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2010年1月

2010年1月31日 (日)

不定期な読み物。

団体のテキトーさがよく分かる不定期刊行物としての「ちぇち便り」がほぼ完成した。「前回いつ出したっけ?」「さあ、、、多分前の公演の後かなあ??」「それって、2年前?」「いやあ、、?そのあとも出したような、、、、」調べれば分かるだろうに、この適当な会話。担当者は毎回変わってきたが、今回は前回と同じ人が名乗りを上げてくれて決まり。不思議と紙面は埋まるからなあ~。それほど活動してるってことに、しておこう。

もう一つ、ようやく印刷にこぎ着けることになるのが、「オーディションの募集」チラシだ。少々型破りなこのチラシも、どれほどの人にアピールするのか分からないが、最後まで読んでくれると有り難いなあ~。そして読んだ人が何人か来てくれるともひとつ有り難いなあ~。その結果、何人か仲間が増えると、もふたつ有り難いなあ~。人が多くないと、面白い舞台が出来ない。老若男女、みんなちぇち菌に感染して欲しい!な~んてこと、若い人たちが言うんだなあ~。菌は良かった。

 

今宵は、友人が母上の介護で疲れているのを労って映画にお連れする。運転しないこのお方、無類の映画好きときている。それが、このところさっぱり行けてないので相当ストレスが溜まっているらしかったので、急遽、「行こうか?」となった。昼、別の友人の母上の告別式で出会った結果だ。

しかし、はるばる綾川まで3Dをめがけていったにもかかわらず完売御礼のテロップ。受付嬢に念を押すも、「今日も明日も完売です。」との答え。はあ~っ!?この田舎でえ~?しまった、予約してくれば良かったと悔しがるも後の祭り。でもそこは転んでもただでは起きないオバタリアン。「じゃ、今日封切りにする?」となり、「ラブリー・ボーン」なるものを観る。が、感動は無く、帰りの車の中でも日本人と外人の「死生観」の違いなんかが話題に出るほど。まあ悪い映画でもないが、忘れるかな?

車中で昔の映画のことが大いに話題となり、帰りはあっという間だったなあ。流石に彼女は詳しくて、「風とともに去りぬ」を再演する話が、キャストが問題でさっぱり決まらないと言う。昔のあのキャストを越えられないというのだ。さもありなん。高校時代にまず原作を読んでから見に行き、がっかりするかと思ったら、それどころか、原作を越えた感のあったあの映画。ざっと考えてもあのキャストを越える人はいないだろうなあ?と思う。ああいう「感動」を与えてくれる映画というものに最近お目にかからないなあ。

二人で色々喋りながら、「人間て、ホントに進歩しないねえ~」ってことになる。映画一つとってみてもこうだから。ちっとも賢くならないんだから。短い一生を、もっと豊かに暮らせるはずが、つまらないことに振り回されて自分で自分の首を絞めて生きているのが人間だ。、、、な~んてこと話していたらすぐに彼女の家に着いちゃった。「頑張ってね~」「有り難う」「お休み~」と別れたが、彼女は明日も病院。ホントに大変だ。頑張れ~。

2010年1月29日 (金)

明日はお通夜だ。

友人の母上が亡くなられたとの知らせを受ける。このところ急に体調が思わしくなく、入退院を繰り返していて、近々施設に入所かもと友人があちこち走り回って探していたところだった。介護の一番大変な時期に突入する寸前に逝かれたわけだが、これはもしかしたらお互いに良かったのかも知れないなあ~と他の友人達と話したことだ。実の娘がこうして側に居て、何かと面倒を見てくれる場合でもこうなんだ。例えば我々夫婦のように子供達はみんな遠くに居を構え、全くあてにならない状況では早めに施設を考えた方が良いのかも知れない。この手の会話をことあるごとにし始めてから随分になるが、段々笑えなくなってきた。、、、一体どうなるんだろう、私たち。

亡くなられた母上とは面識がなかったが、昨年我が母が骨折しての入院時期に時を同じくして入院されたし、それ以後どんどん状態が悪くなっていくのを聞かされていて、私自身「親孝行は出来る内に」との思いに拍車がかかっていたのだった。昨日今日と私は母との時間をしばらく過ごしたが、こういう時間を大切にしようと、改めて思った事だ。

2010年1月26日 (火)

インフルエンザではない、と思う。

ついに風邪。間もなく色んな症状が出そうな気配。明日は本業の予約が大分入っているが、、、寝て治そ!

2010年1月24日 (日)

昨日の京都行きが祟ったか?

