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2010年12月17日 (金)

映画。

今宵は母を伴って、念願のレオニーという映画に出かけた。丁度お誕生日の記念ワインを進呈しますとの案内を貰っていたので、友人のご子息の経営するイタリアンで腹ごしらえを済ませてから行くこととした。そこにその友人も加わり、その上又連絡したら別の友人も来て急に賑やかになった我がテーブル。4時過ぎという変な時間帯のお陰でお店が空いていて助かった。オバタリアンの笑い声は特別で、普通はひんしゅくを買ってしまうのだ。

そこに展示してある「墨彩画」にはおろろいた。最高91歳の方から我々ぐらいまでの方々の作品群で、中にはおっと声が出る力強さのものもある。珍しくシェフが出てきて、「この人達には頭が下がります。僕は料理以外なんにも出来ませんので。」と仰る。ご自身のおばあちゃんにあたる人の作品もあるのだ。母もしきりに感心している。

 

そうこうしているうちに時間が来て、ミーティング(?)を解散して予定通り映画館に着き、やれやれと座席に腰かけると声をかけられる。見ればグロッケン先生じゃああ~りませんか。「金曜日だと混んでないかと思って、、、。」その通り。観客は10名もいただろうか?母が心配したくらいの少なさだ。ちょこっと先生と交わした会話の中で、28日の「かぐや姫」にグロッケン先生もご出演と聞く。行きたい要素が増えたってもんだ。

 

全くその内容を知らずに見に行ったアチクシ。イサムノグチの母の半生を描いたもので、日本の名優や、アメリカの著名な俳優も出ていてビックリした。協賛に高松市が入っていたので、そこまでの映画とは思わずに行ったのだ。

ちょっと筋立てが込み入っていたが、力のある俳優陣のお陰で佳作になったと思う。母はしきりに「良い映画だった。」と繰り返していたが、、。

感想のその一。近頃の役者さんは、英語が堪能かどうかで貰える役も違ってくるのかも~。

その二。芸術的なものは、矢張り努力より持って生まれた感性なんだなあ~。

その三。どんな時代にも、運命を自らの手で切り開いていく女性が居たんだなあ~。

その四。男って!!

その五。スポットの当て方でどの人も主人公になり得るなあ~。

 

読んだばかりの塔和子さんの詩を思い出したなあ~。それは「かかわること」についてかかれてあるもので、「胸の泉に」という題名だった。、、、、ああ 何億の人がいようとも かかわらなければ路傍の人 私の胸の泉に 枯葉いちまいも 落としてはくれない、、、という下りが強烈だった。ホントに青松園のこの詩人は素晴らしい。多くの詩がベッドの中で生まれるらしいが、今日の映画の中に描かれたあの場面に思いが重なる。

それは、大工の棟梁が、毎日自分の手元を眺めているイサムノグチに、初めてカンナでの削り方を教えるという場面だ。後ろから覆い被さり、両手を重ね、目をつぶれ、心の目で見て心の耳で聞け、と囁くシーン。これはこの台本作家が、将来の大芸術家の原点を表現したかったのだろうと思えた。

きっと塔さんも、ベッドにいながら人々に見えないものを見ているんだろう。

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