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2010年10月

2010年10月31日 (日)

巻き込み型人生。

昔はというか今に至るまで、私もそう言われ続けてきたが、今日のカルチャースクールの発表会も、そのオーナーのT女史こそが巻き込み型人生そのものだと思った。彼女はそれを仕事としてやっていて、私の方はあくまで趣味の域を出ない点が違うだけだ。沢山の人を動かし、この指たかれ~と呼ばわり、集まってきた人々の為にせっせせっせと裏の仕事を引き受ける。私のにらむところ、失礼な言い方かも知れないが、そうそう儲かっているとも思えない。半分以上が自分の人生の潤いの為ではないかとさえ思える。私みたいに持ち出しではないにしても、ビジネスの臭いが薄いなあ~。だからこそ、人が集まるのかも知れないが、、、。

 

今日はシャンソンの発表会に便乗して、ちぇちも舞台経験をさせて貰うためゲスト出演した。ほぼ満席の会場で、その前のプログラムがガンガンマイクを使ってのものだったので、少々心配していたが、全くの生声で遜色のない素晴らしい声だったと思う。中でも「トゥナイト」は出色の出来映えだった。1週間前に小さなサロンコンサートで一度舞台を経験しているのも自信に繋がっただろうが、二人の息も合い、のびのびとした声が広い会場に響き渡ったのは、聴いていて快感だった。そして、ソリストのPちゃんもただ今油が載乗りきっているといった感じで、すてきな高音で客席を唸らせた。合唱を聴きながら、来年のオペレッタに手応えを感じたことだ。、、、あとは人集めだ。T女史に協力して貰うかな?ふ~っ。

それにしてもこのところ八面六臂の大活躍ピアニストのS嬢は、昨日も本番がありいので、いくら若くても大変だったろう。こういう人が居て、おばさん達が楽しめている。ある種の「介護」だったりして!?ハ!

2010年10月30日 (土)

一人暮らし。

我が家を建築するより2,3年前に出来ていた近所の団地の方々も、それから40年近く経って一人暮らしの女性が多くなった。車でここから1,2分だし、来店客を送迎することも多くなってきた。今日もある方をそうしてお迎えし、つくずく時間の経ったことの感慨を話し合ったことだ。お互いまだ若くて元気だったし、それぞれの人生がこういう風になっていくのは想像してなかったと、、、、。その方の親友と呼べるKさんという方が、遂にご子息に説得されて、県外に移転してそのご子息と一緒に暮らすことを決心されたという。「随分悩まれたようだけど、まだ自分の事が自分で出来る今の内に一緒に暮らす方がまだ良いという考えに落ち着かれたようです。」とその方も淋しそう。お二人とも間もなく90歳になる方。確かにいつまで自分の事が出来るか、心配な年齢だろう。

 

自分の事を考えても、もしかしたら一人暮らしになるかも知れない。子供達はおそらく帰っては来ないだろう。そうなったら私はどうするのか、、、、。と、ここまで考えて、いや、それはないなあ、、私の方が早くあの世に行きそうだと気付いたら、ばかばかしくなってきた。夫の健康ぶりと、健康お宅ぶりと、医者好きと、サポーターの私という存在を考えると私より先に逝くなんてことあり得ないことのように思える。ま、全ては神のみぞ知るってことだ。下手な考え休むに似たりってね。物事なるようにしかならない。

さ、ぶ~たんたん入って、寝~ましょ!

2010年10月28日 (木)

疲労困憊。指も痛い。

何故、指が痛いか?パッチンとものうすご~く切れるはさみで指を切っちゃた。久々に仕事したから?かもしれない。ちょっと焦ってたのもある。ホンのちょっとの油断が招いた事故だ。

 

事故と言えば、月曜日にえらい大変そうな事故現場の横を通ってしまった。運転してなかったので、真っ赤な血の色がが~んと目の中に飛び込んできてショック!そのショックを引きずっていて、今日FM収録の帰り、ミキサーのMさんに、「あのねえ、昨日ねえ、凄い血の現場に遭遇したのよねえ~」と言うと、あの日の運転手T君がきょとんとしている。「あ、違う、月曜日だった、あれは!!」と叫んで笑われたもんだ。

そもそも、何故そんな血の話になったかというに、収録中駐車場に延々止めていたマイカーのナンバープレートにどうも血のような物がついていて、Mさんが発見したわけだ。その連想からだが、気持ち悪~。一体何の血なんだろう?

