時だけでは解決できない問題の数々が、こうした中で一つ一つクリアになっていく。所謂「本音」もこういう時に聞けるのだ。こちらから発信したいこともより深く伝わると言える。、、、が、これには体力がいる。今回、どれ程の事が出来るか全く予想できないが、機会を作りたいものだ。

 

それにしても美味しかったなあ~。彼の受け売りだが、料理は芸術、ほ~んとそう思った。

 

今日ばかりは、何も考えずに美食の日。

2011年6月25日 (土)

遂に最後まで行った!

台本がようやく最後まで流れた。こんなにもつっかえつっかえしたのも今までないが、まだこれから手直しが大変だ。一応流れたが、細部を丁寧に見て音楽との流れを合致させなくてはならない。演出上の問題の解決もまだまだだし、出演者の顔ぶれで変わることもあるだろう。まだ全員のキャストが決まってないからなあ~。あれもしたい、これもしたいと思っても、指揮者や舞台セット照明の方との兼ね合いがある。ノーと言われたら別なことを考えなくてはならない。むしろ、これから頑張らねば。

 

今年は何故か蚊が多く、今もパソコンの前を飛んでいた大きめのをパチンとばかりやっつけた。夏にチビが帰って来たら、又対策に追われそうだ。さっき電話で声を聴かせたが、どうも分かって居るのか居ないのか?手応えがない。覚えてないかもねえ。ふ~っ。娘曰く、昨日アンパンマンミュージアムに連れてったら、今まで見たこともないくらい目がランランと輝いていて、相当ハイテンションになったそうだ。だろうねえ~。てえことは、こっちに帰ってもきっとどかに連れてけ~だろうなあ~。やれやれ。

 

今、福島の詩人のツィッターを集めた本を読んでいる。究極の状況の中で生まれる言葉は、それ自体が「詩」になっていて胸を打つ。昔、いわき市の「灯台守」の歌の灯台や、美空ひばりの「みだれ髪」の碑を観に行ったことがあるが、あそこは殆ど無傷で残っているようで安心した。一体いつになったらあの土地の人々に元の暮らしがもどるのか!?絶望と闘う人の言葉は余りに重い。

2011年6月24日 (金)

とにかく暑い!

頑張って店内以外はクーラーはつけず、その代わり今日は2回のシャワーとあいなった。少し動くとだらだらと汗が出る。着替えれば良いと思えば汗も気にならず、先日出した夏物を、1回は来てから捨てるつもりだがそう上手く行くかなあ~。結局はもったいないとか思って、再び仕舞うかもねえ~。

こうなったら台風の風が少し涼を運んでくれるのを待つしかないなあ~。少しで良いんだけど、、、。これが又、来るとなったらど~んと来たりするからねえ~。余計なことを考えず、しのぎ方を工夫するとしよう。

 

今日は仕事中に25年前に営業に来たという人がやってきて、しきりに懐かしいといってくれるが、こっちは全く記憶にない。メーカーの名前は勿論今も使用しているから分かっているが、そこの商品を売りに来た人をこのわたしが覚えているはずがない。が、そうも言えなくて曖昧な返事をしていると、どんどん自分史を話してくれる。こちらはまだ施術中の方を気にしながらとなったが、その営業マンが癌にかかったことがあるという話しから、ナントお客さんまで話題の中に入ってきた。みんな他人事ではないんだ。でも10年なるが全く転移の気配がないという。半年に1回は検査を受けていると言うが、、、。最近は発見も早く、治療効果も著しいものがあるということだ。確かにその方は言われなければとてもそういいう病気をした方だとは分からない、どこからみても健康そのものの感じ。しきりに早期発見を力説していたなあ。

開店してから35年になる我がちっぽけなお店の来店客はみんな年を取った。あの頃30だった人が65,あの頃60だった人は95ってことになる!そりゃそうだ。この私がそうなんだから当たり前だが、妙にお客様の方が早く年取っていくような気がしている!結局自分の事は見えてないという証拠かもねえ。昨日も今日も開店以来のお客様で忙しい。が、皆さん「有り難うございました」と帰って行かれる後ろ姿が少し若やいで見えるなあ~。この仕事、お客さんの方からも御礼を言ってくれる珍しい仕事だ。、、、いつまで続くことやらねえ~。

2011年6月23日 (木)

ようやく、、、。

暮れのオペレッタの台本が軌道に乗り始めた。いつも胃の辺りにつっかえていたが、これで少しは進むことだろう。なにが問題って、要するにパソコンだ。こんなことならアナログで作成した方がよっぽど早いかもしれない、と思うほどバージョン違いのものをあちこちするのは疲れるし、はかどらない。でもねえ、今更ペンで原稿用紙ってのもねえ~。2時間ものの台本となると半端なページじゃないからねえ~。、、、てことで、今日は気合いを入れて取り組んでみた。深夜にM君とやりとりをして質問責めに。この際人の迷惑お構いなしだ!

