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2007年9月

2007年9月30日 (日)

歌うということ。

 今宵は落ち込んでいる友人を慰める意味で映画「エディット・ピアフ・愛の賛歌」を連れ立って見に行った。もくろみは成功して、 すっかり元気になった彼女は、足の悪い私を家まで送り届けてくれて、帰るや否やひらがなオンリーのメールをくれた。 「きょうはありがとうとってもかんどうしましたがんばります」、、、元気が出る映画だったんだ。

 まずはこの映画は単調な伝記ものでなく、そしてピアフの一生を感傷的に描くことなく、 あたかも生きている人を撮り続けているかのような、現実感のある作品となっていた。時制が目まぐるしく変わるので、 見ている方は緊張を強いられる。一気に最後まで盛り上がってストンと無音になる終わり方など憎い手法だ。 これが若い監督の作品と知って二度びっくり。

 実は行く前にお好み焼き屋さんで「運転手してあげるからあんさんはお飲み。」という友人の薦めに従って、 生中2杯も飲んでから見にいったお馬鹿な私だったが、ち~っとも眠くならないばかりか、前のめりに画面を見てしまった。 素晴らしく本物に似せてあるピアフが、魂そのものの様に歌い、生きる姿は、それがどんな歌でも歌を志す人に何かを与えるだろう。 多くの男性遍歴の中で、遂に得た最高のパートナーは妻子ある人だったが、その愛の昇華は、多くの女性に生きることの意味を教えるだろう。、、 、ぼんやりと知っていたピアフの生涯が改めて私に勇気を与えてくれたと思う。同行の友人と同じように、、、。

 

 昼間は、落語の会に行き、ゲラゲラ笑って帰り、夜は映画に感動している。私の一日はピアフの人生のように目まぐるしい。 ピアフは雀という意味だ。私は酉年、、、って、関係ない、か。

2007年9月29日 (土)

ああ、痛い!

 疲れているときほど、おかしな事をやりたくなる。朝から営業は目一杯やっていたし、 間では訪れてくるメンバーとあれこれ打ち合わせたり、レッスン生と先生などの昼食も作り、まあ次から次へと「用事」が押し寄せてきて、 夕刻には集中力というものが無くなってきた感じだ。

 最後の生徒さんが終わった時点でみんなでご飯食べに行こうとは、I会長からのお優しいお言葉。 久しぶりに8人という大所帯でMというお店に出かける。 やがてもう一人鼻の利いたS嬢が電話してきたので誘って結局9名でわいわい楽しくお食事だ。

 お腹が一杯になった頃、誰ともなく(私か?)卓球に行こうとなり、いそいそと出かける。 2台の卓球台が600円という格安さで早速じゃんけんで打つ台を決める。ラケットを握りしめ、SOさんに「な~んか、 めっちゃ張り切ってません?」と冷やかされて、いざ、打とうと腰を下げてスタンバイした途端、その悲劇は起こった。

 「ぶちっ!」という妙な音が自分のふくらはぎの当たりから聞こえたと思ったら、激痛が走る。遂に来たか「肉離れ」。 今までの長い人生で始めてのことだ。しかしそんなに重症でもないらしく痛みが和らいだので、さっそく卓球もやってみた。 このまま固めるのが良くないのではないかと思ったのだ。で、まあ、約1時間良くやりましたあ!全員とお手合わせ願い、たっぷり楽しんだが、 私の捨てぜりふは「怪我してなきゃ負けるわけないんだけど」。メンバーは「ハイハイ分かりましたよ、、、」と全然信じてない。くっしょ~、 いつかこのリベンジを~! 

 

 ふくらはぎに湿布したが、、、、明日が怖い。

 

2007年9月28日 (金)

時間よ止まれ~。

 しかし疲れるなあ~。日中のまだまだ続く灼熱地獄に加え、今日も衣装係さん達と物色に行く。 まあ目的のものに出会えたから多少報われたが、まだこれでおしまいではない。明日は明日で何人かがやってきて、演技だ、衣装だ、小道具だ、 はたまたホームページの更新とやること一杯。そういえば一昨日は11時頃繁華街をS譲とうろついたもんだ。 その時間でも売っているはずのドレスをチェックしにだ。連日のハードスケジュールに今日だってパソコンに向かってもいつの間にかこっくり。 は~~~。

 と言いつつ、さっきテレビのチャンネルを消す前にと映画のところに合わせたら、「七人の侍」をやっている。 ついつい引き込まれる面白さだ。20分しか見てないのにだ。しかし勉強になるなあ。「村の衆」の動き方。=今度のオペラの合唱だ。 端から端まで見事に演じている。ソリストが7人。自己主張しつつも周辺と調和している。時々目立つ人も上手くあしらわれている。 アップの人は全て演技力が抜群で、沈黙の多い映画なのに顔の表情で雄弁に語っている。流石だと思った。 これ以上見ていると朝が来そうだから又にしよう。が、日本の昔の映画は、役者も良いし、純な感じがするなあ~。特に黒沢作品は完成度が高い。

 

 娘からの情報で「ピアフ」という映画がくると聞いているが、いつ行けることか。 そういえば美術館で友人の絵も展示されているしなあ~。時間が欲しいなあ~。

 

 

 

 

2007年9月27日 (木)

夏の疲れがドッと出た、、?

 本日も本業そっちのけで朝から走り回る。午前中母と病院だ。定期的なものだが、 このところの疲れが病院という特殊な環境に行ったため、ど~んと来たような感じ。そんな私を知ってか知らずか医師は私に、 「今日は歩いて来られたんですか?」な~んてとんでもないことを言われる。我が家からじゃ、 いくら近いとはいえ歩けば40分以上はかかりそうだ。「いいえええ、母を連れてますから、、、!」と言ってから慌てて「いえ、 それは口実ですが。」と訂正する正直な私。例え一人でもきっと歩かないだろうから~。

 ジムに時々行くと言えば、「貴女もジムにせっせと寄付してるんですかあ?」と苦笑される。 なんでも入会してから一度も行ったことがない人が患者さんで居るそうだ。ほ~、私の上手が居たんだなあ。でも、 自転車を1時間漕いだというと、ゆっくりならやった方が良い。急激なのはかえって良くないと言われて、山勘が当たりと知る。 出来れば週2回通うのがベストですよ、とも、最低でも週1と言われる。ぼちぼち復帰しようかなあ~。

 

 午後はやれCOOPだ、保険屋さんだ、材料屋さんだと人の出入りが多く、バタバタとFMの収録に駆けつける。 本日のゲストはピアニストで11月のコンサートなどを中心にあれこれ楽しいお喋りをした。 彼女が演奏会を前に段々テンションを高めているのが分かった。声に大いに張りが出て、ともすればこちらがその迫力に引っ張られている。 漲る自信と情熱に、この公演の成功を予感した。

 

 帰りに今日は大口の広告をと立ち寄ったが、どちらも好意的に受け入れてくれる。ホントに有り難い。 今回はみっちゃんの出演が無しと知り、ええ?と怪訝な顔をされたが、そこに登場してますからと、チラシの漫画を見せると爆笑してくれる。 ということはA君のもくろみは今のところ成功かも~。内1件は陶器やさんで以前から広告を気持ちよく出してくれる所だ。まあ、 私もそこでは半端じゃないお買い物はしてるかも~。でも、例えそうでもしてくれないところはしてくれないからなあ~。 そこの若い女性店主はセンスが良くて、品揃えも楽しく、ラッピングも美しい。父上がこれ又人の良い方で、私から言えば友人の友人なのだ。 しかし、彼とは出会いから気が合って、食事の美味しいところを教え合ったりしている仲だ。 その方が言うにはお店のお客でK落語家の大ファンが居て、Kさんなら又そろそろオペラに出られますよ、と誘っておいたと言ってくれる。 ホントに助かるなあ。

 、、、しかし、こうしてチケットを売ったり、広告を取ればとる程責任感が増してきて、舞台創りを頑張らなくては!と思うのだ。

 

 あと2ヶ月半。きっとあっという間だ。

2007年9月26日 (水)

♪あか~い夕日が~校舎をそめ~て~♪

 いやあ~、同窓生って有り難いなあ~。ある集まりに同窓生が何人か集まっていて、 その中の一人が今回のオペラの印刷物を格安でやってくれているAさんだった。そこで出来たてのホヤホヤのチケットを頂き、 その場で早速販売だ。全く別な会での宣伝で相当気が引けたが、えいっとばかり恥を忍んで売りまくった。広告も数人が引き受けてくれたし、 チケットは代表者が「同窓生を誘ってみんなで行くから!」と約束してくれる。今日の実入りはそれ程でもないが、将来は明るい展望だ。 きっと見た後は飲み会だろう。何でも良いから沢山買ってちょ!

 何がつらいって、チラシの漫画は私じゃないとどれだけ言っても信じて貰えず、 いやそっくりだとかナントか酔った勢いでエスカレートするばかり。裏の小さいのが私だと言っても「いや、そんな可愛らしいはずがない!」 だとお!参った!参った!だから言ったでしょ!A君!!てなもんだ。やれやれ。それでも売れりゃあ良いんだけどねえ~、、、。 お願いだからあのT先生のアガタの姿の前に本名を書き込んで欲しい物だわ!

 

とりあえず疲れた!

