落語。
今日は日本の伝統話芸というものの神髄に触れた感のある「寄席」に行った。関西にいて、なかなか本物の関東風落語に出会えないが、 その意味でも又最高クラスの話芸という意味でも、出かけて良かったと思う。娘が「おばあちゃんのことは任して!」 と言ってくれたので出かけられたが、行った甲斐があった。
案内をくれた我らが落語ぺらの立役者K師匠が、「こんな凄い人と競演できるチャンスは殆ど考えられないことで、 私は興奮してるんです。」と話しておられたが、全くその言葉に嘘はなかった。 柳家○○喬さんという私もテレビでお顔を見たことがあるという落語家さんは、小さな殆ど聞き取れないくらいの声でぼそぼそと喋り始め、 笑いも大笑いを呼ぶようなものではなく始まる。これは間違いなく計算された喋りだ。客席は自ずとシ~ンとなり、 全員の目と耳が舞台の一点にと集中する。そして、切れの良い江戸っ子弁はピアニッシモから段々クレッシェンドしていき、 時にが~んとフォルテで喋るなど、全体のリズムが素晴らしい。その上、所謂笑いの壺を確実に押さえ、観客を十二分に楽しませる。 二つ目の演目では、殆ど「語り」が中心で、花魁と米搗きやの丁稚の話は、舞台にまるで本当のように立ち姿の美しい花魁が現れ、丁稚が泣き、 亭主が泣き笑い、その他大勢の人々が出現して聴衆を魅了した。あたしゃ思わず涙して聞き入った。 たった一人でこれだけの人間を表現できるこの「話芸」にはホントに感心してしまう。一番凄いと思ったのは、 本人が自分の笑いを絶対しないことだ。最初から最後まで「芸」で通す。全くスキのない舞台、スキと見せかけるテクニックにも流石と膝を打つ。 聞けば、大阪で本番の後、高松でのこの舞台をこなしたようで、その体力にも脱帽だ。K師匠は、「同じ時代に生きて、 生で聴けてホントに良かったと思えるお方です!」と言われたが、成る程その通り。もう二度と聴けないかも知れないが、 私の記憶の中にしっかりとインプットされた。日本が誇る芸術だ。
夕食を食べてない我々同行女5人は良く気があって、最近開店のお好み焼き屋さんでわいわい言いながら時間を過ごす。 このメンバーは旅行にも一緒に行く仲だから、全く気が置けない。言いたい放題で、船頭多くて船が山に登るの例えよろしく、 4種の内まともに出来たのは最後のプレーン焼きだけというお粗末。もんじゃ焼きに至っては、なんじゃもんじゃと相なり、 ヒロシマ焼きはピカドン焼きとなり、焼きそばはソース漬けとなり、「主婦歴ん十年の主婦でこれえ?」と自問自答の大笑い。 それでも1000円ぽっきりで大いに楽しめたのは、ここで正解だったということだ。
久しぶりに息抜きが出来て、良かった~。
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