オーケストラでのオペラ抜粋演奏が行われ、その裏方に初めて参加した。このお仕事は少々緊張!ちぇちでは大いに遊べるヘアーメイクも、矢張り勝手が違う、というか、演出の意向というものを尊重しなくてはならない。よそでは演出家は偉い人、なんだ。ちぇちではさっぱり扱いが違うが、、、。

何をやっても年齢を感じる今日この頃、舞台の袖でコームやパフ、おしぼりやら何やらを持って待機していると、じんわりと疲労感がまとわりついてくる。仕上げるまでは時間との戦いで必死でやるが、出演者達が舞台に上がると時間が違う形で流れ始める。仕事は面白いが、もうこの世界でも若い人にバトンタッチだなあと感じてしまう。

役得で出演者とあれこれ話が出来るのは、まあFMと同じで面白いもんだ。舞台の役柄と違う素顔に触れることが出来るのはこういう時くらいだ。あの人が舞台ではこういうことをやるのか、そういう歌い方をするのか、、、などなど、今日も愉快だった。以前から親しくさせて貰っているK先生ご夫妻のご子息は、以前も舞台で出演者としてご一緒したが、ご両親のお人柄そのままに、とっても好青年だ。最後は重い荷物を駐車場まで持って行ってくれて大いに助かる!

演出家は若い人で、よく勉強をされているようだ。演出という仕事はきつい。そのため、憎まれ役のような所もあるのだが、今日の彼女は意外な一面を見せてくれた。「あの~、」とめちゃくちゃ控えめに寄ってこられて、「私、最後に舞台に出なくちゃならないらしいんですが~、これ、何とかなりますか~?」と自分の頭と顔を指す。そんなことはおやすいご用ですと答えながら、なんて可愛い人だろうとほほえましかった。実際、今回の総責任者T先生も、「僕、挨拶があるんですが、、、」と来られたくらいだから、彼女のような若い人なら無理もない。

一つだけ残念だったのは、客席で舞台を観られないこと。こればかりは仕方がない。裏方の宿命だ。

 

高速で帰る道々メチャクチャ喉が渇いていることに気づき、パーキングエリアでアイスクリームとコーヒーを飲む。が、そんなことでは疲れもとれず、帰宅してから全く食欲もない有様。マッサージ機に直行したが、あれこれ用事の電話がかかりおちおちマッサージも出来ない。やがて夫も帰り買い置きの冷凍牡蠣フライを揚げ、ただただ野菜を切っただけのサラダをあてがい、こちらはお茶漬け。そのあとお風呂に1時間入って出てきたら、夫がもしやお風呂で溺死したかと疑ったという。全く、そうなってもおかしくないわい。とっとと寝よう。昨日の京都行きは往復でたっぷり寝たんだけどなあ~。

2010年1月22日 (金)

昼間暖かくて気味が悪かった。

昼間は少し動くと汗ばんで、まるで春が来たかのようだった。ただいま深夜は流石に冷えてきて、明日からうんと寒くなるらしいという友人の情報がどうやら正しいらしいと思っている。

 

お嬢からの電話で、県民性を色々調べている番組に香川県が出てるから観たら?というので、早速観てみた。客観的に見ると確かにおかしな事が色々あるなあ~。嫁ぐときに座布団を嫁入り道具に持参する話がそんなに珍しいことだとは知らなかった。すき焼きに大根はホント無いと物足りないよねえ。おでんがうどん屋さんに必ずあるのも県外の人には珍しいんだねえ。以前食べて会計の時、「おでんは何本ですか?」と訊かれて、「何番」と聞き違え、自宅の電話番号を言ったことがアルのを思い出したなあ~ははは。この番組中私的に一番受けたのは、「豆腐の生煮え」は体に悪い、という言い伝えだ。不思議に思いながらもそう言われて育ったから、今でもなんとなくそれを信じてるかも~。冷や奴は食べるのにねえ。これは実際笑える。面白い番組だなあ。

2010年1月20日 (水)

やっぱり飲んだわい。

県が主催の新春のつどいなるものに、団体を代表して参加してきた。今日は飲まずに帰ると決めて車で出かけるも我が愛車は背が高すぎてそのホテルの立体には入れず、町営のパーキングへ。そもそもその辺りから何となくついてないなあ~と思っていた。