 

 

 

 

 

 

2007年9月25日 (火)

ようやく秋の気配が、、、。

 全く久しぶりにジムに行く気になって表に出ると、雨の後の湿った空気がヒンヤリしている。おっ、秋だ。深呼吸して車に乗り込み、 3分後には受付だ。こんなに簡単だのに、何故か行けないのだ。どれくらい行けてないかを訊いてみると、ナント前回は8/1のご利用だそうだ。 どうりで建物に入りあの空間に身を置くと、妙に懐かしい。更衣室の空気の臭いも、プールの消毒液の臭いも何かしら懐かしいのだ。

 3人ほどのインストラクターから「お久しぶりです」と声をかけられる。よく覚えてるなあ~。彼らの中には、 自転車をこいでいる私にまあそれくらいから始めた方が良いですね、と声をかけてくれる人も。なので、ゆ~っくり時間をかけて(1時間) 負荷もたくさんかけず頑張った。岩盤浴にも入ったが、こちらはメモ帳を持ち込み、 ホントはダメらしいがオペラの内容を思いつくままメモしたのだ。スポーツドリンク2本空けて、 リポビタンやらオロナミンまで飲んだ上でのことだ。

 それというのも、今日は一日中兎に角疲れていて、家事と仕事の合間にマッサージ機でうつらうつら、、、。 途中で義妹がある物を取りに来たが、相手もせず眠ってしまい、あれは夢だったのか?と起きてからその品物を探すと無くなっている。 やっぱり彼女は来て持ち帰ったのだ。このままだらだらしていると、再起不能になりそうだったので、思い切ってアクティブに行動したのだ。、、 これは大成功。今と~っても身体が軽くなって、頭もスッキリ。

 お風呂ではちょいとアブナイこともあったが、、、、。頭を洗ってタオルで包み、 そのまま湯船に浸かってさあ出ようとしたら手に持っていたはずのもう一枚のタオルがない。動いた後を辿っても無い。 まさかあんなもの盗られる筈もない。諦めて帰ろうとしたその時、フト頭に手をやれば、な~んとそんなところに置いてあるじゃあないの!? あ~あ、情けない。こんなんばっかり!もっともタオルの上にタオルだから感覚が鈍かったのよ!って、これは言い訳だ。 Cantiamoではこの言い訳が御法度とされているが、「言い訳」って言葉の意味は「道筋をたてる」という意味で、 転じて弁解という意味になったらしいから、あながち悪いばっかりじゃないだろう。、、、って、こういう事が言い訳なんだ!

 

 昨日のちぇち練は一歩前進二歩後退って感じがしたが、それもその筈。みんな、この練習会場でしか台本も見ないし、楽譜も開かない。 動いてみることも、顔の表情を作ることも、仕草を研究することも、どうやらしてないらしい。まだまだ自分のことになってないのか。 楽譜があるから歌は覚えようとする。でも演技はサンプルが無いと勘違いしているのだろう。

 思うに、人は日常的に演技して暮らしている。一人の女性はそれが既婚者なら、母を演じ、妻を演じ、奥様を、人によっては祖母を、 友人を、行きずりの人をさえ、演じている。職業によってそれは顕著だ。我が家で居るのと全く同じに職場に居る人は殆ど居ないだろう。 看護士さんはそれらしく、お巡りさんはそのように、医者は医者として先生は先生の、社長は社長の演技をして日々暮らしているはずだ。 電話の受け答え一つ取ってみても分かることだ。相手によって自分の声も言葉遣いも変化しているはずだ。それを舞台で演じるためには、 際だたせ、大きくする必要はあるが、誰しも「演技をすること」が始めてではない。だから出来るはずだ。では、何が違うか。それはひたすら 「意識」が問題だ。日頃の何気ない動作を如何に意識にのぼらせるか?注意力、観察力は要求されるだろう。、、、そして、一番やっかいな、 でも重要な事が、「その人物になりきる」ということだ。そうなれれば、自然と演技も出来る。

 もう一つ気になることがある。それはコーラスというポジションにいる人達だ。どうも、その他大勢という気分で動いている。 まあ確かに名前は付いて無い。でも、一人一人個性があるということを思い出して欲しい。 隣の人と全く同じ動きをすることは日常の中ではあり得ないのだ。ダンスの場合とは違うのだ。

 

 おっ!又丑三つ時だ~。

 

2007年9月24日 (月)

今日は久しぶりの大雨だ。

 一つ終わった。昼前に岡山から出てくる参加者を迎えにフェリー乗り場まで行き、あとは一路慰問先の老人施設を目指す。 これが又遠いんだ。途中観光案内などしながらしっかりドライブして、付いてからが大変。まあ、いつもの事ながら、 Yさんが持ってきている商売道具の布を大量に使って、舞台の背景を作る。毎回のことで少々慣れてきたかも。 無いところから何かを生み出す面白さを感じるようになった。、、、しかしこのお陰で歌う前から疲れた。

 施設の方でもきれいなコスモスを沢山摘んできてくれていて、お陰で立派な背景になった。やがて「シャンソン」「演歌」「童謡唱歌」 の3部に分けて1時間半、13名が歌ったが、観客は恐れていたほど不自然でもなく、大人しく聴いてくれて、まあ、 中には手拍子がとんでもない調子と音で入ってくる人も居るには居たが、予定通りこなせた。考えてみると、これは凄いことだ。 90分という時間はかなり長い時間だし、興味がない歌を聴かされるというのは、拷問に近いと思うがトイレタイムも無しに突っ走って、 とにかく全て完了したのだ。

 観客の中には我が中学時代の友人も来てくれていて、しっかり声援してくれる。 驚いたことに卒業以来初めてお会いする恩師まで来てくれていた。まあ、有り難いことだ。

 お身体の不自由な方を前に、千の風を歌っていて一瞬ぐっと詰まることもあったなあ。我が母を重ねてしまったのだ。

 Yさんがどうもカラオケと音がずれて居るなあ~と思って聴いていたら、 どうもあの陽気で拍手が大好きなおじいちゃんの拍子に合わせていたらしい。本人はさっぱりずれていたことに気付いてないのが素晴らしい~! いつまでも若いはずだ。

、、、てなことが色々有りながら最後は施設のトップの方からお礼を言われ、又定期的にお願いしたいと言って貰えてホッとする。 きっと又お座敷がかかれば出向いて行くことだろう。

 

 

 駅の近くで岡山組と夕食を採り我々は7時からちぇち練だ。終わってからメンバーにも今日の感想を言わせていただいたが、 まあ100点満点の内10点以下だ。ただ動きを覚えるだけがまだ出来てない。それが出来てないと次に進めない。ソリストは棒立ち、 コーラスはぞろぞろ、いつもぞろぞろ。テキパキば~んと出来ないもんか?これからが正念場。とことん練習をやるしかないなあ~。 追加の練習日を上手く利用して欲しい物だ。これからは集中だ。集中あるのみ。

2007年9月23日 (日)

泥縄式、再び。

 明日の老人ホーム慰問の準備がイマイチ出来ずにいて、シンデレラタイムに近い今ようやくパソコンでプログラム作成、自分の歌、演歌! の暗譜をやっている。決めていた曲を友人が変えろと言うのだ。お年寄りに受ける曲にした方が良いと言われて、 まあなるほどと納得するところもあって変更だ。欲張って、クイズなんぞをして盛り上げようという算段だが、、、、果たして成功するか?

 

 今日は朝から晩まで声楽レッスン生が我が家に出入り。それぞれを捕まえては、今回の舞台のことをあれこれ話しているが、 それぞれに危機感が募ってきているようなのは有り難いことだ。こうして一人一人話しを聞くと、 みんなが抱えている悩みも思いも分かるというものだ。人間、話してみないと分からないことが多い。大勢になってくると余計だ。 こういうチャンスを大切にしてコミュニケーションを計る必要があるのだ。でまあ、 話しのつまみにお菓子を出すとどうしても自分も食べてしまうので、極力注意はしているのだが、ゼロっていうのも寂しいので、 一日1回は付き合うこととしている。そして余さず食べて頂くというのが大事だ!っていうのが、このところ多いんだなあこれが。 チリも積もれば山となる、、、。

 このところ色んな舞台を観て聴いて、みんなも色んな感想を持っているのでそれを話し合うのもケッコウ面白い。 観っぱなしでは聴きっぱなしではもったいない。自分の鑑賞眼も修正したりすることが又自分の歌の成長を助ける。 特に演技はお手本になるからなあ~。みんな自分の事として舞台や映像を観て欲しいもの。さて、明日の練習時には、 多少舞台からお勉強した人が居るかなあ?

 

 明日もハードだ。

 

2007年9月22日 (土)

演奏会三昧。

 とってもユニークな演奏会に行ってきた。かねてからその演奏会のコンセプトなど出演者HさんとOさんから聞いてはいたが、 実際この耳で、目で確認するまでは、一体どんな演奏をする団体かが分かっていなかった。このサロンオーケストラ、ただ者ではない。 力のある演奏家が集まり、音楽を一般の人達に拡げようと情熱を注いでいるのだ。しっかりした演奏の上で、 子供や一般の人達に音楽への関心を拡げようというのだ。

 私は大いに楽しめた。隣の友人も随分と喜んでいた。昨日の椿姫のオケよりも楽しいと、、、、!

