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2008年3月

2008年3月30日 (日)

大雨。

 夫が突然のように以前食べに行ったことのある高知の山奥のソバ屋へ行こうと言い出し、 言い出したらどんどんヒトの都合はお構いなしに動こうとするのに辟易しながらも、 何となくそのペースに乗せられて弟の家族共々2台の車で出かけることに。この頃では珍しい土砂降りの雨の中、 夫は新車で120キロ平均飛ばしていく。最初は負けじと頑張っていたが、途中でアホらしくなってそこそこのスピードで付いていく。 ところが途中でどうも「高知道」「か「松山道」か分からなくなって、私は「直感力」でもって松山道へ入り、しばらく走り夫に電話してみると、 にゃにゃ~んと、すっかり勘違いして高知道に入ってしまっている。私の車に同乗していた人間はお腹を抱えて笑ったもんだ。まるで 「ウサギとカメ」のお話だ。お陰でこちらは敵よりも30分以上早く着いたというわけだ。今日の神は善人の見方だったなあ~。フフフ。

 でもって目的地のソバ屋は、午後2時という時間帯だったせいもあるだろうが、殊の外美味しい! まるで隠れ家みたいな川縁にある趣のあるソバ屋で、誰も知らないかと思いきや、結構な人が来ている。大した蕎麦好きでもない私だが、 ここはホントに行けてると思う。蕎麦好きで蕎麦好きでしょうがない吾が弟は大層気に入った様だった。

 

 昨日はS嬢他3人の演奏会で、ケッコウ楽しんだ。楽器だけでなく歌が入るとやっぱり良いなあ。 県外からの人だったが、若くて初々しい感じも好感が持てたし、良い声の人だった。ピアノとサックスも力がある人ばかりで聴かせたし、 土曜の昼下がりの音楽会に相応しいものだった。こういう演奏会が大層なことでなくいつでも聴けると良いなあ~、と思ったのは私だけだろうか?

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2008年3月28日 (金)

さぶっ!

 日々こうも気温が変化すると体調が狂うなあ~。というか、 自分が今健康体なのかどうかが判断出来にくい。風邪をひいてないはずだのに、背中がぞくぞく、鼻水さえちょろっと、、、、色気の無い話し。 で、それにも負けずお嬢のレッスンをしてみた。、、、しかし、歌は難しい。ジャンルは何でアレ、「伝える」という行為がそもそも難しい。 もともと「声」はあるんだが、「歌心」はこれからしっかり磨く必要がありそうだ。どうか磨いても磨いてもたわし、 ってことありませんように<<<<!

 

 母の誕生日を祝おうとイングリッシュガーデンに行ったは良いが、寒いの何のって! 部屋にしつらえてある暖炉が殊の外嬉しく思えた。フランス料理のコースを母が全て平らげたのには、娘同様驚いたが、喜んでくれて良かった。 ビールも飲んで、お祝いにとプレゼントされたカクテルも全て母の胃袋に収まったのだから、流石私の母だけある。「食べ力」だそうだが、全く!

 実はそこへ行く前に孫べえに会いに行って、少しばかりお散歩させたんだが、 海辺とあってそこも相当に寒かった。案外薄着だったりして、唸りながら吹く風に悲鳴を上げながら帰路についたことだ。、、、 何と言っても寝起きのちび助が私の顔を認めると満面の笑みで走り寄ってくるのがナントモカントモ嬉しくて、思わず大昔、 わが子達を保育園に迎えに行ったときのことを思い出していた。いつのまにこんなに時が経ってしまったんだろう。あの頃のことが、 まるで夢のようだ。という、月並みな表現が、これまたぴったりで、これ以上の表現は無いと感じられるくらいだ。シェイクスピアも言うように、 「人生は夢みたいなもので出来ている」のであって、こう感じるのは全く当たり前のことなんだろう。、、、夢、ねえ~。

 

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2008年3月27日 (木)

ほ~んと、天気予報通りちょっとだけ雨。

 書きたいことが山ほどあるが、本日はただいま午前1時故、とっととおねむ、と致しましょう。 明日は娘がご帰還なので、これ又エネルギーを取られそう~。体力の温存を図るとすべえ~。

 一つだけ。昨日今日とメチャクチャ郵便が多い。その中に、ちぇち宛のものも色々あって、 なんだか背中を押されているような感じだ。世の中、容赦なく時を先へ先へと送っているようだ。

 今日不幸な人も、明日か明後日、又その次には、目覚めたら新しい幸せが訪れますように、、、、。

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2008年3月26日 (水)

東京は記録的な暑さだったそうな!

 病院たぁ疲れるとこだわい!、、、本日のアチクシの感想。 行きかけたスポーツジムにも駐車場まで行ったが入らず終い。その前はFMだったが、これが又危うく大失態になるところだった。 それもこれも病院のせいだあ!と思う。

 このところしげしげと最もイヤな病院に通い、あっちゃらこっちゃら検査検査と、 要するに病気探しをしている。今日も母に頼まれたついでに久々の診察となったが、先生曰く、「お母さんは米寿で検査は一切しないと仰るけど、 娘さんはあれやこれやしてますねえ」。その通り。いつだったか入院中の母が内臓をあれこれ検査して貰ったとき、 「この方の内臓は40歳ですねえ」と感嘆の声を挙げられたほどの健康体が母である。にやにやしてそう言うお医者様はしかし、 それでも私には検査しろと言い、検査の予約までさせられた。「老々介護」という言葉が最近聞かれるが、 あれは年老いた娘が又は息子がもっと年老いた親の面倒を見る、という意味だろうが、我が家の場合、 老いた母親が老いた娘の面倒を見るということになりかねない。、、そうなりたくはないのだが、、、はあ~っ!

 で、この時診察やら相談にめちゃくちゃ時間を取ってくれたお陰でどっと疲れて、母を送ったアト、 夫が送別会で食事は不要と出かけたのを思い出し、一人美味しいお好み焼き屋さんに入る。注文をして待つ間、 送られてきた短歌の新聞に目を通していると携帯が鳴る。着信名を見て飛び上がった!きゃっ!今日はこの人とFMだったんだと、 その時始めて思い出した!時計を見ると既に約束の時間より5分オーバーしている。そこからの私の行動は記録的であった。まずは注文の品を 「お持ち帰り」に変更。お金を払ったが、見ているとどうも時間がかかりそう。で、一時預けにしてアトから取りに来ると約束して店を飛び出す。 最短コースで車を飛ばし、ナント約束の20分遅れで到着。パトカーを気にしながらも担当者に電話連絡を取るが、一向に出てくれない。 もしや予定の打ち合わせをきちんとしてなかったか?と気持ちは焦るばかり。ビルに飛び込んで即呼び出して貰うもこれが又捕まらない。 そこへ心配した彼の上司がやって来て、何とか代行のミキサーをA氏にやって貰うことになる。、、、しかし、 今度はお持ち帰りの例の物が気になる。急ぎ義妹にメールしてお店まで取りに行って貰うことに!ああ、携帯さまさま!!にゃ~んとか、 2本録りして、帰りに「ホルモン焼きそば」の行方を訊くと、義妹がチャンと取りに行ってくれて、チャンと食してくれていた。ふ~っ!、、、 ま、こんなことしてるから、そりゃあ、疲れるわなあ~。で、やけっぱちで行きつけの「西洋屋台」に行き、 美味しいパスタとアボガドなんぞ食べ、ノンアルコールカクテルで我慢してようやく落ち着いてさあジムだ、と車を乗り入れるも、 どうも車から降りる気がしない。思った以上に疲れてる感じ。2分ほど躊躇したが、思い切って止めることに!あ~あ、 時間があるときは体力気力がない。気力があるときは時間がない。あのインストラクターの甘い声が聞こえるが、ゴメンちゃい、であった。