 

7時集合で、10時半までかかってしまった今日の収録。こないだのコンサートをそのまま流すには時間も足りず、どこをどうするかの検討に時間がかかってしまった。収録自体は私は一切喋らず、Kさんがパーソナリティを務めたのだが、彼女の理路整然とした物言いは、パーソナリティに向いていると思うなあ。でも、ご本人曰く、「もう~ダメです。ギブアップです!」とのこと。結局折角やってくれていたのに戻されてしまった。3人体制になって楽になっていたが、これで二人体制となるなあ~。やれやれ。

 

だいたい今日の収録自体、局側に通達してなかったことに、着いてから気がついたアチクシ。Mさんに目をまん丸にされてしまった。しかも、あらかじめ音源を二人の人が準備してくれたCDを、持って行ったは良いが、トラックナンバーをつけている方を示したつもりが、反対の方をそうと説明したため、ミキサーさんたちがしばらく曲紹介や拍手をカットするという無駄な作業をしていた!それをぼんやり聴きながらそれに気付かないという、かなりのレベルまでの呆けぶりだったなあ~!ったく。こんな日に収録なんかしたら大変だ。

 

どうしてこんなに疲れているか。やっぱり一日にやることがありすぎたのがその原因。ああ、入院生活が懐かしい~。。。な~んてね。

2010年10月27日 (水)

さぶっ!!

NHKのアナウンサーが、「こないだまで猛暑のニュースを読んでたのに、今日は極寒のニュースですからねえ~」とぼやいていたが、全くその通り。今日の寒さは半端じゃない。北の国では凄い雪景色だ。

 

私的には、心が寒い。というのも先日のコンサートの音源が届き、それを聴いていたせいだ。あまりにひどい我が出来に、寒さが肉にこたえる。矢張りまだ歌う時ではないのかも知れないなあ。ホントに、健康が要求されるからなあ、歌は。

 

そんなこと言ってられない。週末は又舞台だ。さあ、寝よ。

セカンドなんたら再び、、。

本日第3回となるNHKテレビドラマを、パソコン周辺を暖かくして,友人から沖縄土産「泡盛」を送ってもらったのをちびりちびりとやりながら楽しんだ。で、お風呂上がりにたまたま見たら本日のプロフェッショナルという番組は世界で活躍する日本人バレリーナが44歳で引退するという内容のものだった。

二つの番組の共通点は、どちらも主役がアラフォーだということ。

40代ねえ~。自分を振り返れば一番元気だった気がする。昨日、練習帰り運転して貰ったM君に年齢の話しをする中で、「私はねえ、早く30歳になりたかったわよ。20代って、曖昧で、いつも目の前にベールがかかってる感じがして、何か世の中のことがハッキリ見えてないというか、物事の判断力に不安があるというか、、、とにかく早く大人になりたかったのよ。」というと、いたく驚かれてしまった。「へえ~、そうですか!?僕は二十歳になった時、妹たちにおじんになったね、と言われましたがねえ~。」だと!フフフ。確かに今の若者の中にはそう見える人たちも居るわなあ~。実年齢は関係ないかも。

だから、この二つの番組がどうというのではなく、アラフォーよ頑張れ、みたいなキャンペーンには、なんとなく違和感を感じるなあ。確かに肉体的な曲がり角ではある。イコール精神的にも「いつまでも若造では居られない」式な突っ張った感情も生まれているかも知れない。でも、それって自然だろうか?私くらいの年齢になると、「年相応」という言葉は辞書から外したくなるけどねえ。年齢って、人それぞれ寄せ方が違うと思うけどねえ。良いじゃないの、40だろうと50だろうと。おっと60だろうと。その時々の自分が無理なく自然体で生きて行けてると思えれば、年齢なんて気にすることないと思うなあ。実際私の周辺には、私より年上でもうんと若い人が一杯居る。いつか全員この世から居なくなる可愛い人間達。その短い時間を、小分けして窮屈に生きる必要はないんじゃないの?