 演奏途中で子供達を舞台に上げ、ピアノの下に潜らせたり、チェロの前に座らせたり、、、、 こどもたちは興味津々で舞台のアチコチに陣取る。勿論、従って、演奏中は真剣に聴いているじゃあないの!?これなんだ。 いつもは音楽が遠すぎるんだ。だから、みんな敬遠するんだ。これほど身近に音楽を感じたら、誰だって音楽が好きになる。

 あとの茶話会にお呼び下さったので、友人KさんとM氏とで参加。彼らの本音とか歴史をつぶさに聞くこととなった。いやあ、 今後大いにやって欲しい物だ。もしかしたら、ちぇちとの共演も夢じゃない。日本中に音楽を拡げたいというリーダーは、 舞台では綾小路君麻呂だったが、控え室ではまじめな音楽家だった。なんとか、共演出来れば良いなあ~。

 

 こうして又音楽の友が出来たところで、Mさんと夕食を食べに、海沿いのMというレストランに行く。テラスに席を取って海を眺めれば、 折しも島々は薄墨色に溶けかかり、陸の灯りが点々と灯り始めた。仕事のけりを付けてから参加の奥様を待たず、私とM氏はどんどん食べ始めた。 まずは本日ウエルカムドリンクサービスという生ビール。料理は濃厚なペンネの4種のチーズを絡めた物から、スープにサラダ。 やがてやって来た奥様と3人で、ハウスワインをボトルでとって再度盛り上がった夕餉の会だった。お医者様M氏のおとがめもなかったので、 しっかり頂いたが~。

 

 今夜は夫が居ないと思うとの~びの~びで、会話も大いに楽しめたのであった。

2007年9月21日 (金)

椿姫、あれこれ。

 久しぶりに県民ホールで本場の「椿姫」を観た、聴いた。「号泣」させてくれるかと思ったが、色々あってそこまでは行かなかった。 座席というのが大事な要素だということも今回身にしみた。相変わらずのドジバナで、 インターネットで出してプリントアウトしたものはどうやらアクトホールの座席表。予想とは大いに違っていた。 オケピットから数列後ろの下手よりだったが、歌い手が上手に行ったらさっぱり聞こえない。表情は見えるが、 計算された動きは結局充分分からない。2幕から2階席に上がったが、ガラガラの座席で最も見易いところに陣取って初めて堪能できた。 声は全部上に上がってきている感じだし、全体を眺めての動きの美しさも、舞台美術の思想も全部見えた。本当は、 最後の場は至近距離でヴィオレッタをしっかり観たかったのではあったが、、、それは贅沢と言うもんだ。

 今日の演奏で声楽的に光っていたのはテノールのアルフレード役だろう。楽々と声を出し、 どんな姿勢でも無理なく自然な美しい声が出ていた。そう、今日の演出は歌い手に全部普通でない姿勢を取らせたのだ。 歌いながら横向きに寝っ転がるし仰向けになるし、様々な姿勢を取らせたのは、「自然さ」を出したかったのだろう。 生活の中で当然あるべき姿で歌わせたかったのだろう。それはこの作品の最後の処理の仕方でも分かった。 過去に何度か観た生の舞台でも映像でも一度も観たことがない、ヴィオレッタの「死」だった。

 地元出身のK女史の場合も、死の間際くるっと後ろ向きになって悠々と歩き続ける、まるで「死なない」ヴィオレッタだった。 その解釈は、彼女の精神は不滅だということだろう。

 又別な舞台では、大きなベッドの上に身を投げ出して死ぬヴィオレッタの上に覆い被さって泣くアルフレードといった具合で、まあ、 歌舞伎に近いものを感じさせたものだ。それはそれでドラマティックで感動したが、今日のは全くナチュラルで、 一人の若くて美しく薄幸な女性の死を繊細に描いた。

 いよいよ最後の時、ヴィオレッタは一瞬生命が身内に漲り、永遠の命を得たかのように驚喜する。 その勢いで大きな窓を開くと白いカーテンが風に煽られ大きく彼女を包み込む。まるでそこに天使達が舞うかのように。 歓喜ののままに振り返ってアルフレードの胸に身を投げ出し、そのまま抱かれて死んでいくという流れは、お見事! 曲調とぴったり合って素晴らしい効果を生み出していた。

 この演出家が女性であることに思い至ったのはその瞬間だった。なるほど。女性の目から見た、この恋愛劇だったのだ。

 終章の幕が開いた時、一瞬私は先日観たモジリアーニ展のジャンヌの絵を思い出した。夫が死んで、 程なく身ごもった身体を天空に踊らせた彼女が、その余り遠くない時期に描いたらしい「ニースにて」という一枚の絵。 テーブルを挟んで母親と夫と猫と戸外で食事をしている絵だ。猫は黒猫。夫は黒のネクタイに喪服?そして真っ黒に描かれた目。母親の髪も黒く、 背景の樹の幹にも黒を使っている。、、、今日のオペラ最後の場面は、全体をベージュの濃淡でまとめ、所々に黒を配置してあり、 それは明らかに「死」のイメージだ。色彩を極端に押さえることで、寒々しい中に清逸な趣を醸し出している。 あたかも彼女の精神人生をこの場面に凝縮させているかのようだ。高級娼婦ではあったが、誰よりも純粋で高貴な心を持った女性としての、、、。

 原題は「ラ・トラビアータ」=道を踏み外した女。踏み外したのは、女の道か?人間の道か?娼婦としての道か?それとも、 恋人としての道か?、、、、いずれにせよ人間は罪深いということか、、、。

 

 こうしてみると男って、アホに描かれてるなあ~なんちって!

 

2007年9月20日 (木)

来たぞ来たぞ~、、、。

 公演前には、大小に関わらず必ず問題が発生する。今回もどうやら例外ではないらしい。防ぐことが出来る物は事前に注意すればよいが、 不可抗力というのがその殆どだ。何かが起こってからアタフタとするのがならいだ。さあ、このどかんと一発目をどうやってかわすか?いや、 考えてみると既にここまでにも幾つかのどかんがあった。それをなんとかやり過ごすことが出来ているのも、みんなのチームワークのお陰だ。 今回も、きっとこの不発弾の処理は成功するだろう。お祈り半分だ。

 

 昼間、少々劇場主さんに役の説明をしに出かけた。私と同い年の彼女だけにちゃんとやって貰いたい思いが強い。 素晴らしく良い物を持っているので、それを武器に最後まで頑張って欲しい。自分を振り返っても大層疲れやすいし、ソロは大変だと思う。 しかし、なんとか我々世代を代表して頑張ってほしいものだ。

 

 あと3ヶ月。泣いても怒ってもこれっきりだ。全員が一つになって進んで行くしかない。一人一人が受ける風は強くても、 一丸になって向かえば、かわすことが出来る。

 

 

 

2007年9月19日 (水)

なんで」こう暑いの?

 夜になってやって来たS嬢と11時ごろまで衣装についてあれこれ調べていたが、結局は実物を見つけに行くことになった。 今までのオペラは私が主役の時は私がイメージを伝えて専門家に縫って貰ったが、Kさんのようにドレスを自分流にリフォームする人も居た。 前回のPさんは衣装部屋のドレスに私のイメージを盛り込んで上手く行ったが、今回は現代にも通用する服装を考えていて、 しかもインパクトのあるカラーとデザインで、、、となると、なかなか通販ショッピングでは見つからない。衣装部屋のもので一応決めていたが、 矢張り欲が出てくる。もっともっと、しかしお金を使わないで~、、、。ふ~っ。

 朝は先日かわゆいネッダを演じたW先生が長いお電話を下さる。いつものように信じられないほど根掘り葉掘り感想を訊かれる。 ご本人についてはモチロンのこと、他の出演者の出来不出来から、舞台美術オーケストラに至るまでしっかりと意見を求められて、 黙っていようと思っていても、ついポロッと喋ってしまう!誘導尋問にかかってしまうのだ。 この姿勢こそが彼女をあそこまで素晴らしい歌い手にしたのだろう。誰よりも出来ていた人が、誰よりも謙虚なんだから驚く。

 ひとしきり話したあと、今度はちぇちぃりぁですねっ!ときっぱり言われて、はいっ!よろしくお願いします! と兵隊調の返事になってしまう。いきなり「みんな暗譜は出来てるんでしょ?」と言われて、「た、多分。大体。でも楽譜は持ってます、、、」 と我ながら心細い返事。「まあ、私が行ったらビシバシやりますから!」との心強いお言葉に感動。 もうすっかり大船に乗った気分のおみっちゃんであ~る。

 

 短歌12首をナントか仕上げて、久しぶりに速達でなく普通で出せた。清々しいもんだ。出来不出来は別にして(別ばっかり) 先日のピアニストの舞台を詠んだが、きっと独りよがりの歌になってることだろう。まいっか。参加することに意義有りだ。(又、こればっかり) 出して安心していたら、明日までに海の歌だ。たまたま来ていた母に、「海って聞いて何を連想する?」となにげに聞いてみると、「波、、、砂、 、、こんぶ、、、」訊く人を間違えた。

 

 さあ、明日は広告取りに走る予定だ。どうなることか。よく寝て、チャンとした顔つきでお願いしに行くべえ~か。

2007年9月18日 (火)

猫が外でケンカしてるなあ~。

 夕方母を送っていくとき、空には上弦の月が星を従えて輝いている。「あれを見るとやっぱり秋なんよねえ~」 とクーラーの中での母との会話。しかし実感がない。兎に角暑いのだ。日中にちょこっと外へ出ると、ハンドルが持てないほどに熱くなっている。 とてもじゃないがクーラー無しではまだまだ暮らせない感じだ。ホント、どうなってんの?「残暑厳しき折柄」 なんて言葉が昔からあったことを考えると、あんまり異常でもないのかも知れないが、どうしても地球温暖化を考えてしまう。 いやいややっぱりそうなんだろう。

 その母との買い物で、今日は久々にドジをやらかしてしまった。COOPで買い物をしてレジを済ませ、サービスカウンターに立ち寄り、 チョット前の忘れ物を聞いてみたら、ちゃんと記録してくれていて、なんと8/22の日付だ。チョット前どころではない。 親切をモットーのこのお店は次回同じ週刊誌を持ち帰っても良いと言ってくれる。で、お礼を言ってもう一つ別なお店に母の買い物に回る。 フト気が付くと携帯が無い。車の中もないし、買い物袋かと思いきやそこにもない。これはきっとさっきのお店に忘れたに違いない、 と母に告げて急ぎ引き返すことに。しかし、車中の母は流石私の母だ。娘の事がよく分かっている。「あんた、最初から持ってなかったのと違う? 」とかなり疑い深い。でも私はきっぱりとそれを否定。「そんな筈はないわ。絶対持ってたから。」とお店のカゴの中に忘れたに違いないと強調。 しかし、あんまり母が「おかしい、見なかった」を連発するのでチョイと不安になって、「じゃあ、損にして我が家を見てから出直そうか?」 と一度家に引き返した。な~んてこった、あるじゃあないの!?パソコンの脇に!その後母にさんざん笑われたのはモチロンだが、 あのまま再度COOPに行ってたら、又ですか?って言われただろうなあ~。しかもいくら捜して貰っても無いんだから!あ~危なかった! 持つべき物は疑り深い母だ。