 

しかし、今日は3時まで仕事をし、冬物の洗濯をし、カイロに出かけ、知人の展覧会にも出かけた。

これは良かった!予想を超える大作に感動した。今日は画廊には来ないと書かれてあったが、偶然ご本人がいらして製作動機まで聞けたのは嬉しかった。この若い女性は以前FMにご出演頂いたことがある人で、その時から「何かがある」と思わせてくれた人だった。ヨーロッパで勉強し、現在は故郷で製作活動をしているが、最初の作品に出会ったのは舞台だった。サックスの演奏会で、どでかいキャンバスにライブで絵を描いていく、その力強さに大いに驚かされたものだ。どちらかというと「静」を感じさせる美人で、「普段人と喋ることが殆ど無いんです」と仰る。それがこの展覧会では沢山の人とお話ししているようで「自分でも信じられません」となる。

点描画がメインだったが、「形を崩し」「見えないものを描きたい」という彼女の印象的な言葉通り、圧倒的な表現力ではあった。夕方の番組で、金子みすゞの詩の朗読を西田敏行がやっていたが、まるでこの絵を表現しているようだったなあ~。

 

これからが楽しみな人だ。

楽しみと言えば、Mさんが遂にイタリアまでレッスンを受けに出かけるそうだ。確か初めてではないと思うが、今度は長期なのか?羨ましいなあ~。以前ローマで受けたあの迫力のあるレッスンが受けられるなら、私も又行きたいものだ。イタリアは、国民投票で「脱原発」を決めたところだからなあ~。食べて、愛して、歌ってさえいればいいという民族。その実現のためには原発は不要ということか。さて、日本はどうなるんだろう?

2011年6月20日 (月)

施設訪問。愛愛コンサート。

旅行から帰ったばかりのSさんや、演奏会続きのSちゃん。仕事場から駆けつけたTさんに用事を切り上げて参加したHさん。何故か分からないが到着と同時に電柱に車をぶつけたYさんと5人の歌い手にピアニスト一人というメンバーが、今日で3回目となるコンサートに参加。童謡唱歌あり演歌ありシャンソンありの約1時間半は自分で言うのもおかしいが充実したものとなったようだ。

例によって行き当たりばったりの司会で、1時間前に着いてからのプログラム作成。(ピアニスト大迷惑)ほぼ事前に決めてはいたが、お客様の顔ぶれを見て練り直し。2名を除いて女性ばかりの聴衆は矢張り歌が大好き。目がご不自由な方も、殆ど全てをハモっていらして、とてもいい顔をされている。ピアニストのそばにべったり張り付く人もいたが、その方もお若い頃は歌を歌うことが多かったようで、ピアニストのS嬢が涙ぐむほどに懸命に歌う。そうなのよねえ~Sちゃん。私もあなたのお母さんもいずれこういう時が来る訳で、そうなってもピアノを弾いて歌わせてくれるかしら?

最後に今日は出られなくなったAさんが歌うはずだったマイウエイを歌ったが、真剣なまなざしで聞いてくれたのにはこちらが感動した。歌は良いなあ~。皆さんの大きな拍手に包まれて、心から歌をやってて良かったと思う。

私のそばの席にいた方が、出演者が歌い始めると必ず、「上手いなあ~」「きれいやなあ~」と感嘆してくれる。この日のために新調したと言う素敵に気合いの入った衣装を着たYさんやいつもに似合わず可憐なワンピースのS嬢。和柄の自作お洋服のTさん。我が同窓生ながら真っ赤がよく似合うSさん。友人に注意されて着替えを準備したというHさんなど、歌う人たちもそれぞれがいい顔をして歌っている。

今回も歌う事の原点に立ち返らせてくれたと思うなあ~。こういう事をするのはホントに自分たちのため。改めてこの素晴らしい空間に立たせて頂いたことに感謝。

「又お会いしましょう!」と言いつつ、心ではホントに皆さんお元気でと手を合わせた。前回聴いてくれたある人のその後の消息を知っているだけに願わずには居られない。モチロン、我々の方が先かも知れないが、、、、、。

 

通常のコンサートの何倍も疲れる為、送りがてら一緒に遅い昼食をとったHさんも、「帰って少し寝ます」という。私も夜のちぇち練をにらみながらも、もう身体が拒否反応。20分ほど眠ったか。のろのろと夕食の準備をして、食べる元気もなくそのまま練習会場だ。不思議なことに、M会長の熱心な指導を受けてみんながはつらつと歌っている中に身を置くと、さっきまでのだるい感がどっかに行ってしまって、おお、元気じゃん私!ってことに。真っ暗な臨海道路を走りながら、希望に似た気持ちが甦ったのを感じる。やっぱり歌は良いなあ。

2011年6月19日 (日)

麗しき師弟愛。

この春から芸大の先生となったTK女史の誕生パーティコンサートは、その大学院の学生さんなど5人の若い女性のソロが披露されるなど、終始華やかに楽しく進行した。このホテルは初めて行ったが、送迎バスが駅から出ているし、料理も予想を遙かに超える量と質。お陰で本日もたっぷり食べて飲んで、ムムム。徳島から参加のO氏と高松から同行したYさんが並びの席で、よく食べよくお喋りし、よく飲んだなあ~。