と言いつつ、このところの肉体の衰えに、少々戸惑っているおみっちゃんではある、、、ハ!

2010年10月26日 (火)

救いはあるか、、、。

ただ今丑三つ時。外に犬の鳴き声がしている。体はメチャクチャ疲れ切っているが、どうしても解決したいことがあり、今もメールのやりとりに時間を使っている。、、、伝わりにくいとは分かっていても、こうした手段が必要なこともあるなあ~。

 

人というのは理解しているようで、実はそのホンのひとかけらの事しか分かってないんだ、ということを、今日も思い知らされた。と同時に、コミュニケーションが必要だということも、、、。

 

表に出てくることしか分からないが、勿論その奥には多面的な感情の渦が渦巻いているのが人間だ。自分自身さえ、常に何を考えているかを理解し、把握できているかが疑わしいくらいだ。だから、議論の中で、思いがけない意見を言ってみたりする。あれ?私って、こんな事考えるんだ!?こういう時、こういう反応するんだ!?と驚くことさえあるくらいだ。ましてや他人の心の奥底がそう簡単に見えるはずもない。分かったような気になっているだけだろう。

でも、そんなこと言ってたら人間関係はゼロになってしまう。表に出てきたことからイマジネーションをふくらませ、理解しようとつとめることしか出来ないのだ。

一人の人は球体に例えられるかも知れないなあ。丸いから、接触するのは非常に狭い範囲だけだ。お相手が少し扁平な部分で、例えば手の平でなでてくれると、少し触れる場所は広くなるが、お互いが固い球体同士だと、ふれあう面積は絶望的に狭くなる。どちらかが、柔らかい心で接してくれると、球体もその中にすっぽりはまって、ふれ合う面積が多くなり、より理解できるだろう。どちらも柔らかければ、どちらからともなく混じり合い、よりよく理解し合えるだろう。自分を柔らかくする、柔らかい心のままに居続けるのは、そう容易いことではない。いやむしろとがってしまうことも多々ありそうだ。そこに生えた角は相手をブスブス刺してしまう。修復力の強い人はその傷を素早く癒すだろうが、弱い人は、自らの手で傷を広げてしまうだろう。これほど悲しいことはない。、、、が、往々にして人はこうして傷つけ合う。

望まなくても人間とはそうした生き物だ。

2010年10月24日 (日)

演奏会その1終了。

本日のコンサートは、足下が悪いせいもあり、いくらか空席が出来たが、それでも来てくれた方々は熱心な聴き手で、こちらが曲紹介するのをじっくり聞いて反応してくれるのは嬉しかった。例によって、ぶっつけ本番、出たとこ勝負のわがトークではあったが、矢張り客席の関心の度合いを測りながら、喋ることを考えていたら、どうしても原稿を読む気にはならない。いつものFM流儀だったという次第。少しは曲を楽しむのに役立ったかも知れない。矢張り原語での演奏は分かりにくいのが本当だ。少なくとも、楽しい曲か、苦しみを歌っているのかは分かって欲しいものだが、歌う当人は、声が出にくいとか、歌う技術が、、、とかばかり考えているので、苦しそうに歌っていても、実はそれが楽しい曲だったりするのだ。ふ~~っ。

 

それにしても、若い人たちの順応性には脱帽だ。これからのちぇちを確実に引っ張ってくれる人たちが、いきいきと歌っているのを聴いていると未来への期待が高まる。こういう人たちのために、自分の出来ることを少しでも沢山注いで行こうと、、、おこがましいが思ってしまった。

 

今日が夫の誕生日で、出かける前にお刺身を買ってこいとのご命令。従って、高松駅まで岡山からの出演者Mさんをお送りした後は、スーパーでお買い物。何時ものごとくへとへとに疲れていて、料理をする気にもなれなかったが、なんとか踏ん張った。今日は流石に早く寝よう。