 って、ここまで書いたら、さっきチラシを持って打ち合わせにやってきていたA君がピンポ~ンと鳴らすので、どうしたのかと思いきや、 「あの~、僕、携帯忘れてませんかあ?」と来た。フフフ、やってくれるじゃないの!やっぱり探しても無い!どうやら車ですね、 と引き返す彼に、「実は今、私の携帯ドジバナを書き込んでた所なのよ」と告げると、「え、ええ~~っ!?僕のことはご内密に!」と言う。 ハハハ。そりゃあんた、無理ってもんよ。ドジトモだわいなあ~。「世界に発信するから~」と言うと、「げげっ! みっちゃん日記は読者が多いですからねえ!」なんぞとあがいていたが、、、余りのグッドタイミングの不運を嘆くしかないだろう。ねえ~。 A君、ごめんね。

 昨日の岡山から帰りの電車でも、そう言えばおもろいことがあったなあ~。お弁当を買って、マリンの中で開いたのだが、 それぞれがみんな違うお茶を買っていて、私のお茶には小袋が付いていた。会長が「それなあに?」と訊くので、「あ、これはね、 濃いお茶が入ってるのよ。好みでそれを入れて飲むと美味しいのよ」ときっぱりと言う。「ほ~、そうなの!?」と感心する会長。 するとすかさず義妹が、「うそばっかり。これはただのおまけよ!」とのたまう。「へ?」と、私と会長が見る中で、 彼女はそれを開封して見せた。なるほど、確かにおみくじタイプのおもちゃだった! ガチャガチャっと振って下に向けると本日のラッキーカラーが出てくるという仕掛け。さあ大変。会長の鬼の首を取ったかのような、 みんなへの告げ口が始まった。「ね、この人は、きっぱりと言うでしょ!?だから誰も疑わないわなあ。全然違うことをね。断定するからねえ~、 、、、、etc。」「ふんっ!何もそこまで言わなくても!私だって、悪気がある訳じゃあないんだから!」とちょいと反論すると、「ほら、 その上素直じゃないでしょ!?」と来る。く~~~っ!よく考えてみると、これって、確か誰かが私に教えてくれたことなんだ。誰だっけ? じゃあ、あのとき、私は騙されてたの? あのときがいつなのか、誰がそう言ったのかが、全く思い出せない情けないおみっちゃんであった! ち~ん。

 

 ところで、チラシはいよいよ完成しそうだが、肝心のオペラがと~っても心配。A君とも話したが、これからが正念場だ。 兎に角集中しなくてはならない。コーラスの細かい動きや演技については経験者である彼にも協力を要請。私はこれからソリスト中心に特訓だ。 何はともあれ、暗譜をして貰わないと話しにならない。手に楽譜を持っていては手が使えない。楽譜を見ていては、説明が見えない、 目線が使えない。

 

 昨日のピアニストの話を今日も何人もの人にお話ししたら、みんな泣いてくれた。驚いたことに夫までが涙目で聞いてくれた。、、、 この感動をなんとか短歌にと思うのだが、感動したことがそのまま形にならないのが残念だ。力不足だ。今夜、12首まであと一息だ。

2007年9月17日 (月)

音楽って、なんて素晴らしい~!

 午前11時に高松駅に集まった女4人と会長の5人ご一行は、 賑やかに車窓から入る日光をものともせず楽しく語らいながらおきゃあまに着いた。 紙の切れっ端に書いたレストランを目指してタクシーに乗り目的地に着くと、岡山のKさんが待っててくれて、早速ランチタイムとあいなる。 ゆ~っくり食べて止めどなくお喋りして、さあそろそろと、腰を上げたのが開演の30分前。 そこからは歩いて10分ほどで岡山シンフォニーホールだ。

 今日のお目当てはメンバーのY女史が3年連続でオーディションに合格したその歌を聞くことだ。 友人のKさんと大きな劇場の2階席の1列目のセンターという最高の席に座り、劇場とはいつ来てもわくわくするわよねえ~。 ここは又特に良い劇場だわねえ~、などと話しながら開演を待つ。一部の収穫はマリンバだった。 偶然後で楽屋に行き本人に会うとびっくりするほど小さい人だった。聞けば高校1年生だそうだ。しかし、舞台では大きく見え、 正確なバチさばきと緩急使い分け、情感溢れる音楽性に感心した。いやあ、将来が楽しみな人だ。

 我らが姫は楽屋で出番を静かに待っていた。「頑張ってね」と声をかけ、2部が始まる為大急ぎで2階席へ。しかし、このホール、 まるで迷路だ。姫の旦那様のナビが無ければ多分迷子だった。「もし僕を見失ったらどうするんですか?」と言われ、「その時は舞台に上がって、 お名前をお呼びしますわん!」と答えると、「あんさんの場合、ホントにやりかねんから怖い!」とかなんとか、 麗しい会話をかわしながらの2階までの道中であった。

 そしていよいよ2部が始まった。プログラム1番は、真っ白なチュチュの様な可愛いドレスを着た小さな子供、、、と思ったら、 ナント大人だった。そうか、この人の事だったのか、確か全盲と聞いていた、、、。曲はモーツアルトピアノ協奏曲。 私の位置からはピアニストの手がよく見える。演奏が始まってしばらくはピアノの出番がない。その間、 通常の演奏会では絶対に見られない光景が人々を釘付けにした。彼女はしきりにピアノを「計っている」フタから鍵盤までの距離を、そして、 鍵盤の端から端までの距離を、最初に自分が指を下ろすべき位置を、あらゆる角度から検索している。ペダルの足も、正確な位置を「計っている」 。、、、やがて、人々が固唾を呑む中、彼女の演奏は始まった。演奏は、そりゃあ完璧ではなかったかも知れない。私の様な素人が聴いても、 左手が強すぎるきらいはあったし、リズムという点に於いても難はあっただろう。しかし、それがどうしたの?私は、いや、 そこにいた殆ど全ての人が、彼女の真剣な演奏に感動して涙した。オケがピアノと演奏しているとき、後ろで出番を待つ3人の演奏家達。 彼らが身じろぎもせず演奏を「見つめている」。ピアノソロの時、バイオリニストが涙を拭った。私の後ろからすすり泣きが聞こえる。 咳一つ無い、静まりかえった大ホールが、指揮者のこれ以上は望めないほどの思いやりのある指揮の下、一体となった。「がんばれ!」 声のない声が、会場を埋め尽くした!人間て、音楽って、なんて素晴らしいんだろう!、、、私は溢れる涙を拭いきれず、 流れるままに任せていた。この涙は悲しい涙では決してない。紛れもない、感動の涙なんだ!

 ある人がご自分の演奏について、「音楽を通して、神が降りてくるのです。」と言われたが、それは芸術全てに言えることだろうが、 この日この時、正しくそれを実感した。この時間こそが、神がくれた至福の時だった。

 帰る道々、我々はともすれば彼女の事を話題にし、再び涙したのであった。五体満足である自分たちが恥ずかしい、と。

 

 夕方からのちぇち練の為、残念な事に、次のプログラム、我らがY姫の演奏をとにかく聴いて、 後ろ髪弾かれる思いで電車へと走ったのだ。その後にも小さな子供のヴァイオリンとか、聴き応えのあるものがあったらしいが、、、。 長い道中での会話。私が「Yさんの、あのいつも前進する姿勢には、ホントに感心するわ。」と言えば、会長が「そうですよ~。 彼女はエライよ~。」なので、「難しい物に取り組もうという気概があるわよねえ」というのにも、「そうですよ~。彼女はエライよ~。」 としか言わないので、こりゃあ私への当てこすりだと分かり、「分かりましたよ!」と言えば、「ホントに分かってるの?」と来た。 言いたいことは分かってる。実行する気があるかどうかは別だが~。ふほふほふほ~。

 いやホント、Yさんは凄いと思う。今日のアリアは今度の我々のオペラと同じ作曲家ドニゼッティの「アンナボレーナ」からであったが、 これは難曲中の難曲だ。全くの無音の中、高音を正確に当てなくてはならないし、要求される音域も半端じゃない。しかもオケ伴奏だ。 良く勉強して頑張ったと思う。きっと次回も挑戦するんだろうが、我々応援団も必ず出かけるだろう。良いお手本として今後とも我々を、 特にアチクシを引っ張っていって欲しいものだ!なんちって!

 

 帰ってくれば本日ちぇち練は第1幕を最後まで付ける予定でスタート。ほんの少しバックしてみると、案の定皆さん忘れているし、 未だに場面の理解が出来てない人もいる。まあ、当然ではあるが、この危機感の無い大勢を動かすことの大変さ。ソリストに至っては、 ご馳走が出てくるのを待っている客のような顔をして鎮座まします人ばかり。シェフと迄は行かなくても料理人ぐらいにはなって欲しい物だが、、 、。ま、これさえも経験の殆ど無い人ばかりだからしょうがない。しょうがないばっかりだが、そんな中で少しは前進したか。 今月は暗譜で動くはずが、ほぼ全員何故か楽譜を放さない。これじゃあ、来週W先生にこっぴどく叱られることは間違いない。ふ~っ。 どうすんべえ~。

 

 そんなこんなで、おみっちゃんは、本日グロッキー状態。チラシをチェックしたら即寝よう。神様がくれた至福の時間を思い出しながら、 、、。

2007年9月16日 (日)

?