若い女性の美しい声を聴きながら、日本の声楽のレベルが確実に上がってきているなあ~と感心した。今完璧とは言わないまでもみんな相当力を持っている。中にアルトの人がいたが、これが素晴らしい声で、思わず会場で捕まえて握手をしたほどだった。あの子は今後どういう風になっていくんだろうなあ~。ホントに楽しみだ。みんなが一言ずつ先生にコメントする中で泣き出す子も居て、もうすっかり先生のとりこになっているようだった。若いって良いなあ~。

その子達の言葉に先生自体がうるうるきて、お互いに抱き合う姿はその場に居た多くの人々を感動させただろう。

彼女たちが歌っている間に最前列で無言の指導を手でやっていたT女史は、もう生徒さんが可愛くて仕方がないという風情。こうして、宝物は確実に引き継がれていくんだろうなあ~。

 

わがちぇちぃりぁでも今やM会長が必死でそれをやってくれている。自分が今までで学んで築きあげてきたものを、惜しげもなくみんなに渡そうとしてくれている。彼と同じエネルギーと同じ時間と、同じお金をみんなが使うことは不可能だ。それを思えば、こうして指導を受けることの価値がどれほどのことか分かるだろう。みんなが出来るだけ沢山、投げられたボールを受け取ってくれれば良いが、、、。

2011年6月18日 (土)

ゲップ。

今日は友人Kがお庭でバーベキューに誘ってくれて、それにSさんをお誘いする。「最近出不精で、、、」なんて言ってた彼女は親切にも私を車で送迎してくれる。てえことは「飲める!」でも、ちょっとセーブしようと心に決めて出かけたが、案の定Kさんはこれでもかと出してくる。石焼きバーベキューも美味しくついついお箸を運ぶ回数が増える。刺身はあるわ、煮物はあるわ、ゲストの持参の珍しい食材やサラダなど、なにもかもが至れり尽くせりのお料理。果ては珍しいスイーツまでお出し頂き、ナント約5時間もそこにいたことになる!

あんなこと言ってたけど、あたしゃ絶対場になじめる筈と踏んでいたSさんは、予想以上に盛り上がり、スグにその場の人たちと仲良くなる。中でも韓国人の奥さんとアメリカ人のご夫妻は生き方がワイルドで、Sさんのライフスタイルと共通項が多いらしく随分と話しが盛り上がっていた。殆ど日本語が出来ない彼とは達者な英語でしっかりお話出来ていて良い雰囲気。こういう時彼のように日本語が出来ない人は救われるもんだ。他にもカップルがいて、こちらはお子さんが居ない楽しげなご夫婦。ナントその奥様の方は我が番組を聞かれたことが結構アルという。「ええ~!?あのみっちゃんさんですかあ~?感激です!」とまで言ってもらえて内心冷や汗。こういう事があると、もっとしっかりやらなくては、と思うけどねえ~~。

しかし、そこで収穫が。その外国人ご夫婦があとわずかで日本を離れるというので、日本にいた記念に、と番組に出演して頂くことに。行く前から私がちぇちの過去のパンフレットや次回公演のチラシを準備していると、このSさん。「どこでも営業しますねえ~」と冷やかしていたが、こうしてゲストの約束をしたため、「さすが~」とますますゲラゲラ笑っておじゃる。だって、こうでもしないとねえ~。地道な努力が必要なのよねえ~。だからって充分その場を楽しんでいるんだから文句はないでしょう!?てなもんだ。

今日はKさんのお絵かき仲間の集まりが中心だったが、類は類をもって集まるの例え通り、皆さん人生を楽しんでいらっしゃる。年齢幅は20代から70近い人までいたが、ジェネレーションギャップは余り感じなかった。笑顔の溢れる時間だったなあ~。

 

明日は、これ又どういう展開になるのか不明だが、プリマドンナのお誕生会を兼ねたコンサート。毎日毎日よくぞこれだけ、、、、。ゲップ。

芝居と古馬場界隈。

アル劇団の公演に出かけた。この劇団の公演のテーマや見せ方は若者の若者のための若者による公演、としか思えないが原作者は我々と同じ年齢だ。だから使われている音楽や時代背景はいつも共感を覚える仕組み。過去10回と言わずに見てきているが、時には中央を越える美術や仕掛け、衣装など目を見張るものがあるが、今回かなり縮小モード。舞台装置のあまりのシンプルさに目を疑った。、、、こういうやりかたもあるなあ~これじゃあまるでちぇちと同じじゃん!?と思ったもんだ。今日が初日とあって、シビアな見方をすると全体にテンポが良くない。一人一人は結構力があると思ったが全体の流れが私的にはあんまり、、、かな?しかし一番感心させられるのは毎度のことながら、みんな凄く楽しそうにやっていること。もう舞台が好きで好きで仕方がありません!という感じ。特に一番古参のK嬢は、ダンスも台詞もこなれていて、、、、母上がいくら愚痴っても、こりゃあ結婚は当分用無しだろうなあ~と思わせた。あんなに生き生きといきられる場所があるんだものねえ~。