 

 やれやれ。

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2008年3月25日 (火)

天気予報がよく当たるなあ~。

 今日は偶然面白い番組を見た。爆笑問題という漫才師?が京大に行って偉い先生方とバトルを繰り広げ、 それは大勢の学生達の前であるため余計面白く、、ほ~昨今のテレビ番組にもこういう面白いのがあるんだ!と感心し、 テレビってものを見直したなあ。間違いなく「影響力」を持つテレビだけに、制作側にはホントに考えて貰いたいものだが、 こういうのを創る能力がまだ日本のテレビ界にあるんだと思うと嬉しかったのだ。

 何が一番良かったか?というと、彼ら二人の投げたテーマがその場にいた学生達は勿論、視聴者達みんなを「考える」ということに導いたという点だ。「独創力」 がそのテーマだったが、いやあ~面白かった。こんなに独創性のある番組を考えた人は、相当独創性がある人だろう。

 それにしても、全員とは言わないが京大の教授陣の魅力的なことに驚いた。 それぞれが哲学を持ってその専門分野に立っている。日本の大学もなかなか良いじゃん!?と思わせた。「バンカラ」 とまでは行かないが今風バンカラと呼べなくもない風貌と態度の教授達に、思わず画面に釘付けになる。 総長と呼ばれる人も愉快な人で好感が持てた。最後の学生達のコメントも殆どがしっかり考えてのもので、流石~と感心。、、 爆笑問題おそるべし!であった。

 

 昨日は短歌の締め切りに間に合わせるべくオペラの練習後ファミレスで原稿用紙と首っ引き。 無事提出して帰宅したら又又シンデレラタイム。従って、眠いんだ、今日も。。。

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2008年3月24日 (月)

一雨毎に、、、、。

 昨日はある打ち合わせなどあり深夜にご帰還で、日記を書く元気はさらさら無く、 今日も今日とて信じられないスケジュール。頭がクラクラしてきた、と思った途端思い出した! 短歌の締め切りだったのをトンコロリンと忘れっちまってた!で、 10首まで出来ていた原稿を急ぎプリントアウトしてちぇちの練習会場に出かける。勿論原稿用紙持参だ。 本日は会長も指揮者も居ない中での練習で、妙に熱が入り(?)休憩時間をとるのさえ忘れていた。難しい曲だが、 地道にやっていると不思議と出来るようになるのだ。まあ、結婚式でみんなが歌のプレゼントをするというのは何とか行けるだろう(?)

 カルチャーから帰ると孫べえの声がする。どうも2回でピアノをいじくってるらしい。 下から声をかけるととととっと近づいてきてそれを追っかけてお婆ちゃんや嫁りんも一個団体でやってくる。 こっちと目が合うとさも嬉しそうにきゃきゃっと笑い「みっちゃん!」と言う。が~ん!これは困った。この声にはかなわない!も~っメロメロ! 幸い彼女のリクエストで表に出ると、彼女の念願の塀の上の黒猫がお出ましだった。、、、、しばらくそんなことをして遊ばして、 最後は父親の運転する車で嫁りんの実家へと帰っていった。「孫は居て良し帰って良し」と言うではないか。 きっとあちらのお母さんもそういう思いだっただろうなあ~。

 

 だめだ。眠い。

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2008年3月22日 (土)

洗濯指数100%。でも、、。

 今朝の来店客から興味深いお話を聞いた。その方はお子さんがみんな県外に出ておられ、 もし自分たち親がが亡くなった時お墓をどうしたら良いかを、このところ心配して来たが、ご夫婦で相談の結果お寺に面倒を見て貰うこととし、 お墓というものを作らないこととした、というのだ。ご主人の親族も了解、お嬢様方にも異存はなく、 トントンと話しは進みいくらかのお布施で永代供養してもらえるとか。確かにお墓って、どうなんだろう?これだけ核家族化が進んでくると、 これから先はこういう形の家族も増えるんじゃないか?かくいう私もこれが良いなあ~と真剣に考えている程だ。

 

 新しい命を育んでいるメンバーSさんが、つわりで苦しんでるようだ。 旦那様も何くれとなくサポートしている様子だが、こればっかりはご本人に成り代わるわけにも行かず、まあ、出来ることは知れている。 これから先、生まれてくるまで女性はホントに大変だ。女性は強いからこういう試練を与えられているんだと聞いたことがあるが、 確かに男では無理だろうと思うことが多々ある。いかんいかん、周辺の男性のお腹が急に出っ張ったのを想像してしまった! 先日の変装の後遺症か?ハハハ。Sさんはやたらめったら甘い物が欲しいらしいが、もしかして女のこ?って、 T先生の様にレストランでデザートから考えるという例外の男性も居るからなあ~。分からないが、、、。ま、 どちらにしてもあのお二人のお子様はきっとと~ってもユニークで大物に違いない!フフフ。今のところ外野が楽しみにしているかも~。

 

 今日も一日中声楽レッスンを受けている人達の声を下で聴いていたが、 声にはその人の性格がそのまま出てるなあとつくずく思った。昔絵を描いていたときも、どうしても自分らしさが払拭できず諦めた記憶があるが、 そんなものなんだろう。それを個性とも言うのだから、それで良いのだろう。しかし、声は面白い。

 

 結局今日は洗濯も出来ず、外の快晴が恨めしかったことであ~る。

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2008年3月21日 (金)

今日の車中は暑いくらい。

 今日は又友人の夫が糖尿でかなり進行していると聞く。 徐々に友人知人に危機が迫っているのを感じずには居られない。イコールそれはとりもなおさず自分たちの危機でもある。 今日来店のKさんもさんざん病気の話しをして帰られたが、この方は大変前向きに生きておられるかたで、多分私より少し年上の方。でも、 運転は勿論パソコンもするし、スポーツジムには週3回は通っていらっしゃる。、、、でもって、言われてしまった。「先生私とジムで会ったの、 ご存じないでしょう!?」「はい~~~?」「私もねえ、お声をかけようかと思ったんですが、ちょっと裸のお付き合いも何だか恥ずかしくて、 声をかけそびれたんですよ。」「あらら~。」全然気付かなかった。いつかはこういう事が起きるだろうとは思っていたが、、、不覚であった。 知らないということは強いもんだ。どうやらお風呂でお会いしたらしい。うちの店内ではよそゆきの顔をしてお喋りしてるだけに、 ちょびっとはじかし~。。。ま、しゃあない。

 