 

一日4つのお仕事。

 午前中目一杯やることがあって、次は短歌の歌会である。久しぶりに参加したが今日は最も少ない日で、まあ行けて良かったか。 少ないには少ないなりの良さもあり、充実した時間が過ごせたと思う。

 が、大層疲れて、次の予定のオペラ鑑賞時間までをナントか癒しの時間にしようと決心して、雨の中をサティまで。 予想通り混んでいてマッサージはすぐには出来ない。待ち時間で少しショッピングもして、心の中で「ゆっくり、ゆっくり、、」 と唱えながら時間を過ごす。それというのも、歌会では「生活のゆとり」がかなり話題になっていたからだ。 最悪の例として私がやり玉に挙げられたのもすっかたなかんべさ~だったが、ま、覚えている内に実践すべえと「ゆっくり」を実行していたのだ。

 案の定施術の間、意識がないくらい熟睡していたらしい。お陰でスッキリと目が覚めて、県民ホールへと車を飛ばし、 着席してからハッと思い出した!今日は確か県外からHさんが昼過ぎに高松に着いて、 開演までお食事やらお喋りしましょうと約束していたのだった!完全にそれが抜けていたことに思い至り、アッチャ~で開幕。 物語は進行してしまった!休憩時に慌ててメールをしてみると、メールってホント便利だなあ。チャンとお席にお座りであった。平謝りに謝って、 帰りにロビーでと約束したが、結局はお連れさんも居て、次回ゆっくりご一緒に~でお別れ。イヤハヤニャントモカントモ、失敗の巻き~。 このところこの手の忘却がメチャクチャ多くなってきた。書かなきゃ覚えられない、書いても見ない、てなもんで、どうしようもない。

 結局はちぇちのメンバーとお茶して帰ることになったが、あたしゃ夕食がまだでスパゲッチ~を食べたのち帰宅して、次の予定の 「チラシの校正」である。事前に「相当直して貰うかも~」と脅してあったので、青い顔をしてA君は夜の11時過ぎにやって来た。「無」から 「有」を作り出す作業の大変さをそっちのけで、 出来てきた物にああでもないこうでもないと勝手な注文を付けてお帰りになった会長と主役のT氏の、 その意見を殆ど全部入れてもらうことになったが、まあそれも仕方がない。少しでも良い物を作る為には、A君に頑張って貰うしかない。 紙の色もほぼ決めて、「ナントか早く頑張ってみます!」と帰っていく彼の後ろ姿に手を合わせたもんだ。印刷なんてのは、 その道のプロにデザインから全て任せてりゃあ良いんだろうが、経費節減をモットーの我が団体では、致し方ないこの作業。 たまたま才能があるという人は使われるのが、市民オペラちぇちぃりぁなんだ。それに、この手作り感が又たまらない。 (僕はストレス溜まってます~って言われそうだが)

 

 で、本日のオペラ。まずは2作品オムニバスというのが飽きさせないし、ドラマとしての共通のテーマもあるから楽しめた。 「カバレリア・ルスティカーナ」と「道化師」は殆どの場合こういう形での演奏会になるのも頷ける。今回も「道化師」 で準主役をはったW先生は絶好調のお声で、高音が特に綺麗に決まっていた。見た目にも可愛く、熟練の演技力は流石であった。 帰りに駐車場で数名の女性達が「可愛かったわねえ~」と話しているのが耳に入り、「もしかして、W先生の合唱団の方ですか?」 と声をかけると「そうです」とのこと。ついでにいつかの合唱発表会の感想を言わせて頂いたりしたが、 心底W先生に惚れ込んで居る人達だったなあ。麗しい師弟愛だ。

 今日の目玉は何と言っても往年の大歌手グッチだろう。おそらくは70歳近いと思われるが、 練りに練られた声はいぶし銀の如く光っていた。繊細な演技には思わず涙が滲む場面も。、、、しかし、彼の最盛期を知っているため、 どうしても残念感が付きまとう。おそらく10年前なら、もっともっと迫力のある長いフレーズで勝負しただろう。 今日は歌い上げるところで用心して早く切るという所もあって、慎重さが目立った。その為、パリアッチの激しい情念の世界がイマイチ、、、。 もっともっと男の嫉妬に苦しむ激情に浸りたかった、なあ~。

 オケピットの中には見慣れたひげのお顔が見える。 道化師が最後に自分が殺した女房を抱きかかえて泣く場面のオケの演奏でもこのグロッケン先生が大活躍。真剣なお顔が客席からでも窺えた。 こうして知っている人達のお顔が見える演奏会というのも楽しいもんだ。ちぇちのメンバーでただ一人コーラスで参加していたYさんは、 張り切ってやっていたな~。後ろ姿も可愛かったし~。舞台袖で歌うのに参加のちぇちの人達もよく頑張っていた。 こっから先はちぇち練一筋でやって貰わなくっちゃ~。

 

 

2007年9月15日 (土)

やっぱり暑い!

 東京から仕事で来ているという昔の知人H氏とこちらの知人F先生の3人で、 久しぶりにGという辺鄙なレストランにランチを食べに行く。H氏はいたくお気に入りで、お庭を散歩したりだったが、 今日もまだまだ暑い高松の日差しに負けて、あたしゃ勘弁して貰った。ラオスから帰って妙に暑さに弱くなっている。熱中症の後遺症か?

 それに引き替え、彼は元気いっぱいで、そこへ行く前はナント金比羅山奥の院まで登ってたらしい。凄い!凄すぎる。若さって、 こんなにも体力を持っているのか?でも、彼の実年齢を実は知らない。頭はかなり白髪だし、落ち着いた物腰と言い、まあ、 そんなに若くはないんだろうが、、、、その昔知り合った頃と雰囲気がそんなに変わってないので、全く分からない。

 先日イギリスに出張だったと言い、ピカデリーサーカスの例の爆発現場の側のホテルに泊まったとか。物好きだなあ~。彼の話だと、 今ポンドがとっても高いらしく、電車の初乗り運賃が1000円以上するそうだ。日本のビジネスホテル並みでも、料金は高級ホテル並みだった、 とかなりぼやいていた。なるほどねえ~。どっこも大変だあ。

 帰り際、見慣れた従業員の女性が色々話しかけてくる。感じのいい人で以前から印象に残っていたが、「こちらの方ではないんですか?」 とH氏の事を聞いてくる。東京から来た方だというと、「そうですか。やっぱり。 お話の仕方がとっても上品で綺麗な言葉を使っていらっしゃいましたものねえ、、、。」と言われたのには「むむ?」 どうやら我々の話は聞かれていたのか?勿論、誰憚ることなく話しては居たが~。

 およそ1時間半ほどの会話の内容は、音楽、舞台、ミュージカル、オペラ、絵画、本、食べもの、旅行、気候、など、 もの凄いジャンルだった。趣味が合う人達とその方面の話しをするというのは気持ちが良い物だ。しかもF先生は音楽の専門家でもあり、 内容も深くなる。充実した濃い食事タイムとなり、写真を取り合ってお別れした。この方は娘の芝居にも足繁く通って下さっているのだ。 次に会うのは東京かも知れない。

 

 午後3時からはレッスンがあり次々とメンバーが訪れる。、、、最後の人が終わって、ようやく短歌が提出できた!

う、明日も忙しい~のだ。

2007年9月14日 (金)

台風が来ているらしい~。

 FM3本録り溜めはメッチャクッチャ疲れた!奥歯を1本抜いているのが災いして、自分の名前を、「ハシュイ ミッチチコ」 なんぞというおかしなとちり方をしてしまって、ミキサーの男の子にゲラゲラ笑われて録り直し~。3本目ともなると、 集中力をキープするのがホントに大変。確か以前は3本録りをマツイ55さんとやった覚えがあるんだけど、ああ、あれから時間が経ちました~。 、、、って、あのお方はこのところチョーがつくご多忙故、ご出演もお願いできてないが~懐かしいなあ、あの頃が。 少なくとも今よりは若かった!あったりまえだ~。

 帰宅してから電話だメールだ明日のスケジュールだってやっていると、 メンバーのA君がチラシの原稿をこれから持って行って良いかと聞いてくる。深夜だろうが何だろうが、 勿論即見せて欲しいと返事して待っていると、やって来た。ものすご~い作品を持って!これホントに何千枚も配るの?って、、、、 いや~見れば見るほど、ムムムムム。A君の特殊技術がいかんなく発揮されているじゃあ無いの!?で、も~。私的にはチト問題が~。 しかしなあ~、きっと他のメンバー達はそれで行きましょう、な~んて言いかねないからなあ~。全員に見せる前にニャンとかあれを抹殺するか! ?フフフ。(無理っぽいなあ~)

 

 今日のゲストのお一人は女性免疫学者だったが、今はリタイアされて趣味をもって楽しく人生を送られていらっしゃるとか。 専門用語も飛び出して、みっちゃんとしてはもっともっと突っ込んだお話も聞きたかったが、 お二人同時のゲストのために万遍なく話題を振らなくてはイケナイ。ひとまず自分の好奇心はさておいたが、 この方の辿った人生にも興味が湧いたなあ~。もう一人のゲスト、M女史はご自分の今まで聴いてきた中での3大感動ステージは、「オペラ・ カバレリア・ルスティカーナ」「マリア・カラス・リサイタル」「イエルク・デームス・ピアノリサイタル」だそうで、 11月のサンポートでのデームス氏の演奏を心待ちにしているという。この方は世界中、半端じゃなくオペラなど演奏会を巡っているそうだ。 「良い物は良い」ときっぱりしているし、「好き」と思えばすぐに自分の物にしてしまうと言う。ご自分の事を「ピアノも勉強したけど、 どちらかというと私は歌の方ね。」とカンラカンラと笑われる。それはピアニストの性格について話しをしていたときであった。まあ、 それには私も殆ど同感であったが、、、。

 

 本日も遂にシンデレラタイムは過ぎて、あたしゃ今届いたばかりのもぎたてのブドウをむしゃむしゃ食べている。 夕食前にちょっとと冷蔵庫に入れたのを夫に出すのをすっかり忘れて、一人で堪能しているというわけだ。このブドウ、 昨日お帰りになった婿殿の母上から送ってこられた物で、すんばらしく甘くて美味しい~。しあわせ~。あっ!短歌2首の締め切りだった! ふひょ~っ。これから仕上げなくっちゃ~。

2007年9月13日 (木)

今日も終わる。

 婿殿は朝一番の飛行機でお帰りに~。あたしゃ余りのぼさぼさ髪でさよならを失礼して、夫に送って行ってもらった。 二泊三日はあっという間だったなあ。若者が家にいるというのは良いもんだ。例の訳ワカメの録音機もちゃ~んと喋らないようにしてくれたし、 買い物も素早くやってくれる。それに何と言っても一緒に遊べるのは良いことだ。今度は東京で会うことになるかな~?