この演劇にしぶしぶ付き合った友人Tと後で食事会。運転してくれるというのであたしゃ飲ませて頂いた。明日は別の友人が食事に来ない?と誘ってくれている。これじゃあ痩せる暇がないわなあ~。

先週と今週はライオン通りや古馬場を連続して歩いたが、昔昔はよく来たこの道も、何となく雰囲気が変わっている。歩いている人たちに若者が目立つのもそうだし、お店自体がすっかり入れ替わっている。

食事時は世代は我々より少し若いようだが、立派な現役の男性達数名が同じ止まり木に止まっていた。アットホームなこのお店でまるで家族のようになっている。その話の中に入れて貰って楽しく飲めたのは面白かった。東京の赤提灯を思い出すなあ~。男の人にはこういうう楽しみがあり、女性には又別の場所があるというわけだ。でも、来ていた男性の中に、キャバクラへ行って50分9800円取られたとぼやいている人がいて、やっぱり男は違うわねえ~。女性はそんな馬鹿なことはしないもんねえ~~。やれやれ。

2011年6月17日 (金)

おひさしぶ~り~ね~。

約4ヶ月ぶりにジムへ行く。遅い時間ではあったが予想外に空いていて流水プールでたっぷり歩く。しばらく使ってない筋肉が軋んでいるような感じがする。夫に、「一体幾らにつくのかなあ?今日のジムは!」と嫌みを言われながら出かけたが確かにねえ。これから挽回するわよっ!と捨て台詞を言ったものの、これがなかなかねえ~。

その前に旅行に行ってた友人が淡路島のタマネギを届けてくれる。美味しそうだが、ベイビーの為に少しお裾分けだなあ。今回は私とスケジュールが合わず置いてけぼりだったが、可哀想にと来てくれたのだ。京都は良かったそうだが、、、。いつになったら彼女たちのように優雅になれるのか?

 

日中は岡山の日で、これ又久しぶりにフェリーに乗って、例によって北海道のジャガイモコロッケのトッピングでうどんを食べる。なんか、癖になっちゃったみたい。なのに、着いてみると教室の人たちがこれでもかと美味しいドルチェを持ち寄っている。お茶にコーヒーと、流石女性達の集まりだ。おっと、持ちかえったタルトを今思い出したぞ~。

 

フェリーの中はささやかな優雅を味わう場所。往きは食事の他、台本の手直しや舞台の構成を考え、帰りは短歌をひねってはウトウトしたり、雨に打たれる海面を眺めたりと、ほ~んとリラックス。別段事件は無いが、この往復2時間が私にとっては自由なとき。そういえば、T先生がただただこれに乗るためにだけ往復していたのを思い出すなあ~。奇跡的に遭遇して以来会ってないが、、、。気持ちは分かるなあ~。

2011年6月16日 (木)

結局慌ただしい一日。

昨日は運営会議でトントンと議題は片付いたが、話せば色々出てきて、結局は午前3時という時間に解散となる。「蚊」に刺されたとかいって寝ぼけ顔で薬を取りに下りて来た夫はまだやっているのかとかなりびっくり。それもその筈、その時点で既に5時間くらいお眠り遊ばしていたお方だから!

まあまだこれにつきあえる体力があるか、と思ったがこないだからの連続で流石にムムム状態。たまたま毎日飲むべき薬が切れていつもの病院でいつものお医者様の前に出る。演奏会のチラシを置かせて貰った御礼を言い疲れましたというと、やっぱりという顔で早速点滴をやってくれる。この1時間を寝ようと思うのだが、何故かこういう時眠れない。てえことは別に眠る必要が無いんだろうと終えて帰って来たが、誰かが表に置いてくれていた大きなタケノコを処理しようと、ぬかを作る為に精米器を掃除して5㎏ほど残っていた玄米の精米をする。で、タケノコをゆでている間にご飯を炊いて、洗濯物を処理し、ついでにおかずも作ってしまい、早い夕食を一人でとってFM収録だ。、、、こうしてあっというまに一日が終わる。

今日のゲストは大学時代にグリーで歌っていて、著名な先生の指導も受けているという、我々にとってはよだれが出そうなお人。収録のために持って来てくれたCDも、大変マニアックなもの。「女性のアルトの声が大好き」とのことで、その特集をやったが、確かにイヤされる声。友人でもっともっと歌いたいというアルトの人のためにごっそりそのCDを借りてきた。

モチロンんミキサーに入ってくれたpちゃんと二人で暮れの公演に出てくれませんかと説得にかかるのも忘れない。まんざらでもないようだが、お仕事がねえ~~。たっぱもあるし、にゃんとか仲間に入って欲しいなあ~。帰る道々Pちゃんと作戦会議。頑張ろう!

 

舞台の構成など考えているとお嬢から電話。「どう?淋しい?」と訊くので、「そうでもないわ」と言いつつ、「小さい靴見たり、片付けててオモチャが歌ったりすると一寸ね!」と言って見る。敵は鬼の首取ったように、「そうやろう!?その筈だわ~。こんなに可愛いのに~。」「親ばかちゃんりんとはこのことだわ!」と憎まれ口を叩いたりしてじゃれ合ってから東京の現状を訊く。公園は全て砂場にビニールがかぶせてあって、どうも遊び場がイマイチらしい。これからの季節が又大変かもねえ~とため息を付き合う何時もの終わり方。ほんとにねえ~。、、、、。ふ~っ。

2011年6月14日 (火)

若者よ愛を有り難う!