明日はサロンコンサート。

いつも演奏会前が来ると、なんでこんなことしてるのか?と頭の中で疑問符が踊っている。しんどいことだらけで、ホントに物好きとしか言いようがない、採算に合わないことだらけだ。緊張はするし、神経は使うし、天候は気になるし、まともにご飯も食べられないし、、、おっと、それは今の自分にとっては良いことだが~。

実際まだ何を着て歌うかを決めていない。間もなく丑三つ時だっちゅうのに!!かかとのある靴が履けないただ今、おしゃれにも元気が出ないわなあ~。まあ、歌えるだけ良しとしよう。

そういえば、あの沢山のハイヒールはやっぱ、捨てるしかないのかなあ。もったいないけど。膝に負荷がかからないようにするには、ハイヒールのごときはもっとも悪いらしいからなあ~。、、こうして段々女を捨てていくのか。

 

さあ、いくらなんでも寝るとしようか。

2010年10月22日 (金)

疲れる~。

築34年の我が家が遂にやばい状態になってきて、二階の重たい物を順次階下へと移動させることとした。その一番がピアノだ。あれがズドンと落ちてきたらと思うと、不眠症再び!

いまや何事もネット時代。この小さなお引っ越しのために、ネットでお見積もりが出来るんだ。早速やってきた業者さんは、どうやら新米さん。しきりに上司に電話しては指示を仰ぐ。まあそういうシステムになっているんだんろうが、信頼性という意味においてどうもねえ、、、。

そこで思い出すのが、NHkで「セカンドバー○○」というドラマのこと。オンデマンドで2回分見てみたが、日本のドラマにしては、「台詞」が面白い。短い言葉に力がある。そこには上司と部下という関係においても面白い展開があり、新人の意見を上手く引き出し採用していくというプロセスが矛盾と共に描かれていて、そこもなかなかに面白い。恋愛シーンにおいて、なんとなく役者陣がぎくしゃくとした感じがあるのが残念ではあるが、この手のドラマは矢張り外人さんには及ばないのだろう。そんな中で草笛○○というベテランの台詞が光っていると思うのは、ひいき目か?昔から好きな役者さんだ。

 

ドラマを見て、インスピレーションを、、、と思っても、何故かひらめかないおみっちゃん。白紙の台本を抱えて時間だけが過ぎていく、、、。

何しろ眠いんだ。何をしても疲れている。

2010年10月20日 (水)

奄美大島大雨の日。

今日は同窓会の打ち合わせ。、、、たいした事もしてないのに、妙に疲れる。今夜も早寝だ。このところ睡眠剤のお世話になっていない。バッタンキュー状態で、就寝時間も以前とは比較にならないくらい早くなっている。とにかく疲れやすいのがその原因だ。間もなく午前様だが、きっとこれを書き終えたらすぐにおねむだ。

 

若い人はパソコンで繋がって同窓会を成功に導く人も多いらしいが、我々世代はパソコンに弱い人が多く、それは無理。人集めに携帯電話を使うのが精一杯新しいやり方だ。まあ、何とかなるだろう。

 

帰宅中に窓にポツポツ雨が飛びつく。帰宅するとテレビではひどい洪水の模様を伝えている。みんな無事だと良いけどなあ~。

 

実は今朝は病院で、先生に新しいジムの事を相談したら、随分丁寧に持って行ったプリントを見てくれて、気の毒なくらい時間を使ってくれた。結論は、「まあ、おやめなさい」というもので、ちょっと焦って治そうとしていた私の心が一瞬に縮んでしまった。そうだよねえ。何事も焦っては良い結果を生まない。、、、でもねえ、つい、ね~~。

で、その後は接骨院での治療。医師との会話を告げると、諸手を挙げての賛成みたい。ここでも、「焦りは厳禁ですよ」と言われてしまう。覚悟を決めるしかなさそうだ。

 

結局、今回の私の傷病に、5人の医師、施術師が関わってくれ、それぞれに専門分野の意見を言ってくれる。それを総合的に判断して実践していくのは、矢張り自分のようだ。

 

ところで、先日来娘が孫べえの動画を送ってくるが、さっぱり見られず、あれこれ思考錯誤の日々だった。ようやく夕べ届いた物が見られて、その成長ぶりに大いに驚く。どうやらおかゆ等の離乳食をがつがつ食べるらしく、成長は早そうだ。髪の毛がうっすらと生えてきて、これからは顔つきも違ってくるんだろうと思わせる。会いたい気持ちをぐっと抑えて、今月は二つの演奏会だ!