で、会場入りしたら少々遅れていて、さあ、どうしようか、どこのテーブルに付こうか、、、、立食だからな~、誰か知ってる人がいるテーブルでないと気詰まりだしなあ~、、と色々考えていると早速目の前に以前ちぇちがお世話になったYさんが目に付く。「あっら~、お久しぶり~」と会話が弾み、その方のお連れ様の格好いい男性を紹介される。出で立ちといい、物腰といい、普通のサラリーマンでないことは一目で分かる。私の中のアンテナがチカチカと信号を発し始めた。この方とはお近づきになっておいた方が、、、、で、詳しく氏素性?を尋ねることに。すると我が家に以外に近いところで喫茶店兼パン屋さんをされてるという。それなら私も知っているし、行ったこともある。そうなんですかあ!?と答えつつ、あたしゃ明日にでもそのお店に行く気になっている。彼は現在劇団の制作をされているらしい。舞台関係の方はとにかく親しくなっておくに超したことはない。

ひとしきりご挨拶が済んでさあ食べようかとしたところにビール片手に現れたのが、県下の音楽会の大御所E先生。「まあ、先生お懐かしい~、、」と今度は昔話に花が咲く。我々が若かりし頃、即ちうんと元気だった頃、ダンスやビリヤードに夜な夜な興じていた話だ。我々にあんな時代があったなんて、今思うと夢のような時間でしたねえ~、ということになる。ホントに楽しかったですねえ~、先生と踊りましたねえ~、よくあんなに元気でいられたねえ~、と盛り上がっていると、その側を音楽関係者たちが挨拶しながら通り過ぎる。だってE先生はホントに偉くなっちゃったもんねえ~。だからあ~、結局は注がれるままに飲んじゃったってわけだわさあ。

そのうち私の方にも以前夫の会社の同僚だったという人や、FMのゲストや、ダンスの先生などが寄ってきてくれて、次々と話が紡がれる。その上、芋焼酎が美味しいわよ、とかアドバイスしてくれるので、ええいままよ、と飲んでしまう。実際美味しくておかわりしちゃった。

したたか飲んだ後に、これまた相当聞こし召したW先生がご登場で、一気に盛り上がる。声楽家でありながら実は和物が大好きで、歌舞伎通であるらしいことや、ご自身が三味線を持っていることなどを告白されたため大いに驚く。そこに、「声楽家の笑い声がしたわ!」と西の方でご活躍のIさんが寄ってこられる。で、ますます我々のテーブルは盛り上がったという次第。いやあ~、行く前は相当行きたくない病に犯されていたが、行ってみればまあ面白かったか。他にもご挨拶すべき諸先生方にお目にかかれて、それも良かったし、、、。こういうことも必要だ。最後に昔なじみのアナウンサーが司会していたので冷やかしに、、、いやいやご挨拶だ。こうして顔なじみの人々がまだ居るという確認をしに出かけたような感じだなあ。まだ皆さんお元気で、白髪が増えてもしわが増えても、こうした場所でお目にかかれることは何より。今に、だんだん見覚えのある方が居なくなったり、新しい人ばかりになっていくんだろう。県下の芸術文化を論ずる人たちも世代交代が始まっている。それはいつの時代もそうだが、おみっちゃんが生きている今、ひしひしと感じるなあ~。

しかし、「こうもり」を観ましたと言う人が一人もいなかったのは、結局そうなんだ。お互いのものを鑑賞し合うという風潮がない。ある人も言っていたが、他分野の人々とのコラボレーションが非常に難しいのは、こういう所にも現れているのかも知れない。お互いのものへの興味が薄いというわけだ。それぞれ共通項も多いとは思うが、、、。

 

結局テクノを呼んで我が家まで。運転手さん、なかなか会話が面白い人で良かったが、その中で、彼らのお仕事事情について色々聞けてそれも面白かった。どんな仕事も大変だ~。

終わりなき多忙。

連日連夜の作業にほとほと疲れた。パソコンが新しくなっていて、とても性能が良いのは間違いないが、何しろ使い慣れて無い。一つつまずくとやたら時間がかかってしまう。息子に言うと、ちゃんとマニュアル読んで勉強してないからだとけんもほろろ。くっそ~~。

まあそれでも一連の作業にようやく終わりが見えてきたのはめでたいことだ。それにたどたどしくも、パソコンがアルからこその作業だ。ほんに便利なものだわい。

 

昨日の会議に引き続き、本日も二者会談。考えてみると日曜日からこっち連日の会議だ。ホントに人と人とは話し合わなければいけないし、話し合ってもどれほどのことがわかり合えるか怪しいものだが、それでもこの努力を続けていかなければ、何事も進んでいかないのだ。特にこのところのちぇちの身辺は転換期かと思える程の騒々しさだ。いや確かに転換期だろう。、、、変化するのは悪いことではないと信じたい。新しい風が吹いて、新鮮な空気の中でみんなが大きく深呼吸出来るような、そんな団体でありたいではないか。会長が以前よく言われていたのは、「たまった水は腐る」「いつも新しい水を入れ続けなくてはならない」ということだ。