今日はなんだか若者に良いものを貰う日だったようだ。

 

朝、疲れ過ぎか妙に寝覚めが悪く、ぼ~っとした頭で母を連れてスーパーへ娘のための買い物に出かける。どうしても閉じこもりがちな母を連れ出せるときはなるべくそうしているが、滅多にノーと言わずについてくるのは矢張り自分自身にも危機感があるらしい。何かしら行事がある度に母が老け込んでいくのが目に見えて分かる。多分自分でもそれに気付いているんだが、ちょっとしんどい、と言いつつ付いて来ては店内を歩き、食欲がないと言いつつ一緒に冷麺と餃子というメニューを平らげるお方ではある。ま、しばらく行けるだろう!?

東京へとどっさり野菜を送ったが、送料こんなに出して送るのもねえ~と母とため息。でもまあ、少しでも安心なものを与えたいしねえ~とせっせと荷造りをする。

 

午後からはシャンソン教室で、来週になったボランティア演奏会の曲決めなど。その後友人のお店に数名で繰り出し店内に飾ってある着物地の洋服を冷やかし、夕食を済ませ、そのままみんなを送り届けて自分は練習会場へと、、、。駐車場に付いたら5分前で、エンジンを切った途端睡魔に襲われそのまま椅子を倒して寝てしまった。ほんの5分のつもりが約30分も眠ったようだ。寝ぼけ顔をチェックしようと買ったドリンクを手に廊下を歩いていると後ろから「はやくはやく!!」とわあわあ言いながら追い越していく男性が居る。どうやらその声でトイレから飛び出してきた男性はヘアーを念入りに手入れしていて呼ばれたようだった。呼んだ方の若者が振り返った途端「おおおお~、ママ~~~」と叫んで近づいてくるや否や抱きしめられる。ナント奇遇。以前一緒にミュージカルで舞台に立っていたT君だ。今は別の劇団で花形スターになってるが、一時期はホントに密な時間を共に過ごしていたもんだ。お互い急いでいて、碌な会話も出来ずに別れたが、別れ際又しても激しく抱きしめられる。「又いつ会えるか分からないから!」と叫ぶ彼の後ろ姿を見ながら幸せな気分に!若いって、良いなあ~。

そのまま練習会場に入るといつものようにユーモアたっぷりのM会長のレッスンが始まっていた。そういえば先日のチャリティーコンサートでM氏はこう言い放ったもんだ。「これが若い女性相手だったら、あそこまで濃密なことは出来ませんでしたねえ~」くっそ~、けしからん!と表向きは怒って見せたが、てえことは、年取ると無害と思われてるってことで、良いじゃん良いじゃん。ラッキーじゃん!?さっきの彼もそういうことだったんだ。と妙にナットク。コホン。

そのチャリティ演奏会場に来ていたこれ又大学生のY君が、しきりに話しかけてくれる。「あの衣装は良かったですねえ~。凄かったです~!」一番に衣装か!と嫌みを言いつつまんざらでもない。「M会長に思わず年齢を聞いて驚いてしまいましたよ!」などと憎いことを言う。「近々又舞台は無いんですか?又聴きたいです。」と可愛いことも言ってくれるのは、これはボディランゲージではないが、ある意味それ以上に嬉しいこと。

今日はなんだか若者に愛を貰った気がするなあ~。リチャード・ギアは居なかったけど、嬉しいじゃあ~りませんか!!今夜こそ熟睡だ!!

2011年6月12日 (日)

よく降るなあ~~。

このところ目白押しだった演奏会が次回のボランティアを除いて今日で全て終わった。終わった途端、又歌いたくなるという矛盾した感情に気付くが、ま、また少し充電期間だ。それに、やるべきことは他にもアル。とにもかくにもヒッチャカメッチャカな我が家を何とかしなくてはならない。滅多に文句を言わない夫が、「少しキレイにしたら!?」と言うくらいだ。夏物を出したり色々ある。チビの使っていたものさえそのまま放置してあるからねええ。

 

今日で29回目となったCantiamoだが、みんなが確実に良くなってきているのはさすが師匠の力だ。そして技量もそうだが、「歌」が好きと思い続けられるのも素晴らしいこと。そこへ行くまでは大変で、苦しいとさえ思うのだが、本番が終わったときの爽快感はそれらを忘れさせる。とにかくみんな終わったときの表情がとても良い。4ヶ月後の次回に参加出来るかどうか、、、、毎回この不確定要素を抱えながらの参加だ。

その割に夕べは洗濯物を畳みながらテレビのラブコメディを見ていて憧れのリチャードギアさんにぽ~っとしていて午前2時まで映画鑑賞という不謹慎さ。そうか、映画にも長い間行けてないなあ~。なんか行かなくちゃと思っていたはず。またゆっくりと自分のペースに生活を戻さなくては。

 

打ち上げの時にも一昨日の演奏会の事があれこれ話題になったが、客席に居た人の話を聞くのは面白い。M氏と私の二重唱は私が誘惑しているかの如く見えたとか見えなかったとか、二人ともちっともデカイとは見えなかったとか(!)男声の二重唱はインパクトがあったとか、、、、演奏会の後は色々面白いことが聞けるのも楽しい。

、、、要するに、もう過去のこととなり、何を言われても全てが楽しいってこと。これだから、次が又出来るんだ!