 

 で、昼間は昨夜の料理の残り物で母と義妹、そして近所の友人を呼んでわいわいと二次会?だ。ようやく殆どの物が無くなって一安心。 ラオスに行って、物を捨てるのが苦手になってきた。ま、一つの成果だろう。

 

 夕方からは岡山だ。今度の老人ホーム慰問の話しをしたら、着物を着て演歌で参加してくれるという。良かった良かった! 「音楽は人と人を繋ぐ」ホントにそうだ。

 

 ところで、我が国の総理が突然辞職して、世間はてんやわんやである。まあ、 彼は前総理がまいた種を必死で拾い集めようとして力及ばず、全くの孤独の中であがいていたのだろうし、その点は大いに気の毒ではある。 身体に来るのは当然だろう。、、、しかし、客観的に見て、政治ごっこをしていたようにしか見えないなあ。 若けりゃ良いってもんで無いことが立証されたようなもんだ。当分はこの話題で持ちきりだろう。 ポスト阿部に向かって牙を向き始めている輩が段々前に出てきている。ああ~やだやだ、政治の世界は!

やっぱり

 娘婿のお供で全く久しぶりに「山越うどん」と「がもう」をはしごした。用心してトッピングは無しで、小だったが、 とても美味しくて満足だ。彼も「感動した」というから余程期待通りだったんだろう。 後者の方は以前並びかけて余りの列に断念したことがあるので、今回はようやく入れたってところだ。が、今日もケッコウ並んでたなあ~。 ホントに空前のうどんブームだ。

 

 夕方からは彼のリクエストで、我が子の第2第3第4の母を呼び会食と相成った。 年中我が家に集まっているこの母親の友人達=おばさん連中にしごかれて(?)わが子達は大きくなっているので、娘が会いたいのは分かるが、 その夫までがわざわざ会いたいとご指名して来るというのも、おもろいもんだ。流石変人の娘の旦那だけのことはある。

 7時に集合の時間には私の手料理もほぼ完成。その上、 来訪者それぞれが1品を持ち寄ってくれたためテーブルに置ききれないほどである。それに賑やかなお喋りがプラスされ、 一気に我が家が宴会場だ。

 今日は色んな事件があり、話題には事欠かない。総理は辞任するし、 塩江のなんたら温泉が細菌問題で一時かどうか分からないが閉鎖するとか、、、、。私も今宵は瞼を封鎖するべえ。

 

 

2007年9月11日 (火)

おフランス料理。

 ふ~っ!食べ過ぎだあ!って、単にフランス料理のフルコースを普通に頂いただけで、 しかもメインディッシュは殆ど夫と娘婿に食べて貰ったのだ。にしてはこの満腹感はどうしたこと?ゆっくり時間をかけて食べるとこうなるのか? はたまた、私の胃袋がいつの間にか小さくなってしまったのか?(あり得ない)

 しかし、フランス料理というのは、ねえ~。このお店。高松のこの手のお店では一番の老舗だろう。 シェフのK氏とは夫が番組がらみで30年以上のお付き合いがあり、未だに仕事上の親近感を持っている間柄だ。ずっと以前、 友人でちぇちのメンバーHさんにお願いして一緒にこのシェフの料理番組に出たことがあった。いざ食べろと言われても、 目の前にずら~っとカメラマンやら色んな人が居並び観ている中では、味が全然分からない。 お互い美味しいです~と言いながら後でそれを告白しあったもんだ。(お互い役者だったなあ~)

 このお店は最近内装をリニューアルして全体にオレンジを基調の暖かい色調に変え、高級感より親近感を演出していた。 お値段は相変わらず高級だが~。、、、おみっちゃんとしては、なんだかこれからお茶漬けが欲しいような、、、、 いやいやお腹は欲しくなくても口がねえ~。勿論食べないけど~。ゲップ。

 明日はこの娘婿殿をお連れして、あっちこっちをうどんや巡りだ。確実に、又ゾウだなあ、、、、。いつから減を目指そうか、なああ~。

 

2007年9月10日 (月)

てんやわんや、、、。

 ったく~!なんでこんな事になるのよ~。てなもんで、昨日購入の録音機をテストしようとシェイクスピアの講座に持ち込み、 いざ録音という段階になって突然この機会が喋った!「ただいまファイルがナントカカントカじょうたいになりました。」だって!びっくり、 したのは私だけでなく、その辺の受講生達だ。お願いよ~、こんなとこで喋んないでよ~。と内心叫びながら慌てて外へ。しかし、 この喋る機会を黙らせることはとうとう出来なかった!ふ~。

 結局本日は使わずじまい。やれやれ。

 このあとの昼食会で、私は「リア王」の総括をさせて頂いた。こんなことを許して下さる先生始め、参加者達の寛大さに感謝だ。

 自分の意見では、とどのつまりが、リア王は、「受容」という事が出来ない人物で、その人物の生涯を描くことで、 シェイクスピアが全ての作品を通してのテーマ「受容」とはどういう事かを、示した作品ではないかと、私は思ったのだ。 そしてリアに究極の形での「死」を与えたのではないか?即ち、コーディーリアの死を含む、全ての物への絶望、がそれだ。「受容」 出来ない人は、「悶絶死」あるいは、「狂い死に」しかない。

 

 その後のシャンソン教室では、次回の老人ホーム慰問が話題だったが、中心的人物が不参加かも知れないというので、大騒動に。 このお方、今回のオペラでも重要なポジションで出て貰う。なにしろ舞台慣れしているし、これ以上ない役者だ! 今回も岸壁の母を熱唱してくれるはずだったのに~。どうなるかなあ~?心配。

 

 教室の生徒さんで最近ちぇちに」入ってくれた人が自転車なので、ご自宅まで迎えに行き、練習会場までお連れすると約束して、 あたしゃ喫茶店に駆け込み、必死で台本とにらめっこだ。大まかなことは付けていても、細かいことはこれからだ。 アイスコーヒーのLサイズを頼んで、約2時間集中して考える。これはケッコウ行けたなあ。

 でもって、本日一番きついのが最後。ちぇち練は立ち稽古に入っているが、大勢を動かすのはホントに疲れる。 しかも今日は衣装をいじくった。でっかい衣装を一人一人チェック。まあ友人Yが、駆けつけてくれて一緒にやってくれたので、随分助かったが、 、、。まだこれからが大変なんだ、、、。

 

 間あいだでは、次々とFMのスケジュールやらなんやらが入ってくる。最後のトドメの電話は娘婿どのからで、 いよいよ明日ごとうちゃ~く!なのら。久しぶりに一緒に遊ぶとするか!彼の来訪にかこつけて美味しい物を食べられそうではあるなあ~。 しかし、このままだと、孫べえの顔を拝みにも行けなくなりそうで、明日一緒に見にいくことにした。おばばもお連れせねば~って、 ホントに出来るんかいなあ~?又しても時間との闘いだ。

 

 今、メンバーのMさんに用事を思いついて電話したのに、相手が出た途端何の用件だったかが、どうしても思い出せない! こりゃあ重症だ!

 

 

2007年9月 9日 (日)

雨がぱらついたが、、、。

 このところ妙に疲れるのは、年のせいか、体重のせいか、奇妙な気候のせいか、、、と色々疑っていたが、 今朝何気なく毎日飲んでいる薬の効能書きというか、服用に当たっての注意点、を書いた紙をボンヤリと見ていて、あら?もしかして、 このリピトールという薬の副作用なのか_?と疑う。、、、がこの疑問を晴らすのはいつの日か、、、?

 

 今日は兼ねてから欲しかった最新式の録音機をとうとう購入した。親切にもメンバーのTさんが付いていってくれて、 我が事のようにしっかりとチェックしてくれたので、思ったより安価に新バージョンが購入できた。

 彼女を見ていてその慎重さに改めて「出来る女」としての資質を見た。この遣り方なら間違わないで目的を達成できるはずだ。 きっと職場でもその力を発揮していることだろう。

 問題はこれから先だ。「分かんないことが出たら、お願いねえ~!」としっかり他力本願を前に出す。いや~、 正直使いこなせるかどうか、、、、。

 

 疲れた。ヤタラメッタラ眠い。

2007年9月 8日 (土)

濃い一日の最後はコオロギだ。

 本日久々にレッスンを受ける。それがやって来ていたA君と打ち合わせを兼ねてみんなで食事中にうっかりビールをのんでしまった! 発声した途端にへ?って声。いや~年のせいだねえ、以前はこんなことは無かったのに!ま、練習していく内に段々戻っては来たが。 気を付けねばねば。

 先生に何をやる?と訊かれて「何でも」と答え、ではアレは?と言われて「ハイ」と答えると、ギョッとした顔で、「どうしたの?」 と来る。「今日はエライ素直じゃないの!?」だって。え、ええ~っ?そんなに私っていつも反抗してるかなあ? いつも仰る通りにしているつもりでごじゃんしたが~。

 そんなこんながありながら、大曲を選曲して練習だ。一生に一度はチャンと歌っておきたいと思っていた曲だ。おもしろい曲なんだが、 夜も更けての練習は、何しろ楽譜が見えない。新しいメガネを作ったが取りに行ってないので、パソコン用を持ち出した。 それでも時間と共に見えなくなる。それをつい愚痴ったら、「僕もねえ~、、、」と告白が始まるが、 その話は既に朝一番のレッスン生Tさんから聞かされていた。「え?もう知ってるの?」と苦笑しながら尚も今朝出がけに、 沸騰しているヤカンの中に歯磨きのチューブを落とした話しをしてくれる。お互い段々酷いことになってきているねえ~と、妙な共感を、 笑い飛ばすことも出来ない二人であった~ふ~っ!