ま、強運なちぇちには、「ちぇちぃりぁ様」が付いている。きっとこれからも守って下さるだろう~~~って、楽観的なとこが良いとこだ。ふっ。

2010年1月19日 (火)

反省会。

今宵がまさしく反省会だった。全員が初めてしらふで、即ちしっかりした頭脳で話し合えたと思う。公演後の興奮状態から時間が経ち、冷静に分析も出来るようになった時期だ。貴重な意見が続出したが、これを今後につなげる事が出来れば良いなあと、、、。2年後の大舞台までこれらを覚えている人が何人いるか、という心配があるけどなあ~、、、。

おおむねみんなが作品のできばえに満足しているらしいことは、そのまま観客の反応の裏返しだろう。が、一部の人はまだ公演が終わってない。帰宅してからも電話やFAX、メールでのやりとりが続く。こういう深夜のお仕事は、段々に減らして貰いたいものだ。年寄りには酷というものだ。

ついに午前1時が来た。ふ~っ。

2010年1月18日 (月)

占い。

疲れた、とここに書くまいと思いつつつい書いてしまう。朝の内本業をやっつけた後、高速を飛ばして宇多津まで。そこで、ある公演のお手伝いをさせて頂くことになり、演出家に会い、キャストにも会うのがその目的だった。オーケストラと練習中で、緊張した空気が流れている。県外から参加の歌手や、私も知っている人々がちょっと変わった演奏会をするようだ。前回の「こうもり」に出演してくれたM氏が出るので最初から行くつもりではいたが、思いがけないお仕事が降ってきた。今日は役得で皆さんの良い声をたっぷり聴きながらの作業となる。衣装は専門家の手作りで、とても素敵なものが出来ていた。全てご本人のお体に合わせてくれるという贅沢ぶりだ。

途中でピョコピョコと寄ってくる少女が居たと思ったら、にゃんと、ちぇちのメンバーのKさんだった。今回は楽器演奏者として参加だという。年末の公演が終わったばかりで大変そうだ。だろうねえ~。

途中でS氏からライブの案内メールが入ってくる。なんだ、全く重なっちゃったなあ~。これは行けないわなあ~。残念。彼のフォークも聞いてみたかったけどなあ~。

 

本日は晴天で高速往復は苦にもならなかったが、車が多かったのでどこか緊張して運転していたのか、その後に加わった会議では肩が凝って凝って、、、。内容も深刻なもので、そりゃあ凝るわなあ~。右へ行くか、左へ行くか、、、?何事も「選択」こそが重要でそれ故「決定」は大変だ。このテーマは、私自身のこれからの人生を左右しかねない重たいもので、色んな角度から言葉を紡いでみたが、どれもこれもぴたっと来るものがない。それはお相手がいることで、一存では何事も決められないからでもあるが、、、。さて、今年はいったいどういう年になるのか、、、。虎にちなんでトランプ占いでもするかなあ?

2010年1月15日 (金)

生きてる限り続く、、、、。

そりゃあ酉年ですわ。気が多い性格でもある。そもそも本業を持つことも、主婦と両立させてのこと。その上に趣味やらなんやら加わって、私というカートの籠はいっぱいぱい。にしても昨年暮れの大仕事はもう3週間前のこと。少しは軽くなっていても良さそうなものが、籠の中身は出て行ったものを埋めるようにじわじわ増え続けている。やれ原稿だ、やれ収録だ、やれ校正だ、ととどまるところを知らない。もうあまり減らそうと思わない方が良いのかも知れない。減らそうと思いながら暮らしていると、逆に減っていかないことに苛立ちそれがストレスになってしまう。来るもの拒まず、自然に受け入れ、ゆるりとかわしていこうか。これが、生きると言うことなのかも知れない。

 

という諦観の中での本日も収録。ゲストは若い人で、シンガーソングライター。よく笑う朗らかな人だった。本日ミキサーのお勉強で入っていたちぇちのメンバーと同窓生だと言うことが判明。余計賑やかな収録風景と成る。

ゲストのJさんは病気を持ちながらも積極的にそれと戦い、何時も前向きに人生を切り開いてきたらしい。歌を作り出してもしばらくは壁に向かって歌っていたと言う。世間の反応が怖かったのだそうだ。よく分かる。持参したCDの歌手達が全てクラシカルな歌手達だったのには驚かされたが、本質的に良い声を聞き分ける力が備わっているのだろう。作詞作曲して自分が歌うという羨ましい仕事もしつつ声楽の勉強もしているという。自作の曲も聴かせて貰ったが、なかなかポエジーなゆったりした曲で内容も示唆的な好ましいものだった。、、、、若い人から教わることも多いなあ~。