 

帰宅してまだ夕食を食べてなかった夫に付き合ってワインとチーズ。何を食べても美味しいのは、、、こっちはやばいか!?

2011年6月11日 (土)

公演のあと。

実は昨日は禁を破ってアルコール漬けとなった。いや正確に言うと禁を破ったのは結婚式の日もそうだったっけ!で、今日は演奏会後、裏の手伝いに来てくれたYの娘さんが経営しているお店に遅い夕食を食べに行き、つい乾杯したのが間違いだった。娘さんの営業が終わるのを待って送ってもらう算段で、時間稼ぎで近くのカラオケスナックへ行くこととなる。久々のアルコールでもう判断力もなくなっていて、ひたすらアルコールの心地よい麻痺感覚に浸っている。Yとは昔よく一緒にあそんだわねえ~と年取った証拠に昔話に花が咲く。そこに若い男性3人が飲みに来ていたが、内一人が素晴らしく声が良い。音程もしっかりしている。(酔っぱらっていてもチャンとチェックしているんだあたしゃ!!)てことで早速声をかけてみる。興味があったら是非見学に来てみませんか?と電話番号も練習会場も書いて渡した、と思う。(定かではない!)まんざらでもない顔つきの彼、来てくれると良いなあ~。

そこでも焼酎の水割りをしたたか飲んで、ついにご帰還したは良いが、送ってくれた車の中に携帯電話を落としてしまったことに下りてから気付く。ま、それは今日無事手元に届けて貰ったが、いやはやいやはや、、、。

禁とは何か?それは師匠始め声楽家と呼ばれる人たちがこぞって、歌う前に飲むと声が出ないと言われるので、明日のCantiamoが終わるまで禁の筈だった!が、昨日はやっぱり飲みたい心境の方が勝ってしまった。あんなにも美味しく感じたのは、禁と思うから余計だったかも知れないなあ~。救われないアチクシ。

 

演奏会は結構な雨にも関わらず良い感じに人が入ってくれた。我が友人達、知人達の顔も見える。はるばる徳島から駆けつけてくれた友人達も、、、。舞台から客席って案外見えるもんだ。

演奏はどうだったか。ソロはともかく二重唱では本番当日の打ち合わせのあれこれが多くて、老化一方のアチクシの頭脳に入りきらず、遂に曲中にミスをしてしまった!が、急場を美味くカバーしてくれた相棒のお陰でにゃんとかなったが、冷や汗ものだったなあ~。修行が足りないなあ~。

今回は男声が3名女声が2名という組み合わせで、これって、私が客だったら良いと思うだろうなあ~。その逆はよくあるけど、こういうのは珍しい様な気がする。もともと男声の、特にバリトンが好きな私だからだが、お客さんも楽しんでいたのではないだろうか?

 

チャリティーというものに初めて参加したが、お客様からの手応えを感じた。「アヴェ・マリア」「Yuo raise me up」では歌いながら泣きそうになったなあ。

 

今回こういうイベントに参加して、出演者に色々思いはあっても結局は自分がどういう気持ちで関わるかが一番大切なのではないかと思った。自分の足でしっかり立つ限り、どんな風評被害にも遭わないだろう。全ては自分に返ってくる。

2011年6月10日 (金)

公演前夜。

まもなくシンデレラタイム。今日こそは早寝と思いつつ、実はさっき帰宅したばかり。というのも友人があまりの私の哀れな顔つきをみてマッサージを買って出てくれて、2時間あまり優しい静かな時間を過ごしていた。いつもならきっとおお鼾だろうに、全く目が冴えてランラン状態で寝るどころではない。実はこれは姪の結婚式で1泊したホテルでも同じで、素晴らしく大きなベッドでゆったりと寝たにもかかわらず、全く眠れない。朝方2時間ばかりウトウトしたと思うが、起きたときはにゃんとも身体がだるく、ありゃりゃ状態。結婚式に行ってみると、当の新妻はモチロンその母親も全く眠れなかったという。まあ彼女たちは分かるけどねえ~。なんでこっちまで、、、、やっぱり睡眠薬のお世話になるべきだった。で、夕べはしっかりその薬の恩恵を被って自宅でぐっすり。恐るべし睡眠薬。モチロンん今宵もそうするつもり。ふ~っ。

 

朝は仕事をし、午後はピアノ合わせ、帰宅してCoopを受け取り来客と話して、夕飯の準備をしたら今度は最後の合わせにサンポートまで。明日の今日で、あまり体力を消耗したくない私と違って、我が息子と変わらない年齢の人たちはホント元気。何をやっても余力を感じるなあ~彼らには。