2010年10月18日 (月)

リハーサル。

サロンコンサートでのリハーサルは初めてのこと。目的はある程度は達成したかも知れないが、まあ、こういうことをやるのはホントに難しい。こういうスケジュール関連にノータッチで来て、それに乗っかっているが、客観的に見て、主導している人とそうでない人の気持ちに温度差がかなりあるような感じを受けた。小中学生ではないから、なかなか統率がとりにくい面があるなあ。ま、初めてということもあろう。次回はもっとかっちり出来るんじゃないかなあ~、、、。

新人が頑張っているのは素晴らしいことだ。レッスンによって開眼していくのを見るのは楽しい。帰りに運転してくれたT君は、行くときは仕事帰りで無口だったのが、帰りはメチャクチャ興奮状態で、ず~っと喋っていたなあ~。空腹でも、歌った後はこんなにも元気が出るんだなあ~。歌うことが面白くて仕方がないといった感じだ。昔は私もそうだったなあ~と思いを馳せたことだ。

 

そういえば、先日のOさんの結婚式では、新郎新婦が歌いまくったのが面白かった。酔っぱらった新郎が、自分の歌うべき所を歌わずひたすらニコニコして、新婦が代わりに歌う、なんて場面もありいので、会場は大爆笑。いやあ~、歌は良いなあ~。ほ~んと。

男の涙。

昨日はOさんの結婚式。ほんものに拘ってだろう護国神社での挙式は、折からの天候に恵まれて真っ青な秋空の下、雅楽の調べに乗って粛々と進められた。こうしてみると日本の伝統的な白無垢と神社は、厳かで挙式に相応しいものだ。何故か我が子達も二人とも神社だったが、確かに若い人にもこのゆかしさは理解できるんだろうなあ。

そこでの30分立ちっぱなしがチト辛かったが、同行の二人が勧めてくれてぺったん靴にしてたので助かった。そこからレトロな会館へと移動、まるで大正時代に逆戻りしたような雰囲気で、披露宴は始まった。

主賓の挨拶なんぞという大役を何故かおおせつかって、歌うより緊張したもんだ。「祝婚歌」という詩の朗読で何とか切り抜けたが、、、。ふ~っ。

あまり若くない二人だからか、大変落ち着いた雰囲気の二人。中でも新婦の落ち着きぶりには目を見張る物があった。新郎が感極まって涙にくれるのを、優しく肩をなでてあげながら慰めるの図なんかは、まるで長く連れ添った奥様みたいな、、、!同じ年齢だと、どうしても女性が年上のような感じになるなあ~。たまたまお隣に座った某大学の准教授さんは、「実は僕も自分の時うるうる来ちゃったんです~」と告白。「まあ、そうですか!?」と返事していると、そのお隣の女性も、「最近男性がよく泣くんですよねえ~」とのたまう。

つらつら考えるに、昔は、「女三界に家無し」と言われたように、結婚はある種の決意が求められたし、実家からの独立を意味していた。「一度嫁いだら決して実家の敷居はまたぐな」が、その頃の嫁入り前の娘へのはなむけの言葉だったのだ。だから、両親や家族との別れも結婚にはつきもので、それがお嫁さんの涙の一つの理由となっていたのだ。ところが、今や離婚は恥ずかしいことでも、ましてや悪でもない。嫌なことがあれば、とっとと帰れば良い。嫁いだからと言って、実家と縁が切れたわけでもない。子供数の少ない昨今、いつまでも親子の縁は太いまま。「いつでも帰っておいで」が、今やはなむけの言葉らしい。となると、べつにお嫁さんになることが悲しいことであろう筈がない。キレイな衣装を身につけて、その日ばかりはどんな女性も晴れやかな主役となる。ただ今愛している愛されている男性に堂々と寄り添い、愛情を表現すればするほど周囲から絶賛されて、最高に幸せ!、、、涙なんか出るはずがない。てなところだろうか。