 

さあ、宿題を一つやっつけよう。

今年も更新、ドジ記録。

1ヶ月ぶりの岡山、ついレッスンに熱が入って時間が無くなり慌てて船着き場に行くも目の前を船が出て行ってしまった。かなり待ち時間があるので、ひとまずトイレへ。手を拭き拭き出てくるといきなりすぐ側で、「あや~っ!」だか「ぎょ~っ!?」だかの大声と大きな人の影が!!見上げると、こちらも思わず、「うぎょ~っ!」という大声が出る。「どうして?」とお互いに合唱までしている。それというのも、この大男は今回の公演の夜の部のアイゼンシュタインだったのだ!まあ縁があるというか何というか。

帰るまでの約1時間半、色んな話が出来て私にとってはホントに良かった。音楽にまっすぐな人と話をするのはかくも楽しい。音楽の世界に居て、音楽以外の人間のしがらみや煩わしさを上手くかわしていけているのは、彼の性格が幸いしているのだろう。これからもちぇちに大いに関わって欲しい人だ。

もしかしたらこのお方が出演の夜の部の記録が残ってないかも知れないという危機的状況に、昨日のFM収録でたまたま夜公演に来てくれたミキサーのAさんが録音してくれていたことが分かり、どれだけ胸が軽くなったことか!彼だけでなく、ソリスト達は記録がないことに大いにショックを受けるだろうから、、、。せめて録音と画像があれば、、、、それにしても残念。なんとか復元してくれると良いが、、。

 

で、いよいよドジのお話。

 

数ヶ月前から、夫が「お母さんの車のキーは?」と言うのに、「キーはリモコンしか持ってないわよ」と言うとそんな筈はない。購入したときに本体とスペアキー(夫に渡した)と必ず二個くれるはずだ」とのたまうので、「変ねえ、私はこれしか持ってないけど~」「じゃあ、一度販売店に立ち寄って作ってもらうなりなんなりしたら?」と言われ、忙しくて忘れていたのだった。で、今日たまたま帰り道に購入したお店に寄ってみた。するといつものおっちゃんが、又あの訳の分からん人が何か言いに来た、みたいな顔をしてこちらをみている。確かに今までも、ろくでもない質問でたびたびここを訪れている。で、「すいません、この車のキーをもう一つ作って欲しいんですけど、、、」と言ってみる。すると怪訝そうな顔をしながらもそのおっちゃんが、技術屋さんを呼んでくれて、この車は盗難防止のセキュリティが搭載されているからその作業が如何に大変な作業か、しかもお金もかかる、と説明してくれる。全部聞いた後で、「奥さん、どうしてもう一つ鍵が欲しいんですか?」と聞かれる。私は涼しい顔をして、「夫が、持っているスペアだけでは不安だから、もう一つ作った方が良いと、、、私が持ってるのはリモコンだけで、これが利かなくなったら困るので、、、」と答える。すると、「奥さん、そのリモコンありますか?」と能面のような顔で聞くので、「ハイ」と差し出すと、いきなり魔法のようにリモコンからキーを外してみせる。「あっ」と思った途端、そのキーを受け取ったときのことがまざまざと脳裏に浮かぶ。そうだった。キーは二つあって、一つはこのリモコンと合体してるんだった!!、、、そのおっちゃんの顔は、客のことを決して馬鹿にしてはイケナイ。が、おかしい。が、笑ってもイケナイ。ここは一切の感情を断ち切り、ただの客を送りだす顔に徹する。という顔だった。アハハハ。唇の端に一瞬震えが走ったように見えたが、客商売の見本みたいな姿勢は凄かった!!それに引き替えあたしゃ一人ケラケラ笑いながら、「すいませ~ん」とその場を急発進して立ち去る。かなりはじゅかし~、、、ちょっと待てよ。あれは、もしかしたら、本気で私を認知症と思ったかも知れないなあ~。ふむふむ。その可能性は多々あるなあ~。

いや、ていうか、この恥ずかしい事件の元は夫の言葉にもその原因がある。二人ともが慎重でないことがそれに拍車をかけたわけだ。ふ~っ。やれやれ。

2010年1月12日 (火)

