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2008年9月11日 (木)

三人寄れば文殊の知恵。

 夕方からのちぇちの会議は、深夜に及び、只今食器洗い機が活躍中。疲れたが、どうしてもやっておかなくてはいけなかったものが、 一応段取りよく進んだので、やれやれという思いがある。文殊の知恵は三倍の人数だったため、より良い意見が出たとも言える。さあ、 これから年末に向けてのガラコンに突入だ。

 夕食は我が亭主も交えての賑やかなものとなり、私を除いてみんな偶然にも大学関係者ばかりで、 昨今の教育問題についてあれやこれやとディスカッションに花が咲いていた。「教育」ねえ~。 不完全な人間がより不完全とも言える若者を相手になさねばならないこと、、、、遠近両方の物の見方が必要なようだ。おっと失礼。 まるでそこにいた諸先生方を不完全と言ってるような、、、フフフ、明らかに言ってる。誰もご自分を完全だとは思ってない賢人たちだから、ま、 良いだろう。

 

 で、ガラコンは、そもそもガラコンというネーミングがまずい、というところから始まって、予想通り行きつ戻りつの混沌状態を経て、 ようやく、いくつかの保留事項を含みつつ形が整った。「歳忘れコンサート」ってえのが、あたしゃ一番お気に入りだったが、、、 どんな名前が付くことか。確かに年齢は忘れたい、わなあ~。

 

 その前が岡山で、行き帰りのフェリーで何とか眠ろうとしたが無理だった。なんてことなく眠れるときもあるんだが、、、不思議。 というのも、今日の会議のために夕べは夜中までかかって会議室を造っていたのだ。どうしても思い出せなかった大きなテーブルは、 全て整えた深夜3時に居場所が分かったが、とてもじゃないがその時間から出す気にはなれなくて、低いので我慢してもらう。翌日の今朝は、 嫁りんたちが水戸へと帰っていくのを空港まで見送ったが、運転する元気がない。母と共に夫に乗せて貰い空港に着き、 孫べえと少し遊んでからバイバイだ。行動がスローになっただけで、泣きもせず、 母親に手を引かれ視界から消えていく孫べえをしんみり見送ったことだ。あちらのお母様とお互い言わずもがなの会釈を交わし、 短い言葉で分かれたが、あちらの方が濃密な時間をたくさん過ごしただけき、っともの凄く寂しいだろう。ま、仕方ない。

 

 てなことで、一日すっかり終わった。

  

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