じゃあ、男性の涙はどうして?と考える時、これは感動か?大きな人生の節目に、それまでの自由と引き替えに「家庭を構える」ことの重圧に、経験したことのない感動が彼らを襲うのだろうか。大海原に船出する人のように、、、、。

 

それはともかく、披露宴においては、今回がそうだったように新郎の同窓生が盛り上げることが多く、「仲間」の祝福が一番好感が持てる。肩を組んで校歌など歌う彼らは「生涯の友」なんだろうと思わせる。お互いに良いときも悪いときも分かち合ってきたんだろうと思う。彼らの投げる言葉に感激しての涙がきっかけだったから。一度切れた涙腺はアルコールも手伝って、歯止めが利かなくなったようだが、こういうのは良いなあ~。ホントに可愛い。

 

二人で「トゥナイト」を歌うときの新郎の幸せそうな顔が忘れられない。末永く、良い夫婦であって欲しいなあ~、このカップル!

2010年10月13日 (水)

命尊し、されど、、、、、。

本日は退院後の初めての診察日。カモシカ先生が仰るには、まず日常生活がスムーズに行くようになってから、トレーニングを始めるのが良いとか。夫が毎日のように、早く外を歩け歩けと言ってたことを訴えると、「それはまだです!」とキッパリ言ってもらえてやれやれ。が、膝を思いっきり曲げてくれて、目の玉が飛び出るかと思うほどの痛みに、ベッドの端をぎりりと掴んで、「先生、痛いです!!」と叫んだものだ。でも、これをやってないとホントに膝が曲がらなくなっちゃうらしいから、今夜から寝る前運動をしなくては、、、!痛い事って、つい疎かになっちゃうなあ~。

 

落盤事故のニュースが世界中を駆け巡っている。全員が救出されることを、ホントに世界中が祈っている感じだ、、、。この最中にもドンパチやっている人々も居るわけで、「人の命」というものを考える時、人類の矛盾を感じるなあ。この現場に世界中から何千人もの取材陣や人々が集まっていると聞くが、この精神で世の中を平和に導くことは出来ないのだろうか?

 

入院中に読んだ本の中に、瀬戸内寂聴の言葉を集めたものがあって、まあ面白かったが、これは実際に生声で聞くのが一番良いんだろうなあ、と思わせた。最近の週刊誌でその姿を見ると、いよいよ仏の世界に近づいてきたというような面相になっているが、あの歯切れの良い口調は若い頃からちっとも変わってないばかりか、ますます切れが良くなってきているようだ。「人を傷つけながらも、私は思うように生きてきたから、全く悔いはない。」と言い切っている。ホント、こうありたいものだ。

2010年10月12日 (火)

素直な人は上達する。

最初のちぇち参加。ただ座って歌っただけで、めっちゃくちゃお疲れ~。トホホの巻き~。

 

でもまあみんなの声を聴いたら、気持ちは元気になれた様な気が、、、、。

 

今日はちょっと指導を受ける側の事を考えてしまった。

限られた時間の中で、指導者は最善の方法を模索しながら引っ張って下さる。そこにはその指導者の創る「流れ」というものがある。受ける側は、その流れに乗り、あるいは乗る努力をして、流れの行く先を見届けるようにするべきだろう。

この場合、コミュニケーションの場ではあるが、「与える」側と「受ける側」が必ずしも対等ではないだろう。疑問や反論を別の機会に個人的に提示するのはありだと思うが、、、。

要するに、指導者が指導し易いように、受け手側が心を平らにする必要があるということだ。

昔よく言われたことは、「素直な人ほど上達が早い!」てことだ。いま、改めてその言葉を考えている。

2010年10月10日 (日)

退院。

ようやく娑婆に帰ったが、、、娑婆とは、苦しみが多く忍耐することの多いこの世という意味らしいが、確かに!