 嫁りんの実家に息子を送り届けるために朝家を出て、これ又息子のために朝っぱらからうどん屋だ。 「通」を自認する息子のことで、チャンと朝から開いているお店を知っている。確かに美味しかったが、そこのおっちゃん、 息子が県外から来てると分かるや否や、おまけのうどんを1杯サービスしてくれた!こんな経験は初めてだったが、 嬉しいような食べ過ぎのような、、、、。胃の中に入るには入ったが二人ともこりゃあ昼食に影響が、、、と心配になったことだ。まあ、 孫べえと公園で走ったら大丈夫だろうと思ったが、さすがにまだ2歳の子供相手ではそこまでのエネルギー消耗は出来ず、 案の定お昼にみんなで入ったそばやでは充分食べられないという結果に。それでも4人でたっぷり遊んで楽しかったし、 の~んびり時間を過ごせたのも嫁りんの臨月のお腹には良かっただろう。我が家と違い、ホントに良い環境に住んでいてくれるから、 安心して里帰りして貰える。山あり海ありで引っ越したくらいの良い環境だ。

 今日の孫べえと私の最大の遊びは「かくれんぼ」。色んなものに興味を持つので、 言葉だけで誘導できないから、走って遠くまで行っては隠れて呼ぶと、まあ、どれだけ楽しそうに走ってくるか!? そして見つけたときの彼女の歓び様ったら無い!「みっちゃ~ん?」とかわゆい声で呼ばれるのも最高! そうそう彼女の中での言葉のマイブームが「サイアク~」だったので、今日は「サイコ~」を教えてきた。次まで覚えているか?、、、 今日の別れの時はやっぱり父親が居るだけにサッパリしたもんだ。バイバイにはほんの少し躊躇したがそれでも機嫌良くバイバイしたなあ~。 帰宅して夫に「息子に負けたわ」と言うと「当たり前」とバッサリ。今に見ていろ!ん?

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2008年3月20日 (木)

寒いよねえ~?

 又一つ行事が終わった。しかし、次なる行事に向けて又出発だ。 まるでモグラたたきの様に次から次へと行事があるなあ。本日はなが~い待ち時間で疲れたが、 考えてみると裏方を何もやらないで済んでいるからの待ち時間だ。 いつもなら自分達で全部裏も表もやらなくてはならないから時間をもてあますなんて事はない。従って今日は贅沢な時間だったのだ。それに、 あたしゃ少しでも皆さんを美しくとちょちょいのちょいとメーキャップだったし、アトの時間は自分の変装に使ったから、 まあこれで良かったのだ。

 それにしても音楽をやっている人の多いこと!合唱は下火と聞いていたが、 そうとも思えない人数の参加者だ。そんな中で、相変わらずのどさ回りの役者に近い我々の団体だった!という点で、印象に残ったかも知れない。 今回はあたしゃ黒人に変装。それもモリクミばりの巨体に作っての出演で、誰よりも出演者に大受けだった! 舞台ですれ違いながら笑いが我慢できない人が居て、演技そっちのけでにやにやして居たのはけしからん!が、まあ、新人だからしゃあないか。 それにしても、知人がみんな「何か詰め物してたんですよねえ?」と聞くのには参った。あれが詰め物してない姿だったとしたら大変だあ! フフフ。

 

 息子が出産を控えた嫁りんの為にかどうか?帰省してきたので、あたしゃ突然母に戻る。 ケッコウ飲んでいたのに、一気に酔いが覚めるというもんだ。 昨日から仕掛けてあったシチューにカレイのから揚げをしたりして待っていると夫が空港から連れ帰るも、なんと途中で刺身まで買ってきている。 よる10時だというのに、3人で宴会だ。やれやれ。せいぜい、本日の変装が本物にならないように気を付けるべえ~。

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2008年3月19日 (水)

似たもの夫婦?

 珍しく雨が降り、びちゃびちゃと何処までも何時までも雨が降り、外に出かけるのも億劫で、 従ってジムにも行かず、、、、って、前置きが長いが結局ジムをさぼったってことだ。ところが、吾が夫は食事の用意は忘れず言いつけて (今宵はどうしたことか、行っても良いか?と訊いてたなあ?)ちゃんとジムにお行きあそばした。で、帰宅して食後に 「ジムで着替えているときすご~く恥ずかしいことがあった!」と何やらごそごそと濡れた物を取り出す。きゃっ!そ、それは、 タオル地の布団のかけ襟じゃあないの!?ちょうど大判のバスタオルほどの大きさではある。サウナのアト、 濡れた身体をそれで拭いていると他の人が「蓮井さんそれなんですか?」と訊くので、「え?バスタオルですが?」 と楯にたらして見せるとき始めて全く違う物だと気が付いたという。ふぁ~っふぁっふぁっふぁ!ぎゃあおかしい~と笑い転げた私に、 敵はそれを投げつける。こっちも投げ返して食後の体操!何故それがタオルの棚に入れてあったか?勿論犯人は母である。しかしなあ、 普通気が付くでしょうに!あれだけ大きな穴があいてるんだもの。まさか棚にそんな物が入ってると思ってないってことは、 如何に信頼されているかってことかもしれないが!ああ、おかしい!

 

 丁度明日の演奏会の変装準備が出来たところだったので、あたしゃ乗りが良かったのだ。 それに東京の友人から電話で、月末から来月初めに帰省するという。久しぶりにこちらの友人を交えて会える嬉しさもある。 そうこうしていると師からの電話で、あんた、忘れてるんと違う?と言われる。まったく忘れていた「命の歌」1首。早速だすとしよう。

      スクリーンの岡田中将絞首台前「なあに隣へ行く様なもの」と

 

 さて、今日はエコー検査なるものをやってもらって、結果は異常なし。多分。 多分とは完全無罪放免ではないのだが、それ以上はもっと精密な検査が必要とあってそう簡単にやる気にはなれない。

 夫が言うように私が病気のハズがない、のだろうか。と師に言うと、そうよそうよ、と言ってくれる。 が、大腸癌検査はおやり、としつこく勧める。以前経験があるそうで、とっても苦しかったと微に入り細に渡り説明してくれて、 でもおやりと言われる。しかしなあ~、やっぱり相当きついんだということが分かったら、ますます気が重い。そもそも力を入れて 「きつかったよ~。そいでもって結果は何でもなかったよ~。」と言っておきながら勧めるたあ、一体どういう了見だ? しかもその矛盾にゲラゲラ笑いながらであ~る。流石私の師であった。

 

 検査の帰りに先日夫を亡くした友人Mを訪問する。 そこにひげ面のまるで修験僧の様なユニークなお坊さんが居合わせて、さすが故人に似合いのお坊さんだと思ったら、ご親戚だそうだ。 血は争えないか。しばしその方と歓談してなんとその方の作ったお料理を味見したり、Mさんの手作りの美味しいお菓子やおつけ物まで頂く。 しっかり以前そこの主が座っていた席に陣取って、これからは私があんさんの作った物をダンナの変わりに頂くから遠慮無く作ってね、 なんぞと冗談にいながら賑やかに過ごす。、、、しかし、雨の中送り出してくれながら、独り言のように亡き人の事を口にする彼女を「じゃ又ね! 」と遮って車に飛び込む。バックミラーに一段と細くなった姿を見ながら発車したが、これから、 時々会わなくちゃあ~と決心してハンドルを切る。何とか元気になって欲しいものだ。

 

 

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2008年3月18日 (火)

