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2011年3月27日 (日)

深夜の病院。

風邪引きの孫べえを連れて、深夜の救急保健センターへと出かける。昨日今日と各2回ずつ嘔吐し、下痢もあったからだが、熱は無い。元気も良い。食欲もある。が、何もかも初めての親たちはどうしても病院へ連れて行きたいというので、あまり気乗りはしなかったが連れて行った。予想通り待合はおでこにヒエピタを貼って赤い顔をした子供連れの親達でいっぱい。何故か子供は夜になると調子が悪くなるんだ。

本人達を外の車で待たして、ババは待合で順番を待つ。これ以上別の病気を貰いたくないからだったが、効果があったかどうか?

こうして小さい子を守っている親たちを見るに付け、今更ながら我が母親に感謝だ。何しろ台湾から生まれてまだ3ヶ月の私を連れて帰ってきてくれたんだから有り難い。赤ん坊は抱いていても、例えばコンクリートに落としただけで命が無くなるかも知れない危うい存在。それを、落としもせず、病気からも守り、はるばる日本まで連れ帰ってくれたという事実に、ホントに今更ながら感謝感謝。

近頃我が家にはず~っと赤ん坊がいて、色々考えさせられる。観察しているとその成長に目を見張る。持って生まれた人間の本性にも驚くことが多い。自我が少しずつ芽生えてきているのも面白い。

 

かなり待ってようやく見て貰えたが、案の定心配はないらしい。薬も用心のために出してくれた感がある。ふ~っ。ま、良かった。

 

自分自身の風邪が少し良くなって、ようやく仕事を始めたが、来店客は当然のことながら東日本の大震災のあれこれを話題にする。殆どがテレビからの情報で、みんながテレビに相変わらずかじりついているのが分かる。そういう私自身があの嫌な番組にとっつかまって、午前3時だったかそれ以上だったかつい見てしまった。「、、、討論会」内容は殆ど「放射能安全説」を強調するというものだった。「放射能で死者が出ているわけではない。」というのがその主張だったが、ホントにそう思ってて良いのだろうか?わからない。政治家や学者、色んな人を議論に招き、あの○○右衛門もいた。が、結局は何も払拭できないまま番組が終わった感がある。、、、そして今日はまたぞろNHKのニュースで新しい数値が示されいっそうもやもや感が増したという次第。

一つ分かったことがある。若い人たちにとっての原発は、只の原発。電力を供給できるという機能を持った優秀な道具に過ぎないということ。我々世代は、その原発に原爆を重ねる人が多いのではないか。我々には長くその後遺症に悩んできた被爆者の声など、聞くチャンスが多かったと思う。日本に投下されたあの原爆がどういう物だったか、かなりの人が関心を持ち、この想いを後世に伝え続けなくては、と想いを紡いで来たはずだ。ところが、今若い世代の人にとっての原爆は我々が若い頃と比べてどうだろう?しっかり伝わっているだろうか?

この番組で、全員が一致した意見は、「これは日本の事故ではない。世界の事故だ。」という主張。一応良識アルトされる人々の出した唯一の共通認識だった。

ところで、知人の外資系の外国人達はこぞって日本を脱出しているという。そこに何が見えるだろう?

明日は我が家にカナダ人の友人が来泊する。彼に色々聞いてみよう。何かが分かるかも知れない。彼は熱海に大きな邸宅を構え、優雅に過ごしているが、はてさて、、、。

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