目を覆うばかりの我が家の惨状に、なるだけ目を向けず、目の前のことだけやっつけている状態。不自由な足で、病院から持ち帰った物も一包みづつ荷をほどき所定の場所へと納めているが、これ即ち我慢、忍耐の時間。

夕べは少しばかりのワインのせいか、はたまた久しぶりの自分のベッドのせいか薬のお世話にならずにぐっすり眠れた。まあ3回ほど痛みと共にトイレに起きたが、ベッドに戻ると又眠れる。

病院での規則正しい生活の習慣が身についていて、進んでいるとは知らず時計を見て朝の9時だと思い起きて階下に降りていくとナント!まだ7時だった。ただ今我が家の時計は3個狂ったまま動いているのだ!!

 

今日は初めて仕事も少し、家事も少し、運転も少し、あるお宅にお呼ばれに出かけ、お喋りも少しと沢山、、、。さすがに疲れた。

病院でも、普通の病人よりは、なにやかやとやっていたつもりでも、行動範囲が日常とは全く違う。病室では本は沢山読めたし、暗譜も、やらねばならないプランにも時間をかけて考えを巡らす事が出来た。が、これらは殆どベッドに腰かけてで、ホントに動いてない。狭い個室がなにやら妙に居心地が良く、持ち込んだ瞬間湯沸かし器でコーヒーも入れ、カセットデッキでラジオも聴き、時々はテレビもみて、訪れる見舞客との会話もありいので「退屈」と思うことは一日も無く、昼寝も一回もしなかった。ベッドに居ると眠ってしまうよと言われたが、それは夜の不眠の原因になるという思いもあり、頑張って眠らないようにしたのもあり、あれこれと用事が出来たということだ。

そして、おもろい珍事にも遭遇する。

この病院で働くある人が、段々気軽に声をかけてくれるようになり、短い会話を交わすようになっていたが、退院の二日前。その人はノックしてドアを半開きにし、「あの~お客さん居ませんね!?」と顔を覗かせる。「ハイ」と返事すると、「週刊誌にね、骨盤矯正下着だか、パンツだか、はくだけでスリムになれるものがのってたよ」「、、、ハア、、、。」「大分効果があるらしいですよ」「まあ、そうですか!?有り難うございます!!」と頭を下げるとあっという間にドアは閉められた。、、、今のはなんだったのか?もしかして私に勧めてくれたのか?多分、いや、絶対そうに違いない。でも、面白い人だなあ~。そういえば二、三日前から何か言いたそうにニコニコしてたのはこれだったのか。と合点して、いよいよ退院当日。荷造りをすっかり済ませ、あとは相変わらず多忙な夫に代わり弟が迎えに来るのを待つだけ、という時間に、「住めば都じゃないけど、去りがたいなあ~、、、、」とぼんやりしているとノックの音。「ハイ」とてっきり迎えと思って立ち上がると、又あの人!今度は新聞紙を見せたい部分が見えるように折りたたんで、こちらに示しながら、「あのね、今朝の新聞にね、こんなのが載ってました!セ○○○というお茶ですよ!」「はあ」「このお茶は随分脂肪を取ってくれるそうですよ!!」「ああ、それは知ってます。」「なんかね、もの凄く良いお茶らしいですよ。」「ああ、スイマセン、教えて下さって有り難うございます。」「いえいえ、良いらしいですから。」、、、etc。この会話の間何度もその新聞を差し出してくれたが、眼鏡をかけて読む気にもなれず、お礼を言ってお引き取り頂いたが、、、、、恐れ入谷の鬼子母神~~てね。いやはや、確かに彼女は細かったなあ~。

いや、彼女だけではない。私と同じ手術をしたという人たちも、みんな細い人ばかり。これ、どういうこと?細くても色んな条件で膝を痛める人が居るんだなあ~。てえことは、やっぱり今後若くなるわけではないから、少なくとも痩せなくちゃあ~って、ことで、この彼女のある意味おせっかいも、ありがた~く頂いて、早速その日にそのお茶を買い込んだという、素直な私。しかし、苦いんだよなあ~このお茶。グスン。

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