雨になるって聞いたけど、、、。

 明日はとある検査を受けることになっていて、9時以降は絶食。 なので今宵は9時に寝ることに決めていたが、自分の意志さえしかっかり持っていれば何時でも良いことに思い至り久々にジムへ行く。しかし、 不思議なもんでスポーツをやる気になれず、もっぱらサウナとお風呂に専念。明日は早起きして病院だ。夫が私の顔を見て、心配ナイナイ。 病気のような顔してない、ときっぱりという。いや勿論そうかもしれないけど、元気そうでぽっくり行く人だって居るんだから、 そんなこと言ってて、私がぽっくり行ったら困るクセに!としなくても良いケンカになる。

 実際別にいつ死んでも良いような気がしているが、じゃあ、何故病院か?検査か?、、、 それは死に際の恐怖が一番だ。特に癌というやな病気は殆どの人が激痛の中で逝くという。それだけは勘弁して欲しい、 というのが正直な気持ちだ。この頃は、癌になっても色んな死に方が選択できるそうだから、そこんとこが解決して、 あとはどれくらいの命が残っているかを知りたいという願望もある。しかし、ほんというと、これは知らないでも構わないような気もしている。 例えばあと半年と言われて、一体何が出来るだろう?それが1年、2年後であっても取り立てて何も出来ないような気がする。それというのも、 病院で過ごす場合、もの凄くやることを制限される訳だ。日常生活の中でさえ、どれほどのことが出来るか怪しいのに、 ベッドに縛り付けられていては、きっと何も出来ないんだろうなあ。せいぜいパソコンか、おっ!担架があったか。いやいや短歌。 こう言うと師匠はそれ見たことかと言うだろうなあ。確かに先輩諸氏のお歌を見ても病床だとか罹病中だとかいう人が多いもんなあ~。 師の言う通り、「最後は短歌」なのか、、、。げっ。

 まあ、確かに声を出すのは不可能になる場合が多いだろうなあ~。、、これこそ今の内だ。

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2008年3月17日 (月)

暖かいどころか暑い!

 月曜日の本来本業が休みの日は、ホントに大変だ。一日で20件をこなしていた昔ほどではないが、 とりあえず今日だけ取ってみても朝から掃除などの家事から始まり、臨時のレッスン日だったりして次々と人が来る。 今日は会長のお誕生会をしようと急遽レッスンに来た連中なんかでささやかなパーチーだ。 次の自分のレッスンまでの間に母との約束を果たすべく銀行と眼鏡屋さん、 買い物もしたいというのでCOOPにも立ち寄り送って返ったらスグ自分のレッスンだ。でもって最後のレッスン生が終わって一緒に夕飯を食べ、 夫の夕食の準備もしてちぇち練に行く。帰宅は9時半で新人の衣装合わせ。ようやくビールを飲んで一息つけばただいま10時を過ぎていて、 もう台所仕事は面倒になっちまった。結局落ち着いて書きかけの原稿を書く元気も無く、 20日に向けての自分の衣装のチェックも明日に回すと決めた。少なくとも短歌を幾つか作りたいためだ。

 考えてみるとこうして走り続けてきた私の人生。そんなに急いで何処へ行く?じゃないが、 別に急ぎたくて急いできた訳じゃあない。沢山のことをこなさなくてはイケナイ立場では、一つのことに時間がかけられないだけのこと。、、、 これって入院でもしない限り終わりに出来ないだろうなあ~。

 

 20日の演奏会に向けた最後の練習日となった本日。 にゃんとなくみんなもオペラ~のカンが戻ってきた感じだ。いやあ、人間なんつうか、おもろいもんだなあ~。TPOですっかり変わる。 脳裏に描くことが出来れば動けるが、ひたすら音楽のみ集中しているときは、あれだけ訓練したことでもすっかり消してしまえる。 あのなが~い時間をかけてやって来たことがこうも簡単に消えるかと、ガックリ来ていたが、まあ今日は何とか戻ってきた。 このまま本番しっかりやりたいもんだ!

 みんながアチクシの変装を楽しみにしているらしいが、他人事じゃあないんだぜい!けっ!

 

 

 

 

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2008年3月16日 (日)

春かなあ?

 今日も出演するメンバーの為に少々早起きしてヘアーメーク。なんだか身体がだるく、 そのあともやって来た衣装合わせのメンバーを送り出した後はドアに鍵をかけてマッサージ機でぐっすりおやすみ~。目が覚めたら短歌の時間だ。 身体が重い、、、って、そりゃあ昔から。でもこのところの重さは全身の毛細血管の重さだ。 しかし外は相変わらずのぽかぽか陽気で車を走らせながらうつらうつら考えると、車ってホントに便利だ。突然運転できなくなったら、 あたしゃ一体どうなるんだろう、、、とちょびっと真剣に考えてしまった。

 短歌の例会に全く久しぶりに行ってみると、まあ今日はどうしたことか大勢が参加している。 みんなモグラよろしく地上に這いだしてきたのか?

 それはともかく、議論白熱の中にぽっと参加して、「あ、良いな」と感じた。 この作業があって少しずつ向上するのが短歌だと、分かっていてもなかなか参加できない。嫌いじゃないのに時間が取れない。まあ、 久しぶりに良い時間が持てたなあ~。男性が4分の一居ると、それだけで空気が違う。意見にしても角度が違うのが面白い。 是非彼らには続けて貰いたいなあ~。

 

 このところの体調不良にもかかわらず、いやいやだからこそ本日の夕食は「焼き肉」それも、 高級な美味しいのを沢山買ってきた。薬よりも効くかも~ってね。こうして食べたいものがある間は大丈夫だろう。

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2008年3月15日 (土)

海が綺麗な一日だった。

 ち、ちかれた! 朝本日のサロンコンサートに出演する人達の為にヘアーメーク道具を引っ提げて目的地に到着。 そこで何とか二人を仕上げてスグにとって返し今度は本業の来店予約客の施術。チョー特急で仕上げて再び舞い戻り、演奏会を拝聴。 この2往復の中で睡魔が急に襲って来てかなりやばい状態。既にお疲れモードだ。

 で、演奏会ではメンバーが順調に歌い進めてほっと一安心。身びいきをさっ引いてもケッコウ行けてた。 まあ、練習と同じというわけには行かないが、、、、。あれで所謂「歌心」がプラスされれば無敵だなあ、、、。それにしても歌は難しい。 矢張りその一番の理由が人に向かうということだろう。だから人を呑みこまなくてはならなくなる。しかし、これがそう簡単ではない。 ベテランはベテランなりの心の葛藤がある。むしろ新人の方が無心でやれるかも知れない。ま、いずれにしても歌は難しい。 こうしたことを乗り越えて頑張った3人のメンバーに「喝采」だ!ホントによくやってくれた。あとに続く人達の為にこの経験を役立てて欲しい。 約1名はある事情で奥様にお仕置きされてるだろうが~、、、フフフ。それさえも、失敗は成功の元だ。

 

 実は従兄弟からの誘いで夕方からはフラメンコの公演を県民大ホールで観た。 これが全くもって素晴らしいもので、特に男性のダンサーが絶品だった。なんとも歯切れの良いダンスに魅了されてしまった。 あれだけのことが出来るようになるにはどれくらいの訓練があったのだろうか?信じられないステップに会場は割れんばかりの拍手だった。 通常フラメンコといえば、女性の方が断然目立つのだが、今日のは全く逆で、男性3人がとにかく凄かった。 首を激しく振ると彼の汗が周辺を飛び散るのがライトに見える。かなりの実力はの演技に心が掻き立てられた。、、、にも関わらず、 知らないうちにぐ~っと眠っているときが、、、。やれやれ、疲れて居るわい。