 

 A君はいつものようにおもろいチラシの原案を作成してくれている。かなりの絵の才能があると思われる。 ちぇちごときの印刷物ではもったいないくらいだ。出来上がるが楽しみなことだ。予算があれば、もっともっと面白いものが出来るんだが、、、。 ねえ~。

 

 今日は皆さんがレッスンしている合間に近くの歯医者さんに行った。一度抜いて仮歯というものを入れていたのが、 入れた翌日に取れちゃって、そのままラオスへ行ってしまい、帰ったら口内炎で、、、結局行くのが遅くなりすぎたようで、 大事に持って行った仮歯はポイされちゃった。あ、あの6千円が、、、。それに今度の入れ歯?は一体いくらかかるのか?見当もつかない。 歯は財産だと言うのはホントだなあ~。

 待ち時間で大阪の友人から何度もメールが来て、やれパヴァロッティが死んだの、ピアフの映画が来るの、 ドラリオンは10月14日まで大阪だぞ~とかメールで言ってくる。よっぽど暇なんだろう。あげく、今どこ?と来るから、「歯医者」 と答えると「ウワッハハ、笑わすなあ~家に居ないときは病院かいな!?」だと。ったく、ほっといて~だ。

 

 四国新聞にMさんが出た!私でも知っている県下の短歌界の大賞、久保井信夫賞を受賞されているのだ。この方は長く我が店の顧客で、 個人的にも絵を一緒に描いていたこともあり、親しくさせて頂いている方だ。絵のセンスも良く、お話もステキで、 私がいつも人生の大先輩として尊敬して来た方だ。私が短歌を始めた時も率直な意見を言ってくれたことがあり、 ご自身の作品も幾つか読ませて頂いたことがある。ちょうど1週間ほど前だったか、別な顧客でこの方ともお知り合いのKさんという方が、 「最近のMさんの歌は説明が無くなってきて、グンと良くなっているわよ。段階を追ってではなく、一気に良くなったのは、 何か精神的に成長する事があったのかも知れない、、、、。」という話しをして下さったところだったので、その符合にびっくりした。 このKさんの芸術に於ける鑑識眼の鋭さは、音楽にも通じていて、私の歌についてもドキドキしてコメントを聞くことがあるのだが、 今回もそれが立証された格好だ。Mさんに早速お電話してしばらくお話ししたが、面白かったのは、 新聞記者に今後の抱負について訊かれて語ったら全く正反対のことを書かれた。「新聞て怖いわねえ~」、と言われたことだった。やっぱりねえ。 新聞に載った2首を記録しておこう。

 無言館の自画像いくつしずかなり二十一世紀の私をみつめ

 ひのき林の中にぽっかり空がある六十年ぶりの生家の跡地

 

ご本人に寄れば、無言館の戦没画学生の特に自画像は、自分はこうして早く逝ってしまったが、今を生きているあんたは何をして居るんだ? と問いかけられているような気がした、とのこと。なるほど、私もその場にいたら同じ経験をするかもしれない、きっとそうだろう。

又少し、短歌が好きになったか、、、。今夜は外にコオロギが鳴いている。

 

2007年9月 7日 (金)

後退無しの一歩前進。

 午後のカルチャーを終えて、11月に演奏会を予定しているピアニストと喫茶店で待ち合わせる。彼女はひょんな事から知り合いになり、 FMにご出演頂いたことがきっかけで、今度の演奏会を成功させるための準備について少しばかりノウハウを伝授させて頂いた。驚いたことに、 その私の意見を一人で実際に行動して殆ど全てと言って良いくらいクリアしている。素晴らしいチラシも安価で刷り上がり、 彼女をバックアップしてくれる組織も形が整ったようだ。これなら成功まちがい無しだ。何より彼女の情熱が素晴らしい。「人の心を動かすのは、 情熱しかありません。」と、言わせて頂いたのは、何も彼女の事だけを言っているのではない。早い話が、我が市民オペラちぇちぃりぁだって、 情熱以外他の団体に勝てる要素は無いと言っても良いだろう。全く、他人事ではないのだ。

 その後、急ぎ帰宅して母を迎えに行き、白髪染めなど施し、合間で夕飯の準備を済ませ、施術を終えてからは母を送り、 迎えに来たMくんの車に飛び乗り(?んなわけないか!)目的地、舞台関係の業者さんY氏に会いに行く。この方とも付き合いが長くなって、 私がどんな無謀なことを言おうとも、オドロキもしない。が、Y氏にもご出演頂くの件は、最後までやんわりと断られて、代打を出された。 その方は写真で見る限り、雰囲気はあるし、適材適所かも知れない。ま、ナントかなるだろう。

 一方一緒に待ち合わせたA夫妻とS嬢、それに運転手のMくんは裏のゴミ置き場でごそごそやっていたらしく、 使えそうな物を幾つか選りだしていた。懸案の担架もこれで完成できそうだ。一気にやってしまおうとその足で100円ショップへ。 しかしお目当てにぴったりの物はなかなか無い。では、とばかり次なるショップへ行ったが、そこではアイデアを膨らませるに留まった。 結局最後にMくんが衣装部屋に本日のゲット分を持って行くことになり、彼は私を我が家に置いて、一人寂しく衣装部屋へと向かったのだ。 おちゅかれ~、、、!

 あちくしも、、、。でも今日も一歩前進か、、、、。

 

2007年9月 6日 (木)

強烈ドジ!

 にゃんともかんとも、ちかれたび~。昨日の予定では、業者さんに会いに行き、綿密なる打ち合わせをする予定だった。が、 疲れすぎていて、結局は明日に回して頂いた。もしあれを行っていたら、きっと夕方からの衣装の打ち合わせは参加できなかっただろう。

 昨日の小道具に引き続いて今日は3時間以上衣装のことを真剣に話し合った。こちらもみんなの意見をくみ入れながらで、 和気藹々と順調に進んだ。来週は全員にこれを周知して、作製に取りかかって貰わなくてはならない。ま、何とかなりそうだ。

 

 みんなが帰った後、夫がゲラゲラ笑いながら娘との電話中の携帯を持ってくる。何事かと思いきや、 先日のラオスレポートを送るべきメールアドレスを、私が間違えて娘に送ったらしい。全く関係ない人に娘はレポートを提出したという次第! ぎょっへ~ってなもんだが、そう言えばあのとき、「Mさんで良いの?」と娘に訊かれ、「え?Mさんよ」と返事し、「なんだ、 Mさんかと思った、、」という、妙な会話をしたのを思い出した。頭文字の次の字が違う人を教えてしまったのだ。 もう全くもって信じられない間違いだ。

 で、私の感想を娘に伝える。「一人読者が増えて良かったじゃん!?」ハハハ。まあ変な内容の物でなくて良かった。アブナイアブナイ。

 

 

2007年9月 5日 (水)

一枚の絵。

 さあ始まったぞ~。月曜日に演出助手をお願いしてあったY女史は、私の予想通り立派にその役をこなしてくれたらしい。 何が素晴らしいって、ちゃんとその日の報告を事細かくメールで知らせてくれていることだ。この指示→実施→報告という流れこそが大切だ。 流石様々な場面を踏んできているつわ者だけのことはある。あたしゃすっかり安心した。

 で、早速今日は小道具係との打ち合わせだ。ファミレスGで夕食を済ませて、11時過ぎまで、中身の濃い会議が続いた。Sさんの 「これだけだったら案外大したこと無いですよね?」という彼女の一種のクセのような緊張をほぐす発言で、 そこにいた全員がホッとしたかも知れない。頭の片隅には?が残った人も、とりあえずやれば出来ると思って帰れたのではないか? いずれにしてもやる気は全員しっかりあるようなので、きっと上手く行くだろう。話していると次々とアイデアも出るもんだ。 頭が柔軟な人達が集まったもんだ。

 明日は大道具をやって貰う業者の方と打ち合わせをすることになった。その後の夕方からは我が家で衣装係と打ち合わせ、 というか実際に作製に取りかかるのだ。その次の日は小道具の材料を借りるというか頂くというか、探索に出かけなくてはならない。、、、 要するにお金をかけずに舞台を創らんが為に、持てるエネルギーは全て出し切るのだ。

 一方では、チラシやチケットパンフなどを必死でやってくれている人もいる。広告など早くも依頼がまとまった人も居る。 マスコミ関係はこれからだ。、、、限りなく仕事があり、考えると呆然とするが、登山と同じで足下をのみ見ながら進むしかない。

 

 今回の大阪は、プリマの演奏会にクレムリンの秘宝展というものがくっついていたので、期待して行ったが、 こちらは私の趣味に合う物ではなかった。宝石にはトンと興味がない。例えそれが新しかろうと古かろうと、価値があろうと無かろうと、 全く食指が動かないのだ。むしろその国際美術館に常設の現代アートが面白かった。

 いや、実は同行した友人Kさんが、多分今、大丸百貨店で面白い美術展をやっているから、そこに行かない?と言うのだ。 勿論即座に賛成。大阪は梅田のバス停のすぐ側の大丸にと出向いた。これが最近では見たことがないほどの面白さ。 「モジリアーニと妻ジャンヌの物語展」というのがそのタイトルだった。

 パリで、どこの美術館だったか1,2枚彼女の作品を見たと思うが、こんなにも沢山の作品を残し、 しかも大家と呼ぶに相応しい画家の才能を持った人だったとは、全く知らなかった。とても近代的な色彩感覚を持ち合わせた、 女性らしい作品達は、いやが上にも彼女の人生を考察させるものだった。

 モジリアーニが35歳の時病気で早逝して二日後に、 お腹に第2子が居るにもかかわらず実家の建物の6階から飛び降り自殺したというジャンヌ。写真が残っているが、知的で思慮深げな美人だ。 18歳で32歳のモジリアーニと出会い、その才能を見初められ、即座に同棲生活に入ったらしい。 それ以前に既に詩集の挿絵などで才能を発揮していた彼女の作品も沢山展示されていたが、この作品展の特徴で、 二人の作品が交互に時代を追って並べられていた。お互いに惹かれ合い、学び合い、影響しあう二人の作品。それらを驚嘆の思いで見て回る内に、 一枚の絵の前に釘付けになった。