なんとか練習が済んで、今まさに駐車場を出ようとすると友人から電話があり、今から人生最初で最後のフラワーアレンジメントをプレゼントするという。教えてくれた先生より美味く出来てなるべく多くの人に見て貰いたいからと、我が家に持って来てくれると言うのだ。急ぎ帰って受け取ってみるとなるほど自慢するとおりなかなかに素敵なアレンジメントができあがっている。この友人、そういう言い方で私を応援してくれているのも重々承知。ホントに有り難いことだ。

しかし考えてみると今日はお昼に母とうどん屋さんでうどんを食べてから夕食を食べてないなあ~。今更食べるのはまずいし、、、、ま、しゃあない。明日までおあずけだ。

 

で、明日が終わると日曜日はCantimoの予定。全く練習が来てないが、こちらは前日にあわせだ。このところな~ぜ?というほどスケジュールが混み合っている。信じられない。それが終わっても大きなお仕事が待っている。う・う・う・、、、、。

おっと、遂にシンデレラタイム。寝よ。

2011年6月 6日 (月)

本日も楽しい(!?)練習だった。

楽しいと書くと、なんだか市民オペラちぇちぃりぁがお遊びの会みたいだが、「真剣に遊ぶ」ということだ。そしてその遊びから、キチンと何かが生まれてくるから面白いんだ。その生まれたものが、確実に舞台のエネルギーになって開花するはず。こういう時、どれだけ真剣かが大切になる。「恥」というのは誰にでもあって、人前で何か慣れない事をやるのはどうしても照れてしまう。その照れをなくす為には時間をかけるのも必要だろうなあ。別人になることが心から楽しいと思えるようになったら、その時はじめて良い演技が出来るだろう。

「伝える」「教える」というのは矢張りテクニックが要るなあ~。新会長は、その上に「情熱」という隠し味を持っているから凄い。決して妥協しないで、一つ一つ積み上げていくのは若さ故出来るのか?こりゃあ、暮れの舞台が楽しみになってきた。

 

おっとその前にその新会長と同じ舞台に立たねばならない。おそろしく演技達者な彼の攻めを受けて立たねばならないとは!?あと20年若ければねえ~~なんちゃって。

 

その前に明後日の姪の結婚式に参加の為明日から大阪だ。電車に乗るギリギリ前まで合わせが入っている。ホテルには時間外の夜11時に到着予定だ。やれやれ、、、。

2011年6月 4日 (土)

あっという間の3ヶ月。

ようやく娘親子が東京へと帰って行った。久しぶりに電車に乗りたいという母を伴い、岡山まで送っていく。接続をかなり余裕を持って取っていたが、チビをホームで歩かせていて危うく指定の新幹線に乗り遅れるところだった。電車が入ってきて、慌ててチビを座席まで運び、ママは乳母車と大荷物を運んで、電車からこっちが降りるとスグ発車。「さよなら」をいう間もなく扉が閉まる。身を乗り出して手を振る母と私に車掌さんが、「危ないですから黄色い線の内側に入って下さい」と叫んでいる。ものの10秒くらいでチビ達の姿は視界から消えていた。

余りにあっけない最後で、母と二人共に拍子抜けして帰りのマリンライナーの椅子に沈み、殆ど会話もなく高松駅だ。天気が良かったのが救いだったが、もう歩けないという母のため車を駐車場から出して表に出たころには夕闇が迫っていた。夫から帰宅してますメールが入り、食料を調達して帰宅、表でそれを夫に渡して、「今日はこれから○○の会にでるから!」と言うと、「チビは?」という信じられない質問。何日も前から帰る帰ると言っていたのに、しかも、今朝は大荷物にガムテープを貼って貰ったりもしたのに!彼らのご帰還が全く頭に残ってなかったようだ。狐につままれたような顔をしている夫を尻目に母を送り届けるために再び車を出す。

いやはやいやはや、なんという喜劇。、、、これからはこういう事が多くなるんだろうなあ~。

 

今日の最後は女ばかり10人程の食事会。年齢もバラバラ。職業も何もかもが違う女性達の会話は、しかし、共通項が多いなあ。食べ物や美味しいお店の話しはモチロン、趣味の世界の情報交換、医者や薬の話し、夫の居る人は夫の変人振りについて愚痴を言ってはみんなの笑いを誘うあり。有名デザイナーの億がつくインテリアの話しから400円のイチゴの話しまで幅広い。こうして日頃の何かを発散させるのが女性は得意なのかも知れないなあ~。

 

どこか広々としてしまった感のある我が家に帰宅して、早速チビの小さな靴を発見。他にも駅で預かって持って帰ってしまったアンパンマンのうちわもある。この分じゃあ、またぞろ荷物を作らなくちゃあいけないなあ~。夫が、疲れが出てるだろうから今日は早く寝た方が良いという有り難いご指摘を受けて、ホント、今日は早く寝るとしよう。

 

イヤ全く、思いがけない3ヶ月の逗留だった。

2011年6月 3日 (金)