 

 

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2008年3月14日 (金)

久々の雨。

 明日はいよいよご当地サロンコンサート。出演のメンバーもさぞかし気合いが入ってることだろう。 私も明日は8時に我が家を出発して、二人の女性をより美しくするため現場入りだ。、、いいなあ~若いって。今、ここが殆ど出発点としても、 これから先うんと時間がある。どんどん声に磨きをかけることが出来る。終わってしまった人間とえらい違いだ。ま、 彼らの成長を見守る歓びを喜ぶとしよう。

 

 話しは全く違うが、先日FMのゲストにプレスリーの大ファンSさんに出て貰ったが、 彼女の今回のテーマが「耽美」ということだった。そして玉三郎の話を出して「花魁」まで行ったのだが、 その時時間の関係で収録には入れなかったことがあった。それは、最近私が偶然見たケーブルテレビでの「さくらん」という「花魁」 を描いた映画のことだった。ず~っと以前NHKの番組で、この主役をやった女の子がインタビューされていて、しゃべり方といい、 生き方といい、風貌といい、眼光の鋭さといい、ちょっと珍しいキャラの持ち主だと思って見ていた。金髪で日常を過ごしているらしいが、 それにも彼女なりの主張があり、妙に納得させられたし、子供を産む動機なんてのにも、思わずほ~っと唸ったものだ。 ぐれてるようでぐれてない。ゆがんでるようでゆがんでない。色んな事に体当たりで生きている。「新人類」まさしくそう呼びたい若い女。、、、 この人でなくてはならなかったと思わせる映画がこの「さくらん」だった。プロデュースも監督も女性というこの映画、 美しさと内容に於いてなかなかのものだった。くしくもSさんが表現した「耽美」とは、「崩れゆく物の上に立つことからくる美しさ」 ということだったが、確かにそうだ。まあ、Sさんはプレスリーを表して「耽美」とのたもうたのだが、これぞファン心理というものだ。 その点かなりの部分私も納得だ。

 

 さあ、明日のために今宵はもうおねむとしよう。耽美とはほど遠いわっちながら、 せめて耽美なる夢でも見るとしましょうかねえ。

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2008年3月13日 (木)

瀬戸内海も春にもやっていたなあ~。

 眠り姫よろしくフェリーでの行き帰りストンと眠りすっと目が覚める。時間の経過は確かにあるのに眠ったという記憶がない。 奇妙な感覚。春のような陽気のせいか。はたまた加齢による単なる疲労感か。いやいやもしかしたら危ない病気か、、、 な~んぞという探索は止めて、眠いときは眠るとしよう。昔から春眠暁を覚えずっていうからなあ。

 夫に来客があり、パソコン前がふさがったため何気なくテレビの映画専門チャンネルを付ける。 ケーブルテレビのこのチャンネルは時々ふる~い映画をやっていてよく知っている俳優があっと驚く年齢で出ていてなかなかに面白いのだ。 今夜は加賀まりこという人が若いときから個性的な面白い演技をしているのが分かってこりゃあちょいと面白かった。 矢張り才能は若いときに開花するもんだ。

 

 夕べ、又しても「千の風」が深夜放送でかかっていた。息が長い曲だなあ~。でも、解説者が違うんじゃないの? というコメントを付けていたのが気になった。別にあの曲は「追悼」の歌ではないだろう?むしろ、 今生きている人のための歌だと思うがどうだろう?

 シャンソンの日本語の歌詞の解釈もケッコウ難しいが、日本語自体の難しさだろう。その難しさ故になかなか文章は書けないなあ~。 ドンドン書いている人を、やっぱり尊敬するなあ。人は一生の内1本は小説が書けるんだそうだが、、、。

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2008年3月12日 (水)

訃報その2.

 ちぇちの副会長のH氏のお父上が亡くなられたというので有志と共にお通夜に出かける。しかし、 色んな事情があって遅れてしまい、、、って、単に迷子になっただけなんだが~。文殊の知恵に一人多かったために起きた事件であった。 3人の頭ならチャンと行けたかも知れない。多分。

 

 H氏は流石に悲しみに憔悴されていた様子がうかがえたが、 懸命にその死を受け入れようとされていて無理に作る笑顔が痛ましかった。我々4人はご挨拶もそこそこに早々に引き上げることとなった。 帰り道は誰も無口になって、あたしゃその内知らない間に眠ってしまっていた。、、、どうもイケナイ。ここ2, 3日は運転中に一瞬居眠っていることもある。そう言ってはみんなに危ながられたが、、。どっか悪いのか?単なる疲れか、、、?

 

 それにしてもこの頃多いなあ~亡くなる方が。「会うは別れ」をみんな噛みしめていることだ。

 

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2008年3月11日 (火)

ねむいっ!

 睡眠こそが「疲労」を解消する唯一の薬だと、食事時のテレビが喋っていたが、全くその通り。 今朝は朝6時半に仕事をし、再び眠るとスグに電話で起こされて又そのあとにも来店客が、てな具合でハッキリきちんと眠れてないためか、 病院帰りに立ち寄った嫁りんの実家近くの公園で孫べえと1時間ほど遊んだら、帰りの運転がさっぱりイケマセン。 何度も車線を越えそうになったり、気が付くと前の車が止まっていてハッとしたり、 これはやばいと思って友人と夫がオススメの整骨院へと行ってみる。昨今流行の保険が利く治療院だ。効果は絶大で、 そこでしばし眠ったせいもあるだろうが、身体が軽くなってるし、ただいま午前零時を回るところでもなんとかこの日記が書けている。 今夜こそちゃんと眠るとしよう。

 今日は球場の側の公演に始めて行ったが、素晴らしい所だった。海に面してなが~い遊歩道もあり、 季節の花が咲くようにいろんな樹が植わっている。今は紅梅白梅が見頃だった。子供用のアスレチックやブランコなどもあり、大いに遊ばせた、、 、って、自分が遊んだのかも~。ブランコなんて何年ぶりだろう!ぽかぽか陽気の中を親子と3人でゆ~っくり散歩したり、 キャラキャラ言う孫べえをからかったり、松ぼっくりをひらって教えてみたり、、、、至福のひとときだった。別れ際がイヤなんだが、 彼女も少しずつ成長して大人の言うことは何が何でも守らなくてはならないと悟ってきてるようだ。何度も「みっちゃんちに行く?」 と聞かれるのには参ったが、、、。

 たまたま五色台に建築中のK画伯の家を見学に行ったは良いが、 そこで又しても私らしいハラハラドキドキ事件に遭遇。九死に一生を得た。

 まるでモーテルに入ってるかと思われるような入り方でその路地を行くと、 細い山道の上にその現場があった。一応そこの路上に車を置いて徒歩で上に上がっていく。仕事中の大工さんに、「スイマセン。 あの道ってこのまま道なりに行くと途中でUターン出来ないんですか?」と訊いてみる。そりゃあ無理とその大工さんが言ったにもかかわらず、 念のため又しても徒歩で道の先を歩いてみると、ケッコウ広くなってる場所がある。なんだ、ここでUターン出来るじゃん? と思って早速車をそこまで移動、目出度くUターン出来た!と思いきや、さっき通った所は比較的安全であったが、 反対側から回るとなるとかなり厳しい道だった。数回切り返してようやくその鋭角のコンクリートの角を曲がろうとしたが、 助手席側の安全がイマイチ分かり辛いので、ブレーキをかけて助手席側のドアーを開けてみるとぞっとした。 全く余裕がないばかりかもしちょっとでもタイヤがずれると真っ逆さまにミカン畑の樹をなぎ倒しながら転落する状態。 余程運が良くないとここから落ちて助かる見込みはないだろう、と思わせた。しかし、 今更どうしようもないので運を天に任せてえいやっとばかりにハンドルを切る。ギリギリのギリで成功。ようやく胸を撫でおろす。 失敗は成功の元だ。次回からは素直に用意されている道を上がっていこう。!