 それはモジリアーニの作品で、ジャンヌの上半身の裸体を描いた物だが、その肌の色といい、安心して自らを委ねたまなざしといい、 少しかしげた顔の輪郭は彼が絵筆で彼女を愛撫しているかのような優しさに満ちている。その絵は、 たった3年間の二人の生活が如何に深い愛情で紡がれていたかを一瞬で理解させる。悲劇の結末を思うとき、尚更にこの絵は私に迫ってきた。 会場を何度か巡り巡っていつもその絵の前に戻ってはため息だ。

 全体を眺めて、明らかにモジリアーニの方が作品としては素晴らしいものを残してはいる。しかし、14歳という年齢差を考えると、 この彼女の才能を惜しむ気持ちも湧く。もっと長生きしていたら、彼を越える画家になったかも知れないのだ。一方で、 短時間ではあったにしても、彼への愛情が死を越えるほどのものであったことは、何物にも代え難い幸福な時間を持てたのかも知れない、 とも思える。

 しかし時は流れたのだ。1916年に出会った二人は、90年の時を経て尚、時代の人々の中で瑞々しい人生を生きているようだ。

2007年9月 4日 (火)

二つの演奏会。

 さっき午前0時を回ってから我が家にたどり着いた。神戸で「ロリーン・マゼール」指揮の演奏会に行き、夕食も取らず(!) 帰ってきたのだ。イヤ、正確にはお弁当半分だけ食べてるか。というのも、西宮から電車を乗り継いで新神戸まで行くと10時を回っていて、 全てのお店が閉まっていた。やって来た「のぞみ」に飛び乗ると車内販売が来て、やったあ!とばかりすし弁当(時節柄かこれしかない) をゲット!半分食べたところで岡山に着いちゃった!こういうときは新幹線の速さが恨めしい。マリンライナーって、何だか、 食べにくいのよねえ~。しかも深夜だしねえ~。結局そのまま持ち帰ってしまった。

 今日の演奏会の感動は、もう二度と味わえないのではないか?ロリーン・マゼールその人は、御年77歳だ。カクシャクとはしていたが、 多分私がもう一度この人の指揮振りを生で見ることはないだろう。そう思えば1万6千円は高くないか。

 演目はブラームス交響曲NO1とバレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」という組曲の一部、それに最後はオペラ「サロメ」 から最後のシーンをソプラノの歌入りで聴けたのだ。総勢100人を越えるフルオーケストラの凄い迫力もさることながら、 指揮者の高い音楽性による繊細で緻密な演奏は、ため息が出るほどであった。パンフに寄れば、 全員がソリストとしてのオーディションを受けて入った人ばかりで、演奏会毎に再編成されるという厳しい環境の中でやっているらしい。、、 にしても見るも美しい男女ばかりで、目でも堪能させて頂いた。女性はこれでもかと肌もあらわな黒い衣装。 男性は端正な顔立ちの如何にも音楽家らしい風貌の人ばかり。もしや、容姿端麗がオーディションの条件にあるのか?と疑いたくなるほどだ。

 「サロメ」は矢張り一番面白かったし、ソプラノが立って歌うだけにもかかわらずもの凄い演技力がある人で、 サロメ役として名が通っている人だろうと思った。狂気と戦慄、愛おしさと残虐、美しさと醜悪さ、その全てが彼女の肉体からほとばしり出た! ホントのオペラのようなセクシーさは無理としても、黒の、背中も前も信じられないほどに開いたドレスでの歌は、 大いにサロメを彷彿とさせたものだ。、、、しかし、ナント過酷な演奏だったことか! フルオーケストラをバックにたった一人の声で勝負するんだから!勝つはずもない。時折声がかき消えてしまうこともあるのは、 致し方がないことだろう。勿論、その様な状況でもある一握りの力量のある人は、勝つかもしれない。今日のソプラノは声が丸く、 鋭さに欠けるため、余計難しかったようだ。オペラ公演ともなると、その点は考慮されてしかるべきだろうが、、。

 それは別として、このサロメのオーケストラの演奏は凄かった!3曲の中で一番印象に残った。 やっぱりオペラは面白く作られて居るんだ。そして3曲とも打楽器の活躍が目立った。かっこいい!グロッケン先生が夢中になるのも分かるな~。 そして、いつもオーケストラとなると気になるのが管楽器だが、今日は珠玉の演奏を奏でてくれた。全く、申し分のない演奏だったのだ! 頑張って行ってホントに良かった!一緒に行った大阪の友人も「今日はどうしてだか寝なかった!」だって。 彼女が演奏中に寝ないというのは余程面白かったと言うことだろう。なんせNYまで行ってもオペラの最中にしっかり寝てた人だからなあ~。 ハハハ。

 

 昨日は、我らがディーヴァ小濱妙美さんの大阪中之島国際美術館での演奏会だった。結構な人が集まり、 絶好調のプリマはとても丁寧に歌っていく。後で友人達とも話したが、故郷公演とは隔絶の感がある。 特にトスカはまるで歌唱のお手本みたいに完璧に歌ったと思う。相変わらず数カ国語を駆使しての演奏は、新しい大阪の観客を感動させ、 最後は誰からともなく立ち、完全なスタンディングオーべーションに終わった。こんな風に聴く人の心を掴んでしまうところが全く素晴らしい。 こちらからの人の顔もチラホラと見える。帰りに女3人で居酒屋で気炎を上げたが、良い演奏会の後は、盛り上がるもんだ。 結局ホテルには予定より遅くチェックインすることを告げて、しっかり飲んで食べたのだった!ああ!

 

 その翌日が今日だったのだが、今度のオペラの衣装に使う物を捜してへとへとになった。余りに疲れたので、 夕方からの演奏会に備えてマッサージ屋さんでリラクゼーションだ。やっぱりも一つ持続力がないなあ~。

 

 ホテルでは今ひとつ眠れなかったから、今日は我がベッドでしっかり睡眠を取らねばなるまい。明日は早速小道具の打ち合わせだ。

2007年9月 2日 (日)

心底疲れた。

  完全に元の生活に逆戻りだ。朝は、今度老人ホームの慰問に行くことになり、そこの責任者と詳しく打ち合わせをする。 色々と施設の方には悩みがあるようだ。色んなイベントを企画しても余り老人達が乗ってくれないとか、地域密着型を目指しても、 なかなかそこに受け入れられないとか、、、。お役に立てることは、これからもさせて頂くとお返事して、しかし、初めての体験がどうなるか、、 、、それによるカモ知れないと、心の中では心配だ。

 その方のご厚意でお昼を長尾の道の駅にある「豚肉専門レストラン」で頂く。色々と健康にも良いらしいこの食材を豊富に提供していて、 お値段もお安いのは魅力だ。美味しく頂いて帰ろうとすると、順番を待っている人の中に中学の同級生が!奥様とご子息を伴っていて、 時ならぬ自己紹介と相成る。県外の人が何故?といぶかる私に、「母が老人ホームに入りまして、、、」と説明してくれる。そうなんだ、 老人問題がいよいよ身近になってきているのだ。

 いやはや何処で誰に会うか分からないものだ。

 実は夕べ会長レッスンの後、数人で夕食を一緒にしたときのこと。妙に美味しいサツマイモの天ぷらが出て、 会長もいたくお気に入りでお代わりをしたのだった。と言う訳で、この道の駅のお店では思わずサツマイモを二袋も買ってしまった。多分、 きっと、その一部は観葉植物に変身するんだろうに~。

 

 帰宅してからは、ラオスのレポートを仕上げなくてはならない。この日記を犠牲にして、夕べはその原稿を必死で作っていたのだった。 が、たった1500字に納めるには余りに色んな体験をしてきたので、収まりきらないのだ。なんとか仕上げて送ったが、 書いた物を読み返しても止めどなく直したい欲求が湧く。ここらで諦めようと、送ったには送ったが、、、。

 

 合間合間で高速バスのチケットを取り、ホテルを予約し、地図を調べ、美術館の大体を呑みこんだつもり。これで明日、 友人が迎えに来る車に乗れば良いだけだ。、、の筈だ。

 

 今日は孫べえの前髪を切りに、嫁りんの実家へと出かけたが、予定の行事を全て終えてからだったので、着いたら7時を回っていた。 しかし、行った甲斐があって、玄関から車の方を見て、「み~った~ん?」と何度も声をかけてくる。近寄ればすぐ「だっこ」だ。 どうもみっちゃんはお外へ連れて出てくれる人になっちゃってるようで、しきりに外出をせがむのだ。抱きかかえて外へ出れば、 もうすっかり日が暮れている。今日は星の存在を教えてあげたが、さあ、覚えているか? 無事カットを終えて帰ろうとするとどうしてもこちらを向かず、バイバイもしない。しつこく大人達に「なっちゃん、バイバイは?」 と催促されても、結局は後ろ向きのまま私の顔を見ようとせずに、手だけをかろうじてバイバイしている。 子供心に別れというのは辛いものらしい。

 帰りにジャスコに寄ってお刺身など購入、とっとと帰ったが、人間疲れすぎているとろくな事にならない。レジで、 「買い物袋不要の方はこのカードをカゴに入れて下さい。」というのを読んで、ぼんやりと、「あ、そうだ、 今日は大きなエコバッグを持っているからこれ扱いだ」と考え、そのカードをカゴに入れた。当然袋はくれない。ところが、今日に限って、 「小豆島そうめん」1箱。「痩健美茶」2リットル2本。ダイエットビール6本。を買ってしまっていたのだ。しかも、 それをそのエコバッグに考えもなく入れてしまった!当然のことに、そのバッグは持ち手が取れてしまった。がっくり!! 結局は両手でその重たい荷物を抱えながらとぼとぼと車まで歩く羽目に。これでどどど~っと疲れがピークに!

 帰る道々もの凄く眠くなって、どうしようかと思いながら運転したが、危うく反対車線に飛び出すところだった。ったく、 疲れ切っている。ホントに持続力が無くなってきているのを感じる。

 明日のバスは爆睡だろうなあ~。

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