ようやく少し日常が戻ってきた。

夕べのちぇちの運営委員会というか反省会が長時間になり、飲んでも酔えない状況で、そういえば帰りの車に同乗のAご夫妻も全くのしらふ状態だったなあ~。我々3人とも飲んべえのはずで、確かにそこそこ飲んだはずだのに~、矢張りお酒はその場の雰囲気で酔い方が決まる。

ちぇちの今後のあり方についての白熱した(?)議論が展開されたが、若者達の口調に熱がこもっているのは大変有り難いことだ。なんと言っても今後は彼らに中心的役割を担って貰わなくてはならない。個人的には、何をやるにしても楽しくやっていけるというのが一番だと思うが、楽しさを得るためには少々退屈なことも厳しいこともやらなくてはならないことは、今度の公演からもみんな理解したことだろう。

どういう道を全員で歩いて行くか、これは矢張り引っ張っていく人たちの思想で決まるだろう。道は一つではないのだから、、、。

いずれにしろ、言葉には責任が伴う。過去を振り返っても会長と丁々発止様々な議論を重ねて、今一番を選択してきたつもりだ。年齢層のみならず、キャリア、取り巻く環境にものすごく大きな幅があるちぇちのメンバー達。この全ての人に、「ああ、ちぇちのメンバーで良かった」と思ってもらえるような会にするには、きめ細かい対応が必要だろう。そして、小さいと思える一人の力を結集することで、思いがけない大きな充実したことが出来るのだ。

 

市民オペラちぇちぃりぁという団体。音楽の守護聖人「ちぇちぃりぁ」の御旗を掲げ、「優しさ」を潤滑油に、高松の地に連綿と生き続けて欲しいものだ。

 

先日の岩盤浴に引き続き今日もジムへ。さすがに今日はスポーツと呼べるものをやろうと決心して出かける。が、行ってみて驚いた。2階のマシーンの位置がすっかり変わっていて、違うところへ来たのかと錯覚するくらい。でまあ、目的の自転車に乗ってウオーミングアップをしていると、若いインストラクターがやってくる。「もしかして久しぶりですか?」「そう」「どれくらい?」「さあ??」「このリニューアルはご存じでしたか?」「いいええ~」「あっ、そうですか!?それならお盆より前から来られてませんね!!」「まあ、そんなに長く来てないの?ず~っと会費だけ払ってたのね!」「あっ、有り難うございます。!(最敬礼)」てな会話の後、このところの膝の痛みを訴えると、親切にお風呂で出来るストレッチを教えてくれた。早速試してみるとな~るほど、全く痛みが無くなった。木曜日の午後は彼が膝腰専用のストレッチ教室をやってると言うから、行ってみようか?という気になったなあ~。病院より良いかも~。かもかも~。

2010年1月11日 (月)

友情の連鎖。

本日は新年歌会の日。懐かしいお顔もよく見るお顔も同席の和やかな時間が過ぎ、尚別れがたい人々が残ってのしばしのティータイムとなる。師匠の言われる、「短歌を通しての人と人とのつながり」をしみじみと実感した一日となった。

夫には遅くなるからと言い置いて出てきた事を運転手のSさんに言うともなく言うと、同行のMさんともども、「どっか行こうか?このまま帰るのはもったいない」とすぐさま一致。Yタウンでショッピング。あたしゃ欲しかったキャリーバッグのバーゲンに行き当たり、上手い具合にゲットした。彼女たちもいくつか買い物をしたが、暖房のせいか「あつい、あつい」と逃れる様に外へ出てどっかでご飯を!となる。迷ったあげく、一度も行ったことのない本格韓国料理の店に行くことに。結局そこで大いに食べながら、3人とも年末の舞台に上がった人間として大いに喋った。ここでも話題は公演を通しての人間関係の話となる。弱いところをお互いに補い合うことで成立した今回の舞台。これこそがちぇちが目指してきた舞台だ。年齢差の激しいメンバー同士、理解しにくい言動が多々あっただろう。家庭の中での親子げんか兄妹げんかに似たものも水面下ではあったに違いない。積み木の家の不安要素をはらみながらも、ちぇちファミリーはどうにか一つの目的を果たした、ということだ。全てが解決した訳でもないだろうが、少しずつ成長すれば良いのではないか。

こうして、3人だけの打ち上げが終わった。それにしてもあの店は美味しかったなあ~。

2010年1月10日 (日)

まだ年賀状を書いている。

年が明けてから、動いている自分と別の自分が同居していて、その静の自分には今日がいったい何日なのか、何曜日なのか、年が明けてからいったいどれくらい時間が経ったのかそれさえ定かではない。目の前にやるべき事が現れると無意識にそれを片付けている感じ。、、、その流れの中での賀状はごく自然なことだが、間もなく鏡開きという今日になってもまだ書いているというのも、ムムム。