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2008年3月10日 (月)

異様に暑い?

 今日は正午に帰国してくる夫と息子を孫べえと迎えに行く約束で、 夕べの精神的ダメージを引きずっていたのであれもこれもとは行かず、結局シェイクスピアはお休みするという残念な結果に。 それでもシャンソン教室は予定通りこなして、まあ何とか悲しみから日常へと自分を取り戻すことが出来たか。「孫効果」は実際あるもので、 無邪気な笑顔を見ていると何もかも忘れてお守りに没頭してしまう。しかもこのお嬢さん、 矢張り嫁りんの実家に送り届けると前回と同じように私の腕の中に潜り込んで出てこない。しっかり抱きしめてから「又明日ね」 と無理矢理引き離すとべそをかいて母親の方へ手を伸ばす。ホンニ可愛いわいなあ~。又一緒に遊んであげよう、、、って、いつ?

 昨夜、あんなにも生前の彼を思い出したためか、今日もやたら昔のことが思い出される。、、、でも、 一番心配なのは矢張り残された奥さんのMだ。あんなに愛情一杯に暮らしていて、突然のように逝かれたら、 その事実を認めるまでには相当の時間がかかるだろう。私が「信じられない」と思わず口にしたら、「私だって信じられないわ!」 と叫んでいたがそれがホントの気持ちだろう。彼女の説明によると、彼の両親と25年の月日を過ごし、その暮らしは平坦ではなかった。 大変に難しいお舅さんの面倒さえホントによく見たMだ。お舅さんの病室の相部屋の人が「あの人が自慢のお嫁さんですか」 とある人に囁いたというが、決して表には感謝の言葉も出さない人だった。最後には「有り難う」とMに向かってきちんと挨拶したそうだが、 そこに行くまでのMの努力ったら、私には到底真似が出来ないほどのものだ。お姑さんは全権委任状態で、 それは即ち家事の負担が重くなるということだった。お嬢さん育ちの彼女がここまで頑張れたのは、ひとえに夫であるS氏を愛していたからだ。 その最愛の人とは両親の死後12年しか過ごせてないそうだ。台所に立ちながらふとその思いにとらわれて無性に腹立たしくなったと言う。 そうだろうなあ、、、。67歳で逝った彼は両親を彼女に託し、それ故より一層の感謝で彼女をいとおしく思っていたのだろう。しかし、 神は残酷だ。こんなカップルを早く引き離すんだ。明日は近くを通るから、彼の好きだったお花でも持参しようか、、、。

 

 孫べえを送ったため遅れて参加したちぇち練だが、ホントにみんなの声が良くなっているのに驚く。 身体を使って歌うことが出来てきたのだ。新人も舞台を前に頑張っている。あと10日。時間はあっという間に経つなあ~。

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2008年3月 9日 (日)

涙の雨。

 今夜は夫不在の最後の夜。私の帰宅は深夜零時を回っている。 しかしこれが楽しいお出かけでないのが残念だった。昨日の訃報を聞いてから、どんな風に友人Mに会うべきかが頭の中を占領していたが、 思い切って彼女の自宅を訪ね延々3時間語り尽くしたのだ。

 私たちは生前の元気だった時の彼のこと、癌の告知を受けて死に至るまでを、 仏前の写真の前で泣いたり笑ったりしながら喋り続けた。特に、 最後を自宅でと願い退院する前の数日の様子は余りに痛ましくて二人とも嗚咽を抑えられなかった。

 この夫婦は絵に描いたような仲良しで、私はよく「天然記念物的夫婦」 と彼らのことを表現していたものだ。妻の作る食事をこれ以上の味はないと手放しで誉める彼。 ある重大な事件があったときも彼女の前に両手を拡げてとことん「楯」の役割をして彼女を守り抜いた。 モチロン彼女自身それに相応しい生き方をしてきた訳だが、なんのてらいもなく奥さん自慢が出来る、日本人には珍しい男性だった。

 「ほんとに、優しいダンナだった。」と心から言う彼女の横顔は人生で最も大切な何かを「得た」 人の顔だった。短いが、他の人には味わえない素晴らしい夫婦愛を二人して共有できたのだ。 彼女の前では落ち込んだ様子を殆ど見せなかったらしいが、入院中のある日、朝の4時だというのに病院へ来てくれとのご本人からの電話。 10分でも15分でも良いから横に居て欲しいと言うんだそうだ。 少しも待てないらしい様子に慌てて駆けつけると別に特別変わったところはない。それでも何時間かそこにいて、 全く食欲がないので家に一度帰っておにぎりでも作ってくるね、と帰宅すると、家に入るや否や又「来てくれ」の電話。 結局ご飯も炊くヒマが無く、おにぎりも作らずに出かけたらしい。「、、、そんなことがあったのよ。」と淋しげに話すMの言葉を聞きながら、 あの我慢強く精神的に逞しい人がそんなにも孤独に苛まれていたのかと胸をつかれた。

 いつだったか訪ねて彼とお喋りしているときに面白いことを聞いた。「内の奥さんね、 寝ながら歌うんですよ。朝僕が何かの音でむっくり起きあがると奥さんが歌ってるんですわ。僕はしばらく聞いてから拍手したんですよ。 そしたら急にがばっと起きあがってお父さん何しとん?ですわ!内の奥さんおもろいでしょう!?」と言う。「そりゃあ奥さんも面白いけど、 拍手するダンナの方がもっとおもろい、、」と笑った記憶がある。なんともいえないユニークな雰囲気を持った人だった。 人生が全てユーモアで彩られていたのだ。飄々としていて、時々鋭いことを言う。自然を愛し、森林ボランティアもやっていたし、 コスモスの季節は色んな所へ出かけて行った。、、、今日は仏壇の周りに白い花々がいっぱいに飾られて、彼女の気持ちが伺えた。

、、、長い間喋ったがお互いさっぱり時間の観念が無く、表に出ると雨が上がっていた。「じゃあ又ね」 と声を掛け合い、帰路につく。車を近道するべく横道に乗り入れようとしたときパトカーに止められる。何事かと思うと、 浅い地下道になっているところが冠水で、車が通れないという。そういえばあそこで台風の時人が死んだんだ、と思い出した。、、、 ということは、われわれが喋っている間にこんなにも雨が降っていたのか。まるで私たちの涙のように、、、、。

