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2010年12月28日 (火)

おぺら~。

今日はやたらめったら疲れ切って、夜のオペラに行けないかと一時思ったが、運転をT君にやってもらい義妹とともに出かけたが化粧する気にもなれず、すっぴん状態で帽子を深々とかぶって出かけたもんだ。

が、案の定知ってる顔だらけで、隠れるにもこの巨体では限界があるってもんだ。ちぇちの連中も何人かと会い、立ち話の最中も色んな人が声をかけてくれる。、、、チライ。が、そんなことはおくびにも出さず、にこやかにご挨拶、、出来たかなあ?

出演のM氏の労を労って楽屋にも参上。玉のような汗をかいて、彼はそこでも存在感を発揮。本番後のあの感じだなあ~。重い役柄で、見た目よりナイーブな彼にはぴったりの役で「帝」という上品な役だったが、おそらくは演出家の意図するところを演じ切れたのではないか?

オペラ全体の印象は、あくまで個人的見解だがなんだかはっちゃけてないなあ~。が、正直なところ。作曲自体が静かで押さえた音楽に作ってあるから、演出家もその枠を越えられないのかもしれないが、舞台からパッションが感じられないねえ~、と同行陣と話しながら帰路に付く。子供の頃読んだ、あるいは何かで見た「かぐや姫」のどきどきした切ない感情は湧いてこない。長年育てた老夫婦の悲しみや、そこから巣立つ姫の心の葛藤が今ひとつ描き切れてないような気がした。西欧のオペラは感情が右から左に極端に振れるから面白いのだが、矢張り日本のものはこうなるのか、、、。マダムバタフライのように、日本の話しでも外国人が作るとあれ程激しいものになるのだろうなあ。

そういえば、このお話がトゥーランドットに通じるものがあることに改めて思い至った。以前からそう感じていたが、今日見ていてなおさらにその思いが強くなった。それこそ外国人が作ったトゥーランドットはあれほどに残酷で、日本人が作るとおかしみと切なさにその内容がころっと変わるのは、矢張り国民性というものかも。

合唱曲の中にとても気に入ったのがあったなあ~。

が、日本語上演の難しさを今日も感じた。中にはハッキリしている人もいるが、ともかく歌の内容が殆ど分からない。そのためフラストレーションが起きてしまう。ところどころくっきりハッキリするから、余計それ以外の意味をしっかり聞き取ろうとして疲れる。東京では日本語上演だのに字幕スーパーが付く公演があると聞くが、もっともな話だ。きっとこれは永遠の課題かも知れない。我々も心してかからなくては、、、。

 

朝から本格的に仕事をして、昼食も3時過ぎにとる有様で、流石に疲れた。男どもの夕食の準備をして出る頃には体力の殆どを消耗し尽くしていた感がある。そのため行く前から、今日は寝ると思う、と言いながら出かけたが、案の定所々記憶が飛んでいる。ほ~んと、舞台鑑賞は体調が良くないと楽しめないのだ。ふ~っ。

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