 

しかし、公演の後片付けはまだまだ終わりそうにない。このところ毎日のように各担当者と連絡を取り合ってはあれこれやっている。明後日の運営委員会ではどう話し合われるのか?大小の問題が多々あって、それを思うのも心の重荷になっている。私にとっての終演はまだまだ先のことになりそうだ。

 

ところで今日は母のお守りの為、映画館に行った。3つの候補作品はいずれも時間的なもので選んでいったが、結局はディズニーのアニメとなった。この選択は母に任せたが、意外な結論だった。二人してアニメを見たのはポニョ以来のことだったが、これは大人の為のアニメみたいなものだった。椅子に着席した途端眠くなり10分位爆睡。ハッと目覚めると丁度始まったばかりで、今回は最初から見られた。アメリカものらしくハッピーエンドだったが、ほのぼの~とした内容でちょっと泣かせて笑わせてはらはらさせる類のもの。ホントにこの頃のアニメはそのテクニックが凄い。吹き替え版を見たのだが、映像の中に出てくる字も英語であるべきところ、日本語にしてあったのは流石~の気配りだった。隣に小さい子供連れの女性が座ったが、ご両親のどちらかを亡くされた記憶が新しいのか、主人公夫婦の出会いから死別を描く冒頭から涙をぬぐっていた。その後も二人の子供さん達はじっと食い入るように画面を見ていて、この映画が大人も子供にも受けるものだということがよく分かる。以前はアニメは嫌いだったが、ここに来て、180度までは行かないまでも100度くらいは気持ちが変わったかな?どんな世界も頑張ってる人がいるんだなあ~。

2010年1月 7日 (木)

岩盤浴から始める。

いくらなんでもぼちぼちアクティブな暮らしに戻らないと、このままでは引きこもりの鬱病になってしまいそうで、思い切って何ヶ月ぶりかでジムに出かけた。「しっかり運動せよ」との夫の声を背中に聞きながら、全くその気はなく、今日は岩盤浴とお風呂と決めている。

帰宅すると娘がテレビに丸亀町商店街が出てる、というので見たが、なるほど見覚えのある場所がたくさん出てくる。改革によって、売り上げが3倍にもなったそうだが、その仕掛け人は私もお会いしたことがある女性だった。ここにも凄い女性が居たなあ。全国版で放送されるとは結構なことだが、そのまま続いてくれればねえ、、、、。

 

帰宅してすぐ寝る予定がそうもいかず、ちょいと寒くなってきた。やばっ。

2010年1月 6日 (水)

次なる目標。

何もかも反応が鈍ってきているのか、、、今頃になってど~~んと疲れが出てきている。まあ諸々の片付けやら本業で消耗しているのもあるが、根本的な体の奥が疲れてるぞ~と叫んでいる。たとえば、来客用に買い込んだ寝具を裏の二階へ移動したが、あまり重くもないその荷物を運んだ後は一度いすに座らなくては次のものが運べない。続いてチャイルドシートを同じく裏の二階へと運ぶともう~っだめ。しばらくお休み。息子達の布団を干さなくてはならないが、今日が雪だったのを幸いにそのままにしてある。公演時に頂いたお花類がぼちぼち枯れてきているが、その手入れも今日はエネルギーが残ってない。たまたま本日頂いた差し入れのケーキも、目と舌は美味しいのに一個の半分食べて気分が悪くなった。、、、かなり異常か?フフフ。

 

ま、寝たら治るたぐいのものだろうが、一応夫には、「私、癌かもしれない」な~んぞと言ってみる。口に出したらそうではない様な気がするのは、寒いときに、寒い寒いと言ったら寒さが緩和するのと同じか?あは。

 

ちぇちの運営委員会の呼びかけが始まった。次へ向かって始動の時だ。

睡眠願望。

ちび達が帰ったら、途端に体中が痛くなって、疲れがどど~っと出てきた。たいしたことはしてないのに情けない。昨日抱っこしすぎて二の腕が痛くなったから、今日は絶対抱くまいと思っていたのに、両手を広げて、「みった~ん」とよちよち駆け寄ってくるのを抱かないわけにはいかなかった。おまけに見送りに行った駅では、荷物の多い両親に代わって、胸に下のお坊ちゃまを抱き、片手で上のお嬢ちゃまの手を引いて、う、う、うの状態。しかしまあ、この二人を連れて水戸までの8時間はさぞ大変だろうと同情してしまった。いくら若いとはいえ、ねえ~。元気で着きましたと嫁りんからのメールがあったが、やれやれ。