 

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2008年3月 8日 (土)

訃報。

 友人のご主人が亡くなって四十九日も済んだという知らせが東京の別な友人からあって驚いた。 というよりショックを受けている。このご夫婦とは最近ご無沙汰で、 多忙に取り紛れそういえば今年は彼女からの賀状が届かなかったなあ、、、と思いを巡らす。たまにおうちを訪問すると、 彼は美味しい手打ちうどんを食べさせてくれたり、ユーモア一杯の会話でもてなしてくれる楽しい人だった。奥さんの友人である私に、 まるで自分の友人であるかのように接してくれて、その居心地の良さに訪問すると決まって長居してしまうのだった。自然が大好きな人で、 女木島にログハウスを自分で建ててそこまで自分で作ったカヌーだかボートだかで行くというロマンチックな人だった。 いつかその別荘の前の浜がコンクリートで埋められると聞き、役所に談判に行ったという話しを聞いたことがあった。行政は観光目当てで、 大阪からの客を見込み華奢な都会の女性達が足の裏を怪我しないようにという配慮からだったそうだが、彼は大いに憤慨していた。 「せっかく都会から来て、田舎の自然に触れさせないでどうする?一体何のための観光かさっぱり分からん!」 とタバコの煙の向こうの表情が大きくゆがんだのを思い出す。

、、、、明日は彼女を訪問してみよう。無事だと良いが、、、。

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2008年3月 7日 (金)

ただいまのビールのあては切り干し大根。

 なんというか、無駄の全くない一日だった!午前中はしっかり本業をこなし、 午後のシャンソン教室も和気藹々と進み、事前に通りかかり見ていたポスターの時間通りに、教室の一つ上階の映画館に飛び込む。 5分遅れだったが入場。タイトルは「明日への遺言」というもので、藤田まこと扮する東海軍司令官だった岡田資中将と部下19名は、空襲の際、 パラシュートで降下した搭乗員を捕虜として扱わず、正式な手続きを踏まずに処刑したことで殺人の罪に問われる。殆どが法廷の場面で、 当時の裁判がどのように進行したかを描いていた。驚いたのは弁護人がアメリカ人だったことだ。司令官はロンドンの日本大使だったことがあり、 流暢な英語を話す人だったらしいから、それを考慮されたかも知れない。

 彼、岡田司令官は一貫して自分の有罪を主張、部下の減刑や無罪を訴え続けた。裁判官や、 はたまた検事までが彼に有利な発言をしても、彼の主張は一貫して「自分は有罪」であった。そのヒューマニズムといい、 家族を思いやる暖かい心といい、素晴らしい人物だったことがしっかり描かれている。

 しかし、私はひたすら悲しくて涙が止まらなかった。 この人が何故こんな立場に立たされなくてはならなかったのか?そして何故これだけの人物が、敵とはいえ大勢の人間の殺戮に荷担できたのか? 戦争とはかくも残酷なものなのだ。

 最後に絞首刑の側に付いてきた僧侶に「なあに、隣へ行くような気持ちですよ」 と言い捨てるシーンはさわやかに描かれており、綺麗すぎるきらいもあるが、彼は最後の最後まで理想を全うしたということだろう。どんな時代、 どんな境遇でも、人は常に生き方が問われる。

 映画館を出て駐車場からFMの収録へと車を出す。5時の約束通りに到着。 本日のゲストはピアニストで予定通り1時間で終了。携帯の電源を入れると案の定次の約束の連絡が入っている。 その人の訪問は先日のボランティアのお手伝いの後始末だった。大したことは出来てないのに「随分大変だったでしょう?寒くて!」 と同情してくれるのはくすぐったいばかりだ。常にやっている人達にはかなわないし頭が下がる。この方なんかはボランティア歴も随分永いんだ。

 そしてやがて友人Yがやって来たのは、昨夜の私の乗り捨ててきた車を取りに行ってくれる為だ。 彼女の車を運転させて頂いて再び塩江まで雨の中を出かけていき、K画伯のアトリエでしばし歓談。 帰りはお風呂好きのYと私のこと又しても温泉。すっきり~と帰宅したもんだ。

 帰宅してからは色々メールの処理に追われている。そういえば友人Yに我が家でお泊まりしたら? と誘うと、「あんたは家にいたらパソコンばかりしてるから面白くないわ!」と言われてしまう。ハハハ。そりゃそうだ。 みんなお喋りこそが楽しいんだもんねえ~。スンマッソ~ン!だ。

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2008年3月 6日 (木)

いい湯だな、ハハン。

 あたしゃただいま酔っぱらい!こんなハズじゃあなかったのに~、 NYのK画伯ご夫妻がご帰還とのお知らせに兼ねてからの友人達を誘ってアトリエご訪問。2台の車で行ったのは、 当然アチクシは飲酒しない予定!しかし、予定は未定にして勧められるままに飲んじまった!てえことは同行のMの車で帰宅、 てええことは明日又自分の車を取りに来なくてはならない。が、幸か不幸か夫不在のため車はもう一台有り、明日の行動に支障はない。 てえことで、同行の友人Yと明日の約束を取り付けてしたたか頂いたアルコールが、ただいま吾が肉体を節巻中。あとは寝るしかない状態。

 久しぶりに行基の湯なんぞにも浸かり、全くもって良い気分。明日もこのお湯に浸かれそう~で、 ますます良い気分。

 

 しかし、良い人達ばかりだなあ~。

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2008年3月 5日 (水)

太陽と風。

 今日は孫べえと嫁りんを迎えに行き、ひい孫を見たいという母を伴い昼食に出かけ、 我が家に帰ってしばらく遊び、予定通りお昼寝もして、再び実家に送り届けたら夕方5時半という時間で、外は早くも光が落ちて、 寒空に小鳥の声が騒がしい頃となっていた。車から降ろそうとしたらテコでも動かない孫べえは、まだ遊びたいのかと思ったが、 どうやらそうでもないらしい。で、鳥さんに会いに行こうとか何とか言いながら抱っこして車から外へと連れ出す。 嫁りんのご実家では急ぎ足で母上が出てくる。たった一日でも離れていたのが淋しかったのがアリアリ。だのに、 どうしたことか孫べえはビトッとこのおみっちゃんに抱きついて離れようとしないではないか!?たった一日しか付き合ってないのに、 彼女にとっては濃密な時間だったのかも知れない。確か前回帰省したときも私が「バイバイ」 と手を振っても横を向いてちゃんと反応しなかったし、不思議なことだが、どうやら我々は生まれたての恋人同士になっちまったようだ!まあ、 いつの日かこのおみっちゃんの役はそっくりボーイフレンドの役目になるんだろうが、、、。

 しっかし、可愛いなあ~。ちょいといたずら好きなところも、失敗してはゲラゲラ笑うところも、 生き物好きなところも、なんだか私に似てるなあ~。、、、どんな子供にどんな人に、どんな女になるんだろう。興味津々といったところだ。

 

 今日は訳あって銭湯に行けずジムにも出かけられないので、食事時にビールが飲めた。 何事も悪いことの裏には良いことがある。ビールといえば吾が孫べえはランチを食べに行ったお店の生けすのエビや魚のための酸素の泡を「あ、 ビール」とのたもうたのだ!あたしゃ必死でこれは違う泡だと説明したが、 この世に登場してたった2年のちび助になんと言って説明しても理解されるはずもなく、そこから離れるときに「ビールねっ!」 とこっちが教えられる羽目に。げに恐ろしきは最初のインプット!さすが吾が孫とも言える。

 

 ところで、こないだ行ったジムにはどう見ても80歳を越えてる女性がうじゃうじゃ! それぞれストレッチやダンスに興じ、自転車や筋肉トレーニングに励んでいる。サウナで偶然耳にした会話。「やたし~、いくつに見えるう?」 「そうですねえ、70歳、、、くらいですかあ~?」「カカカカカ。80歳!」「ええええ~っ!? とてもそんな風には見えませんねえ~へえ~っ?ホントですかあ????」双方のけぞっての会話には内心笑いが止まらなかったしおろろいた。 サウナって、高齢者良かったのかなあ?