You Raise Me Upといろはにほへと

今回歌う事になっている、You Raise Me Up の歌詞の内容は訳の一つがこういうものだ。

ああ、打ちひしがれ、疲れきったとき
もしも困難がおとずれ
心に重荷を負ったとしても
じっとここで静かに待つ
あなたがやって来てしばらく座ってくれるまで

あなたが力づけてくれるから、
山の頂に立つこともできる
あなたが力づけてくれるから、
嵐の海もわたることができる
あなたの力を借りれば、私は強くなれる
あなたが力づけてくれるから、
ひとりでできないこともできる

飢えのない人生などない
気ぜわしい胸の鼓動はひどく乱れている
でもあなたが来て、私が奇跡に満たされるとき
時に永遠をかいま見たと思うほどになる

 

私は知らなかったが、若い人の間では人気の歌らしい。結婚式でもよくかかるそうだが、その場合は特別な人を対象に考えてのことだろうと思う。メロディーもきれいでなじみやすく、耳に心地よい。、、、、こういう「あなた」になりたいと思うなあ。でもそれは、仏門にでも入らなければ無理かも知れない。傷ついた人を癒すことが出来るなんてこと、そう簡単ではない。せいぜい聞く位のものだろう。

仏門といえば、以前短歌に「いろはにほへと、、」を詠んだ人が居て、面白いなあと思った事がある。この「いろは、、、」は若い頃は単なるABCと同じかと思っていたが、内容が大変に深いものだと分かってからはこれを考えた人は凄い人だと感心したものだ。

いろはにほへと ちりぬるを(色は匂へど 散りぬるを)=香りよく色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう。

わかよたれそ つねならむ (我が世誰そ 常ならむ)=この世に生きる私たちとて、いつまでも生き続けられるものではない。

うゐのおくやま けふこえて (有為の奥山 今日越えて)=この無常の、有為転変の迷いの奥山を今乗り越えて

あさきゆめみし ゑひもせず (浅き夢見じ 酔ひもせず)

=悟りの世界に至れば、もはや儚い夢を見ることなく、現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である。

色即是空。すべては、自分も世界も、存在しない。存在するように見えているのは錯覚。愛と憎しみ、幸福と不幸、そんな対立など初めから実体がないことを悟って、対立を超越したとき、人はまわりを慈悲で満たし、心と世界が極楽になれるということ。

キリスト教でもこの「慈悲」という言葉が出てくるが、人の生き方を煎じ詰めれば最後はここに来るのかも知れない。

シェイクスピアでも、「全ては夢のようなもので出来ている」と言葉は違っても「色即是空」と同じ事をうたっている。

万葉和歌にもそれをそのまま歌っているのがあるくらいだから、新しい思想でもなんでもない。

けれど、それを現実のものとして、自分に当てはめて生きていくのはなかなかに難しい。難しいから永永と繰り返し形を変えてこの思想が世の中を巡っているのかも知れない。

時々瀬戸内寂聴のように仏門に入ることを夢見るなあ~、、、おっと夢は大乗仏教では、御法度だったか!?

2011年6月 2日 (木)

私の闘い。

毎日時間に追われ、やらねばならない事が出来ないジレンマに苛まれ、「出来ることしか出来ないわ」と居直ってみても、何の解決にもならない。結局一番大きい問題は体力の減少だ。もの凄く疲れやすい。以前なら深夜何時でもパソコンを打っていたが、今はこうして午前2時という時間になってくると、もうもう我慢の限界。「明日にしよう!」と心を決めてパソコンを離れようとしたその時、手に持ったワイングラスが何故か傾いた。「ぎゃ~っ!」と叫んでキーボードを逆さにしてみると、結構な量のワインが出てくる。こりゃあ、またやっちまったか!?と焦ってワインの除去作業をせっせとやったら、まあ何とか復帰したみたい。こうして打てているんだから、多分大丈夫なんだろう。やれやれ。

今日はチビをお風呂に入れながらお嬢がため息とともに述懐する。「おばあちゃんから聞いたけど、お母さんは子育ての頃すご~く大変だったみたいね」「そりゃあそうよ。なんせ年子だったし、共働きだったし、家にお風呂が無かったから、毎日銭湯へ大荷物で出かけなきゃならなかったし、、、、今から考えると信じられない生活だったわねえ~」とそこまで言うと、「分かった!お母さんは若かったんよ!」と来る。、まあ確かにそれはある。今の娘の年齢からなら15年の差がある。それは肉体年齢に大きな差があるだろう。

今思えば、あの時の大変さが今の私を形成しているとも言える。あの頃と比べると、少々のことは耐えられる。なんでも悪いことばかりでもない。

 

このところショック続きだが今日は又辛い話しを聞く。若い友人のご主人が膵臓癌を宣告されたという。大きな人でバリバリ仕事をしていたし、病気とは全く縁がなさそうだった人が、、、こんなこともあるんだ。家族が支え合って頑張るしかない、とその人は涙をためた目で語ってくれた。手術が出来ないというのだが、何とか良いものは無いのだろうか?

こういう時、出来ることはホントに少ないなあ。

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