 

まだ年賀状に追われている。明日から本業も始動するし、思いっきり眠ってみたいものだ。

2010年1月 5日 (火)

孫三昧。

まるでタニシの身が爪楊枝で引っ張り出されるように、あたしゃ家から引っ張り出されて、孫べえのお守りのためにデパートだ。半日1歳半の子供を抱いたらさすがに二の腕が痛い痛い。間の悪いことにアトラクションでゴレンジャーとかをやっていて、しっかりそれを見るのにつきあわされる。驚いたのは上の女の子のもの凄い声だ。「がんばれ~~~」と割れ鐘のような声で叫ぶため、周辺の大人達がびっくりして振り返るほど。そんなことには一切かまわず、何度も何度も叫ぶのに、他の子供達もつられて一緒に叫ぶが、この子ほどの声の主は居ないほどの大音量。いや~、これって、どう考えたら良いの?ちょいと冷や汗ものだったが、将来の大歌手?な~んてね。婆ばか。

私と同じく連れ出された母も、一緒に食事をしたり例のアトラクションを見たりしているうちに、段々元気になってきた。不思議なものだ。これを孫効果と呼ぶらしい。(マツイ55さんの造語)

息子の要請である所に買い物に寄ってみると、そこに声楽家のk夫人とばったりお会いする。矢張りお孫さん二人を追っかけ回していて、私と同じく息子さんご夫婦の買い物の為の乳母の役目だった。しばらく話して今年もよろしくとお別れしたが、高松は狭いなあ。

しかし、いよいよ明日は息子達は水戸へと帰っていく。「みっちゃんとこに行く~~」と可愛いことを言ってくれる孫べえ達ともしばしのお別れだ。

これですっかり日常が戻る。

2010年1月 4日 (月)

脱力感、100パーセント。

お正月の三が日を初詣以外全く外に出なかったのは、多分今年が初めてだ。あんなに良いお天気だのに、まるで引きこもりのように家の中だ。まあ、たまりにたまった片付けは山ほどあるし、孫べえたちが来るというので、目につくものは全て別室へ移動してあるから、それを何とかしたりと別に寝込んでいるわけではない。洗濯物も、あ、そうだ、明日の不燃物を固めておくようにと夫に言われていたなあ~。賀状の整理ですっかり忘れていたなあ。それもかなり面倒な気分。、、、ある種の鬱かも知れないなあ。昨年の公演で何もかも放出してしまった感があり、まるで今は抜け殻だ。

それに、初夢らしきものを見ないんだなあ~これが。毎晩、舞台が出てきて、それも開演前で慌ただしい風景だ。幕が上げられるかどうかで焦っているの図。大分いやんなってきた。殆ど悪夢に近いじゃないの!?

実際、演出的には反省点が多い。列挙すると恐ろしいことになりそうだ。が、その作業もしておかなくてはならないだろう。

 

出演者から年賀状が結構届くが、殆どが舞台で楽しめたようで満足してるらしい。まあ、私の一番の眼目は舞台に上がる人全てに日が当たることだったから、その意味ではどうやら成功したらしい。こういうアマチュアの団体では、力の差なんて五十歩百歩だと思うからだ。それぞれに存在意義がある舞台、それがちぇちの舞台だ、と私は思っている。

 

賀状の中には私のことを人間とは思えませんとか、パワフルだとか書いてくれるが、人間である証拠にこのていたらくだ。出るのは生あくびばかり。さあ、今夜も寝るとしよう。シンデレラタイムだ。

2010年1月 1日 (金)

初夢。

初夢はいつ見たものを指すのかしかとは知らないが、まあ夕べ見たものと今夜見たもののどれかだろう。まずは昨日の夢は、まだ舞台に立って、あれこれ試行錯誤をしたりみんなに指示を出したりしていた。これは単に舞台の余韻を引きずっているだけで何の意味もないことだろう。という事は、今夜だ!どんな夢になるか楽しみだなあ。

 

独居老人の友人が朝からやってきて一緒に正月をお祝いする。夕べから仕込んでおいただしであんこ餅5個と白餅5個でお雑煮を作り息子を加え4人で食べる。そのあとは連れだって與田時にお参りだ。年々増え続ける参拝者に驚くが、何とかくぐり抜けてお参りを済ませる。行きも帰りも後部座席で爆睡。少しすっきりしていたが、今又睡魔が襲ってきている。さあ、一月一日の初夢に期待して!!寝よう。

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