 日本も欧米並みになってきたということか。

 

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2008年3月 3日 (月)

本日も晴れ。

 今回全国展開している「ご当地サロンコンサート」というものに、 ちぇちを代表して3人の若者が出演する。あと2週間とあって、今日の通常練習後にも時間を取ってピアノ合わせだ。 オペラ公演にも増して力が入っているご当人達もさることながら、他のメンバー達も熱心に見守っている光景は、これぞ音楽団体! と思わせる麗しい光景だ。ソロあり重唱アリとたった3人ながらみんな活躍してくれる。

 スポーツと同じで、モチロン結果は良いに超したことはない。その為の必死の練習である。が、 実は一番大切なのは過程であり、その過程の中で段々付いていく実力なのだ。今まで分からなかったことが分かるようになり、 徐々に高いハードルが越せるようになっていく過程。これは本人達の宝物だ。

 人間は弱い動物で、目標がなければ怠けてしまう。そこそこに、適当に、 まあまあにやってれば良いじゃん!?となる。でも、ひとたび目標が出現すると、そこに向かって一心不乱にやれるようになるのが人間だ。 今日の3人を見ていると、今回の出演が彼らにとってどれほどの「好機」であったかが分かる。伸び方が半端でない。楽しみなことだ。、、、 しかし、油断は禁物。声は一瞬にして悪くなる。

 

 朝は医者巡りをして午後からジムに行く。 夜の練習での湯冷めを心配して岩盤浴とサウナは初めから予定に入れていた。で、余った時間を何に使おうかと二階に上がると、 教室で楽しそうなことをやっている。器具を使ったり、ピーリングとかいうのもある。この寝てるだけのようなものが、実は大変きついんだと、 ちぇち練の帰りにメンバーから聞かされて感心したことだ。、、それはともかく、 ぼ~っとそんなのをただ眺めている私をヒマなインストラクターが見つけて、「どうかしましたか?」と訊いてくれる。まあ、 こんな所へ来て何もしないでぼ~っとしてる人も珍しいだろう。「見学している」と伝えると身体の測定をしませんか? と言われ勧められるままに計って貰ったら、「筋肉は立派に付いていますからこれ以上は良いでしょう。脂肪もたくさん付いてますが、 全体にバランスが取れてるのは良いことです。」と言われ思わず笑ってしまった。驚いたのは欠陥年齢。62歳の私が50歳の血管年齢だという。 なかなか良いじゃん!?てなことをやってる内に岩盤浴の時間となり、ジムのプログラミングは後日とあいなった。 少しはまじめにやるとしようか。あの若きハムサム・インストラクターがまるでホストのように、「絶対来て下さいよ。待ってますからねっ!」 と囁いたからではない。決してない。目標を持てば、この私でも頑張れるということで、あ~る。

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2008年3月 2日 (日)

良い天気だったし暖かかったんだけど、、、。

 このもやもやした感情はどこから来るのだろう。

 とある公的機関からオペラ公演に幾ばくかの助成金が出たということでその公演の事業報告をせよ、 との呼び出しがかかり誰も行く人が無いため、例によってお店を休業して私が時間を取った。しかし、 事前に送付されていた書類には同じ立場の団体の代表がまずは分科会をやり、そこで話し合われたものをその場で発表せよと書かれてあり、 そのつもりで出かけた。しかし実際はいきなり一人10分程度で報告せよと言うではないか!まずはココロの準備が全然出来てない上に、 コの字の一片に並べられ、他方二辺には機関のエライさんや職員の方々がずらっとお並びである。私にとっては、まずは空気が異様で、 これは一体、何故?と疑問を抱きながらしどろもどろのスピーチ(?)と相成った。 ざ~っと説明しながらこれで吾が団体の何が分かるというのか?と喋りながら段々空しくなってきた。 何とかある程度のことが言えたと思い終了の形を取り質疑応答となったが、質問はうわべをなぞる形に過ぎず、 例えば全体の費用が幾らくらいかかりましたか?という質問に数字で答えても一体それで何を理解してくれたのだろう?我々が、 オペラという名の公演ではおよそ考えられないくらいの押さえた金額で公演を打っていることの、内容と意味に、 一切の感心は持って貰えないのだろうか?その為にどれほどの努力をしてきたかを少しでも評価して貰えるのだろうか? 驚くほどの助成金のカットが、次回公演を遠のかせていることに思いを巡らせて貰えているのだろうか?そもそも、 今日の会議は何のために実施されねばならなかったのか? 書類書類書類と散々提出物を求めて尚その上にこうしたまるで尋問のような会議が必要なのか?一体全体、 文化芸術を市民の中に本当に育成したり振興したりしようとしてくれているのだろうか?甚だ疑問だ。

 モチロン不景気になって、このところの財政難は重々承知。 きっとこの類の文化振興は絵に描いた餅が増えるだけで、必要だが実際は食べられないものとしてどっかの建物に飾られていくんだろう。でも、 本当はこれではイケナイ、ということを国や地方を動かす人々はしっかり考えて頂かなくてはイケナイ。人間が人間である所以は、文化や芸術、 文学などをする動物であるということにある。戦争なんかが起きると一番にそこが危なくなるのは、 こういうものが平和のシンボルでもあるということだ。。昨今の日本の危機的世相をどうにかするためにも、 この部分をしっかり押さえて欲しいもの。私に言わせれば、子供に真の音楽の楽しさを教えたり、 絵画や文学に触れさせることは遠回りのようでそれこそ「美しい日本民族」を作る近道だ。美しい物を見る力。感動する心。 自他共に客観視出来る目。洞察力に判断力、、、数え上げればきりがないほど、その効果は絶大だ。 そうして育った人は決して子供を高いところから下に投げたり出来ないだろう。子供の美しい目を裏切るような事は決して出来ないだろう。 肉親を撲殺することなど絶対無理だ。儲けの為にはウソも平気でつく様な人間にはならないだろう。、、、全ての事には原因があるのだ。

 もやもやは、自分が思う丈のことを喋れなかった事への悔しさに尽きるが、 今年で20年のこの会の理念や足跡は、短時間でぺらっと喋れるようなものではない。となると、 矢張りメンバーのYさんが提唱してくれている20年史は必要な物となってくる。 音楽の守護聖人センタチェチィリァを旗印に純粋に音楽を愛する団体として今後も続けていくためにも、頑張って製作して欲しいものだ。

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