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2007年7月19日 (木)

破調ということ。

  占いを信じるわけでもないが、射手座は自由を司ると言われて、自分の性格にぴったりだと納得している。従って、 何やらキュークツと感じたら、即やる気がなくなってしまうきらいがある。その昔、ある流派の生け花を習っていて、 どうにもこうにも我慢できなくなって、我流でどんどん生け始めた事がある。中心の花は長さを花器の直径の何倍に切るとか、角度が何度とか、 決め事が多くてすぐさまうんざりした訳だ。そりゃあ、生け花の宗家は長い歴史の中で、大多数の人から受け入れられる「美」を編み出し、 継承してきたのに違いない。しかし、そも初めの最初は、試行錯誤から生まれたわけだろうし、その人の感性こそがその「美」 を生み出していったのだろう。

 何が不満て、私の先生は押しつけの美のみを教えようとしたのだった。このように感性を磨くということをせず、 型だけを教えるやり方が、日本の生け花の主流ではないか。歌舞伎やお能の「型」に通じるモノがあるのかも知れない。となると、 これは日本独特の美学なのかも知れない。勿論そこから学ぶことも無いとは言えない。「伝統」の重み、「継続の力」を信じてないわけではない。 、、、まあ、これは好みの問題か。

 今日、ある方が「芸術はある流れがあれば、それを破る流れもあり、その摩擦やせめぎ合いから真の芸術が生まれる。 どちらかではダメだ。」とニーチェが言ったと教えてくれた。そうか、そうなんだ。と早速自分の性格を正統化している。しかし、 一方で守る人が居ることの大切さも分かるなあ。

 

 今宵はふるさとコンサートというネーミングで毎年行われる音楽会があって、今年も出かけた。 出演者が6人というシンプルなプログラムも良かったし、最後にはゲストの若手バリトン歌手 (彼は既にキャリアがあり年齢も10歳ほど上らしい。)が客席から登場、舞台を縦横無尽に使いチョットしたパフォーマンスもし、 観客を楽しませ湧かせた。彼が出てくるまでは、お行儀の良い、所謂クラシックコンサートであった。ところが、彼の登場で舞台も客席も一変。 「ああ、歌は面白いなあ~」と誰しも思ったに違いない。彼の「破調」はしかし、基本がしっかりあってのことだから、面白かったのだ。 一番感心したのは、「歌をすっかり自分のモノにして歌っていたこと。」要するに、歌を支配していたのだ。全体に彼の「こう歌いたい」 がハッキリあって、声を投げ縄のように操る所なんかは、観客が固唾を飲むのが分かったほどだ。堂に入ったステージマナーはスマートで、 よくよく勉強して経験も積んでいるのが分かった。惜しむらくは、県民大ホールの最後尾までは声が大きくは響かなかった点か。まあ、 あのホールを生声で隅々まで聴かせるのは大変だろうなあ。

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